——1995年 7月 カサンドラ探偵事務所
事務所にカサンドラ達が入ると、事前に連絡していたこともあって、中の騎士団員は軽く会釈する程度で特段騒いだりしなかった。
子供達4人もその場の厳格な雰囲気に呑まれ、緊張した面持ちである。
「4人とも、こっちだ」
カサンドラは4人を連れて客間に通した。ソファとテーブルがあるだけの部屋だったが、今は少し様変わりしている。
大きめのハイビジョンテレビとスーパーファミコン、それからソフトがいくつか。
「うわ、これ、げーむ?」
「そうだぞ、ロン。揃えた。暇つぶしになる。子供はゲームでもして遊んでるのが一番だ」
うわー、とゲームに群がるかと思ったが、ロンとジニーはいまいちな反応だった。ハリーは少し興味ありそうな風だったが。
「ん、やはり子供っぽかったか」
「ええ、まぁ……。私たちゲームって年頃でもないしね」
ハーマイオニーが苦笑しつつ言った。
その時、客間にラフな格好のシリウスが入ってきた。
「ハリー!」
「シリウスおじさん! 元気だった? ……なんか年々マグルっぽくなっていってるね」
「呪文も忘れそうだよ。冗談はともかく。我らが偉大な純血の実家はどうだった?」
「最悪」
ハーマイオニーはうんざりした様子で言った。
「正直ダンブルドア先生は何を考えてるのかしら? 私、マグル生まれなのに、純血主義に染まった屋敷しもべ妖精がいる屋敷に住まわせるなんて!」
「そりゃすまなかった。今度バカにされたら蹴飛ばしてやるといい。クリーチャーはそんな扱いがふさわしい」
「そんなことできないわよ」
「なに、主人である私が許可する」
野蛮ねー、とハーマイオニーは肩を竦めた。
「ねえカサンドラ、パパとママは大丈夫?」
「ああ。数時間前に確認したが問題ない。他のマグル生まれの家族も無事だ」
「……随分と、凄いね?」
ハリーが感心したように聞くと、カサンドラは頷いた。
「まぁ、マグル生まれはそう多くないし、連絡網程度作るのは容易い。住所も全部押さえてあるから何かがあればすぐ飛んでいける」
「マグルはそれができるのに……なぜ魔法使いにはそれができないのかしら」
ハーマイオニーが不思議そうに言った。
「そりゃ伝書フクロウなんて前時代的なことやってるからだろう。伝書鳩を撃ち落として書類を盗み見るなんて私でもやってたぞ」
「それいつの話なの? ……昔のマグルって帰ってこないことを不思議に思わないの?」
「帰ってこないこともあるから、何羽もの伝書鳩に同じ書類を持たせるんだ。さぁ、ハリー、ロン、ハーマイオニー、それからジニー。これを持ってろ」
カサンドラは4人に小さな電子機器を渡した。
「……なにこれ?」
「携帯電話だ。高かったんだぞ? なくしたり壊したりするなよ。今年一年、ダンブルドアや私が忙しくなる可能性がある。ホグワーツで何かあればそれで連絡を取り合え」
「待って、待って、カサンドラ。ホグワーツじゃマグルの機械は使えないのよ?」
「去年まではな」
カサンドラは言った。4人全員が不思議そうな顔をした。
「ホグワーツの魔法的な守りはホグワーツの校長にその権限がある。……いいか、だからといってそのことを吹聴するなよ。わかってるな? 城の防衛機密だからな」
コクリと4人は黙って頷いた。
「いいか、コレは絶対に魔法的に妨害されない連絡手段だ。逆に言えば、それ以外の連絡手段には何かしら付け入る隙があると思え。わかったな? じゃあ、使い方を説明するぞ……」
カサンドラはそれから、携帯電話の使い方を子供達に教えていく。
「……驚き桃の木……! 僕、マグルの機械を使うなんて! パパに言ったらなんて言うかな?」
「アーサーも持ってるぞ」
「え? ……なんだぁ」
がっくりと気落ちした様子のロンに、カサンドラは苦笑する。近くのソファに座ると、4人に向かって微笑んだ。
「さ、座って話をしようじゃないか。4人とも、この夏休みはどうだった? 存分に愚痴るといい。お菓子と飲み物も用意してる」
「ありがとうカサンドラ!」
4人は楽しそうに笑った。それから、4人の愚痴大会はかなりの長さになった。相当溜め込んでいたらしい。
——
愚痴大会は夜遅くになっても続いていた。ハリー、ジニーが二人がけのソファに座り、ロンとハーマイオニーも同じようにして隣り合って座っている。カサンドラは一人用の椅子に座っており、シリウスも同じく、一人用の椅子に座っていた。ロンとハーマイオニーの二人とハリー、ジニーの二人が向かい合うようにして座り、カサンドラとシリウスが向かい合うようにして座っている。
「……だからさ、僕たちの知ってる大人はだいたい騎士団員だ。残念なことに、スネイプもな」
「先生よ、ロン。とにかく……多分、大人達が私たちに何も知らせないのは、きっと汚い大人の世界を見せたくないからよ。もう4週間だけど、全然成果がないことも関係してるかも」
「成果がない? でもさ、魔法省にはロンのパパと……それから、パーシーもいるでしょ?」
ハリーがその名前を出した時、ロンとハーマイオニー、それからジニーは揃って苦い顔をした。
「……ど、どうしたの? 僕まずいこと言っちゃった?」
「去年までは何にも問題なかったわ、ハリー」
吐き捨てるようにジニーが言った。
「でも、もうパパとママの前でパーシーの名前出しちゃダメだからね! パパは持ってる羽ペンとか食器とか壊しちゃうし、ママは泣き崩れちゃうんだから」
ハリーは困惑する。パーシーは確かにウィーズリーの中でも特に厳格で堅物なところはあった。だがそんな風に決定的な決裂をするようには見えなかったのに。
「パーシーは権力に魂を売ったのよ! もう私パーシーをお兄ちゃんだとは思わないわ!」
「な、何があったのさ、ジニー」
「最悪だったの。パパとパーシーが怒鳴り合いの喧嘩したのよ。……怖かった……」
ジニーが顔を俯かせるので、ハリーは慰めるようにしてその頭を抱き寄せた。ジニーは顔をハリーの胸に寄せる。
「は、な、れ、ろ! いいかハリー、重ね重ね、何度でも言うけど、『まだ』、ダメだからね」
再三の警告だが、もはや効果がどれほどあるのか、ロンにはわからなかった。極々短い間ブラック邸で泊まっている時、ロンはハリーとジニーが深く抱きしめあってキスしているところを目撃したのだ。もし声をかけなければそのまま……ということになっていたかもしれない。
「もう……。うちの兄貴がごめんなさいね、ハリー」
「いや……うん、ロンには本当、助かってるよ」
「全く」
ロンは複雑な気持ちだった。このままハリーとジニーがイチャイチャするのを見続けるのは非常に苦痛だ。そろそろ去年本気でダンスパーティーに取り組まなかったことを後悔し始めている……もっと言うなら『君は女の子だ!』を後悔しているところに、成功者が目の前にいて、『もし上手くやっていたら』をこれでもかと見せつけてくるのだ。できれば離れたところでやってほしかった。
だが、本当に離れてもらうわけにもいかない。ここにいるにしろブラック邸にいるにしろ、大人達の監視などあってないようなものだし、ハリーには『透明マント』がある。ドラゴンすら騙せる最終兵器だ。そんな中で二人きりにしたら、新学期が始まる頃にはジニーが母になっていてもおかしくはない。
だから、絶対に兄として目を光らせておかねばならなかった。
辛いジレンマだった。
「——とにかく。パパとパーシーが大喧嘩したんだよ。全ての始まりはパーシーが昇進したことからかな」
「昇進? ……もう?」
ハリーは驚いた。マグルの世界から離れてもう5年になる。マグルの常識や世界情勢は、そもそも教えられなかったのもあってかなり薄れている。
それでも、魔法省に入って一年そこらで昇進というのがいかに速いのかということくらいはわかる。
「ああ。どう昇進したと思う? ファッジの大臣室勤務だよ。
大臣付下級補佐官。大出世さ。普通なら家族総出でお祝いするくらい。——だけど」
ロンは顔を暗くした。
「……結局のところ、パパのスパイがメイン業務みたいなもんだったんだよ。本人は多分気付いてなかったけどな。ファッジや魔法省はダンブルドア先生の言うことを頭から否定してる。耄碌ジジイとそいつと仲の良い人間は窓際業務ってわけさ」
それからしばらく、ロンは何も言わなかった。言うのも忌々しい出来事だというのはハリーでも察することができた。
「……結局、パパがパーシーに、お前はスパイにされてるって言っちゃったんだよね。そこからはもう酷かった。もう、本当に……」
ハリー以外の3人は揃って顔を俯かせた。
「それで……まぁ、パーシーは結局、大喧嘩の末に、はっきりと魔法省につくことを選んだんだよ。荷物をまとめて出て行っちゃった。今はロンドン在住らしいけど……カサンドラ?」
ロンが話題を振ると、カサンドラは肩を竦めた。
「悪いが知らない。知ってたらもう少しモリーの情緒は安定してたろうさ」
「……本当?」
ロンは疑わしげだった。
「カサンドラ、本当に嘘ついたり隠したりするの上手だから、中々信じられないよ」
「まぁ……否定はしない。ただ、私が知らないと言ったら知らないんだ」
むう、とロンは唸った。
「……まぁ、とにかくそういう事情で、今ウィーズリー家は大変なんだよね。フレッドとジョージも滅多に家に帰ってこないし」
ハリーはその言葉にさらに困惑する。
「家に帰ってこない? なんで?」
「さぁ。カサンドラは知ってる?」
カサンドラが今度は頷いた。
「まぁな。ゾンコ……だったか? ホグズミードにある悪戯専門店に修行がてらバイトだ」
「ゾンコに? ウィーズリー・ウィザード・ウィーズはどうしたの?」
「資金不足だな。纏まった金が結局用意できなかった。まぁ……。しばらくは通信販売で細々やっていくらしい。それで売れ筋商品のリサーチしたりゾンコのノウハウ盗んだり……まぁ、堅実にやってるよ」
フレッドとジョージがやってるとは思えないくらい地道で一歩一歩踏みしめた将来設計に、ハリーは驚いた。双子ならもっとどデカくやると思っていたのだ。
「そういや去年フレッドとジョージは随分資金に関して自信満々だったけど、カサンドラはなんでか知ってる?」
ロンの質問は尤もだった。何せ、双子は去年、今年度中には店を出せるみたいな言い方をしていたのだ。
「ああ……あれな。ワールドカップの賭けがドンピシャで当たって大金が入ってくる予定だったらしいが……。まぁ、胴元がクズだった」
「ワールドカップで賭け? サイテー」
ジニーが吐き捨てるようにして言った。ワールドカップでどっちが勝つかという賭けはかなりメジャーだということをジニーは知らない。
「胴元って?」
「ルード・バグマンだ。ゴブリンからもかなり引っ張ってたらしくてな。双子がデカく当てたせいで首が回らなくなった」
「……詳しいね?」
「複数人から依頼があってヤツをボコボコにした。もう聖マンゴからは出てるだろうがな」
「ええ……」
ハリーはマフィアみたいなやり口にドン引きした。ただまぁ、払うと言った金を払わないなら、それだけの目に遭っても仕方ないのかもとも思う。
「……まぁ、とにかくさ。不死鳥の騎士団が何やってるかってのは正直全くわからなかったんだよね。ママががっちりガードしてるし、カサンドラは貝みたいに口噤んじゃうし」
「はっきり言うと私もほとんど何も知らされていない」
「そんなわけないでしょう?」
ハーマイオニーがついそう言うと、カサンドラは肩をすくめた。
「私は騎士団メンバーじゃない」
「え? カサンドラが?」
ハリーは愕然とする思いだった。ヴォルデモートに対抗する勢力なら、カサンドラは絶対に不可欠な人員だと言うのに、なぜ?
「まぁ、夏休みの間は暇だから事務所貸し出しや人員輸送なんかやってるがな、私はあくまでホグワーツの警備員だ。ボスであるダンブルドアに強く依頼されなきゃ、新学期始まってもホグワーツの外に出ることもないだろうな」
「……ねぇ、カサンドラ、ちょっと不躾なこと聞いてもいい?」
「いいぞ、ハーマイオニー」
ハーマイオニーは苦い顔をして、それから意を決したように聞いた。
「カサンドラなら……たぶん、例のあの人を倒せるんじゃないかしら? そうでなくても、『死喰い人』を倒すこともできると思うの」
「できるかできないかで言えば多分できる。だがなハーマイオニー、今の魔法省を見てみろ。このままでいいと思うのか?」
「でも! カサンドラ……。人が苦しむよりずっといいわ」
カサンドラは首を振った。
「私は所詮、魔法使いじゃない。あと数年もすれば魔法界からいなくなる。そんな存在が事態収拾の中心なんて、なるべきじゃないんだ」
「……ごめんなさい、私もう寝るわ」
ハーマイオニーはそう言って立ち上がった。
……ハーマイオニーにはわからなかった。
人が死ぬより悪いことなんてないはずなのに。なんでカサンドラは全てを解決できるだけの力があるのにそうしないんだろうか。
……きっと理由がある。それは間違いない。そして、カサンドラはその理由もちゃんと言ってくれた。ハーマイオニーだって頭じゃカサンドラの言い分を理解してる。当然だ。今の魔法省を放置して、変革を迎えないままにしていいわけがない。
——だが、ハーマイオニーのまだ幼く純真で、誠実な心が叫ぶのだ。
無辜の人々の命より大事なことなんてあるのだろうか、と。