ヤルダバオト役のデミウルゴスとの演劇を終え、エ・ランテルの屋敷に帰ってきた頃。
こちらでも、モモンとゴーンが付き合っていると噂が流れ始めた。
好奇の視線がなんとも居心地が悪いのだけれど、モモンは見せつけるように俺と手を繋ぐ。
今も大通りを歩いていて「はぐれては、いけないから」と、手を握ってきた。
手を繋げて嬉しいけれど、周りの視線がこちらに集中する。
「モモン、恥ずかしいよ」
「いいじゃないか。もう隠さなくてもいいのだから」
「でも……」
「嫌か?」
そんな悲しそうな声で聞かないでくださいよ。
「嫌ではないよ」
「じゃあ、もう少しこのままで」
モモンが本当に幸せそうな声で言うから、俺はなんでも許しちゃいそうになるんだ。
王都でも概ね受け入れられていたように、エ・ランテルでも表面上は何も問題は起きない。
何より嫌がらせはなかったけれど、事件は起きた。
「好きです!モモンさん、憧れています!付き合ってください!」
「……ええと」
本来ならば必要はない……けれど人として生きているなら必要な食料の買い物を済ませて、屋敷に戻ろうとした夕方。
その男性は俺たちの前に現れた。
人目もはばからず、モモンに向かって深く腰を曲げている。
モモンは咳払いをする。
「ゴホン!えー……私には、もう最愛の人がいる。あなたの気持ちには応えられない」
「どうか!一晩だけでも!」
「一晩……ええ……」
引いている。モモンが困っていた。
そして俺も、恋人がいる相手に浮気を持ちかける彼に、引いていた。
結果、俺たち二人を困らせた男に対しナーベは激怒した。
「下等生物が……身の程を……」
「ナーベ、静かに」
「申し訳ありません」
それでも表情は恐ろしい鬼の形相のままだ。
告白してきた男は、多少たじろいだが、引かない。また頭を下げた。
強いなあ。
モモンはもう一度咳払いをした。
相手は顔を上げる。その表情は決してよろしくはない。
「ゴホン。……すみませんが、私の恋愛対象は女性で、男性はゴーンだけなので応えられないのです」
「モモンさ……」
「――それに」
モモンは俺の腰を掴み、ぐっと引き寄せる。
「恋人がいる人に向かって浮気を勧める方は、どうしても信用できません。さようなら。行こう、ゴーン。ナーベ」
「わかった」
「はい。モモンさーん」
男性の横を通り、俺たちは屋敷に帰る。
一人残された男性は、その場で崩れ落ちた。すると建物の影から仲間らしき男性たちが出てきて、声をかけていた。
悲しみを分かち合ってくれる誰かがいるなら、大丈夫か。
俺はやっと前を向いて歩き出す。
――――――
数日後。
「ゴーンさん」
「はい?……どなたですか?」
美青年……と呼べる男性が、自信あり気に声をかけてきた。
俺が一人でお使いをしている最中の事だった。
彼は、自分の顔にかなりの自信があるのだろう。絶妙な顔の角度を意識して、話し出す。
「何か、困っていませんか?お手伝いしますよ」
「は?……困っていませんが?」
「いや、何かあるはずです。どうぞ、頼ってください」
何だ?この人……?
普通の街の住人にしか見えないが?
観察していたら、彼は頬を赤らめた。
ひえ。もしかして……?
「あー……俺、忙しいので!」
「あ、待って!待ってください!」
歩き出そうとしたら、進行方向に先回りされてしまった。
うーん、邪魔だなあ。
「せめて名前だけでも覚えていってください。俺はセブ、セブ・オナーと言います。いつか、あなたの恋人になる男です!」
は?
俺ははっきりと言ってやった。
「俺にはモモンだけです。その幻覚、早く覚めるといいですね。さようなら」
青年から少し離れて歩き出す。
皆、人目を気にしないで告白しに来るの、何なんだ?
流行りか?やめてくれ。
その日の夜。
エ・ランテル屋敷。
アインズとゴーナイトの姿に戻って、のんびり二人で話していた。
同じ部屋の中には、ナーベ姿のナーベラルと、手が空いているプレアデスのメンバー、ユリが来ていた。それに護衛のシモベが数匹。
夜の穏やかな時間。
ふと、昼間の事を思い出す。俺は「言っておかないと」という気持ちで切り出した。
「あの、アインズさん」
「何ですか?」
「昼間の事なんですけれど、俺、告白されました。男に。ちゃんと断りましたからね」
その言葉に、ナーベラルは驚かなかった――目は吊り上げていた――けれど、ユリや護衛のシモベたちは驚きを隠せないようだった。
アインズさんは疲れたように言う。
「それは疑っていませんけれど……今度はあなたがですか」
「そうなんです。……俺って、そんな隙があるように見えるんですかね?」
「それを言うなら、私の方もでしょう。うーん、告白が続くようなら困ったなあ」
「ですねえ。どうにかして、皆さん諦めてくれないかな」
アインズさんが、椅子の背もたれに背中を預ける。天井をぼんやり眺めて、呟いた。
「何で……こんな良い夜に……ノイズのせいで……邪魔だなあ」
うん。めちゃくちゃ、イラついているな……。
昼間の話、今しない方が良かったかな?
恋人の、降下気味の機嫌をどうにかしたくて、俺はアインズさんの隣に座った。
アインズさんは天井に向けていた顔を、こちらに向けた。
「……何ですか?」
期待が滲んでいる、そんな声が可愛らしくて。
「あのね、アインズさん」
アインズさんの耳元に口を寄せて、イタズラっぽく、こっそりと話す。
「提案があるんですけれど、俺と戦いましょう?」
「戦う?――モモンとゴーンが、ですか?」
驚いたアインズさんが、ちょっぴり大きな声を出す。
俺は、彼の耳元から離れ、まっすぐ顔を合わせた。
「はい。俺たちが……というか、モモンとゴーンが唯一無二だと皆に知ってもらうんです」
「ふむ」
アインズさんは考え、顎をさする。
俺は話を続けた。
「仲睦まじい姿を見せてもわかってもらえないなら、別の方法で理解してもらいましょう」
――――――
後日。
冒険者組合長に頼み、モモンとゴーンは模擬戦をする事になった。
エ・ランテルにある冒険者用の訓練施設、その建物の中庭にて、俺たちは対峙する。
建前は、モモンとゴーンが互いに技を見せ合う事で、他の冒険者たちに良い刺激をもたらす事。
本音は、二人に告白してくるお邪魔虫を、もう出さない事だ。
皆が「モモンとゴーンは唯一無二の仲間であり恋人で、誰も割って入れない」と、そう思ってくれたらいい。
噂を聞きつけたギャラリーは徐々増えている。
ザワザワと賑やかになってきたところで、組合長が腹から声を出した。
「静かに!これより、アダマンタイト級冒険者モモンと、その仲間であるゴーンの模擬戦を行う!……さあ、二人とも始めてくれ」
耳が痛いほど静まり返った中庭で、俺たちは互いに武器を構えた。
モモンは二振りの黒い大剣を。
俺はプラチナの輝きを放つ片手剣と円形の盾を。
瞬きの間――。
「それでは始め!」
まずは軽く。相手の様子を見よう。
モモンは踏み込み、一気に距離を詰めてきた。
俺はそれをギリギリのところで回避、無防備な背中に柄頭を叩き込んだ。
「ぐっ!」
うめくモモンをさらに追撃する。その巨体を、盾で思い切り弾いたのだ。
土埃を舞い上げて、モモンは地面を転がった。
今度は、俺の方が一気に距離を詰める。音もなく、立ち上がろうとした彼の後ろに周り、その首筋に剣を寄り添わせる。
「はい。一本ね」
「――くそ」
小さな悪態をつくモモン。子供が駄々をこねるような響きだった。
そして次の瞬間、爆発的な歓声が上がる。
「凄いぞ!モモンが手も足も出ないなんて!」
「あのゴーンって奴、モモンより強いって噂は本当だったんだな!」
子供のようにはしゃぐ大人たちを、組合長は静かにさせた。
「静かに!この模擬戦は三本勝負なのだ。次が始まるぞ」
また耳が痛いほどの静寂が中庭に降りた。
だが、皆の視線は爛々と期待で輝いている。組合長も、興奮を隠せないようだった。
俺はモモンに手を差し出す。
モモンは俺の手を取り、立ち上がった。
「次は勝つので」
「俺も、負けませんよ」
それとモモンを応援したい気持ちで、俺は彼にそっと耳打ちした。
「――この三本勝負、あなたが勝ったらイイコトしてあげる」
「イイコト?」
「――騎乗とか」
ぐるん、とモモンの顔がこちらを向いた。
そして両肩をがっちり掴まれた。
「男に二言はないですね!?」
「は、はい……」
「よし!」
途端にやる気を出したモモンに、周囲は置いてけぼりをくらう。
俺はちょっとだけ「もう少し軽いものにしておけば良かったかな?」と、そう考えたのだ。
――――――
結果はモモンは一勝、ゴーンは二勝となった。
モモンが負けた結果になったけれど、試合内容が超人の域に到達した者たちにしか出せない技の応酬だった為、たいへん盛り上がった。
ゴーンは、モモンよりも強者で、モモンの盾であり剣である事が認知される。
モモンは、その人徳でゴーンより命を預けられている、素晴らしい人格者なのだ、と人々に知れ渡った。
あれから、誰もモモンとゴーンの間に入って来ようとはしない。
熱く視線を送られてくる事はあれど、声はかけてこない。
うん!平穏だね!
――――――
模擬戦後の夜。
ナザリック地下大墳墓内のアインズの自室にて。
その部屋の中に、シモベたちはいなかった。
ただ、恋人たちが仲睦まじく口付けを交わしている。
アインズはソファに深く座り込み、脱力していた。
ゴーナイトはアインズの膝の上に乗り、向かい合い恋人にキスを送る。
頭、額、こめかみ、瞼、鼻筋、頬、唇、顎、首筋。
ゆっくりと往復し、何度もキスを送る。
ゴーナイトに、肉体は無い。だから、口付けといっても、フルフェイスの兜の口部分を押し付けるだけだ。
しかし、そんなキスだからこそ、欲を駆り立てられる事はされず、ゆったりと心が満たされる甘い時間を味わえた。
一通りキスをし終わったところで、ゴーナイトは頭をアインズの肩に預けた。
アインズはゴーナイトを抱きしめるように、両手を彼の背中に回す。
「疲れちゃいましたか?」
「いいえ。ちょっと胸がいっぱいになったので、休憩です」
アインズは思った。
つまり、もっとしてくれるのか?
胸の奥から湧き上がる愛おしさに、眩暈がしそうだ。
今回は勝てなかったけれど、こんな良い時間を過ごせられるなら、それもまたアリだなあ。