カルカロフはため息をついた。
ここは地下牢。流石城というだけあって、罪人を捕らえておくための施設はしっかりと備えてあったらしい。スリザリン寮の近くだが、『死喰い人』を親にもつ生徒が助けに来ると期待してるつもりはない。看守もいないが、逃げられるとも思っていない。
カルカロフは晴れやかだった。後ろ手に縛られ、牢屋の中央に憮然と座り、それでも内心は誇らしかった。
やり遂げたのだ。
自分は死ぬだろう。だが、後悔はない。まぁ、裁判の場でゴネればまた自由の身になれるだろうと算段は付けている。ここがダンブルドアのお膝元である限り、魔法省大臣の護衛吸魂鬼が暴走するのでもない限り殺されることはないだろう。
コツ
足音が二人分聞こえた。
「さて、クラウチ。私はお前に罪を重ねろと言っているわけだが……魔法省の役人としてはどう思う?」
「……ひとつ言えるのは、貴様のやり口は悪魔じみている。それともそれがダンブルドアの本性なのか?」
「あいつは気のいいボスで、優しいじいちゃんだよ。多くの人間にとってはな」
「——傭兵。ダンブルドアとお前が組んだイギリスは安泰だ」
「そこに、魔法省で都合よく動く駒がいればなお盤石だ」
「……恐ろしいよ」
カルカロフのいる牢に、二人の人間が立った。カサンドラと、魔法省のバーテミウス・クラウチだった。
「さ、早く牢を開けないとフィルチが怖い。『地下牢に吊るすぞ』って脅しが使えないと機嫌が悪くなるからな。先輩と上司の機嫌ってのは上機嫌をキープするのが一番だからな」
「お前が上司と先輩の機嫌を気にするようなタマか?」
「私はこれでも繊細なんだぞ、クラウチ」
ガチャンと鍵が開いて、カサンドラが牢の中に入ってくる。
「だから……。憂いは絶っておきたい」
「それで、私に何を聞きにきた、カサンドラ」
カルカロフが聞くと、カサンドラは不思議そうな顔をした。
「……聞く? ああ、そういや……。お前、ダームストラング号の操舵を生徒に任せてたって本当か?」
「ああ。……それがどうかしたのか?」
カサンドラはにやりと笑うと、ゆっくりとカルカロフの背後に回る。
「——いや、殺しても大丈夫かどうか確認しただけだ」
「なんだと? こ、殺す? 私をか? 何を言ってる! ダンブルドアがそんなこと許すと思うのか?」
「なぜ私があいつの許可を得なきゃいけない。『不審者』並びに『外敵』の対処は私に権限がある。まぁ、他校の校長だからお伺いは立てた。快く許可してくれたよ」
「なんだと!?」
カサンドラは立ち上がろうとするカルカロフの肩を押さえつける。
「クラウチを連れてきたのは他でもない。証言してもらおうと思ってな。——地下牢の様子を見にきたらお前が地下牢からいなくなっているじゃないか。なんとカルカロフ校長はどういうわけか逃亡を図ったのだ……。という筋書きだ。安心しろ、お前の死体はそこにいる役人が骨に変身させて、ホグワーツの森に埋めてやる。墓碑も何もないが……。まぁ、化けて出るなよ?」
「待て、待て! 裁判を受けさせろ……! こんなのは私刑だ! 違法だ!」
カルカロフは叫ぶ。カサンドラが抵抗して暴れるカルカロフの頭を両手で掴む。
「否定はしないさ。もちろん違法で、これは悪いことだ。
——だがまぁ結局、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
「やめろ……! やめてくれ! 痛いのは嫌だ……! 助けて……! ご主人様……! どうかお助けください……!」
「多分そこまで痛くはないだろう。まぁ、お前は良い先生だったよ。多分な」
グルリ。
と、カサンドラはカルカロフの頭を180度回転させた。
「ははは……。私を殺して勝ったつもりか? 違うな、私の勝ちだ、傭兵! 私が死しても、私のした偉業は永遠に語られる! ご主人様を復活させる最後のピースを私がお運び申し上げたのだ!」
「校長のクセに生徒のことをちらりとも考えなかったのか?」
「何のために私が長年生徒に闇の魔術を教えてきたと思ってる! こう言うとお前はホグワーツにいるダームストラング生を皆殺しにするのか? そうやって敵対者全てを葬り去って、お前は満足なのか? マグル風情が!」
「大人の思う通りに子供が育つとは思わないことだ。あいつらはいつだって大人の想像を超えてくる」
「理想だな! 現実は違うぞ、傭兵。子供は育てられたようにしか育たない! ご主人様がヨーロッパ中に勢力圏を広げた暁には、我が生徒達が我先にとご主人様に忠誠を誓うだろう!
私が育てた愛する生徒達が!
私の愛するご主人様にお仕えするのだ!」
「……お前の愛は歪んでいる。
——狂気の献身も、歪んだ愛も。死は全てを受け入れ、抱き締める。
——大地よ。全ての母よ、祝福を」
どさり、と倒れ込んでそのまま動かなくなったカルカロフを見下ろして、カサンドラはため息をついた。
「どいつも、こいつも、あんな奴に入れ込むなんて、わからんもんだな」
「……狂信とはえてしてそう言うものだろう」
「かもな。さあクラウチ、証拠隠滅といこうじゃないか」
「……くれぐれも言っておくが、これは罪滅ぼしのつもりだ。『例のあの人』に協力することになってしまった分、『例のあの人』打倒に協力するだけのこと。けして、お前の犯罪行為全てを隠蔽するわけではないからな」
「わかってるよ」
だといいがな、そう言ってクラウチは杖を取り出して魔法を使う。程なくして、カルカロフの遺体はただの骨へと変身させられた。
「ありがとう、クラウチ」
「気にするな。ただの……償いのようなものだ。傭兵」
持ってきた布の袋に骨を入れているカサンドラに、なぁ、とクラウチが話しかける。
「ん?」
「例のあの人を倒すんだろう?」
「それはどういうわけか、ハリーにしかできないらしい。私がやるのは奴の勢力を削ることだ。理想は、ヴォルデモートたった一人にすることだが」
「10年前なら不可能だと言うところなのだがな。今なら……。お前と、そしてダンブルドアが本気で奴らを弾圧すれば、不可能ではないだろう」
「期待に添えるよう頑張るよ」
「ああ。——期待している」
クラウチは遠くを見て言った。骨も残らず燃え尽きたバカ息子。公的にはとっくの昔に死んだことになっている息子には、墓すら用意してやれない。
——クラウチにはそれが、あまりに哀れだと思った。
——1995年 6月 ホグワーツ
あれから——つまり、ヴォルデモートが復活して、しばらくの時がたった。
気落ちし、後悔し、夢に見るほどまでに恐怖したハリーだったが、何も、ホグワーツの全てが悪いことではなかった。
まず、セドリックが正式に優勝し、今年一年に渡る大いなる催しはホグワーツの優勝となった。めでたくセドリックは優勝賞金千ガリオンと、『3校で最も優れた魔法使い』という栄光を手にした。ダームストラング生も、ボーバトン生も、皆がセドリックの栄光と名誉を讃えた。
優勝賞金を使って、夏休みにチョウと旅行に行くらしい。そこでお互いの実家に挨拶にも行くのだとか。
ハリーにとってしてみれば、自分を含めて誰も死人が出なかったから、万々歳だった。生きて年度末を迎えることができることが、心から幸せだった。
ホグワーツは優勝の熱に浮かれっぱなしで、ダンブルドアがヴォルデモートの復活を皆に伝えてもいまいち危機感がないようだった。
だが、『死喰い人』を親に持つ生徒の何人かは、ヴォルデモートが復活したことを家に帰ると自覚するだろう。
——父親が二度と帰ってこないという事実と共に。
ハリーはあれから、スリザリン生の顔をまともに見ることができないでいた。ルシウス・マルフォイが『姿あらわし』で逃亡したのは確認したが……。
今でも夢に見る。
カサンドラが、『死』が、そしてムーディが、クラッブやゴイルなど、スリザリン生そっくりの顔をした大人達の頭を吹き飛ばし、射抜き、殺す夢。
悪人だった。
あの場に生きていた人間は全員、これからヴォルデモートのために働き、たくさんの人を苦しめ、痛めつけ、拷問し、殺す。そんなどうしようもない人たちだ。それは間違いない。
……でもハリーは、それでも彼らの死が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「結局のところ」
ハリーの隣を走るロンが言った。ハーマイオニーも同じように並走している。
……本当はもう、走り込みなんてする必要はなかった。だが、ハーマイオニーがロンとハリーを誘ったのだ。気分転換にどうか、と。
ハリーもロンも、一も二もなく飛びついた。とにかく今は、体を動かして頭を空っぽにしたかった。
「ママが言ってたよ。まだまだ全然マシだって。死んだのは『死喰い人』だけで、普通の人は誰も死んでない。そんなの10年前は考えられなかったって言ってたぜ」
「そうなの?」
「ああ。ハリーも、他の誰も、殺されたりしないなんて奇跡みたいなもんだって言ってた。数年後には『死』が『死喰い人』を襲う正義の怪物として語り継がれるだろうって馬鹿なことも言ってたよ」
「でも本当に変よね。弓矢を使うローブを着た人間……。私、ワールドカップの『死』もカサンドラなんじゃないかって思ってたわ」
ハーマイオニーが言うと、ロンが鼻で笑った。
「おいおい、冗談だろハーマイオニー。ワールドカップの『死』はコソコソ隠れて『死喰い人』を文字通り『消して』回ったんだぜ? カサンドラがコソコソ隠れるとこなんて想像できるか? 僕には無理だね。ハリーが見たみたいに、堂々と突っ込んでメイスやら斧やら振り回すのがお似合いで、それが一番強いのさ」
「……そうかしら」
ハーマイオニーは疑問だった。
去年度末、過去に行った時に、ハーマイオニーはカサンドラに殺されかけた。そのとき、ハーマイオニーはカサンドラの接近に全く気付けなかった。足音も、衣擦れの音も、金属が鳴る音も全くしなかった。それほどまでに高度な隠密行動ができるということだ。だからこそ思う。
もしかしてカサンドラは、まだまだ戦う力を隠してる……?
「とにかく! 今年は寮対抗の発表もなくなったし、いいことづくめだ!」
「あのね、ロン。ホグワーツの恥だからって理由で寮対抗の発表が中止になるのはまったく、ほんの少しも、喜ばしいことじゃないのよ?」
今年、いつもなら発表される寮対抗の優勝発表は中止となった。今年の優勝候補の寮の点数が現在100点を割っていると言えば、なぜ発表されないか自ずとわかると言うもの。
今年一年風紀が乱れに乱れた結果だった。
「まぁでも、その代わりホグワーツの優勝記念パーティーになるんだからいいじゃん」
「それは……そうだけど」
ロンとハーマイオニーが話す中、ハリーは無心で走っていた。何かを考えると、余計なことを考えてしまいそうだった。ヴォルデモートのこと……『死喰い人』のこと……そして、ハリーが戦うということ。
結局、その答えは出ず、疑問と不安だけが漠然と続く。
——1995年6月
「今年も終わる日が来た」
3校の生徒に、ダンブルドアが語りかける。
「今年は素晴らしい一年じゃった。3校が鎬を削り、最高の魔法使いを決めた。改めて、皆の者。至高の実力を示し、最高の栄誉を得たセドリック・ディゴリーを今一度讃えよう。
ホグワーツの勇士、セドリック・ディゴリーを!」
大広間が拍手と歓声で震える。とくにハッフルパフの騒ぎようと言ったら、まるで寮生の一人一人が自分が優勝したかのような喜びようだった。
ダンブルドアは拍手と歓声が自然と止むまでたっぷりと時間を使って待った。静かになった生徒達を見回して、そして続ける。
「良き知らせもあれば、悪い知らせもある。皆の者、心して聞くが良い。
ヴォルデモートが復活した」
ザワザワと、生徒達がどよめく。ボーバトンやダームストラング生の中には、ホグワーツ生に誰のことを言っているのかと聞いている生徒もいる。そういう生徒は決まって、話が終わった後ハリーの方を見た。
「静粛に。魔法省は、ワシが……そして、ホグワーツがこの事実を公表することを良しとはしておらぬ。ヴォルデモートの復活は数人が確認しただけの不確定な情報だから。
お主らのような子供にそんな事実は重すぎる。
——ある意味では、もっともな意見じゃ。
しかし、だからといって事実を伏せることは、諸君らのためにならんとワシは思っておる。辛い事実でも、お主らは知るべきなのじゃ。
今、この国がどのような状態に置かれているのかを」
ダンブルドアは一度黙って、そしてスリザリンのテーブルを見た。
「よく家族と話し合うのじゃ。何を信じ、どうするのかを。
——皆の者、周りを見るのじゃ。友人の顔が見えるじゃろう?
今年度一年をかけて、ヨーロッパの魔法使いは結束の第一歩を踏み出した。ヴォルデモートはその結束を踏み躙り、バラバラにし、冒涜するじゃろう。じゃが、抵抗できないわけではないのじゃ。そのようなおぞましい悪意から諸君らを守るのは、さらに強い友情、絆、そして、愛じゃよ」
じっくりと、ダンブルドアの言葉が生徒達に浸透していく。
「もはや二度と、ヴォルデモートに分断されるわけにはいかぬ。もはや二度と、ヴォルデモートの好きにはさせぬ。
過酷な困難がイギリス魔法界に待ち受けておる。それに耐え、打破するのは諸君ら若者の友情と、絆なのじゃ。悪意に備えよ。誘惑に敗れるでない。諸君らがもし、友情と絆、お互いへの信頼を示すことができたなら。
ヴォルデモートは必ずや、再び敗北するじゃろう」
ダンブルドアはそう締めくくった。
——
「キャシー」
「フラーか」
カサンドラは身支度を済ませ、見送りに出ようと部屋の外に出たところを、フラーに呼び止められた。
「今年一年、あなたのおかげで楽しかったわ」
「なら良かった」
「……私、今英語を勉強してるの。本気で」
「ほう? 誰のためだ?」
フラーは肩をすくめた。
「やっぱりキャシーは、つれないわね。『私のためかもしれない』なんて、ほんの少しも思ってくれないんだもの。そういうところ、嫌いだわ」
「そりゃ悪かった。それで、私のことが嫌いになったフラーは、今度は誰を追いかけるんだ?」
カサンドラが微笑みかけると、フラーも同じようにして微笑みかけた。
「赤毛のハンサム君よ。牙のネックレスがキュートでクールなの」
「ほう? ウィーズリーか。頑張れよ、応援してる。友人としてな」
「もう……。少しも妬いてくれないのね。でも嬉しいわ。これからも仲良くしてね、キャシー。友人として」
もちろんだ。カサンドラは快く答えた。
——
ハリーはハーマイオニー、そしてロンと一緒のコンパートメントに乗り込んで、実家へと帰っていた。気分が重い。
「……はぁ。また地獄の夏休みが来る……」
「ダンブルドア先生も酷いわ。私、よっぽど抗議してやろうかと思ったもの」
「なんでしてやらないんだよ?」
「ハリー、あなたがあの家に住むことが、とっても大事なんですって」
「……そっか」
ハリーはため息をついた。ダンブルドア先生は何も答えてくれない。はぐらかしてるのか、それとも何も答える気がないのか。何故ハリーはヴォルデモート復活の生贄にえらばれたのか。ダンブルドア先生は知っているような気がしたのだ。だが、ハリーには何も答えてくれない。
「ポッター、少しいいか」
コンパートメントの扉が開いて、マルフォイが話しかけてきた。そのことに目を丸くしたハリーは、しかし首を振った。
「ダメ。そこでいいなら話してよ」
「……まぁいいか。ポッター、もう、何もかも手遅れだ。あのお方が帰ってきたからには、魔法界は再び闇が支配する」
「ダンブルドア先生が取り戻す。カサンドラだっている」
「聞け。穢れ……マグル生まれやマグル贔屓に危機が訪れてるのはわかるな? グレンジャーも、そしてポッター、お前のガールフレンドも危険だ。せいぜい気をつけろ」
マルフォイはそう言うと、コンパートメントから離れていった。
「……なんなんだよあいつ! 嫌なやつだな相変わらず」
「でも、警告に来てくれただけ、優しいのかしら?
——でも実際そうよね……。ハリー、ジニーから目を離しちゃダメよ。暗がりに連れ込まれたら、おしまいよ」
「絶対目を離さないから」
ハリーは強い意志を持って言った。そうだ。何を呆けていたんだ。
自分には守るべきものがあるっていうのに。
「とにかく。ハーマイオニーも気をつけろよ。あいつらマグル相手なら何してもいいと思ってるからな」
「ええ、もちろんよ」
ハーマイオニーは頷いた。
「……もうすぐ駅ね。みんな、無事に新学年を迎えましょう」
「ああ」
「うん」
三人は頷き合った。
——魔法界の脅威は、ヒタヒタと迫っている。
だが、ハリーは信じている。人はそんなに弱くない。
ヴォルデモートなんかに、負けたりしないと、そう信じているのだ。
いつもご愛読ありがとうございます。
4年目が終わりました。かなり原作から離れてきて、オリジナルストーリー展開になってきたと思います。騎士団以降も少しずつ変化が出ると思いますので、当小説を気に入っていただけた方はぜひ感想、評価よろしくお願いします。