仮想空間が現実になった。
ありえないが、本当の話だ。現実に今起こっている。
玉座の間から出てレメゲトンの悪魔たちが命令を聞くか確認したあと、俺たちは第六階層へ移動した。アウラとマーレに会い、モモンガさんと一緒にスキルや魔法が使えるか実験した。まるで元から使えたかのように、手に体に馴染んだそれらは自分の身を守るのに申し分なかった。
ああ、そうそう。アイテムも問題なく使えたぞ。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用して玉座の間から転移したんだ。体が一瞬軽くなる感じだったな。
そして続々と階層守護者たちが集まってくる。
シャルティア、コキュートス、デミウルゴスにアルベド。第四階層、第八階層守護者を除いたメンバーが揃った。彼らは揃うと、すぐに「忠誠の儀」を始めた。
なんて言うか、圧巻だった。生涯、味わうことがなかったピリピリとしたあの空気。誰かに心から敬われたことがない私たちは、ひどく動揺してしまって。モモンガさんなんて誤まってオーラを周囲に放ったり、後光を背負ったりしていた。俺はその場から逃げたくて、間違って体を半透明にしたり、スキルで視認しづらくなる黒い霧を自分の周りに発生させてしまった。恥ずかしい!
それらを解除する余裕なんてなくて、モモンガさんが主軸となって話を進めていく。苦心しながらも、頑張って上位者らしくロールプレイするモモンガさん、本当にカッコよかった!
私たちはNPCたちから攻撃されるかもしれないと考えていたが、彼らの忠義、強い光のような想いを見せられて考えを変える。モモンガさんと顔を合わせて頷いた。
彼らなら大丈夫だ。どんな問題も苦難も解決してくれるだろう。
そこからは、モモンガさんはするすると言葉を発していた。魔王ロールを普段からしていた故か、熟達している。私はロールプレイをしてこなかった身なので、これから大変だと思った。上位者らしい振る舞いを頑張って覚えなくてはならない。
ナザリックに起きた異変は誰も気づいていないようだった。各階層で異変が起きていないことは幸いだ。そしてセバスが走って来た。
シャルティアが円形闘技場に来る前に、誰かと〈伝言〉をしていた。おそらく相手はセバスだったんだろう。モモンガさんがここへ来るよう、セバスに命令したんだ。
セバスは調査を報告する。
周囲は草原。空にも地上にも人工的建物はなし。明かりもなし。小動物はいたが大型、中型はおらず。その生物は戦闘力が皆無であるため、モンスターでないと考えられる。
ふむ、拠点周囲に厄介ごと、問題はないか。なら、内部のことに集中できるな。
モモンガさんと話して、各階層の警戒レベルを一段階上げる。加えて第八階層を除いた全階層の警備を行う。つまり、第九、第十階層にモンスターを置くという事だ。
これにはアルベドたちも驚いていた。「至高の方々が御坐す領域」?
私たちは、NPCたちから一体何だと認識されているんだ。
とにかく第九、第十階層にもシモベを配置してもらう。うん、中はとりあえずこれでいいんじゃないかな。
次は外、ナザリック地下大墳墓の壁とかだな。土でもかけて隠しちゃいますか?と、モモンガさんに聞いたら「いい考えですね。そうしましょう」と同意を得られた。
守護者たちは目を大きく開けて、驚きを吐露する。え、なんか変な提案だったかな?こてりと、首を傾げる。するとモモンガさんから視線を感じた。
「何か?」
「あ、いえ。……わざとなのか?それとも無意識なのか?それにしてもあざとい」
「?」
独り言をブツブツ呟いているが、何のことかわからない。誰なのか、何があざといんだろう。
とにかく。壁に土をかけるならマーレに頼むべきだろうと、声をかける。マーレは可能だと言った。セバスにも声をかけて、ダミーを複数作ることでナザリックが目立たなくなると結論がついた。
「隠せない上空部分には、ナザリックの者以外に効果を発揮する幻術をかけておきましょうか」
「それがいいですね。では、今日はこれで解散とする。各自、休憩に入り、それから行動を始めるのだ。どの程度で一段落つくか不明である以上、決して無理をするな」
守護者たちが頭を下げて了解の意を示す。
「ーーモモンガさん、ちょっとお話ししたい事があるので円卓に行きませんか?」
「うむ、わかった。では皆、さらばだ。今後とも忠義に励め」
再び大きく頭を下げた守護者たちの元から、モモンガたちは指輪の力で転移する。瞬時に円形闘技場から円卓前の扉へと景色が変わった。お互い以外誰もいないとわかると、二人とも脱力する。
「あふ、疲れましたね」
「まったくです。肩が凝りましたよ」
「ですです。話は中に入ってからでいいですか?誰かに聞かれてはいけませんから」
「わかりました」
二人は扉を開けて中に入った。ゴーナイトは扉をそっと、音を出さないように閉める。二人はそれぞれ自分の椅子へ腰掛けるがいかんせん遠い。これでは大声で話合わねばならず、まどろっこしい。ゴーナイトは立ち上がり、モモンガの側に立った。そしてアイテムボックスから高級そうな革張りの一人用ソファを取り出して、モモンガの斜め後ろに置いた。
「すみません、ここに座ってもいいですか?」
「それは構いませんけど、隣に座らないんですか?」
「なんだか、皆さんに悪くて……」
「自分の席に座ったぐらいじゃ怒りませんよ。さあ、どうぞ」
「では、失礼します」
モモンガさんに促されて、ゴーナイトはソファをアイテムボックスに戻し隣の席に座った。モモンガと膝を付き合わせる様に、互いの方を向く。モモンガは非常に鼓動が早くなった気がした。
「それで、話というのは?」
「俺たちの件なんですけど、あの、テンパった状況でやけに冷静になれたり。その、やけにモモンガさんがカッコ良く見えたりとか、凄く胸が熱くなるんです」
「お、俺がカッコいい??え、ええ?」
「あの、そこじゃなくてできれば精神が抑圧される方に食いついてください……」
恥ずかしさを押し殺すような声色でお願いされる。
「ああ、はい。精神が抑圧されるかですよね。俺も玉座の間で経験しましたよ。ゴーナイトさんもそうだったんですか?」
「はい。私もです。だからアルベドに命令できたんですよ。試してみようって」
「怖くなかったですか?」
「怖かったけれど、いきなり攻撃はされないだろうと思って。今思えばちょっと楽観的でしたね。もう少し慎重に行動しますね」
「よろしくお願いします。……ところで、俺が、その、かっこいいんですか?」
「……はい。とっても魅力的です。モモンガさんは?俺のこと良く見えていますか?」
不安げな、切ない声に押されて本音が出てくる。
「かわ、いいです」
「可愛いですか?嬉しいですけど、変ですよね」
「そうですよね、男性に対して失礼ですよね」
すみません。と頭を下げる。しかしゴーナイトは首を振った。
「そうじゃないんです。俺たち、いつからこんな風になっちゃったんでしょうか。日にちが変わる前は、普通の男友達でしたよね?それが今じゃ、まるで異性のように惹かれてる」
「そういえば、アレ?おかしい……のか?なんで俺、ゴーナイトさんの事可愛く見えているんだ?」
ひやりと背筋に冷たいものが伝う。何かがおかしくなっていた。
「もしかして、アレのせいですかね」
「アレ?」
「覚えていませんか?自分たちのテキストに“愛してる”って書き込んだ事を」
「あっ!そのせいか!だったら消した方がいいですよね。えーと……そうだ!流れ星の指輪を使えばきっと……」
「ま、待ってください!」
中空へ手が伸びかけたモモンガの骨の手を、ゴーナイトは両手で掴む。
愛した相手に初めて掴まれた手は、固く、決して暖かくはなかったが。モモンガの心は沸騰しそうだった。どうにか平静を装い、ゴーナイトに話しかける。
「ど、どうしましたか?」
「あの、問題なければ、このままじゃダメですか?」
「え?でも、気持ち悪くありませんか?俺と両想いなんですよ?」
「モモンガさんとだから嬉しいんですよ!」
ゴーナイトは声を張り上げる。モモンガは驚いて、それからじわじわと喜びが胸に染み出した。
だが、これは違うと内心頭を振る。
これはテキストによって植えつけられた偽りだ。本物ではない!
「俺は、ずっと、子どもの頃に両親を亡くしてから一人で……。会社に入っても友人なんてできなくて、ゲームでだって中々、仲の良い人とは巡り会えなくて。好きな人なんかできなくて」
「それは、俺も同じです。俺にとってはユグドラシルが全てでした」
改めて考えると何もない人生だったな。いや、ナザリック地下大墳墓が、アインズ・ウール・ゴウンの皆がいるじゃないか。それだけで心が満たされる。
「私も、ユグドラシルが全てでした。でも、ちょっとずつ変わっていったんです。皆さんからたった一人に……。モモンガさんが初めての友達でした」
「ゴーナイトさん……」
俺にとっては皆がいたけれど、この人にとっては俺一人だったんだ。そう思うと、ゴーナイトがとても可哀想に思えた。モモンガはゴーナイトの手を握り返した。そして空いているもう片方の手で、彼の手を包み込む。
「モモンガさんは俺の大事な人です。友人として、あ、愛する人として。この愛が書き加えられた偽物でも、俺は嬉しい。飛び上がるほど喜んでいます!好きな人と両想いな事が、何よりも嬉しいんです。ですから、どうか……………消さないで」
ごめんなさい。
最後はかき消えるぐらき小さな声だった。
モモンガは数分迷い、天秤にかけた。
ここにいない仲間たちと、これまで苦労を共にしてくれた仲間を。
天秤は簡単に傾いた。
「わかりました。テキストは変更しないでおきます」
「!ありがとうございます、モモンガさん!」
「俺だって、その、す、すすすす、好きな人の悲しい顔は見たくありましぇんから」
噛んだ!なってカッコ悪いんだ!モモンガは項垂れる。が、そんなものは吹っ飛ぶ事態が起きた。
「本当に嬉しいです」
ゴーナイトはゆらりと立ち上がり、モモンガの手を自らの体の方へ導いた。
そして左手を胸に、右手を太ももに当てる。
モモンガはガバリと口を開けた。
「な、何をしているんですか?!」
「モモンガさんに触れて欲しくて、当てています」
「ぐふっ!ふ、触れてほしいって!」
こんな事をしてモモンガは嫌がらない。ゴーナイトはそのまま続行すると決めた。
ゴーナイトはフルアーマーに憑依したゴーストナイトである。なので、胸といっても鎧の上からで楽しんでもらえない。ならば、ズボンが見えている太ももの方を動かした。モモンガの手を上から添えて、太ももからゆっくり上へ腰を辿り腹近くまでさする。それを何往復もする。
モモンガは手を引かない。むしろ食い入るようにその様子を見ていた。徐々に顔が近づき、鼻息が当たりそうなほど近くで見ている。
ゴーナイトはドキドキしていた。自分がこんなに大胆だとは知らなかった。
「モモンガさん、もっと、触ってほしいです」
甘えた声に促されて、今度はモモンガの意思でゴーナイトの太ももを撫でた。
〈つづく〉