医務室に入ったハリーは、いきなり目を見開き口をあんぐりとさせた。
「シリ——スナッフルズ!」
ハリーは駆け出して、犬のスナッフルズ……シリウスとハグをしようとする。
「待て」
「ぐえっ」
その襟首を、ムーディが止めた。
「な、何するんですか!」
「傷があるということをお前は簡単に忘れすぎる……! 全く。犬などどんな病気を持ってるかわからん。傷口から病気が入り込んだらどうする! 油断大敵!」
ムーディがいつものセリフを叫ぶと、ハリーだけでなくスナッフルズもビクリと肩を震わせた。
「とにかく……」
何かを言おうとしたムーディだったが、ふと犬の方をジロリと睨みつけた。
「賢すぎるな」
ごくりと、ハリーは息を呑んだ。マズイ。多分今のムーディは死の呪文を容易く使うだろう。
「確かダンブルドアが許可しない変身魔法は妨害されるんだったか。……許可された変身魔法はどうか?」
ムーディは杖を振り上げた。
「アバダ——」
「ムーディ先生、ダメ!」
ハリーは思わずムーディに飛びかかった。神経をスナッフルズに集中させていたムーディはハリーのいきなりの妨害に驚き、体勢を崩して倒れ込んでしまう。スナッフルズが慌て、医務室での扉のすぐそばに移動した。
「ごめんなさい、ムーディ先生」
「いや、ワシこそすまん。生徒の前で殺しなど避けるべきだった」
ハリーがムーディに手を貸して、立ち上がらせる。
そのとき、ダンブルドアとカサンドラが医務室に入ってきた。
「ハリー、大丈夫か?」
「カサンドラ。ダンブルドア先生。僕は大丈夫」
「さようかの。もうすぐお主と親しい者たちもくるじゃろう……。さて、ハリー。お主には今からどうしてもやってもらわねばならんことがある」
「なんでもします。ヴォルデモートを倒すためなら、なんだって!」
うむ、うむ、とダンブルドアは何度も満足そうに頷いた。
「休むことじゃ。治療を受け、友人と話し、心と身体を休めることじゃよ。それがお主のやるべきことじゃ」
「そんな! 僕、僕……。僕、ピーターを……助けました。そのピーターがあいつを復活させた。僕にだって責任があるんです。だから、僕戦います」
「戦うだと?」
カサンドラが眉を顰めた。
「どうやってだ。お前まさか敵に対して武装解除すれば倒したなんて思ってないよな?」
「それは……」
「お前、『死喰い人』相手に死の呪文が使えるのか? 同じ人間相手に」
「で、でも、それが必要なことなら」
「ほう?」
カサンドラはさらに詰問する。
「クラッブ、ゴイル、それからマルフォイ。あの場にいた『死喰い人』の中で知ってる名前がいくつかあった。わかるか、ハリー。お前、ドラコの親の仇になる気か?」
「え……?」
ハリーは呆然とした。
……親の仇?
僕が?
ドラコや……他のスリザリン達『死喰い人』を親に持つ生徒達の、親の仇になる。
そんなこと、ハリーは想像もしていなかった。
「戦うってのはそう言うことだ。そして、殺すことを最初から除外した戦士など足手纏いだ」
「……僕は……じゃあ、どうすればいいのさ、カサンドラ。僕はピーターの命を救ったんだよ。救ったせいでこんなことになった! ヴォルデモートが復活した!」
「気にするな」
「気にするなって……そんな無茶言わないでよ! 僕は……僕のせいで……」
カサンドラは肩をすくめた。
「いいか、ハリー。私はお前のあの時の行動を責める気はない。去年も言ったが奴には選択肢があった。それも無数に。その中で最も愚かな選択をした。それだけなんだ。わかったら、校長先生の言うことを聞いて、今は寝てろ。いいな?」
「……わかった……。でも、僕、本当にいいの?」
「無論じゃ」
ダンブルドアがそう言うのと同時くらいに、医務室の扉が開いて、スネイプが入ってきた。
「校長。お耳に入れたいことが」
「——印のことじゃろう?」
ダンブルドアが言うと、スネイプは頷く。
「もはや復活は完全に為された。アラスター。セブルス。そしてカサンドラ。再び結束するべき時が訪れた」
ムーディ、カサンドラ、スネイプが頷いた。
「ミネルバには後で知らせるとして。ここでワシは謝罪せねばならん。そして、お主らに共犯になることを強要するしかないことも、併せて謝罪しよう」
「……共犯? 謝罪ですと? 校長、我が輩事情がさっぱり——」
「——スナッフルズ」
ダンブルドアが呼び掛けると、部屋の隅にいた大きな黒い犬が変身して、黒のスーツに身を包み、白手袋をして完璧な装いをしたシリウスが現れた。
「シリウス・ブラック……!」
スネイプは獰猛な笑みを見せた。
「ここには魔法省大臣もいらっしゃる。去年の焼き直しというわけだ。違うのはそう、結末だけだ」
「私はダンブルドア先生の指示で正体を現した。その意味がわからないとは流石はセブルス先生。素晴らしい知能をお持ちのようだ。スニベルス先生に教わる生徒達が哀れでならない」
「我が輩を——その名で——呼ぶな!」
スネイプは杖を引き抜いて、シリウスの方に駆け寄る。慌てて、ダンブルドアが二人の間に入った。
「待って欲しいのじゃ、セブルス。ワシは……都合の良いことを言うておるのも理解しておる。じゃがセブルス。今は結束の時じゃよ。わかるかの? これからお主とシリウスは同じ陣営として、共に戦うのじゃ。仲良くしろとも過去を水に流せとも言わん。しかし、殺し合うのは避けておくれ」
スネイプは納得がいかないようだった。カサンドラがため息をついた。
「よし、それならこうしよう。ちょうどここは医務室だ」
ハリーは嫌な予感がした。何を言うのかだいたいわかってしまったからだ。基本的に、カサンドラはケンカの仲裁に入る時、びっくりするくらい野蛮な手段を取る。今回もそんな感じがした。
「つまり、気が済むまで殴り合え。どうせ素人同士だ。殺しそうになったら私が止めるから心ゆくまで存分にお互いをボコボコにするがいい」
「カサンドラ。そのようなことせんでもよかろう?」
「ダンブルドア、この二人が仲良しこよし握手して終わるとでも思うのか?」
「……それは……まぁ、うむ。ワシは二人を信じておるよ」
白々しいことこの上なかった。そう言うダンブルドアも、間に入るのを諦めてため息をつきつつ杖を抜いた。
「わかってくれたようで何よりだ。二人とも、ルールは単純。魔法以外は何を使おうが好きにしろ。シリウス、変身はなしだぞ。あれも魔法だからな」
「わかったよカサンドラ。この陰気な根暗をボコボコにしてわからせるとしよう」
シリウスはコキリと拳を鳴らしながら獰猛に笑う。
「我が輩、アズカバンで十年近く寝ていただけの男に負けるつもりはない」
スネイプも杖をしまって、シリウスに向き直る。
「ふ、二人ともやめようよ、ね? 仲良くしてよ」
無駄とは思いつつもハリーはそう言った。
「ハリー、こいつとは決着をつけなきゃいけないと思ってたんだ。気にするな」
「ポッター。口出しは控えたまえ」
「今からケンカだってのに教師面か、スニベルス?」
「それすらもできないような身分の方に言われたくはありませんな」
二人は睨み合う。
「ぶちのめす」
「野良犬が」
二人は医務室でぶつかりあった。
——医務室の外。ダンブルドアとカサンドラは揃ってポンフリーに追い出されていた。大人気ない大人2名はハリーの隣のベッドを占領することとなった。怪我自体は全く大したことはないが、病人の前で大暴れしたことがポンフリーをキレさせたらしく、二人は仲良く揃って、今日1日は医務室で『謹慎』となった。
カサンドラは廊下の壁に背を預け、苦笑して医務室の扉を見つめるダンブルドアと会議をしている。
「——握手をさせれば良かったのではないかと思うんじゃがのう」
「男なんていくつになってもガキみたいなもんさ。アレでよかったんだよ、きっとな。スネイプだって、憎い奴の頬に一発くれてやらないと収まるもんも収まらんだろう?
——まぁ、大人二人のことはいい。それで、結局どうなんだ?」
「そうじゃのう。ワシは奴がなぜ復活の目があったのか……つまり、死んでいなかったのか。それを突き止めることはできた」
「それで?」
「詳しい理屈は、まぁ、今は良いじゃろう? お主が今知りたいのは、なぜワシがあやつの復活を助けるような真似をしたのか……。答えは一つじゃ。あ奴は復活させねば倒し切ることはできんからじゃ。そして、ハリーの血肉を奴に取り込ませる必要があったのじゃ。故に、ワシは危険を冒してでも、あやつが復活することを望んだのじゃよ」
「そうか」
カサンドラは、ダンブルドアが思ったよりも非難も、そして質問もしなかった。
「何か、知りたいことはあるかの?」
「いや……。結局ハリーをどう言う立ち位置にしたいんだ?」
「あやつを滅ぼせる最後の希望じゃよ」
「そうか」
カサンドラは気の無い返事をした。ハリーを悪いようにはしないだろうと言うある程度の信用はある。だが、それ以上に今のカサンドラには気になることがあったのだ。
「なぁダンブルドア」
「何かの?」
カサンドラは腕を組んで、それからわずかに天井を見上げて言う。
「来年からの話だ」
「——聞かせてもらおうかの」
「あんたは……まぁ、ハリー関連はともかく、いいボスだった。この四年、動きやすかったよ。だが……来年度からについては少し考えなきゃいけない。私はもうただの警備員じゃいられなくなった。生徒達の親の仇になった」
ダンブルドアは顔を顰め、黙りこくった。
「いつかこうなったさ。たとえば、ホグワーツに『死喰い人』が侵入してきて、片っ端から殺していったら、まぁいつか誰かの親を殺すだろう。結局、早いか遅いかだけだ。だからこそ聞くんだが、来年からどうする? 生徒が復讐に走る可能性を理解した上で私を雇い続けるか。それともホグワーツの外で『死喰い人』やらヴォルデモート陣営を消し続けるか」
「ワシは」
ダンブルドアははっきりと言った。
「来年こそ、お主の力が必要になるじゃろうと考えておる。腕っ節ではない。お主の公平さや生徒達に信頼されていると言うこと自体が、この上なく重要になるとワシは考えておる」
「親の仇がのうのうとうろつき回ってたら、勉強どころじゃないと思うが」
「ファッジの反応を見たじゃろう? おそらく、いや、確実にホグワーツに干渉してくるじゃろう」
「そうだな」
「その時。お主のような人間が生徒達に寄り添うだけで、救われる心があるのじゃよ」
「……何度も言うが、親の仇なんだぞ、私は」
「そうじゃのう。じゃが、親が『死喰い人』の時点で、いつかはどうにかせねばならんかった。お主はある意味、生徒達を救ったのじゃ。幼い子供達に、親からの指示を跳ね除けるだけの強さを期待することはあまりにむごいことじゃと、ワシは思う。難しい問題じゃ。『死喰い人』の親は死ねば良いとは思ってはおらんがの。そうなってもやむなしとは、思っておるよ」
「……わかったよ。来年度からも私はここで働く。それがお望みなんだろう、ボス」
ダンブルドアは頷いた。
「……どう転ぶにせよ、これから忙しくなるぞ」
「ワシとお主がおれば、乗り越えていけるじゃろう?」
「当然だ。……私はアリーナに戻る。セドリックにお祝いを言ってこなきゃな」
「ワシはしばらくここにおる。ミネルバを見かけたら、後でここに来るように伝えてはくれんかの?」
「了解だ」
カサンドラはそう言うと、アリーナに向かって歩き続けた。
生徒の親の仇になった。
しかし、ヴォルデモートが復活した以上は、いつかそうなる運命だった。
仕方がないのだ。
やむを得なかった。
むしろ、子供のうちから闇の世界へと引き摺り込もうとする親から救ったとさえ言えるんじゃないか?
——人を殺してそんな言い訳をするなんて、いったい何年ぶりだろうか。
カサンドラは胸に苦い気持ちを抱いたまま、それでもなお止まることなく歩み続ける。
これからも、『死喰い人』が相手ならカサンドラは躊躇しないだろう。
それが平和につながる最も確実な手段だと知っているからだ。
だが、やはり、カサンドラは思うのだ。
殺さなくてもよかったんじゃないか。生徒達の親の仇になる必要はなかったんじゃないか。
——今年度の初め、ハーマイオニーに言った言葉が思い起こされた。
何年生きても、正しい選択肢が何かなんてわかりはしない。