リザードマンとの戦争は順調だった。コキュートスは負けて成長したのだ。その学びは今後活かされるだろう。リザードマンたちを殲滅するよう命令を下す。これでコキュートスの失態はチャラだ。私たちは安堵したところにコキュートスは声を上げた。
「モモンガ様、ゴーナイト様ニオ願イシタイ儀ガゴザイマス!」
予想もしていなかった事態に私もモモンガさんも驚いた。命令されたのに、ハイかYES以外の言葉を紡ぐなんて初めてじゃないか?NPCたちも驚いて、アウラとマーレなんか目を見開いている。と思ったらコキュートスを睨み出した。顔怖いぞ!
「ナニトゾ!モモンガ様、ゴーナイト様!」
それに怒り出したのはアルベドだ。コキュートスを愚かと罵り、敗将である立場を弁えろと言った。
これ止めなきゃヒートアップするだけだな。ならば割って入ろう。
片手を上げてNPCたちの注目を集める。
「皆、落ち着け。モモンガさん、どうでしょう。コキュートスの儀とやら聞かせてもらいませんか?」
「ええ、かまわないですよ。コキュートス、話してみろ」
「お前が何を望んでいるのか、聞かせてほしい」
ゴーナイトに背を押されて、コキュートスは話し始めた。
「リザードマンタチヲ皆殺シニスルノハ反対デス。ナニトゾ御慈悲ヲ」
「ふむ、慈悲を願うか。なるほど」
ゴーナイトは顎をさする。モモンガは凪のように静かだ。そして場を塗りつぶすかのように怒りを発しているのがアルベドである。今にもコキュートスに怒りの炎をぶつけそうだが、まだゴーナイトが話そうとしている。だから睨むだけに留めていた。
「仮に彼らを生かしたとて、ナザリックにどんな利益があるんだ?コキュートス、聞かせてくれ」
「ハッ!今後、彼ラノ中カラ屈強ナ戦士ガ出現スル可能性ガアリマス。ユエニココデ皆殺シにシテシマウノハ勿体ナイカト思ワレマス。リザードマンノ中デモ強者ガ現レタ時、ナザリックヘノ忠誠ヲ植エ付ケ、部下ニスルノガ利益ニ繋ガルト判断シマシタ」
「納得がいく提案だな。リザードマンの死体を使っても人間の死体と同じ結果になった。強さは変わらなかったのだ。人間の墓地を荒らして数を増やせられるなら、リザードマンにこだわる必要はない」
「でもね、死体を利用してモモンガさんがアンデッドを作った方が費用対効果が良いはずなんだよ。忠誠心は信頼がおける、食費などの費用を気にしなくてもいい。長い目で見ればコキュートスの案に加えて数が増えるというメリットはリザードマンにあるな。でもそれぐらいだ。他に利点はあるだろうか?コキュートス、答えられるか?」
「ソレハ……」
「なんでもいいぞ。そうだな。個人的に惹かれた点を挙げてくれてもいい。本当になんでもいいんだ。例えば……心意気が気に入ったとかな」
コキュートスは六つの目でゴーナイトを凝視した。まるで自分の心を見透かされたようだと感じたから。決して言うことはないと思っていた理由が明るみに出た。武人は覚悟を決めた。
「ソノ通リデゴザイマス」
「ほう」
「何?」
「リザードマンハ、武人トシテノ輝キヲ持ツ者タチデシタ。殺シ尽クスニハ惜シイカト」
なんて個人的な理由なのか。シャルティアとアウラは呆れているし、マーレは困惑している。デミウルゴスは困ったように眼鏡のブリッジを押し上げた。そしてアルベドは、憤怒と冷徹な笑みを混ぜ込んだような、恐ろしい笑みをたたえていた。今までの比ではないくらいの恐怖を感じ、心臓をキュッと握られるような気がしたが、コキュートスは堂々と膝をつく。言いたい事はすべて発言した。後は沙汰を待つだけだ。
沈黙は至高の存在の笑いによって破られる。
「そうか、武人としての輝きか……気に入った!!あっはっはっはっはっ!……しかし、コキュートス。納得させたのは片方である私だけだ。モモンガさんには何と言う。」
「…………」
「思いつかないか?」
「申シ訳ゴザイマセン……」
「良い。それだけ話してくれたら私は充分だ。でもモモンガさんは違う。そうですね?」
「ええ。コキュートス、もう少しナザリックのメリットとなる話が聞きたかったぞ。さて、どうしたものかな。ゴーナイトさんは乗り気だが、ただ抱えるには数が多すぎるし費用もかかりすぎる。何に利用したものかな」
「……コキュートス以外の守護者たちに問う。コキュートスに責任を取らせつつ彼を成長させ、リザードマンたちを利用する方法を今述べよ。デミウルゴスとアルベドは少し待つように」
二名の了承を聞いて頷く。ヴィクティムを含めた四名の守護者たちは唸り出した。
まず手を上げたのはヴィクティムだ。
「“リザードマンの責任者をコキュートス様にしてはいかがでしょうか?ナザリック生まれではない、外部の兵士です。訓練をする事も、忠誠心を植え付ける事も大変です。必ずやコキュートス様の成長に繋がるかと”」
「気に入った。ゴーナイトさんは?」
「私もいい案だと思います。他にはあるか?」
「はい!村を支配してナザリックの領地にするでありんす!えーと、外部での領地の経営はまだやった事がなかったはず。加えてコキュートスには経験がないこと。やらせてみてはいかがでしょうか?」
「うん。かなりいいですね」
「そうですね。では、アウラとマーレ」
「アタシから!恐怖による統治ではなく、飴と鞭を持って支配するのはいかがでしょうか!その方が信頼関係が生まれますし、こっちの言う事聞いてくれやすくなります!」
「ボ、ボクは、生き残るリザードマンの選別をコキュートスさんに任せるべきだと、思いました。支配するにも、飴と鞭を応用するにもまずこちらの強さを示さないといけません。それから、えーと、うーん……い、以上です」
「大丈夫だよ、マーレ。よくできたね」
実際、マーレはよくやった方だと思う。いろんな案が出し尽くしたところに、さらに提案したのだから。
以上をもってコキュートスへの罰とする。私たちはリザードマンに会いに行った。
リザードマン集落外、沼地にて。
沼地はアインズさんの超位魔法で氷漬けにされた。辺り一面は氷原だ。寒さに弱い彼らには堪えるだろうな。
即席で巨大な台座に、アンデッドのシモベたちで即席の階段を作る。その頂上に私とアインズさん、守護者たちが並んだ。モモンガさんが魔法で作り出した黒曜石の玉座に座り彼らを待つ。
二体のリザードマンが村から歩いてきた。彼らは階段下で、私たちは階段の上から話す。少々まどろっこしさを感じるがこれも演出だ。真面目に取り組むとしよう。
リザードマンは降参する意思がある。しかし、それではナザリックは負けたままだ。それを許せるはずがない。
「降伏など言わないでくれよ?それじゃあ私たちが挨拶に来た意味がないからね」
「ちょっとぐらいは戦おうじゃないか。こちらとて、適度な勝利の美酒を味わいたいからな」
そう言って私たちはリザードマンの前から去った。
コキュートスが戦う間、私たちはアウラが建てている要塞に身を寄せる。
魔法による防御などまったくない紙の要塞だが、追跡者ーユグドラシルプレイヤー、またはこの世界のまだ見ぬ強者ーを誘き出すにはもってこいだ。
危険ではあるが二人の中に、虎穴に入らずんばという気持ちがあった。
しかし追跡者はやって来ない。失敗か?
ゴーナイトは部屋の中をよく見た。
ナザリックと比べれば確かに非常に見劣りするが、そんなに悪いものでもない。モモンガとゴーナイトを迎え入れるため、何とか内装を整えようとした努力が見られるからだ。
ゴーナイトは素直に口にした。
「中々いいな。私がまだ一人だった頃の、昔の拠点を思い出すよ。しかしここまで内装は豪華じゃなかった。アウラ、よく頑張ったな」
「……ありがとうございます。ゴーナイト様」
アウラは伏せていた顔を上げた。表情は普段と変わらないものに見える。
持ち直したようだ。かけた言葉は正解だった。
改めて部屋を見回し、芸術品ともとれる素晴らしい造りの、大きな背もたれがついた椅子二つを凝視する。
「それで、これはなんだ?」
モモンガさんがある確信から目を逸らすように言った。デミウルゴスは自信満々に答える。
「簡素ですが、玉座をご用意させていただきました」
「……何の骨だ?」
「様々な動物です。グリフォンやワイバーンなどの良い部分を集めました」
「それは、ご苦労だった」
背後に従うデミウルゴスが深く腰を折る。
動物と言ったが、他にも亜人や人間の頭蓋骨が使われている。なんておどろおどろしくて薄寒い玉座だろうか。怖くて座りたくない。たが、部下の好意を無碍にはできない。
何かいい断り文句がないものか、とモモンガが閃いた。
「シャルティア、お前にここで罰を言い渡す」
「はっ!」
「そこに四つん這いになれ」
「はい」
そして彼女の背中に乗る。
なんとシャルティアを椅子にしたのだ。
「あ、あいんずさま!」
「この場で椅子となれ。理解したな」
「は、はい!」
嬉しくて堪らないといったシャルティアに、ゴーナイトはひどく引いた。その趣味嗜好に理解ができなかったのだ。
だがデミウルゴスは目をきらめかせて、モモンガに賛辞を述べる。なぜ同僚を辱めている上司にそんな敬意を抱けるのか。わからない。
精神的に疲れを感じる、ふらりとした足取りで簡素と表現された玉座に座る。
うん。しっかりとした造りだ。ガタガタ動いたりしないし、よくできているなあ。
「中々の座り心地だ。ありがとう、デミウルゴス」
そういうとデミウルゴスは、さらに笑みを深めた。
同じくにこやかなアルベドが、断りをいれて部屋を出て行った。
直後、外から「どりゃあああ!」という低い声と、凄まじい激突音が聞こえた。そして館が大きく揺れる。
一分程度の後、いつもの優しげな笑顔のアルベドが帰ってきた。外で間違って壁にぶつかってしまったと言う。アウラは乾いた声で笑った。
「……ははは。うん、はい。おっけー。直しておきます」
それからリザードマンとコキュートスの戦いの上映時間となった。もちろんコキュートスが圧勝した。
私は帰ってきたコキュートスに、ふと聞いてみた。
「ところでコキュートスよ。良い戦士はいたか?」
「ハイ。オリマシタ。私ハ彼ラニ戦士ノ輝キヲ見マシタ。モシカスルト、予想以上ニ強クナルカモシレマセン。コノママ、アンデッドノ材料ニシテシマウノハ勿体ナイカト」
「そうか。そいつらは後で復活の実験に使ってもいいかな。どうでしょうか、モモンガさん」
「いいでしょう。ですが、ただ復活させるのではなくこうしたいんですけど……」
モモンガさんの提案にコキュートスは肯定した。迷惑がかからないのであれば、と早速実行する。
一体の白いリザードマンが呼ばれた。それは雌の、コキュートスと最後まで戦ったザリュースの妻でもある。そして今は、残ったリザードマンたちのまとめ役だ。
ザリュースの復活を条件に、彼女にリザードマンの監視を言い渡す。
白いリザードマンは表情を目まぐるしくー全てを読み取れないがー変化させて、その要求をのんだ。
ザリュースは無事に生き返った。
復活直後、側にいた妻を見て「クルシュもころされたのか」と混乱していたが、頭は徐々ににはっきりとしてきた。その証拠に仲間の復活を願ってきた。
「ぜんべるとあにはつよい。必ずやお力になれるはずです」
「……考慮しておこう。行くぞ」
〈転移門〉でナザリックに帰り、モモンガさんの自室に戻る。最近はもっぱら、どちらかの部屋に入り浸っていることが多い。ほとんどの時間は会議だ。そして次に、甘い時間を設けてある。まあ、恋人同士だからね。
私はモモンガさんに寄り添いながら、今回の作戦について話した。モモンガさんは、私の腰に手を回して深くソファに座っている。互いにリラックスした状態だった。
周りに部下はいない。いたらこんな風に、寄り添ったりはできない。見られるのは恥ずかしいからだ。
「コキュートスはこれからどんどん成長しますね。楽しみです」
「それはそうなんですけど、いつか俺たちのボロがバレないか心配ですよ」
「そうならないように、今から勉強を頑張るしかありません。今日は何を読みましょうか?」
「そうだなあ。前回は途中で終わったので、続きからしましょう」
モモンガさんの手が腰から離れる。少し名残惜しいが、仕方がない。
互いのアイテムボックスから鍵付きの箱を取り出し、上司としての心得の本を出して読み始める。
今回は最後まで読書することができた。
〈つづく〉