――1995年 7月 ブラック邸『不死鳥の騎士団』本部
プリベット通りのダーズリー家からハリーを攫ったカサンドラは、電車と徒歩で『不死鳥の騎士団』本部……シリウス・ブラックの実家に移動した。その際、ハリーに『忠誠の術』の効果と、それによって守られた場所の入り方を解説することになった。最初ハリーは不安そうにしていたが、『秘密の守人』がダンブルドアであることを知ると、すぐに安心した様子を見せた。
ハリーを他の子どもたちがいる部屋に送り届けると、カサンドラは食堂に入り、しばらくくつろいでいた。
――それからしばらく。
「ある程度知らせるべきじゃないのか?」
下の階である食堂にも聞こえるほどの大声で喧嘩をするハリー、ハーマイオニー、ロンの三人の声を聞きながら、カサンドラは肩を竦めて言った。伝統的な純血主義の邸宅、ブラック家の食堂には現在カサンドラとモリー、そしてムーディがいる。
「知らせるだと? 知らせてなんになる。大の魔法使いが雁首揃えてなんの成果もあげられていないなどと言って、不安がなくなるのか?」
『マッドアイ』アラスター・ムーディが鼻で笑ながらカサンドラに言った。魔法の義眼を新調した彼は、偽物がよくやっていたように目を360°グルグルさせながら会話している。
「成果は上がってる。今日もウチの事務所を見張ってた『死喰い人』を二人消した。まぁ下っ端だったが」
カサンドラはそう言って、手元のバッグから2枚の仮面を取り出した。そして、切り落とした左手首も。
「カサンドラ! またあなた……! こんな物を食堂に持ち込んで!」
その恐るべき行為をモリーが見咎めた。カサンドラは苦笑して肩をすくめた。
「悪かったよ。話の流れでついな」
「それに、カサンドラ、あなたのやり方をダンブルドアはよく思っていませんよ。片っ端から消すなんてあまりにも残酷です」
「モリー、この件で私が譲歩することも、議論することもない。ダンブルドアが相手でもだ。モリー、あんたこそそんな風に日和ってていいのか?
見逃した『死喰い人』に息子が殺されないと誰が言える? 末娘が暗がりに連れ込まれないと誰が言える?」
「それは……そうですが」
カサンドラは畳み掛けるようにして言う。
「簡単な選択だ。息子や娘、旦那とヴォルデモートに従うような犯罪者共。どっちかが死ななきゃいけないならどっちが死ぬべきだ?」
「――わかりました、わかりました! もう何も言いません! しかし、カサンドラ。あなたの考えは子供達に悪影響が過ぎます! 子供達の前では控えてくださいね!」
「わかってるよ、当然だろ?」
カサンドラはそう言うが、モリーはあまり信用していないようだった。
そこへ、ムーディが苦々しい表情になった。
「モリー。案ずるな。こいつはホグワーツでは恐るべきことに『やるときはやるが優しい警備員さん』で通ってる。配慮を忘れたりはせんだろう」
「ならいいのですが。……それで」
そのとき、上の階の子供達に当てがった部屋からハリーの怒鳴り声が聞こえた。
「――僕たちが今までやってきたことはなんだったんだ! 賢者の石のとき、僕たちは必死になって情報を集めた! リドルの時、継承者は誰かを探し続けた! シリウスの時も! 殺人鬼や吸魂鬼から身を守るためにどうすればいいか探し続けた!
去年だってそうだ! 僕らはずっと、諦めずに調べてただろう! どんなことがあったって知るのを止めたりはしなかった! それなのになんで今回だけ、僕は蚊帳の外で、ハーマイオニーもロンもちっとも知ろうとしてないんだ! 『会議に参加できない』だって!? 僕らが一度でも大人の会議に参加したことがあったか!? 僕がダーズリーの家で苦しんでる間、君たちならきっと何か掴んでくれてるって、信じてたのに!」
カサンドラとモリーは揃ってため息をついた。
「ワシはまぁ、それなりに後悔の多い人生を送ってきたが……。教師を半年で辞めたことだけは、後悔することはないだろうな」
「あの年頃の子供は面倒だ。毎年毎年……」
「ビルもパーシーもあの年頃は難しくなったんですよ。双子は言わずもがなです。ロンも最近めっきり言うことを聞かなくなって……」
大人たちの悲哀がそこにあった。暗い気持ちで項垂れていると、食堂に二人の人間が入ってきた。
リーマス・ルーピンと一人、派手な髪の色をした女だ。
「ありゃ、カサンドラ? 事務所はいいの?」
「問題ないぞ、トンクス。ハリーの送り迎えだ」
「そっか。もしかしてさっきの怒鳴り声、ハリーなの?」
派手派手しい髪の色をした女……ニンファドーラ・トンクスの質問に、カサンドラは頷いて答えた。
「うわー。でも私も覚えあるかも。リーマスはどう?」
「その頃の私はそうだね、友達と一緒に自分に酔いしれていた時期かな」
リーマスは頬を掻いて恥ずかしそうにしていた。
「それで、首尾はどうなんだ、え? 世間話しにきたわけでもあるまい?」
ムーディの詰問口調の質問に、二人は揃って首を振った。
「ダメ。闇祓いはある程度説得できたけど……。闇祓い以外は無理。みんな新しい脅威が来たことを信じるより、ハリーとダンブルドア先生がイカれてるっていうのを信じる方がいいみたい。もう魔法省は期待できないかもね」
「かもねではない! まさかトンクス、お前我々だけで闇の陣営とやりあうつもりか?」
ちらりと、トンクスはカサンドラを見た。
「それでもいけそうな気はするけど」
「この女に任せれば死体の山が出来上がるぞ! すでに小山になっているというのに! 我々はダンブルドアの意思の元動いていることを忘れるな!」
ごめんなさい、とトンクスは素直に謝った。全く、とムーディは呆れたように言った。彼はカサンドラが一時的に魔法界にいるだけだと知っているのだ。魔法使いの問題を、カサンドラに頼りっきりで解決しては、次に同じようなことが起きたとき対処できなくなる。そう言った考えから、ムーディはカサンドラに積極的に動かれるのをよしとしない。
「闇から闇へと葬るのもいいと思うがな」
「貴様その長い寿命を使って永遠に魔法族を守る気か? そうでないなら口を出すな!」
そりゃそうだな、とカサンドラは言って立ち上がった。
「じゃあ、私は子供達のお守りと……おっと、もうこんな物言いをしたら怒られるな。あいつらの面倒を見てくる」
「ごめんなさいね、カサンドラ。その、面倒だろうけどよろしくお願いします」
「気にするなモリー。あんたも大変だろう?」
カサンドラはそう言って食堂を後にする。軋む階段を上がり、子供たちがいる部屋に入った。扉を背にハリーが立っていて、ロンとハーマイオニーは悲しげに顔を俯かせている。その隣ではジニーがハラハラした様子で事態を見守っていた。
「……だから、そもそも、騎士団って、何? まさかそれも知らないって言わないよね?」
ハリーは随分とお冠のようだった。カサンドラにしたら気持ちはわかるがもう少し抑えて欲しいところだった。ロンとハーマイオニーも長い間ハリーに口を噤んでいた負い目があるのか、言いたいことも言えない様子だった。
「不死鳥の騎士団はダンブルドアの私設武装組織だ。頼りにならない魔法省の代わりに闇の陣営に立ち向かうべく作られた組織だよ」
カサンドラがいうと、ハリーが振り返った。だが、その顔は嬉しそうではない。むしろ不満げだった。
「カサンドラ……。カサンドラはもっといっぱい知ってるでしょ? どうして教えてくれなかったの? 僕達、色々大人でもできないようなことやってきたよね? そんなに信用にならない?」
カサンドラは肩をすくめて、ジニーのそばに寄る。
「信用ならない、か? もちろんだとも。私が遠ざけられる戦場に子供を連れて行くことはない。たとえお前が私より強かったとしてもだ」
「僕たちは子供じゃない! 戦える!」
「ほう」
カサンドラはハリーをまじまじと見た。上から下まで、じっくりと、品定めするような目だ。ハリーは思わず息を飲む。カサンドラにそんな目で見られるのは初めてで……そして、想像していた以上にカサンドラの目は冷たかった。
「ダメだな。心が戦士じゃない」
「僕はやれる! 去年も、一昨年も、3年前も4年前も! 僕は戦った!」
「戦った、か。否定はしないよ。あの時、当時の子供にしたら十分戦った。そこを否定する気はない。だがお前が今から踏み込もうとしているのは大人の世界だぞ」
ハリーは呻く。
「どう違うっていうのさ」
「……私なら……」
ちらりとジニーを見る。また嫌われるだろうなと思いながら。
「わかるだろう? こんな可愛い『弱点』、突かないわけがない。ハリー、お前……ジニーを無茶苦茶にされて、それでもなお立ち上がり、戦えるのか?」
「それは」
「もっと言うが、もし何もされていないとしても、だ。お前はジニーを他の誰かに預けられるのか? 戦士として戦うっていうのはそういうことだ」
ハリーは黙った。ジニーは恐ろしい話をするカサンドラに怯えて、ハーマイオニーの影に隠れてしまった。
「ハリー。お前がするべきことがわかってきたんじゃないのか? お前がするべきなのは大人に混じって戦うことじゃない。可愛い彼女を悪人から守るためにどうすればいいのかを考えることだ」
ハリーは黙った。
「……それとだ。ハーマイオニー、またお前の出番だ」
「え?」
「裁判の弁護だ。もう慣れっこだろう?」
「え……? アレ、そんな大変?」
ハーマイオニーはキョトンとして言った。その様子に、ハリーはまたカチンときたようだった。まるで火のついた火薬箱だった。
「その言い方はないでしょ? 僕が退学になるのがそんなに軽いことなの!?」
「ハリー、おちついて。あなたが受ける裁判で杖が実際に折られた判例は存在しないわ。どんなに悪質だって、なにかと理由つけて警告止まりなのよ」
「でも今回は魔法省が僕を嵌めようとしてる!」
「ダンブルドア先生が弁護する予定のはずよ。だからハリーは気にしなくていいわよ」
その情報は、ハリーにとってとても価値のあるものだったらしい。途端に落ち着いた彼は、恐る恐る繰り返し聞いた。
「……ホントに? ダンブルドア先生が僕の弁護に来てくれるの?」
「ええ。だから、少し落ち着いてちょうだい。……私たちも、参ってるのよ。この4週間ずっとここなのよ」
ハーマイオニーですらイライラした様子で言った。このままだとロン、ハーマイオニー、ハリーの三人が暴走して大喧嘩になることは簡単に想像がつく。カサンドラは仕方ないとばかりに手を打った。
「……よし、わかった。なんとかしよう」
カサンドラは確信した。何もかもこの環境が悪い。
はっきりと断言したカサンドラを、4人の子供たちは不思議そうに見ていた。
――
それから数日後。ダンブルドアの許可を得たり他の騎士団員の許可を得たりして、晴れて子供たちの移送ができるようになったカサンドラは、6月に買ったばかりの新車で、ハリーたちを事務所兼自宅に移送していた。
カサンドラの車に乗り込んだハリー達は、ブラック邸からカサンドラの事務所までのドライブを楽しんでいた。
「カサンドラ! いいの? 車で移動なんて!」
「安心しろ。ダンブルドアの許可はもらってる。息抜きは必要だと言ったら渋々な。まぁ、トヨタのランクルは頑丈で有名だからな。悪霊の炎とかいう魔法でもなきゃ突破できん」
「おったまげー。これホントにパパが持ってる車と同じなの? めちゃくちゃ快適なんだけど」
「お、おにいちゃ、お兄ちゃん! う、うご、動いてる!」
「カサンドラ、事務所にシリウスおじさんがいるって本当? なんでそれすら黙ってたのさ!」
「悪いな、あの中年は引きこもりになっていることを知られたくないんだとさ」
「もう……!」
思い思いに話しながら、カサンドラが運転する車で楽しそうにする子供達を見て、カサンドラにも思わず微笑みが浮かぶ。
「ねぇカサンドラ、この曲、いいね。本当に……いい曲だよ」
ハリーはしみじみと、車内でカサンドラがかけているマイケル・ジャクソンの『タブロイド・ジャンキー』を聞いてそんな感想を言った。
「だろう? 先月発売したばかりのアルバムだからな。――私も、この曲が好きだよ」
「凄い……! ねぇハリー、これ、こんな……! 凄いわ! こんな綺麗な曲が車の中で聴けるなんて! ねぇお兄ちゃん! この曲凄いわ!」
「本当、今の僕らにぴったりだよな」
ロンはため息混じりに言った。
「『スクリーム』も悪くないぞ。『2 バッド』もオススメだ」
「聞きたい!」
「よし。じゃあしばらく事務所のBGMは『ヒストリー』のローテーションだな」
マイケルのファンが増えて嬉しいことだよ。カサンドラはそう言ってアクセルを踏んだ。
――子供達は本当に楽しそうにしていた。
大人たちはその笑顔と、その時間を守るために奮闘を続ける。
マイケル・ジャクソンのタロイドジャンキーは本当にいい曲なのでみんな聞いてね!