どえらい事になった。
円卓の間の前で、モモンガさんに「ちょっと今後の方針を決める案をまとめてくるので、自室にこもりますね〜」と言い、俺はナザリック地下大墳墓の自室に閉じこもった。
寝室にて。ゴロゴロと柔らかいベッドを転がり、動揺するままにフカフカな枕を抱きしめる。
俺は!転移前!モモンガさんと今後の方針――異世界に転移した後――を決めるつもりでいた。
それがどうだ?
蓋を開けてみたら、モモンガさんが俺の知る原作のモモンガさんではなかった。転移前は違ったじゃん!普通のサラリーマンで、一般人で、ナザリックを愛していた……。
今は、あの人ではない。
ゲームの時に演技して見せていた……まるで魔王なモモンガさんが、ここにはいた。
――もしかして、鈴木悟さんの残滓がかなり薄い?
この予想は、正解に近いと思う。
ならば、俺は?
感情が、精神が抑制されず、人間の頃のままに感じる心。
右手を鎖骨の下、心臓があった辺りを触る。
アンデッドでも、オーバーロードとゴーストナイトでは、違うのだろうか?
原作ではどうだったかな?
「昔過ぎて覚えてないぞ……」
原作の大まかな流れは、とあるファイルにまとめてある。そのファイルは、寝室から入れる隠し部屋に置かれていた。
誰も知らない。誰にもわからない。誰も手にする事はできない、はず。
――前に、モモンガさんだけには「実は俺の部屋には、隠し部屋あるんですよ〜」と、話した記憶がある。
ゾクリと、背筋が冷えた気がした。
「大丈夫……だよな?詳細は話していないし、隠し部屋の事、バレたりしないよね……?」
バレませんように。
祈る事しかできなかった。
ため息を吐く。いや、肉体がないので、息を吐いたフリをした。
「(ここでゴロゴロしていても、いい案は浮かばない。そろそろ現実を受け入れて、動き出した方がいいよな)」
ベッドから起き上がり、姿見の前で身だしなみをチェックしてから、寝室を出た。そして廊下に出て右へ、執務室に向かう。
金に縁取られ、模様が細かく入った……これまた豪華な扉――俺の部屋の扉は、全て同じ作りだ――のドアノブに手をかけて、何の意識もせず開けた。
「――ひゅ」
――執務室には大勢いた。その大勢が、俺に深々と頭を下げている。
俺は驚き、硬直する。そのせいか、変な声が出た。
まず、一般メイドと呼ばれるギルメンが創造したNPCが三名。
ギルメンが創造したNPCたちの名前と顔は、転移前に頭に叩き込んだ。が、俺は混乱すると頭が回転しないので、相手の名前が出てこなくなるのだ。だから、今は名前を呼ばない方がいいと思う。間違えて呼びたくないからね!
次に、創造されていないシモベと呼ばれるモンスターたちが、天井に八体、床に降りているのが十体。
多いわ!多いな!?
そういえば感知系のパッシブスキルはオフにしていたわ!そのせいで気づかなかった。
俺のミスです。はい。
俺は、ドアノブを握っていない方の手を、強く握った。
一般人の俺からすれば、異様なこの光景は、心臓に悪い。しかし、ナザリックの支配者となったこれからは、ずっとついて回るモノだ。
――慣れなくては、ならない。
初手は失敗したが、これからは気をつけていこう。
強く握った手を、何度かグッ、パッ、と閉じては開いた。気分が落ち着いたところで、執務室に入る。
後ろで扉が閉まる音がした。
すごく帰りたいです。
それでも前に進み、大理石でできた執務机の方へ向かって……やめた。
この緊張状態のまま、うまく椅子に座れる未来が見えなかったのだ。だから、執務机の前に立った。
さあ、準備はいいか?今から支配者ロールをすっぞ!
俺は顔を上げた。周りをゆっくりと見回してから、声を出した。
「顔を、上げ……なさい」
上手く!お口が!回りません!!転移した一番初めの、アルベドたちの時は、上手くやれたと思うんですけどお!
数時間前と今じゃ、まったく状況が違うから仕方ないよね!
それでもNPCたちは、一糸乱れぬ動きで顔を上げた。
強い緊張感を、その視線から感じる。
――心臓が縮まる音が、聞こえた気がした。
天井を仰ぐ。天井に張り付いているシモベの一体と、目が合った。
「――降りてきなさい」
ザッ!
これまた一糸乱れぬ動きで、床に降りてきた。……天井から離れる時も、床に着地する時も、音に乱れがないってどういう事?みんなで、どんな訓練をしたら、そこまで息がぴったり合うの?すごすぎるよ。
と、いけない。みんながこちらに注目している。考え事は後で、だな。
「……さて、みんな、こんばんは。いつから、ここにいたん、だ?」
代表して、一般メイドの一人――青髪に青眼の女性――が、強張った声を発した。
「三十分ほど前から待機しておりました」
三十分もここにいたの!?気づかなくて本当にごめんね!
「それは、ご苦労」
うんうん、と頭を縦に振る。すると、みんなが息を飲んだ、気がする。
「――うん?どうした?」
「い、いえ!何でもありません!」
「そうか?ならば、いいが……。しかし……」
ぐるりと全員を見回す。全員に緊張が走った。
それに気づかないフリをして、顎をさする。
「多いな。モモンガさんのところも、私と同じ数のメイドたちと、護衛がついているのか?」
「はい。そのはずです」
「ふむ。ならば、やはり多いな」
ナザリックの支配者であるギルメンの、そのまとめ役なモモンガさんは、ナザリックの最上位に位置する。
俺はただのギルメンだから、モモンガさんの次、つまり下になるわけだ。モモンガさんと俺は違うのに、同じ数のメイドと護衛をつけていては、ダメだと思う。加えて、ナザリックの命令の優先順位は、最上位にモモンガさんで、次に俺、その下がアルベドと続いた方がいいだろう。
その話する為に、ナザリックで現在も生産され続けているアイテムたちを、一旦ストップさせる為にも、すぐにモモンガさんに会いに行った方がいい。
もっと、人間の残滓が少ないモモンガさんの事とか、これからの行動とか、色々考えたいが、それは追々すればいいか。
俺は「ついてきなさい」と言い、歩き出す。
メイドは慌てたように言った。
「すぐに近衛の準備を――」
「お前たちだけが来てくれれば、それでいい。さあ、来なさい」
自室から、ナザリックの第九階層へと続く扉を、二人のメイドたち――片方は茶髪、もう片方は黒髪のメイド――が開けてくれる。
廊下を出ると、自室の扉を守るように蟲系の高レベルモンスターが二体立っていて……私に向かって頭を下げていた。
また心臓が締め付けられる気がしつつも、そんなマイナスな面はおくびも出さず俺は言った。
「――留守を頼む」
「御意」
「御意」
どちらも三十代くらいの、男性の声だった。
そうして、俺、メイド三名、シモベたちの順番で列を作り、真紅の絨毯が続く廊下を歩き出す。
青髪のメイドが、後ろから声をかけてくる。
「ゴーナイト様、これからどちらに向かわれますか?」
「モモンガさんに会いに行く……そうだ、先に言って伝えてもらえるか?」
「かしこまりました」
青髪のメイドは俺に一礼すると、早足で廊下の奥へと進んだ。
その間にも、すれ違うシモベたちから深い敬意が込められた臣下の礼を、受ける。
――重い。
こうなるとわかっていても、しんどいな。
それでも俺は背筋を伸ばし、前を向く。
――――――
五分ほどで、モモンガさんの部屋の前に到着した。
先触れとして行かせた青髪のメイドは、モモンガさんの部屋の前で待機していた。両扉を守る門番たちと共に。
門番は、俺のところと同じ蟲系モンスター二体だ。その二体と、青髪のメイドが俺に向かって頭を深く下げる。
俺は満足そうに頷いて見せた。
「みな、ご苦労。頭を上げてよい。それで、部屋の中にモモンガさんはいらっしゃるのかな?」
「はい。そしてモモンガ様から、ゴーナイト様がいらっしゃった場合、すぐにお通しするよう、命令されております」
「そうか。では、入れてもらえるかな?」
「少々お待ちください」
青髪のメイドがドアをノックし、中にいるメイドと思わしき者とやりとりをする。
数十秒後、許可が降りて、中から両扉が開いた。
そしてモモンガさんが出てきた。
「も、モモンガさん」
「ゴーナイトさん」
モモンガさんは嬉しそうに俺に近寄る。そう、近い。彼の香りが鼻腔をくすぐりそうなぐらいに。
そして胸を高鳴らせている間に、左手を絡めとられた。モモンガさん、積極的ィ!
「さあ、中へどうぞ」
「は、はい」
促されるまま、モモンガさんの部屋の中へと入る。
中は、俺の部屋と同じだ。
ギルメンが用意してくれたデフォルトのインテリアのまま、使われている。
部屋の中には、一般メイドが三名、護衛のシモベが十八名、そして守護者統括アルベドと、家令のセバスがいた。
全員、深くお辞儀している。
うん?どうして全NPCトップと、生活面トップがここにいるんだ?
――もしかして!?
「モモンガさん、もしかして仕事をされていましたか?」
「ええまあ、少々……」
「そうとは知らず、突然訪問してしまってすみません!」
「問題ない。そろそろ、ゴーナイトさんに会いたかったからな。そろそろ休憩でもするか。一緒にどうだ?ゴーナイトさん」
「でしたら、アルベドとセバスも一緒にお願いします。――三人でどんな話をしていたのか、知りたいので」
「まあ、いいか……。では、こちらへ」
モモンガさんに案内されたのは、入って右側に置かれた応接用のソファと長椅子が置かれた場所だった。
俺たちは上座に並んで座り――うわ、このソファの座り心地めっちゃいいぞ――次に、モモンガさんがアルベドとセバスを呼んだ。
……二人が下座側のソファに座らないので、モモンガさんに許可を求めた。
「アルベドとセバスにも、座ってもらってもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。二人とも、座りなさい」
できるだけ、優しく促した。
二人は深く頭を下げてお礼を言い、下座側のソファに座った。
すぐに、モモンガさんについていたメイド三名と、俺についているメイド三名、計六名が周りを囲み、待機した。
やっぱり多いよう。そんなに注目しないでほしい。
「せっかくの休憩だし、何か飲み物を用意させましょうか?俺はコーヒーがいいな。飲めないが、香りを楽しみたい。モモンガさんはどうです?」
「ふむ。……何か、おすすめはあるか?」
「そうですね。――ハチミツの香りがする紅茶なんていかがですか?」
確か、そんなフレーバーテキストが書かれた紅茶が、あったハズだ。
提案すると、モモンガさんは鷹揚に頷いた。
「では、それで」
「わかりました。アルベド、セバス、お前たちも何か飲むといい」
二人は、また頭を下げた。そして声を揃えて「ありがとうございます」と、言う。
「では、願わくば私はモモンガ様と同じ紅茶を、頂戴しとうございます」
「私は、ゴーナイト様と同じコーヒーを、頂ければと思います」
「わかった。聞いていたな?持ってきてくれ」
「かしこまりました」
俺が命令したからなのか。青髪のメイドが代表して応える。メイドたちは一斉に頭を下げて、それから行動を開始した。
――――――
香ばしく深い豆の香りと、ハチミツの甘い香りが漂う室内で。
モモンガさんがしていた仕事というのは、俺が考えていた物と同じだった。
消費アイテムの生産のストップ、各階層の継続ダメージが発生するエフェクト――例えば吹雪――やら、一部の罠やらを停止する事。
モモンガさんは、先に考えて行動してくれたのだ。
安堵ゆえに、俺はモモンガさんの左手を、自分の両手と絡めた。
そしてまっすぐ、今の気持ちを伝える。
「さすが、モモンガさん……!」
「――このくらい、誰でも考えつきますよ」
「そうかもしれません。でも、すぐに行動してくれたおかげで、アイテムや金貨が少しでも消費しないで、済みます!だから、言わせてください。さすがです!」
「……まあ……まあ……」
俺の両手と絡めた、モモンガさんの左手が、ぎゅっと俺の手を握る。
「――俺ってすごいですか?」
「はい!とっても!」
「――ご褒美を、もらえるくらい?」
ご褒美?
ゴーナイトは首を傾げつつ、頷く。
「貰えると思いますよ」
「じゃあ、ください」
「え?――え!?俺からですか!」
「ええ、もちろん」
そう言われるとは、予想外だ。
モモンガさんは楽しみに待っている……ように、見えた。ぽっかりと空いた眼の部分、瞳のような赤色の輝きが、じっと俺を射抜く。
俺は、ないハズの鼓動が速まる気がして、その目から俺を隠したくて。咄嗟に俺の右手を、モモンガさんの額から目元にぺたりと当てた。
そして、“どうにでもなーれ!”と半ばヤケクソな気持ちで、モモンガさんを撫でた。
手を、前から後ろへ。
「――い、イイコ、イイコ」
「…………」
「………………」
「………………」
三人の視線が痛い。
モモンガさんは表情がわからないが、何も言わないし!
セバスとアルベドからは、目を大きく開いて、かなり驚いている雰囲気を感じる。
こんな空気にしたの誰よ!
俺だよ!やっちまったぜ!
モモンガさんもずっと黙っているし、これ怒られるやつ?
俺はスッと手を離そうとして……。
ガッ!
掴まれた。
誰に?モモンガさんに!
「も、モモンガさん?」
「――っと……」
「へ?」
「もっと、してください」
今度は俺と、セバスとアルベドが驚く番だった。
いやいやいや!そんなのムリだよう!
「は、恥ずかしいから、ダメ……!」
さっきのは、咄嗟にやった事だし!
二人きりの時なら、いくらでもできますけどね!!
俯いて、頭を「いやいや」とブンブン振る。
それを見たモモンガさんが、ガパリと口を開けた。
「しょうがないですね……かわいいから、許してあげます」
「か、かわいい……!?あ、えと、ありがとうございます……?!」
許された!
俺、かわいくて良かったなあ!??
なんか、他にもやりたい仕事があった気がするが、スコンと頭から抜け落ちていた。