エ・ランテル。自宅内、一階、応接室。
モモンとゴーンは向き合って、机を挟んでいた。机には王国の貨幣が山盛りに乗せられている。
モモンが手を伸ばし、その山から三分の一のお金を削り取る。お金は、魔法が付与されていない、ただの袋にジャラジャラと音を立てて入れられた。
「これがセバスたちの活動資金……」
「結構かかりますね」
「お金持ちという設定ですからね。予算に妥協はできません」
ゴーンは頷き、自らも手を伸ばす。残ったお金の四割ほどを削った。
「リザードマンたちの復興に必要な費用は、このくらいですかね」
「妥当だと思いますよ。資材や食料なんかはナザリックで用意できますからね」
二人は残ったお金を見る。これが自分たちの活動資金だ。両手に盛れるほどの額がある。モモンガはとても喜んだ。ゴーナイトが売却した宝石のお陰で貧乏英雄から抜け出したからだ。
ゴーナイトに改めてお礼を言うと、彼は「協力して頑張ることは当たり前ですから」と言った。
「なにより、大好きなモモンガさんの力になれて嬉しいです」
「あ、はい……。ありがとうございます」
モモンガは恥ずかしくなって顔を伏せた。肉がついていないので、顔は赤くならない。そのため、彼の表情を知るのはとても困難なことだ。しかし、数年共にゲームをして声を聞き、数ヶ月も側にいて感情を読み取れるよう努力した結果、多少なりとも今のモモンガの“表情”が読み取れるようになった。
「(恥ずかしがってる。可愛いな)」
二人の間に甘い空気が流れ始めたとき、ドアが叩かれた。
「モモンさーん、ゴーンさーん。ナーベです」
「入れ」
ナーベラルが部屋に入ってきた。近くまで寄ると床に片膝をつく。
「商人の使者が来ました。鉱石を用意できたとのことです」
「そうか、わかった。では彼に会いに行こう。ゴーンさんも来ますか?」
「行きます。あの、これが終わったらセバスたちに会いに行ってもいいですか?久しぶりに顔が見たいんです」
「いいですよ。……私も見に行った方がいいですかね?」
「二人で行くほどじゃないと思いますけど。ほら、私はセバスの創造に関わっていますから、彼のことがちょっとだけ気になるんですよ」
「なるほど。でしたら、こちらの事は気にせず行ってきてください」
金を分けて袋に入れる。モモンの活動資金はモモンガさんが持って、他二つは私がアイテムボックスに入れる。
セバス会ったら渡してやろう。
ゴーナイトは、ナザリックを経由してセバスとソリュシャンがいる王都へ向かった。彼らが拠点としている館に〈転移門〉を開いてもらったのだ。
「いつもありがとう。シャルティア」
「恐縮でありんす。しかし、このぐらいどうって事はないでありんせん」
「そうだろうな。君の能力を考えれば、もっと難題を片付けられるだろう。しかし、こんなちょっとした積み重なりも大事な仕事だ。頼むぞ」
「お任せください。ご期待に添えるよう努めあげてみせんしょう」
シャルティアに見送られて、ゴーナイトはエントマと共に〈転移門〉をくぐる。
ゴーナイトの悪戯心によって、先方には来訪を告げられていない。行ったらどうなるか楽しみだった。
闇の先には豪華なーそれでもナザリックに劣るー部屋の一室に出た。そこは至高の存在を受け入れるため、館の中でも最上級の家具で整えられている場所の一つだ。
はじめて訪れたが、中々いいじゃないか。
ゴーナイトは感心して部屋を見回す。絵画の位置やら花瓶の花など、彼が好む点が多い。
部屋を横切り扉の前に立つ。すると、追従していたエントマが開けてくれるので、進む。
背後で扉が閉まったらまた歩き出す。
すると突然の来訪に驚いたシモベたちが、慌てて身を低くした。私は「持ち場に戻れ」と命令する。
普段は、周りの気配を感知しすぎて邪魔なパッシブスキル気配察知を使用して、屋敷の中を調べる。一番多いのは複数のシモベたち。それからソリュシャンが一階に、セバスが二階にいる。その中に知らない気配があった。セバスが傍にいる。
「うん?客人でも来ているのか?ならば二階の部屋で待つか」
考えている内に二つの気配ーセバスとソリュシャンーがものすごいスピードで動き出した。気づかれたかな。
「ゴーナイト様、セバス様です」
エントマが報告する通り、前方の廊下からセバスが早歩きでやって来る。彼は私の姿を確認すると速度を落として、傍に寄った。深くお辞儀をする。
「ゴーナイト様、よくぞおいでくださいました」
「突然邪魔して悪いな、セバス」
「何を仰いますか。至高の御方を邪魔に思う者などナザリックに存在しません」
「はは、そう言ってくれると助かる。ああ、ソリュシャンも来たな」
「いらっしゃいませ、ゴーナイト様。……今日は一体どの様なご用件でしょうか」
「なに、お前たちの顔が見たくなっただけさ。ところで、客人が来ているのか?二階に知らない気配があるな?」
「それは…………」
「…………ご報告します。その気配はセバス様が連れてきた女のものですわ」
「……は?どういう、ことだ?」
女を連れ込んだ。そう聞いて一番に頭の中に浮かぶのは性欲処理だ。セバスも男だ。そういうのは仕方ないかもしれない。だが、拠点となるこの屋敷に連れ込むのは感心できない。
声に感情が出ていたのか、セバスの肩が少し強ばる。
「道を歩いていたとき、助けを求められましたので、保護しました。当初、負っていた怪我や病気などはすべてソリュシャンに治療させました。現在は意識が戻り、意思疎通が可能です」
「なんだ、助けたのか。すまない。早とちりをして勘違いしてしまった」
「そんな!謝らないでください。私の報告の仕方がいけなかったのです!」
「決めつける前に、私は事情を聞くべきだった。だからソリュシャンは悪くないよ。今後、気をつけよう。それで、セバス。その女性は何なんだ?どこかの、恩が売れそうな貴族の女性か?」
「いいえ。わかりません。……おそらく娼館にいたので、農民の出かと思われます」
「…………詳しい話を聞いた方が良さそうだな」
二階の応接室。そこは至高の存在が訪れる場所として、先程の部屋よりも豪華に、少しでもナザリックに届く様に整えられている。
その部屋に移動した。ゴーナイトは奥に、セバスとソリュシャンは話をする為に御方の向かいに座る。
ゴーナイトは今度こそ、先走らないようにセバスから全てを聞いた。
全てを聞いて腹が立った。
怒りに身を任せるのではなく、努めて冷静に話す。
「セバス。お前の善意を、私は責めたりしない。なぜならたっちさんもまた、そうやって人を助けてきたからだ」
「たっち様も……」
感激に浸ろうとしたセバスを片手を上げて止める。話は終わっちゃいない。
「だが、行うなら自分の金でやれ。お前たちに渡した活動費は、利益にもならない誰か一人を救うためではない。ナザリックの利益となるよう、行動できるように渡したのだ」
「も、申し訳ありません!この責任は私が命を持って……」
「やめろ。私やモモンガさんを悲しませる行動はするな」
「ゴーナイト様……」
「セバス。お前に罰を与える。自分のために使ったお金だけでいい、それらを私たちに返金しろ。どう稼ぐかはお前に任せる。必要なアイテムや人材があれば相談しに来い。ただしナザリックだとバレる行為は一切禁じる。それと、あの女性、ツアレと言ったか?彼女を助けた責任をとり、面倒をみてやれ。ただし、ナザリックの事は隠す様に」
「はっ。かしこまりました」
「かしこまりました。……あの、ゴーナイト様。王都を離れると時、ツアレはいかがいたしましょう?」
「まだ決められない。この件はモモンガさんと話し合って進める。……セバス、最悪の場合も想定しておくように」
「それは、殺すということですか?」
「わからない。利用価値が生じ、本人が望めばナザリックの配下に加えてもいいだろう。それも視野に入れておけ」
こうして突然の訪問は終わった。
ゴーナイトは二人とエントマを下がらせて〈伝言〉を発動する。
「ーモモンガさん?」
『ゴーナイトさん、どうかしましたか?』
「セバスの事でちょっと話したいんですけど、今よろしいですか?」
『はい。周りに人もいませんし、話せますよ。……何か問題でも起こりましたか?』
「そうなんです。実は……」
私はかいつまんで、何があったのか伝えた。
『そうですか、セバスが……』
「事後報告となって申し訳ないのですが、こちらで勝手に罰を決めさせてもらいました。すみません」
『いえ、大丈夫ですよ。俺もその罰に賛成ですから。次回は一緒に決めましょうね』
「ありがとうございます。それで、次回なんですけど……」
『え、何かあるんですか?』
「ツアレの処遇を決めないといけません。殺すか生かすか。外へ放つのか、内に受け入れるのか……。どちらにせよ、経過を見る必要がありますが」
『セバスたちの報告待ちですね。わかりました。次はその話をしましょう』
「よろしくお願いします。それじゃ、この後エ・ランテルに戻りますね」
『待ってます。それじゃ』
〈伝言〉を切り、ゴーナイトは一息ついた。
これで一旦は区切りがついた。あとはツアレの様子を見つつ、セバスが金を払った相手側がどう出るか……だな。
結果は数日後に現れた。
王都の貴族と明らかに堅気ではない人物が、屋敷を訪ねてきたとソリュシャンから報告があがった。時刻は午後を回った頃だ。ナザリックに帰還して一服していた日だった。
「つまり、タカリに来たんだな?ナザリックに金があるから、脅して奪い取ろうというわけだ」
『その通りかと』
「目にモノを見せてやりたいなあ。モモンガさんはいかがですか?」
「賛成です。俺たちに手を出すとはどういう事なのか教えてやりましょう。フィーネ、すぐにデミウルゴスとアルベドを呼んでくれ。会議を開くぞ」
「かしこまりました」
フィーネは頭を下げた後、部屋から出て行った。
「ソリュシャン、報告ご苦労。こちらで対策会議を開く。そちらは沙汰を待て。攻撃されたら、敵は殺さず捕まえておくように。後ほど尋問する」
『承知いたしました。ところであの女は、ツアレはいかがいたしましょう?』
「ー少し待て。モモンガさん、セバスを保護した女性なんですけど、セバスたちに守らせてもいいですか?もちろん、セバスたちの安全を最優先にして」
「それでいいですよ。えーと、ナザリックに採用するか確認するんですよね?」
「そうですね。本人の意思を聞いてから、面接になります」
「わかりました」
「ソリュシャン、ツアレを守ってやれ。ただし、自分たちの命を最優先にするように。もしもの場合はすぐに撤退しろ。それと、人間は食事をしないとすぐに力を出せなくなる。体調には気を遣ってやれ」
『かしこまりました。すぐに実行いたします』
王都、セバスたちの拠点である屋敷にて。
腐った貴族と男が帰った後、ソリュシャンはゴーナイトたちに報告した内容、下された命令をセバスに話した。
「わかりました。では、夕食でも購入してきましょう。ソリュシャン、ツアレを頼みます」
「かしこまりました」
セバスは外出した。
そして二人の剣士に出会う。
〈つづく〉