【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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ハリー・ポッターと賢者の石

――1992年、6月、ホグワーツ医務室。

 

 夜。普段ならホグワーツを巡回しているだろう時間にカサンドラは目を覚ました。体を起こすと、真新しいシーツが患者服を着たカサンドラの肌を撫ぜる。周囲を見回すと、カサンドラに与えられた個室ではなく、苦い魔法薬が山ほど保管されているホグワーツ医務室の様子が見える。普段は騒がしいホグワーツだが、ここは嫌に静寂が痛い。

 拷問魔法四発はさしものカサンドラにも負担が大きかったようで、ハリーを医務室の主マダム・ポンフリーに預けたと同時に倒れてしまったのだ。事情を聞いたマダム・ポンフリーは悲鳴を上げながら一週間の絶対安静を言い渡し、今日で三日目である。カサンドラとしては体調が完全回復したように感じるが、まぁ、ここは専門家の言葉に従おう。

 

「――それじゃあの、ハリー。また、学年末にの」

 

 ダンブルドアの話し声が聞こえる。話が終わった直後らしい。ダンブルドアがカサンドラのベッドに辿り着くと、彼は足を止めた。

 

「医務室暮らしはどうかの?」

「暇だ。ポンフリーに刑期の短縮が可能かどうか聞いてくれないか?」

「おお、そんな恐ろしいこと、ワシにはとてもできんよ。大人しくここで過ごすのが良い」

「もう大丈夫なんだがな。ハリーが目を覚ましたのか?」

 

 ハリーは極度の緊張と恐怖に晒された影響で、三日もの間眠り続けたのだ。ハリーが石を守るために奮闘したことは秘密――つまりホグワーツ中に知れ渡ったせいで見舞いの品が山ほど届けられるほど信奉者を増やした。ハリーは名実ともに英雄になったのだ。ダンブルドアの思惑通りに。

 

「うむ。元気そうじゃったし……聡明な子じゃ」

「そうか……だが、私は子供を大人と同じように扱うことはしない。たとえ今この瞬間にヴォルデモートがダース単位で攻め込んでこようとも」

 

 カサンドラは、もう二度とアテナイで喪ったあの少女のような子供を見る気はない。

 

「お主は……本当に、生徒想いじゃの」

「当然の職業意識だ。――あんたにはないらしいが」

「わしは、わしなりに生徒を想っておるよ」

 

 カサンドラは俯く。今年一年を通したダンブルドアの対応。そしてその真意を知った今、カサンドラは素直にうなずくことができなかった。

 

「信じさせてくれ」

「もちろんじゃ」

「頼むぞ、本当に。なあ、校長権限で入院期間を短くとかできないのか」

「残念じゃがここに生徒を……あるいは教員を何日泊めるかを判断するのはワシではないのじゃよ」

「ああ、もう。わかってる、わかってるよ。言ってみただけだ。――結局、フレッドは大丈夫なのか」

 

 ダンブルドアは静かに首を振った。

 

「いや――。おそらく、お主と話さぬことには前には進めんじゃろう。あるいは、話しても立ち止まったままかもしれん」

「……そうか。私から行くか、来てもらうか」

「ワシが連れてこよう。今のフレッドは、見る影もなく『優等生』じゃからな」

「頼んだ。私は少しハリーと話す」

 

 うむ、とダンブルドアは去っていった。

 ため息をついてカサンドラは立ち上がる。隣のベッドに寝かされているハリーの元まで歩く。薬品のえげつない匂いが鼻をつく。ハリーのベッドの周りには埋め尽くさんばかりの贈り物があった。ハリーはその山に興味を持つことなく、じっとうつむいていた。

 

「ハリー」

 

 はっと、ハリーがカサンドラを見た。その目はほんの少し、恐怖に揺れている。

 

「カサンドラ。――僕、石を守った英雄だってさ。笑っちゃうよね。震えてることしかできなかったのに」

「笑う? 誰が? ――お前は、()()()()()()()()なんだろう?」

 

 ハリーは弱々しく首を振った。

 

「そんなの、運が良かっただけさ。結局ね。特別なことなんて何一つないし……僕は、周りからチヤホヤされて粋がっていただけの、どうしようもないヤツだってだけだ。ダドリーにいじめられて、暗い気持ちを抱えた弱虫ハリーが変わったわけじゃない。それに気づくのに、友達を二人危険に晒して、死にかける必要があったなんて。馬鹿みたいだ」

 

 これは随分と落ち込んでいるな。カサンドラは苦笑する。無理もないだろう。上手くいったからよかったものの、一歩間違えれば何もかもが失敗していた。ハリーの命が失われ、カサンドラは来るべき使命を果たす前に死に、賢者の石は敵の手に渡る。最悪の可能性はあの場にいつでも横たわっていた。

 

「なぁハリー。私が長生きしてることは知ってるだろう?」

「ええっと、うん。その、全然実感湧かないけど。ハーマイオニーならわかるかな。紀元前480年、だっけ? どれくらい昔なの?」

「その話はまた今度な。ハーマイオニーならきっとわかるだろう。

 ……なぁハリー。『生き残る』ってどれだけ大変だと思う?」

「それは……」

「私はいろんな死を見てきたし、何度も死にかけた。山ほど殺してきた。運だけで生き残ることもあるし、実力がなければ無残に死ぬこともある。天下無頼の戦武者を拍子抜けするくらいあっさり殺したこともあるし、どう考えても苦戦するわけがない相手を取り逃がして、結局始末できなかったこともある。不確定要素……そういうところも含めて運命だというのなら、そうなんだろうな。だがハリー。これだけは言える。生き残った『だけ』というのは違う。その『だけ』ができないせいで、大人になれずに死んだ子供たちが山ほどいた」

 

 カサンドラは静かに語る。

 

「どういう、こと? ごめん、カサンドラ……。難しくて、よくわからないよ」

 

 カサンドラは苦笑する。病み上がりに難しい話をしすぎたか。

 

「そうだな……。たとえば、あの場でお前が死んでしまったら。そうすればお前はきっと、英雄と呼ばれることはなかっただろう。()()()()のにはそれだけの何かがある。今はそういう理解でいい。それが運命か、英雄の素質か。もしくはほかの何かか。それはこれからゆっくり、長い時間をかけて理解していくものだ。だからハリー、長生きしたかったら危険に突っ込むのはこれっきりにしてくれ」

「あー、うん。誓うよ」

「ならいい。――」

 

 かさりと、医務室の入り口で微かに音がなった。

 

「私に客だ。じゃあなハリー。おやすみ」

「おやすみ、カサンドラ。ねえ、最後に」

「ん?」

「……カサンドラは、人を殺すことをなんとも思ってないの?」

 

 ハリーの問いに、カサンドラはいいや、と首を振ろうとして……取り繕うのをやめた。

 

「ああ。もう私に躊躇いはないよ。ハリーにそうはなってほしくないがな」

「……ごめん、その、不躾なこと聞いて」

「いや、いいさ。おやすみ」

「うん。お休み」

 

 ハリーのベッドから離れ、医務室からも出る。ほんのわずかに、空間に揺らぎがある。

 

「……透明マントだけじゃ意味がないって言わなかったか?」

 

 医務室の前で佇んでいるフレッドのマントを剥ぎ取ると、そこには死人かと思うほど顔を白くしたフレッドがいた。

 

「カサンドラ……。俺……」

「――全く。事情は聞いたぞ、ダンブルドアから。禁呪にかかったらしいな」

「俺……俺、カサンドラを裏切った。本当に。本当にごめん。俺、とんでもないこと……」

「そうさせたのはクィレルだ。気にしてないよ」

 

 カサンドラは言うが、フレッドの顔は一向に晴れない。ゆっくりと杖を引き抜くと、フレッドはカサンドラに持ち手の方を向けた。

 

「――なんだ?」

「ホントなら、同じ回数磔の呪文を使ってくれって言うつもりだったんだ」

「あのな。拷問はするのもされるのも趣味じゃないんだ。それに、人に撃ったらアズカバンなんだろう?」

「特例がある。闇の魔法使いに対してはつかっていいことになってるんだ。――俺は、闇の魔法使いも同然だ。取り返しのつかないことをした」

 

 魔法界の人権意識はどうなってるんだ、とカサンドラは内心で思う。

 

「本当の意味で取り返しのつかないことなんて、意外と少ないもんだ。少なくとも私は生きてる。なら、取り返しはつく。それに、どっちにしろ私は魔法を使えない」

「だから考えたんだ。どうすれば償えるかって。俺を魔法省に告発してくれ、カサンドラ」

「もう三日も前だ。証明できないことを告発する気はないし……。もし告発したとして、無罪になるだろう」

「証明できる。あれから俺は一回も魔法を使ってない。だから、この杖に直前魔法を使えば、禁じられた呪文が出てくるはずだ。だから――」

「くどいぞ、フレッド。私はお前に責任があるとは思っていない。ダンブルドアもだ」

「だけど! 俺は覚えてるんだ。あれから三日が経ったのに、全然頭から離れない! 俺は、俺はカサンドラを拷問して、幸せな気分になってた。楽しかったんだ! 悪戯してる時よりもずっと、ずっと……」

 

 カサンドラは舌打ちする。クソ忌々しいヴォルデモートめ。なんて恐ろしい魔法を使うんだ。

 彼女は悩む。フレッドが追い詰められていることは誰の目に見ても明らかだ。幸せな気分で命令をこなす――術が解けた後もひどい後遺症に悩むとは禁じられている理由がよくわかるというもの。だがどうすればいいんだ。フレッドがどうされたいのかはわかる。

 

「――お前は罰されたいんだな」

「ああ、どんな罰でも受け入れる。頼むよ、カサンドラ。俺は悪事を働いたんだ。酷い、残酷なことを――。親しい女性に四回、四回も磔の呪文を使った! ああ、くそ。それも、楽しんで。本当にごめん、カサンドラ……」

 

 カサンドラは首を振った。罰を与えないことには、フレッドが致命的に歪む可能性さえ見えてきた。縋るように土下座するフレッドに、カサンドラは決意する。やるしかないと。

 

「ダンブルドア」

 

 最後の確認として、カサンドラは名前を呼ぶ。すると見計らったように、ふわりとダンブルドアが現れた。

 

「――どうかしたのかの。残念じゃが、ホグワーツとして罰することはできんよ。服従の呪文にかかっている間の行為に責任を問うことはできん。それはフレッド、お主が例え大人であったとしても、そして、どんな悪人だったとしても、変わることはないのじゃ」

「でも、校長先生! 俺は!」

「フレッド。立て。こっちを向け」

 

 仕方ない。やりたくない。フレッドはゆっくりと、立ち上がる。

 ああクソ。大丈夫だよな。ここは医務室の前で、しかも隣にダンブルドアがいる。万全の態勢だ。だから、大丈夫。

 

「お前への罰が決まった」

「なんだ、なんでもする! どんな罰だって……」

 

 およそフレッドとは思えないようなことを言い募るフレッドに、抱きつくようにして近づく。

 

 シャキリ。

 

「しばらく医務室で寝てろ」

「え、がっ」

 

 死なないように刺す場所を慎重に選び、アサシンブレードでフレッドを刺す。脱力したフレッドは地面に倒れ、血で床を汚す。

 

「カサンドラ、お主何をやっておる!?」

「いいからポンフリーを呼ぶぞ。医務室の前で、ダンブルドアの前だからやったんだ。ああ、クソ! 気分が悪い。こうしなきゃフレッドが壊れてたかもしれないだろ!?」

「そ、そうじゃな……。ワシも動揺しておった。すまん」

 

 ダンブルドアが慌てて杖を振ると、すぐさまポンフリーがやってきて、悲鳴を上げた。

 

「きゃああ!? なんてこと! なんてこと! フレッド!? こんな、血が、刺し傷!? なぜこんなことに!? カサンドラ!?」

「マダム・ポンフリー。何も聞かず、治療をしてやってくれんかの?」

「ダンブルドア! まさかあなたが指示したのではありませんよね!」

「ワシではないが……。そう、とても遠回りに言うと、フレッド本人が望んだんじゃよ」

「こんな傷を受けることを望むはずが……!」

「禁じられた呪文じゃよ。服従の呪文じゃ。わかるじゃろう?」

 

 ダンブルドアが言うと、ポンフリーは忌々しそうに顔を歪め、それでも納得はできたようだ。てきぱきと手当てをしながら、悲しげな目をフレッドに向ける。

 

「もしそうなら、この傷は『治療』なのでしょうね。――しばらく彼は預かります」

「頼むよ、マダム・ポンフリー」

「カサンドラ。あなたもダンブルドアの用事が終わったら、ベッドに戻りなさい。さもなくば、ことさら苦い魔法薬をしこたま飲んでもらいますからね」

 

 彼女はフレッドを連れて、医務室に引っ込んでしまった。

 

「――急にやらんでくれ。寿命が縮むかと思ったわい」

「仕方なかったんだ。悪戯双子の片割れが『どんな罰だって受ける』? 痛々しくて見ていられなかった。なぁ、どうするのが正解だったんだ?」

 

 カサンドラが聞くと、ダンブルドアは首を振った。

 

「正解などないのじゃ。あの一撃で罰になるかは、フレッドが救われるかは、彼次第じゃ。本当に、悍ましい魔法じゃ。恋人を殺した者、娘を辱めた者、親を拷問した者、友人を敵に売り渡した者……意識がなければまだ救いがあったじゃろう。だが……真実は残酷じゃ。術が解ければ後に残るのは、おぞましき行為を行なって幸せな気持ちになっていた。命令に従っていたことを心から楽しんでいた。その感覚と記憶だけじゃ。故に、多くの者は杖を自分に向け、死の呪文を唱えるのじゃよ。あるいは、自ら不利な証言をしてアズカバンに入る者もおった」

 

 なんとも救われない話だ。

 

「フレッドは……立ち直れるだろうか」

「立ち直れる。そう信じよう。

 ……なにせカサンドラの一撃じゃからな」

「――それはどう言う意味だ、ダンブルドア」

「どう言う意味じゃろうなぁ」

「全く。――それから、思うんだが、フレッドの親には隠さないほうがいい」

「そう思うかの」

「ああ。私が一撃を叩き込むよりはるかに、親身に、そして救いになってくれるはずだ。休みの間に元に戻ってくれればいいんだが」

 

 カサンドラの不安を払拭するように、ダンブルドアは微笑む。

 

「何も心配することはないよ、カサンドラ。フレッドの母、モリー・ウィーズリーはカサンドラに勝るとも劣らぬ胆力がある。来年度になればまた、カサンドラの手を焼かすじゃろう」

「だといいが。さて、私は医務室に戻る。苦い薬はごめん被る」

「おやすみ、カサンドラ」

「ああ、おやすみ、ダンブルドア」

 

 カサンドラは、病人が一人増えた医務室へと戻った。

 

――1992年 年度末 ホグワーツ大広間

 

「諸君! また、一年が終わった!」

 

 カサンドラは教員の席でダンブルドアの演説を聞いていた。大広間には赤色の寮旗が何十もはためき、今年の優勝がどの寮かをこれでもかと物語っている。隣にいるスネイプの機嫌が悪いのもそのせいだろう。代わりとばかりにマクゴナガルがキラキラとした笑顔で天井を見ていた。普段厳しい表情をしている老婆がああも柔らかくほほ笑むと、とてもかわいく見えるものだとカサンドラは思った。生徒のほうを見ると、みんながみんな楽しそうだ。特にグリフィンドールの席はワクワクとウキウキが止まらないらしい。校長が自分の寮を叫ぶのを、今か今かと待っている。ハリーとロン、ハーマイオニーもじいっとダンブルドアの動きに集中している。よく見れば、痛そうにおなかを押さえるフレッドの姿も見える。その表情は複雑そうだったが、とりあえずほんのりとほほ笑みが浮かんでいた。

 

「今年も一年、色々なことがあった。楽しいこと、辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと。どんな経験も糧なのじゃ。遠い将来、あるいは近い未来で自身の道を切り開くための源となるのじゃ。皆の者。ワシは知っての通り長い話は好かん。皆、今年一年よく頑張った。秘密の防衛に関わった者たちは、特にの」

 

 ダンブルドアがハリーたちを見てウインクしている。三人は誇らしそうだ。

 

「では今年の優勝寮を発表するかの。まぁ、皆の者はすでに察しているじゃろうが。

 

 ――しかし、最後にひとつだけ、直近の出来事を、加点しなければならぬ」

 

 ダンブルドアはよく通る声で、宣言する。

 

「諸君。勇気にはさまざまなものがある。友情の形も、それぞれじゃ。友を守るため、一緒になって敵と戦うこと。それもまた勇気。

 しかし、友を守るために友に立ち向かう勇気は、並大抵の覚悟がなければ湧いてこない。その果てに友を失うかもしれない恐怖を想えば、それは無理からぬことじゃ。

 

 故に――ワシは、類稀(たぐいまれ)な勇気を示したネビル・ロングボトムに、10点を与えたい。これが、本年度最後の得点じゃ」

 

 グリフィンドールの席が沸く。まるでヒーローのようにもみくちゃにされているネビルは、照れ臭そうに、しかし嬉しそうにしている。きっと、彼にとってどんな10点よりもうれしかっただろう。

 

「静粛に! では、改めて発表するとしよう。

 

 今年の優勝は――

 

 ――グリフィンドール!」

 

 

 スリザリン以外の寮が、大喝采をあげた。露骨に嫌な顔をするスリザリンの面々に、カサンドラは苦笑する。七連覇を阻害されたらああなるのも無理はない。だが、グリフィンドールは実力でスリザリンを破ったのだ。来年は頑張れよ、スリザリン。カサンドラは内心そう思った。

 

 ――ホグワーツ特急、キングスクロス駅行き乗り場

 

 カサンドラはホグワーツ特急に乗り込む生徒たちを見ながら、今年最後の仕事をしていた。今のホグワーツ城を守る意味はない。なにせ、全生徒がこの乗り場にいるのだから。カサンドラも警備というよりは、見送りみたいな意味合いである。

 

「カサンドラ!」

「ハリーか。今年一年、頑張ったな」

「ありがとう、カサンドラ。その、お礼言ってなかったよね。ありがとう、助けてくれて」

「気にするな。警備員が仕事をしただけだ。だが、どういたしまして」

 

 ハリーと話していると、ロンとハーマイオニーもやってきた。

 

「カサンドラ! 磔の呪文を受けたって聞いたけど、大丈夫なのか?」

「私は頑丈なんだ。クィレルの魔法にへこたれるような神経はしてないよ」

「そりゃよかった。また、夏休み明けたら」

「ああ。来年度に」

 

 ハリーとロンは手を振って汽車に乗り込んだ。

 

「どうした、ハーマイオニー」

「その……私、ずっと聞くのが怖かったの」

 

 本当なら、冬休み明けにでも聞くつもりだった。だが……カサンドラが生まれ、生きた時代はけしていい時代ではなかった。ヘロポネソス戦争に、アテナイの疫病。それからもギリシャは受難が続く。だから聞けなかった。幸せそうに笑うカサンドラを知っているから、過去を質問することでその笑顔を曇らせるのではないかと、そう思うと、いつもは立て板に水のように湧いてくる言葉が、ほんの一言も出なかった。

 

「でも、きっと今日を逃すとずっと聞けないって思って。無理に答えなくていいの。デリカシーに欠ける質問だし……絶対知らないといけないってわけじゃないから」

 

 そう、躊躇わせたのはそれも理由だ。ハーマイオニーは別に、カサンドラの過去を、真実を知らなくとも別に困らないし、それが絶対にしなければならないことではない。

 だが、ハーマイオニーは聞きたかった。知りたかった。本を読むときのような知識欲ではない。

 純粋に『カサンドラ』を、もっともっと知りたかった。思い出を、過去を共有してもっと、ずっと仲良くなりたかったのだ。

 

「ハーマイオニー。気にするな。いいぞ。何が知りたい?」

「その、カサンドラって――ずっと、長生きしてるのよね? その、いつの時代の人なの?」

 

 ハーマイオニーの質問に、カサンドラは思わず微笑んで彼女の頭を撫でた。

 

「どうして、そう思ったんだ?」

「ハリーと一緒に不思議な鏡を見たとき……大切な人の名前を言ったでしょ? その人が有名人なんじゃないかって思って、調べたの」

「それは……大変だったろう」

「調べ物は得意だから。ねえ、すごく古い名前ばっかりで、全然わからないの。特定できないって意味じゃなくて……信じられなくて」

 

 カサンドラはいつくしむようにほほ笑む。ハリーに打ち明けるときの恐怖はもうすでにない。ハリーは受け入れてくれた。なら、ハーマイオニーも、そしてロンも受け入れてくれる。その判断ができないほど、カサンドラは鈍くも、人を見る目がないわけでもない。

 

「私は……。紀元前480年代、スパルタ人だ。ハーマイオニー。よく気が付いたな」

 

 がしがしとなでていると、ハーマイオニーはくすぐったそうにして微笑んだ。

 

「ヒントはたくさんあったから。その、カサンドラ。また昔の話、してもらってもいい? ……辛くなかったらだけど」

「ああ。確かに、辛くて思い出すのも苦しい出来事はある。だがな、それ以上に楽しい話、面白い話、幸せな話はいっぱいある。だが、とりあえずは家に帰れ。家族が待ってるだろ?」

「ええ。――じゃあね、カサンドラ。また、ホグワーツで」

「ああ。じゃあな。新学期で待ってる」

 

 カサンドラはハーマイオニーも見送った。

 

 それから何人も、何人も声をかけてくる。寮を問わず、学年を問わず。

 

「――カサンドラ」

「フレッドか。傷はもういいのか?」

「いや――まだ痛む」

「そうなるように刺したからな。その痛みが消えるまで、悪戯も、校則違反もなしだ。いいな」

 

 カサンドラが高圧的に言うと、フレッドは笑った。

 

「――優しいな、カサンドラ。でも、ありがとう。それから、重ね重ね、ごめん」

「気にするな。ほら、もういけ。それからフレッド。お前の親は今回の件を知ってる。だが、最初はお前の口から説明するんだ。そして、辛くなったら親を頼れ。いいな。それでもまだダメなようなら私を訪ねてこい。また死なないように罰を与えてやる」

 

 カサンドラが言うと、フレッドはゆっくりと頷いた。

 

「――ああ。その、じゃあね、カサンドラ。また、新学期」

「ああ。元気な顔を見せてくれ。必ずな」

「……約束するよ」

 

 フレッドはそういうと、みんなと同じように汽車へと乗り込んだ。

 それからまたしばらくして、最後の生徒が汽車に乗ったことを確認する。カサンドラは大きく伸びをした。遠くから、ハグリッドが歩いてくる。どうやらずっとハリーに手を振っていたらしい。汽車が遠くに行って見えなくなるまで、カサンドラはその場から動かず、じっと見つめていた。

 

「さて、ハグリッド。今年度の仕事が終わった。ハグリッドに長期休暇はないのか?」

「ああ。ホグワーツが家みたいなもんだからな。お前さんは、ロンドンに帰るのか?」

「まぁな。しばらく事務所に戻ってない。それに、マグルの生活が恋しいよ」

 

 ハグリッドはしばらく黙っていた。

 

「……お前さんに、謝らなきゃいけねぇ」

「ああ、ドラゴンのことか?」

「あれからよく考えたんだ。結局……。

 カサンドラが正しかった。俺は大馬鹿野郎で、50年前から全く変わっていない、愚かなウスノロだってことがわかった。ドラゴンのこと、止めてくれたみたいで――その、悪かった」

「私は――仕事をしただけだ。ハグリッド、次から気をつけてくれさえすれば、それでいい」

「――ありがとう、カサンドラ」

 

 カサンドラは頷くと、振り向いてホグワーツの方を見る。

 

「……さて、私も帰る支度をしないとな」

 

 カサンドラは歩き始めた。

 

 ハリーの運命は、始まったばかり。

 カサンドラの運命は、まだ終わらない。

 

 




 賢者の石編、完結。

 ハリポタ二次創作は賢者の石、秘密の部屋くらいまでが大半で、アズカバン編までいく作品となると無茶苦茶少なくなるイメージがあります。完結まで走るつもりなので、ぜひ応援お願いします。以下、賢者の石編についてのあとがき。

 この作品のクィレルはヴォルデモートが掲げる『マグル生まれを支配し、マグルを殲滅する』という夢想に全てを賭けました。原作ではなぜ闇の帝王に傾倒したのかを語られることはほとんどありませんでしたが、私は『マグル学をレイブンクロー的勤勉さで研究した結果真実にたどり着いた』という解釈をしました。最後の戦闘では、呪いに加えて他人の魂を憑依させているため戦闘能力が激減しています。場当たり的に死の呪文を使うことで、それを表現したつもりです。

 賢者の石編は子供の時の評価と、大人になってからの評価がかなり変わると思うのですが、その象徴がラストの劇的な逆転優勝だと思います。スリザリン可哀そう……。

 次の話からは秘密の部屋編です。賢者の石編に比べると文章量が多めになる予定です。
これからも、応援よろしくお願いします。評価と感想、ぜひお待ちしています。
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