【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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 不死鳥の騎士団編開始です。


ハリー・ポッターとレイブンクローの不思議ちゃん
遠くなる平穏


 ――1995年7月 旧カサンドラ探偵事務所 現『騎士団』ロンドン支部

 

 カサンドラはため息をついて、自分の事務所を占拠する集団を見る。全員が古臭いローブを着て、書類やらなにやら処理をしている。その全員が身分確かな政府高官だというのだから、ここもずいぶんと格式高くなったもんだ、とカサンドラは冗談交じりに思った。

 事務所の扉がノックされ、カサンドラは拳銃片手に扉に近寄る。

 

「誰だ」

「『リーダーから警備員へ』」

 

 カサンドラは何も言わず、答える。

 

「用件は」

「『母校の人事について』」

「……なに? 入れ」

 

 カサンドラが扉を開けると、外にはずいぶんと疲れた様子の髭の老人、ダンブルドアが事務所に入ってきた。

 

「すまぬのう、カサンドラ」

「いい」

 

 カサンドラはダンブルドアを招き入れると、即座に扉を閉めた。

 

「それで、人事とは? 今年の顔合わせってことか? まだ7月だが」

「その件じゃ。今年の『闇の魔術に対する防衛術』の教師は……はっきり言って問題じゃ」

「この時点で消しておくか? どうせ『死喰い人』だろ」

 

 カサンドラが言うと、ダンブルドアは首を振った。

 

「カサンドラ、どうか彼女を消すのは厳に避けておくれ。魔法省からの出向じゃ」

「……本格的に介入しにくるってことか」

 

 カサンドラは自分専用――わざわざそういうものを作らねばならないほど人の出入りが激しい――のソファにどかりと座ると、足を組んで今朝の新聞を手に取った。

 

「状況は最悪だ。わかってるのか? 魔法省は……ひいては、魔法界はもはやお前の味方じゃない。そんな状況で介入を許してみろ、いいようにされるぞ。

 それに、だ。ダンブルドア、もう一度言うぞ。『日刊予言者新聞』の記者を何人か吊るそう。奴らの本拠地の軒先に編集者を何人か『飾って』やれば、下らない記事を書くことのリスクを理解するだろう」

「カサンドラよ。何度でも答えようぞ。ワシたちはならず者でも、『死喰い人』でもないのじゃ。暴力……それも死をちらつかせて言う事を聞かせるなど、そのようなことは厳に慎まなければならぬ」

 

 カサンドラは今朝の新聞をダンブルドアの方に投げる。ダンブルドアは新聞を受け取ると中身を見て、さすがに顔を顰めた。杖を一振りすると、新聞紙を消してしまった。

 

「『このようなデマ、まるでかの校長やほら吹きの『少年英雄』を思い出す』だの『この事柄はさながらあの偏屈老人や嘘つき少年が好みそうなことだ』だの。何かにつけてお前とハリーのネガティブキャンペーンだ。この一か月でお前が『ほら吹き偏屈痴呆老人』というポジションになったのは偶然じゃないんだぞ」

「それはわかっておるよ。今日もまた一つ名誉職を下ろされたところじゃよ」

「ホグワーツ校長辞職まであと一歩ってところだな」

 

 ダンブルドアの山のようにあった豪勢な肩書は、日に日に目減りしていっている。来賓として呼ばれた会合、会議、そのすべてでヴォルデモートの脅威を啓蒙、啓発しているからに他ならないのだが、ダンブルドアはそのことを全く痛手に思っていないのだ。

 

「ワシにはそれさえ残れば他はどうでもよろしい。それよりも……なかなか窮屈しておるようじゃな」

「正直もっとふっかければよかったかな、なんて後悔してるよ」

 

 カサンドラは苦笑した。現在カサンドラ探偵事務所はダンブルドアの私設武装組織『不死鳥の騎士団』に有料で事務所を貸し出している。そのおかげで、ここはすっかり魔法使いの住処となってしまった。

 

「シリウスが実家にカンヅメにされるのは嫌だというのでな、仕方なくじゃよ。ここならあ奴に検知されることもあるまい」

「だといいが。まあ、もし『例のあの人』が襲ってきたら弾みで始末してしまうかもしれんが」

「それができれば、苦労はせぬよ」

 

 カサンドラは肩を竦めた。

 

「で、一応聞いておこうか。今年の教師はどうヤバいんだ?」

「おぬしが心底嫌いそうなタイプじゃな。つまり、その、生徒と学校を支配することに全力を賭けるような人じゃ」

「ほう」

「正直言うと……。現在の魔法界はもはやワシでも読み切れん。まさか、ファッジがあそこまで愚かじゃとは」

「だろうな。まぁ……あんたが言うんだ、消すのは我慢してやろう。ギリギリまでな。問題教師のことはもういい。ハリーは大丈夫なのか? 連日連夜誰がいなくなった誰が死んだと騒がしいが」

「そのうちのいくつ、お主が消したんじゃろうなぁ」

 

 カサンドラは何も答えなかった。

 

「私が? そりゃ無理ってもんだ。なにせ……そう、私は誰が『死喰い人』かなんてわからない」

「そうかのう? ワシは、『左腕手首に特徴的な刺青をした人間』くらいなら容易く見分けられるんじゃないかと思うんじゃが」

「――まあ、敵が減るのはいいことじゃないか。ハリーはどうなんだ」

「よくはない。当然じゃろう」

 

 だろうな、とカサンドラは立ち上がって身支度を始めた。

 

「どこへ行く?」

「ハリーの様子を見に行く」

「……そうしてやっておくれ。くれぐれも奴らに気取られんようにな」

「魔法的な手段はそっちが対策してくれてるんだろう? なら安心しろ」

 

 カサンドラはニッとダンブルドアに笑った。もし『死喰い人』が尾行や監視という手段に出たらしめたものだ。カサンドラはそういうものを探知発見することが何よりも得意なのだ。

 

「シリウス!」

 

 身支度を終えたカサンドラは、寝室に引っ込んでぐーたらしている居候を呼びつけた。

 

「なんだ、マイハニー」

「殴るぞ」

 

 寝室から出てきたシリウスはマグルそのものの格好をしていた。Tシャツにジーンズ。アクセサリーのブレスレット。ダンブルドアが目をまん丸くするが周囲の魔法使いは無反応なところを見るに、もはや常態化しているらしい。

 

「今から出かけてくる。ハリーの様子を見にな。何か伝言はあるか?」

「『何も伝えられなくて済まない』と伝えてくれ」

「わかった。そうだ、何か暇つぶしがあったほうがいいんじゃないか? せっかくマグルの家にいるんだ。ゲームとかどうだ。何がいい。帰りに買ってくる」

「暇つぶし? ……みんなが死ぬような思いをしている中、ゲームをして遊んでろって言うのか?」

「残念だがその通りだ。魔法使いとして活動できないお前にできることは限られている。大事なのは、もしハリーと会った時うんと甘やかせるよう、ストレスをため込まないことだ」

 

 シリウスの立場は、とても面倒なものだった。とにかく現在逃亡中の身であるというせいで、魔法界での身動きが全く取れなくなったのだ。ヴォルデモート陣営にも狙われているために、シリウスは6月からこっち、一歩も家から出ずに過ごしていた。カサンドラとの快楽を伴う添い寝とマグルのゲームだけがやるべきことというとても爛れた日々は、シリウスから精神的な余裕を根こそぎ奪っていた。

 

「……そうか。ああ、ありがとう。カサンドラに任せるよ」

「わかった」

 

 カサンドラがそう言うと、シリウスは再び寝室に戻っていた。

 

「……限界そうじゃのう」

「あれでもまだ若いつもりらしいからな。そんな男がせまっ苦しい家に閉じ込められたらああもなる。私だって腐るぞ」

「……もう少し考えてやらんといかんかのう」

「多分な。まあ、とにかく、中年よりも少年の方が気になる。行ってくる」

「うむ。……『何も話せないワシをどうか許しておくれ』と伝えておくれ」

「その言葉を受け取る余裕がハリーにあればいいがな」

 

 カサンドラは事務所を出た。目指すはプリベット通り。ハリーの実家がある町だ。

 

 ――

 

 カサンドラはもはや遅かったことに歯噛みした。

 

「ハリー! ダドリー!」

 

 プリベット通りの片隅にある公園で、ハリーがダドリーを助け起こしていた。それだけならまぁまだよかったかもしれないが、ハリーはなんと、どういうわけか杖を抜いているのだ。

 

「カサンドラ! 気をつけて、吸魂鬼がいたんだ!」

「なんだと!? 」

 

 カサンドラの行動は早かった。ダドリーのそばに駆け寄ると、即座にぐったりとしている彼の様子を見る。随分と鍛えた様子のダドリーは、カタカタと震えて、唇が紫色になっていた。

 

「大丈夫か?」

 

 そう声をかけるが、返事はなかった。カサンドラは脈を取る。他にも異常はないか、できる限りで調べていく。命に別状がないことを確認すると、とりあえずひとまずは大丈夫と息を吐いた。

 

「——あの、コソ泥の……マンダンガス・フレッチャーめ! 殺してやる……!」

 

 ダドリーの無事を確信したのと同時、ナイトキャップをかぶったパジャマ姿の老婆が怒りを露わにハリー達に近づいてきた。

 

「ふ、フィッグおばさん? どうしたの?」

「知り合いか?」

「うん、近所でも有名な変人——猫好きの人」

 

 カサンドラはさらに警戒を強めた。

 

「そんな睨まないでおくれ! あたしゃダンブルドアに言われてあんたを見守ってたんだよ! ただまぁ『ちょい』と特殊な事情があって手助けはできないが……」

「……フィッグおばさん、魔法使いだったの?」

 

 ハリーは随分と驚いているようだった。カサンドラはガタガタと震えているダドリーに肩を貸して立ち上がる。ダドリーはカサンドラにしがみつくようにして立ち上がる。

 

「そんなことはどうでもいい。見張りなら、我らが校長先生に報告する方法があるだろう? それで知らせてくれ」

「そんな方法がありゃあたしがこんな風に出てくると思うのかい、探偵さん? とにかくあたしゃほんの小さなネズミさえ変身させたことがないんだ。あのクソッタレのマンダンガスが来ないことには何にも——」

 

 そう話している時、バシンと音がして、フィッグの隣に、酒臭くタバコのヤニ臭い匂いをプンプンさせたずんぐりとした男が瞬間移動してきた。

 

「名前を呼んだかい、フィギー」

「このクソ野郎! お前をバラバラにして猫の餌にしてやる!」

 

 フィッグが激昂して隣の男に掴みかかると、男は目を白黒させた。

 

「な、なんだってんだ?」

「よくも言えたなマンダンガス! 吸魂鬼だよ! あの最悪な生き物がハリーを襲ったんだ! その間にお前は……! どうせ盗品の鍋でも売り捌いてたんだろう!?」

「待て待て、おいおいおい……吸魂鬼? そいつぁ……」

 

 マンダンガスがキョロキョロと周囲を見回す。自分の目につく範囲に黒いボロボロの布の塊——吸魂鬼がいないとわかると目に見えて安堵した。

 

「俺がその場いたってなんの役にも立ちゃしねぇ。何せ俺は守護霊なんて出せねぇ」

「自慢できることかい! いいからとっととダンブルドアに報告しに行くんだよ! なんでその場に自分がいなかったのかってことも含めて!」

「わかった、わかったよ……。カサンドラ、あんたがいるってことも報告しとく」

 

 カサンドラは頷いた。マンダンガスは即座に、まるで逃げるようにしてバシンと音を立てて転移した。

 

「とにかく、ダドリーを家に帰すぞ。事情を説明しなければ」

「なら安心だね、探偵さん。あたしゃ見て、知らせる以外のなんにもできやしないんだ。元の仕事に戻らせてもらうよ」

「ああ」

 

 フィッグは満足そうに頷くと、そのまま自分の家へとパタパタと駆け出してしまった。

 

「カサンドラ……。ダンブルドア先生が、僕に見張と護衛を付けてたの?」

「まぁそりゃあな。ただあとで言っとかないとな。人員が明らかに……。何考えてるんだあいつは」

 

 とにかく行くぞ、とカサンドラは歩き出す。よろよろとしているがダドリーはなんとか自分の足で歩いている。ハリーはゆっくりと歩くカサンドラに合わせて、杖を構えて周囲を警戒している。

 

「僕、もう退学なのかな。外で魔法使っちゃった。しかも、マグルの前で」

「まぁ、その時は二代目警備員に立候補するといい。ダンブルドアなら悪いようにしないだろう。ハグリッドを思い出せば、そんなことは簡単にわかるだろう?」

 

 カサンドラの言葉に、ハリーはくすりと笑った。

 

「そうだね。……でも、僕ちょっと……いや、かなり不満なんだ。なんでみんな僕に何も言ってくれないの? そんなに僕って子供扱いされるような人間だっけ。それに……なんでダンブルドア先生は僕に何も言ってくれないの? 何も……。ジニーにも会えないし」

 

 ハリーの目がどんよりとするのをカサンドラは見逃さなかった。これは対応を誤るとめんどくさい事になるな、と直感する。

 

 ——そういやハリーはもうすぐ15才か。

 

「はっきり言うとあいつは今、一人でいることを選択した」

「なんでさ」

「ヴォルデモート復活を啓蒙する代償というやつだ。とにかく政府の動きが悪い。吸魂鬼がここに現れたのも、魔法省の差金だろうな」

 

 カサンドラが言うと、ハリーは顔をしかめた。

 

「……僕、魔法省の思惑に乗せられたってこと?」

「気にするな。私はもちろん、ダンブルドアだって、あの場で魔法を使うお前を責めたりしない。いいや、むしろ誇らしい気持ちだよ。色々思うところがあるだろうに……よく助けた」

 

 カサンドラに褒められて、ハリーは照れたように顔を逸らした。

 

「……カサンドラ、ダーズリーに説明するの?」

「ああ。私が説明する。……と言っても、細かいことはお前に確認する事になるだろうがな。大人への説明は私に任せろ。ただ、どんなふうになっても私に任せてくれないか」

「——うん、まぁ、確約は出来ないけど」

 

 ハリーの言葉に、カサンドラは肩をすくめた。ダーズリー家の玄関先にたどり着いた。

 

「頼むぞ、ハリー。まぁ……説明程度私にかかれば容易い。そこまで気負うこともない」

 

 カサンドラはそう言うと、家のチャイムを鳴らした。

 しばらくすると、ガチャリと扉が開いた。

 

 ——ダドリーとハリーに襲いかかったという吸魂鬼。

 揺れる魔法省。最もストレスがかかっているであろうハリーに気遣い一つできないほど忙しく動き回るダンブルドア。

 

 ——もはや、平穏は遠くなった。

 まだ誰も死人は出ていないし、明確に争いがあったわけではない。だがカサンドラは、はっきりと戦乱の匂いを嗅ぎ取っていた。

 

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