【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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生存生還最優先

 ——ハリーは自分の死をありありと感じ取っていた。

 それでもハリーは前を見ていた。

 

「ハリー……。決闘の作法は知っているな? お互いにお辞儀をするのだ」

 

 ハリーはポカンとした。

 

「お辞儀だって?」

「そうとも。ダンブルドアは伝統を守れと言っただろう……。礼儀を大事にしろとな。死に敬意を払え……。

 

 お辞儀をするのだ、ハリー!」

 

 ヴォルデモートが杖を動かした。すると、ハリーの頭上の空気が重くなったような気がして、強制的にお辞儀させられる。ハリーは自由になったのと同時、杖をヴォルデモートに向ける。

 

「素晴らしい……。お前の父親が死んだ時のように堂々とするのだ……。さぁ——決闘だ」

 

 ヴォルデモートは悪意のまま呪文を唱えようとする。できるだけ痛めつけて、それから死を懇願させてから殺そう。そう決めていた。

 ——だが。

 

「ご主人様!」

 

 なんと、『死喰い人』の一人が決闘の最中に主人を呼んだのだ。

 

 ヴォルデモートが怪訝そうに振り返る。

 

「俺様を呼びつけるとはいったいどう了見——」

「——『死』が! 『死』がいます!」

 

 その『死喰い人』が指さす先、墓地の側の館の尖塔の上。月夜に照らされ、まるで吸魂鬼のようなボロボロのローブを着た『死』。

 

「——!?」

 

 その姿を見たその瞬間、ルシウスを含む何人かの『死喰い人』が『姿くらまし』で逃げ去った。

 

「なんだと? あそこから何をできるというのだ。臆病者どもめ——」

 

 そう言うか言わまいか、遠くに見える『死』が動いた。木の棒のような何か——弓を持つ左手を胸の前にまっすぐ伸ばし、右手は逆に引く。

 

 ハリーはそれを見て、思わず目を閉じた。

 

 闇夜を矢が音もなく疾走し、僅かな誤差は矢自体がひとりでに修正し、矢はまっすぐ『死喰い人』の一人の頭部を貫いた。

 

「なっ」

 

『死喰い人』が一斉に去ろうとする。その時、木陰から二人の人間が飛び出してきた。

 

「貴様ら覚悟しろ! 一人残らずアズカバンかあの世に送ってやる!」

 

 義足と杖をつきながらも血気盛んに突っ込んできたムーディと。

 

「お前ら冥府でハデスに可愛がってもらうといい!」

 

 人の頭ほどの大きさの頭を持つメイスを担いだ、完全武装のカサンドラだった。

 

「なんだと!? 貴様がなぜここにいる!?」

 

 ヴォルデモートは目に見えて狼狽えた。カサンドラがここにいる? なぜだ? ちらりと、今も驚いて声も出ない『死喰い人』の頭を狙撃し続けるあの『死』を見る。

 

 ——本物の『死』が? 

 

 いいや、ありえない。そう結論付けても、疑念は拭いきれない。

 その間に状況は一気に逆転していた。

 

「バカな奴らだ! 我々が何人いると」

 

 そう杖を取り出した『死喰い人』の頭を、カサンドラのメイスが通り抜けてザクロのように弾けた。

 

「ちっ! 応戦しろ!」

「させるものか! もはや容赦せん……! 『アバダ・ケダブラ——死に絶えよ!』」

 

 指揮を取ろうとした『死喰い人』がムーディの死の呪文に殺された。

 

「さすが本物。イカれてる」

「お前が言えた義理か、傭兵!」

 

 カサンドラは自分に向かって杖を向けてくる死喰い人に、腰に下げた拳銃、シングル・アクション・アーミーを突きつけた。

 

「マグルの『魔法』を食らってみるか?」

「なんだと」

 

 破裂するような発砲音が響いた。額を撃ち抜かれた『死喰い人』が驚いた表情のまま仰向けに倒れ、動かなくなった。

 

「さぁ、行くぞヴォルデモート。もう一度虫けらみたいに這いずり回る覚悟はいいか?」

 

 カサンドラはギラギラと目に殺意を漲らせて言った。

 

「俺様が? カサンドラ、よく考えることだ……。この状況、俺様とハリーが対峙することがダンブルドアの思惑だと思わないのか? それを邪魔していいのか?」

「いいに決まってるだろ。私はハリーを守る」

 

 そばにいた『死喰い人』の頭を拳銃で撃ち抜きながら、カサンドラはヴォルデモートに近付く。

 

「ハリー、お前は優勝杯を見つけてとっとと逃げろ。わかるな? 箒と、槍と同じ要領だ」

「わ、わかった、カサンドラ」

 

 ハリーは激化する戦場と増え続ける死人から意識を外し、キョロキョロと周囲を探す。自分が転移してきたところのそばに、優勝杯があった。

 

「『アクシオ——優勝杯よ来い!』」

 

 ハリーは誰の妨害を受けることなく優勝杯を手にし、ホグワーツへと帰還した。

 

「とりあえずは任務完了だな。やるじゃないかムーディ」

「『アバダ・ケダブラ——死に絶えよ!』」

 

 そのムーディに向かって、ヴォルデモートが死の呪文を放った。ムーディは身構え、飛び上がる。だが呪文の進行上、命中してしまう。

 

 しかし、死の呪文は空中で急に爆発して、霧散した。矢の残骸が落ちる。

 忌々しげにヴォルデモートは館の上に立つ『死』を睨む。

 

 もはやここにいる『死喰い人』はピーターを残して皆殺しの憂き目に遭った。コツコツと義足の音が。あるいは獰猛な足音が。ヴォルデモートを殺さんと迫る。

 

「カサンドラ——恐るべきマグル。ワシ使いの傭兵よ」

「どうした? 遺言なら聞いてやるが」

「俺様は『飛翔魔法』を習得している。お前の雇い主に聞くがいい。それがどれほど高度で素晴らしく、そして偉大なことなのかをな!」

 

 ヴォルデモートはふわりと飛び上がり、凄まじい速度で上空に消えていった。カサンドラは即座に弓を構えて射撃。しかし、自由に飛び回るヴォルデモートを追尾する矢は彼が貼った盾の魔法により弾かれた。2本目の矢を番えたところで、ヴォルデモートははるか上空にまで移動し、程なくして見えなくなった。

 

「……は? 魔法使いは空を飛べないんじゃなかったのか?」

「傭兵、お前の認識は間違いではない……これは報告せねばならん」

 

 そうか、とカサンドラは言った。

 

「とっとと逃げるぞ。派手にやりすぎた。ともかく、報告は頼む。何せ、私がホグワーツに帰るのはザッと今から2時間後くらいだからな」

「——全く。確かに神秘部は5時間以内の時間遡行は問題がない旨の研究結果を発表してるが……大した度胸だ」

「まぁ、個人的にも実証済みだしな。じゃあ、私は行く」

「ああ。なんともまぁ変な感じだが、しくじるなよ。特にワシへの死の呪文は」

 

 カサンドラは肩を竦めた。

 

「安心しろ。成功してることはもう経験しただろ?」

 

 カサンドラの胸元には、砂時計をあしらったネックレスがあった。カサンドラが何処かへ去ると、入れ違いになるようにして『死』の格好をしたカサンドラがムーディの前に現れた。

 

「な? 上手くいっただろ?」

「……傭兵、お前にとっては2時間前の会話だろうが、ワシにとっては2秒もまだ経っておらんのだぞ。全く。貴重な逆転時計をこんな風に使うとは……そういうところだけはマグルなんだな」

「どうでもいいだろそんなこと。要は万全の体制を整えりゃよかったんだ。さぁ、帰るぞ」

「わかっとる。……あの小男はいいのか?」

 

 ムーディが聞くと、カサンドラは墓碑の後ろに隠れて身動き一つしないピーターを見る。

 

「ああ。『まだ』生かしておくらしい」

「……誰に頼まれたのか知らんが、後悔することにならなければいいがな。さぁ掴まれ」

「——いや、少しだけ作業をしてからにする」

 

 カサンドラはそれから死体だらけの墓地を回り、『作業』を終えた。ムーディが顔を引き攣らせる。

 

「……ワシは『マッド』の名を返上することをここに誓おう。貴様に比べればワシなど普通の偏屈ジジイよ」

「ん? 戦の習いだ。まぁ極東方式だが」

「そうか。掴まれ。——くれぐれもそれをワシの服に付けるなよ」

「わかってるよ」

 

 カサンドラはムーディの裾を軽く掴む。

 

 バシンと音がして、墓地には奇妙な死体を残して誰もいなくなる。

 

 ——

 

 ハリーが着地すると、マクゴナガルと他教員数名に杖を突きつけられた。

 帰ってきた。ここはカルカロフに最後に連れてこられた、もう一つの優勝杯があった物置小屋だ。

 

「ポッター! 大丈夫なのですか!?」

「マクゴナガル先生! ダンブルドア先生は!?」

 

 ハリーは自分の寮監のところまで駆け寄ると、その肩を掴んで校長の居場所を聞く。

 

「落ち着きなさい。何があったにせよ、急ぐことではないはずです」

「でも! あいつが! ヴォルデモートが復活した!」

 

 その場にいる教員たちに、衝撃が走った。あるものは目を見開き、あるものは隣の教員と目を合わせる。

 

「——例の、あの人が?」

「そうです! あのクソッタレの裏切り者、ピーター・ペティグリューがヴォルデモートを復活させた! こんなことなら止めるんじゃなかった! あの時殺させておけばこんなことにはならなかったのに!」

 

 ハリーはとてつもない後悔に見舞われていた。あの時自分は間違いなく正しいことをしていたはずだった。それなのに、だというのに、その助けた人間はまさかヴォルデモートを復活させるなんて。

 

「あの時きっちりシリウスおじさんとルーピン先生に殺してもらってれば! そうすればあいつが復活することもなかったのに……! 僕のせいだ、僕が、僕がバカみたいなことしなきゃ……!」

「ハリーや。そんな後悔はせんでよろしい」

 

 と、その時。コーネリウス・ファッジを連れたダンブルドアが、悲痛な顔をしてハリーたちがいる物置小屋に入ってきた。

 

「ダンブルドア先生! 大変なんです、あいつが、ヴォルデモートが復活しました!」

「うむ、うむ……。ハリー、落ち着くのじゃ。確かにそれは恐るべきことじゃが……お主が落ち着く時間すら惜しいほどの緊急事態ではないのじゃよ。さあ、ゆっくり深呼吸して、何があったかを一つ一つ、ゆっくりと語るがよい」

「はい、先生」

 

 ハリーは深く、深く深呼吸をした。それからゆっくりと、先程の光景を語った。

 

 ——不意の転移。

 救った相手が現れ、ヴォルデモートを復活させた。

『死喰い人』が現れ、ヴォルデモートがハリーと決闘すると言い出した。

 その時、『死』とカサンドラとムーディが助けに現れて、目につく『死喰い人』をほとんど皆殺しにした。

 

 ハリーはダンブルドアに詳細を語る。

 

 ——ふと、ハリーは疑問に思った。

 

 全ての状況は最悪だ。『死喰い人』が減ったというのはまぁ朗報だろうが、まだ二人の無事すら確認できていない。それなのになぜ、ダンブルドアは復活の儀式の詳細を語った時、『勝った』と言うような、そんな表情をしたのだろう。

 

 全てを語り終えるのには長い時間がかかった。

 

「全く。全く……。ダンブルドア! だからワシは言っただろうが、え? カルカロフはアズカバンにブチ込んでおくべきだとな!」

「まぁ、そうカッカするなムーディ。気にしなくても奴の命はあと僅かだ。大混乱の元凶になったツケは必ず払わせる」

「ワシは『予防』の話をしてるんだぞ傭兵!」

「そりゃ失敬」

 

 そのとき、墓地から帰還したムーディとカサンドラが物置小屋に合流した。

 

「カサンドラ! ムーディ先生! 無事だったんだね」

「魔法しか脳がないモヤシ連中なんて何匹いようが私の敵じゃない。それよりもハリーは無事か?」

「怪我ひとつないよ。あ、ごめん、腕痛い……」

 

 カサンドラとムーディの生還という、ハリーにとって唯一の心配事がなくなって、ようやくハリーは傷付けられた腕の痛みを思い出した。これにムーディは眉尻を上げて激昂した。

 

「とっとと医務室へ行かんか! ダンブルドアも、マクゴナガルも……! 雁首揃えて何をしておる! 儀式の時に付けられた傷などどんな呪いがあったかわかったもんではあるまい! さあポッター、来い! 貴様は今後1週間は聖マンゴで検査だ!」

「え、ええ? 大丈夫です」

「貴様がそれを決める権利などない! 黙って歩け! それとも何か、歩けない理由でもあるのか?」

「……歩きます」

 

 ハリーはむんずと腕を掴むムーディの強引さに諦めて、引き摺られるようにして医務室へと消えていった。

 

「——ははは」

 

 ハリーとムーディが消えたあと。乾いた笑い声が物置小屋に響いた。カサンドラが、マクゴナガルが、ダンブルドアが、ほかの教員が、怪訝な顔をして声の主、ファッジを見た。

 

「素晴らしい! なんというショーだ。実にセンセーショナルですな、ダンブルドア先生。では何日後に『例のあの人』を倒したことにするのですかな?」

「お前何を言ってるんだ」

 

 カサンドラが即座にツッコミを入れた。カサンドラは薄々嫌な予感がしてくる。ロクなことにならないと。

 

「決まってる! つまりは、全てジョークで、演劇なのだろう? 『例のあの人』は復活などしておらず、ダンブルドアとハリー・ポッターの名声をさらに引き上げるための茶番だ。そう言うことなのだろう?」

「ファッジよ。真実を見つめるのじゃ。辛いじゃろう、苦しいじゃろう。しかし、目を閉じて耳を塞ぎ、『そうではない』と幻を夢見たところで、現実が変わるわけではないのじゃ」

「説教は結構! 私はあなたの生徒ではない! ……バカバカしい。闇の帝王は死んだ。他でもないハリー・ポッターが倒したんだ。復活などありえない」

「現に、それを目撃した人間がハリーのほかに二人おるが、その二人もワシのバカバカしい企みに参加しておると?」

 

 ファッジは非難するような目をカサンドラに向けた。

 

「当然! 凄まじい力を持っているが、所詮は警備員、そしてダンブルドアの雇われだ! 証拠などないだろう!」

「ある」

 

 カサンドラは言った。

 

「まず整理しよう。つまるところ、ファッジ。あんたが言うところによると私はダンブルドアの茶番に付き合ってヴォルデモートが復活したことにした、そうだな?」

「違うと言うのか、傭兵」

「もちろん。つまりだ、私とムーディは墓地になど行ってなくて、ハリーもどこか安全なところに転移して頃合いを見ていかにも死にそうな風体を装って帰還。そのあと私たちが一仕事をしたかのように振る舞ってここに戻った。そういうことだな?」

「……何が言いたい?」

「つまり、私が墓地に行って。そして墓地で闇の儀式が行われた証拠を提示すればいいわけだ」

「そんなことできるわけが」

 

 どん、とカサンドラ物置小屋の入り口の外、中にいる人間からは見えない場所に置いていた『証拠』を広げた。

 

「カサンドラ! なんてことを!?」

 

 マクゴナガルが悲鳴を上げ、ファッジが腰を抜かしてへたり込んだ。

 カサンドラが提示した証拠。それは『作業』によって採取した……。つまり、血が滴り落ちそうなほど新鮮な生首の山だった。網掛けの袋に入れられた首はザッと見て10は下らない。

 

「ヴォルデモートの復活祭に参加してた『死喰い人』の首だ。墓地には首無し死体が山ほど転がってるだろうからな、ひとつひとつ照合していくといい」

「な、なな……なんと野蛮な!」

「否定はしないが。で? 信じるのか、信じないのか」

 

 ファッジはしばらく、恐怖に目を見開いてカサンドラを見ていた。それから、くつくつと笑い声を上げた。完全に糸が切れて向こう側に言ってしまった人間の、調子っ外れの笑い声だった。

 

「『偽物』だ」

「……なんだと?」

「これは全てニセモノだ。はは、はははははは! 当然だ! ここにある顔ぶれを見てみろ! クラッブ、ゴイル、マクネアに、エイブリーまでいるんだぞ? この人たちを同時に相手取って、いくら強いと言ってもたかがマグルが勝てるわけがない! 老いさらばえたムーディがいたとしてもだ!」

「……そうか。お前はそう判断するんだな」

「茶番だ! 欺瞞だ、詐欺だ、恐ろしい印象操作だ! ダンブルドア、覚悟してもらおう! 私を……! 魔法省大臣コーネリウス・ファッジを侮り、こんな不謹慎で笑えないジョーク・ショーで催しを穢したこと、大いに後悔させてやる!」

 

 ファッジはそう言うと肩をいからせて何処かへと去って行った。魔法省に帰るのだろう。

 

「……消すか?」

「カサンドラ。その発言はよろしくないじゃろう」

「それもそうか。これからが大変だぞ。魔法省の対応に、生徒たちへの警告。それから……。私への説明」

「最後が最も困難極まるじゃろうな。——皆の者。もう通常通りにしてよろしい。セドリックを大いに祝ってやるのじゃ。

 

 ——カサンドラ。とにかく今は医務室へ向かうとするかの。ハリーの様子が気になる」

 

 ダンブルドアはそう言って歩き出す。

 

「……それは生徒としてか? それとも手駒としてか?」

 

 ダンブルドアは立ち止まった。

 

「もちろん、生徒としてじゃ。当然じゃろう?」

「——残念だが追加の説明が必要だ。あえてヴォルデモートを復活させた理由を言え」

 

 カサンドラは頷かず、厳しい表情でダンブルドアを見る。彼を信用してないわけではない。ダンブルドアがハリーのことをただの手駒だと見ているなどと考えてはいない。

 

 ——だが、だからこそ説明が欲しかった。上司として、雇い主として、彼が何を考えているのか知る必要があった。

 

「——そうじゃな。もちろん、話すとも。ハリーの見舞いの後になるが。じゃがこれだけは信じておくれ。ワシはハリーを使い潰す気などない」

「そこは、揺るがせないで欲しいところだな。さぁ、行くか。ハリーの様子が気になるのは私も同じだ」

 

 カサンドラとダンブルドアは並んで医務室まで歩き出した。

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