敵はガゼフを狙っていた。敵国ースレイン法国ーの仕業だという。ガゼフはモモンガさんを雇いたいようだが、モモンガさんは断った。敵の力が未知数のためだろう。もちろん、俺も断ったよ。
最後に、もう一度村人を助けてほしいの頼まれる。モモンガさんはアインズ・ウール・ゴウンの名にかけて、村人を守ると約束した。
戦士長の背が小さくなるまで見送る。
モモンガはため息を吐いた。
「はあ。初対面の人間には虫程度の親しみしか湧かないが、話してみるとどうも小動物に向ける愛着が湧くな」
「そうですね。なんというか、可愛くなってくるんですよね」
「いや、間違ってませんけれど。その言い方なんか嫌だな」
「愛着が湧いたから、あの尊きお名前を用いてまでお約束をされたのですか?」
「そうかもな。あるいわ……」
モモンガは遠くを見つめる。その先にガゼフがいるようだった。俺は胸がもやっとし出したので、そのあたりを払うように撫でる。いくらなんでも見境なさすぎたろう。
誤魔化すために話題を振る。
「あー、周りに伏兵はいません。とりあえず村は大丈夫でしょう。しかし、私の探知に引っかかっていないだけかもしれませんので、シモベたちに確認させましょう。いた場合は殺しますか?」
「いえ、意識を奪うだけにしましょう。ーアルベド」
「ただちに行います。……アインズ・ウール・ゴウン様、ゴーナイト様、村長たちです」
村長は二人の村人を連れてやってきた。息を切らしたまま口を開く。
「アインズ様。ゴーナイト様。私たちはどうすればよろしいのでしょう?なぜ戦士長殿は私たちを守ってくださらず、村を出ていかれるのでしょう」
「村長殿、戦士長殿が村を出たのはあなた方を守るためですよ。ここに留まれば村が戦場になる。村人が巻き添えになるでしょう。かの御仁はこの村にいない方が、あなた方にとっては良いのです」
村長と村人はようやく納得したようだ。
それから村長が語る言葉は、今すぐ解決できないものだった。
幸運を安全と勘違いして、自衛を忘れて。結果隣人をなくした。
慰めの言葉も今は染み込まないだろう。こればかりは時間が解決するしかない。
「村長殿、あまり時間がない。早く行動しましょう。それが戦士長殿のためにもなります」
「そ、そうでしたな。皆様はどうなされるのですか」
「……私たちは状況の変化を見届け、機を見て皆さんを守って脱出するつもりです」
「皆様には幾度もご迷惑を……」
「気にしないでください。戦士長殿とお約束もしましたので。村人の皆さんを大きめの家屋に集めてください。私の魔法でちょっとした防御を張っておきましょう」
村人たちと移動して倉庫として使われているだろう家屋の中に入る。倉庫の中にはたくさんの干草があった。村人たちから離れて家屋の奥へ移動する。声を低くして周囲にはわからないよう会話する。
「戦況は?」
「かなり悪いですよ。でもレベルが低い戦いのようです。これなら……」
「いつでもいいですよ。アインズさん」
帯刀している愛刀に手をかけながら言う。彼がガゼフを助けてもいいと思っていることはわかっていた。なら、その意向に沿うよう動くだけだ。
「ーそろそろ交代だな」
そして私たちはガゼフたちと交代する。
「ぐっぎゃああああ!!!」
「ありがとう。いいプレゼントになるよ。……さあ、アインズさん。受け取ってください」
モモンガさんから忠告を受け取ったにも関わらず従わないスレイン法国の皆さん。実験に付き合ってもらったのに、プレゼントまで貰えるなんて申し訳ない。だから片腕だけで勘弁してやった。
切り取った片腕を遠くに放り投げ、魔封じの水晶をモモンガさんへ渡す。もちろん、マントで綺麗に拭いてからだ。モモンガさんは受け取ったアイテムを凝視し、それから鑑定した。
〈道具上位鑑定〉
「は?これが……本気だというのか?私に対する最大の切り札?」
「アインズさん、どうでしたか?中身は……?」
「くだらん……本当にくだらん」
極大のため息をついて脱力するモモンガさん。どうやらしょうもない魔法が封じられていたらしい。せっかくプレゼントにできると思ったのに、なんて残念なんだ。
「すみません。価値がないアイテムだったんですね」
「いやいや!ゴーナイトさんのせいではありませんから!アイツらが尊大な事を言うのが悪いんですよ」
「そうでございます!決してゴーナイト様のせいではありません!」
「……うん。そうですよね。期待させたアイツらが悪いですよね」
「何を言っている!!最高位天使がくだらないだと!お前たちは一体……!??ありえん、なぜそんな態度が取れる?自分たちは魔神すら凌駕するとでも言うつもりか!?」
「……また聞きなれないワードが出てきましたね。魔神ですって」
「ええ。まったく、彼らには聞きたい事が山程ありますよ」
「本当ですね。……そうだ、アインズさん。いい事思いつきましたよ」
「何でしょうか?」
スレイン法国の皆さんには聞こえないようにごにょごにょと話。すべてを聞き終わった後、モモンガさんは了承してくれた。
「ーーお前たちに良いものを見せてやろう」
「なに?」
「顕現せよ、ドミニオン・オーソリティ」
「はひっ」
その姿は光り輝く翼の集合体だ。翼の塊の中から腕が生えて王笏を握っている。まさしく異形の姿だが、凍えるような怯えはない。なぜなら、纏う空気が清浄なものだから。
それが味方であったなら、どれほど心強かっただろうか。
いや、奴らのあの態度を見た後では、かの最高位天使でさえ心許ない。
どうして寒気が消えないんだ。
どうしても死の予感から逃げられない。
「そしてーー〈暗黒孔〉。消えろ」
最高位天使の輝く体にぽつんと小さな点が浮かぶ。それは瞬く間に巨大な“穴”へと変貌し、すべてを吸い込んだ。
清浄な空気もろとも、ドミニオン・オーソリティは消滅した。
呆気に取られるほど簡単に、何もなくなった。
拍手が起こる。
ゴーナイトとアルベドから、モモンガへ送られる。
それを力なく、ニグンは見ていた。
「……何者なんだ、お前たちは。アインズなど、ゴーナイトなんて聞いた事がない。なぜ簡単に最高位天使を消せた?なぜそこまでの力がある?わかるのは魔神すらも遥かに超える存在だということだけ……」
「アインズ・ウール・ゴウンだよ。かつては全世界に轟いていた名前だった」
「……これからも、ですよ」
アインズとゴーナイトは互いを見つめて、アインズの方が先に俯いた。
カン、と骨同士がぶつかる軽い音がする。
「……さあ、これ以上のお喋りは時間の無駄だ。さらなる無駄を省くために言っておくが、私の周辺には転移魔法阻害効果が発生さている。さらに周辺にはシモベを伏せてあるので、逃亡は不可能だと知れ」
ニグンは動かない。その部下たちも力なく座り込んでいる。終わりを感じとっているからだ。それは紛れもない事実だった。
突如、世界が大きく割れる。まるで陶器を割ったように、それはすぐに収まる。世界は何事もなかったかのように元の姿に戻った。
ニグンが困惑して周囲を見渡す中、アインズが答えを出す。
何らかの情報系魔法が使われたようだ。それをモモンガさんが張っておいた対情報系魔法の攻性防壁が起動した。おかげで大して覗かれていないらしい。
「やれやれ、こんなことならより上位の攻撃魔法と連動するように準備しておくべきだったかな。……広範囲に影響を与えるよう強化した〈爆裂〉程度では覗き見に懲りたりしないかもな」
「大丈夫じゃないですかね?アイツらがエリート集団なら、それを覗く奴等も同じくらい弱者で、良いお灸になっているかも」
「ならばいいんだがな。さて、お遊びは終わりだ」
「まっ、待ってください!」
ニグンが喚きだした。なんでも、逃がしてくれたら、私たちが望む額を出してくれるそうだ。なんだそれ。
「……お前たちを逃すわけないだろう?」
「へ?」
「最初に言っただろう?忘れたのか?」
「確か……こうだったな。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」
ニグンたちを回収した後、村へと戻り、ガゼフと村長さんに挨拶をしてから、我が家に帰った。
もうすっかり夜になった頃だ。
ナザリック地下大墳墓、モモンガの自室。
応接用ソファに、対面する形で俺たちは座っている。
アルベドから簡単に報告を受け取り、今回の件についていくつか確認、処分を決めていく。
それらは数分で片がついた。優秀な部下がいてくれるからこそ、簡単に物事が終わっていくのだろう。
アルベドには感謝している。だからーーー。
「(見逃してやろう)」
右手の薬指にはまる指輪を。上機嫌な彼女を。
湧き上がるモモンガさんへの理不尽な怒りにも全部塞いで胸の奥底に沈めてしまおう。
「(俺が大人しくしていれば万事解決、まるっと収まるんだ。子供じゃないんだから、駄々はこねないぞ)」
恋は自由だ。それが歪められた物でも。それを俺たちは知っている。証明してしまっている。だから、アルベドだけ仲間外れにしちゃいけない気がしていた。
「(彼女に応えるかは、モモンガさん次第だ)」
彼が応えたとき、それこそ本当の愛と呼べるのだろう。
ー俺に勝ち目はあるのか?
途方もない寂しさがゴーナイトを襲っていた。
「アルベド、先に出てセバスを待たせておけ」
「かしこまりました」
アルベドが部屋を出る。モモンガさんが〈飛行〉で机を飛び俺にのしかかる。
「え?モモンガさっーー」
「しっー。聞こえますよ」
こしょこしょと声を潜めて喋る。
モモンガさんは俺をー多分力いっぱいー強めに抱きしめて顔をすり寄せた。骨が金属に当たる音がして、なんか変な感じだ。
胸がくすぐったくて照れてしまう。それでも嬉しさの方が勝ったので、私もモモンガさんに腕をまわした。
「どうしたんですか?甘えてます?」
「甘えもしますよ。今日どれだけ俺が頑張ったかご存知でしょう?甘えさせてくださいー。はあ、癒される」
「そりゃあ、いくらでもいいですけど……」
「けど?」
頭の中じゃ喜びのわっしょい祭りだ。今日は記念日として、祝日になるべきだ。そんな馬鹿げた考えを外に追いやり、なるべく冷静さをつくろう。
今度はゴーナイトがモモンガに優しく擦り寄り、上目遣いになって大切な事を話す。
「もうちょっとだけ頑張ったら、もっ〜と長い時間甘やかしてあげられるんだけどな」
「うゔ……じゃあもう少し頑張ります」
名残惜しそうにモモンガが立ち上がる。ゴーナイトも立ち上がろうとして、モモンガに右手を差し出された。それを素直に受け取ってから立ち上がる。
「行きましょうか」
「はい。もう少しだけ、頑張りましょう」
〈つづく〉