ハリー達をカサンドラの事務所に移動させた日の夜。カサンドラとシリウスは厳しい表情で顔を突き合わせていた。
座る位置こそ昼間と同じ、一人用のソファで対面していたが、表情はまるで違う。
「……嘘が上手いな、カサンドラ。なぜハリーに教えてやらない」
「嘘などついていない。私は騎士団員ではない」
「そのことじゃない。騎士団についてだ」
シリウスはぎゅう、と拳を握りしめた。
「ハリーは戦士だ。大人達でもできないようなことをずっと成し遂げてきた。知る資格がある」
「ない。確かにハリーは素晴らしい功績を立ててきた。それを否定する気はないさ。何度だって言える。あいつは凄いやつだ。
……だが、それは大人であることの証明ではない」
「ハリーはもう15だ。わかるだろう? もう自分で自分のことを決められる歳だ」
「それについても否定はしないがな。子供じゃないことも、そりゃそうだろう。だが、15歳で戦場に出ても良いほど大人だというのは少し古い考えじゃないのか」
シリウスは不機嫌そうに顔をしかめた。
「考えの古さをお前に指摘されるとは思わなかったよ、2400歳。古代じゃ子供が戦場に出るなんて当たり前だったろう?」
「スパルタの戦士は15のガキに務まるようなもんじゃない。……具体的な話をするとだな、15歳はまだ体が出来上がってないし、あいつは戦士としての能力はない」
「なんだと?」
「あいつは確かに土壇場に強いし、戦うべき場になったら戦えるだろうさ。だが、それは戦士として最低限の話だ。だが、騎士団に加わるということは、戦士として行動することだぞ?
今のあいつが汚れ仕事をする仲間を軽蔑せずにいられるのか?
ダンブルドア以外の指示に従えるのか?
スネイプのことを偏見なしで見られるのか?
——答えはノーだ」
「スネイプを嫌うのは偏見じゃないぞ、カサンドラ。あいつは今でも可能性がある」
「シリウス」
カサンドラの声は冷たかった。
「スパイは辛い仕事だ。常にどちらの陣営からも疑われる。仲間のお前が信用してやらないでどうする?」
「ならお前は信じるのか? いくらダンブルドアがそう言ったとしても、あいつは元『死喰い人』で、闇の魔法に精通していたんだぞ」
「信じる。ダンブルドアが言ったなら、それで十分だ」
シリウスは立ち上がった。
「もしスネイプが裏切っていたらどうする気なんだ!」
「殺す。当然だろ」
あっさりと。あまりにも当然のようにそれを口にしたカサンドラに、シリウスは気圧されたように呻いた。
気まずそうな表情をすると、ソファに座り直す。
「それなら、いいんだ。ああ、裏切っていたら殺してやれ。
——話はまだ終わっていないぞ。なぜハリーをそこまで子供扱いする?」
シリウスの根本的な質問に、カサンドラはついため息をついた。
「シリウス……。お前、戦争がどういうものかわかってるのか?」
「もちろんだ。我々も10年前経験した」
「ならわかるだろう。子供には危険なんだ」
「ハリーならうまくやる。ジェームズの子だし、それだけのものを示してきた」
「……私だって似たようなことを考えてたこともある。そうだよ、ああ、同じことを考えて、子供を戦場に放り出したことがある。伝令を頼んだんだ」
シリウスは訝しげに眉を上げた。
「……それでどうなった?」
「最初の伝令で帰ってこなかった。当時蔓延ってた裏組織の下っ端に殺された。私が2秒あれば始末できる雑魚に、殺されたんだ。子供ってのは、危険な場所だと目を離したら一瞬で死ぬんだ。——なぁシリウス、もっとハリーをよく見てやれよ」
「なんだと? 私はハリーを見ている。名付け親なんだぞ」
カサンドラはシリウスの自信に溢れた言葉に、首を振った。
「本当か? お前、ハリーを通してハリーの父親を見てるんじゃないのか?」
「私が混同していると言いたいのか!?」
「じゃあ聞くが、あいつの成績を知ってるか? 致命的に悪いわけじゃないが『闇の魔術に対する防衛術』以外の成績は並か並以下だ。その『闇の魔術に対する防衛術』が得意科目だからと言って、大人と比べて上手いわけじゃない。「その年齢にしては」「学生にしては」って頭につくような優秀さなんだぞ。
なぁシリウス。あいつが攻撃呪文を無言呪文で撃てないのは知ってるか? 未だに盾の呪文が咄嗟に出てこないのは?
たとえ親の仇が目の前にいても『死の呪文』が使えないことについてはどう思ってる?」
シリウスは黙った。無言呪文も、盾の呪文も、そして、敵に対する死の呪文も。全て大人として、戦士として戦うのならば必要不可欠な要素であるのは間違いないからだ。黙るシリウスに、カサンドラはさらに畳み掛けるようにして言った。
「お前、今でもハリーとハリーの父親との共通点を見つけると嬉しくなるんじゃないのか? その喜びのために、あいつの父親とあいつを比較してるんじゃないのか?
——それは、『見てる』とは言わんぞ」
「偉そうに! お前に何がわかる」
「子育ての経験ならお前よりかはある。この2400年でずっと独り身で、ただの一人も子供を産まなかったとでも思うのか」
「それは……思ってはいないが。だが、ハリーは違う。他の子達とは違うんだ。わかるだろう? 一体誰が11歳でヴォルデモートと戦える。12歳でバジリスクに遭遇して生き残れる。誰が13歳で守護霊の呪文を習得できる? 14歳で過酷な試練をこなし、ヴォルデモートに狙われて生き残れるって言うんだ?
ハリーは、特別なんだ」
シリウスの言葉も、間違いじゃない。その通り、ハリーには確かに特別な何かがある。
だが、カサンドラの考えは変わらない。
「その特別はハリーが望んだものなのか? その特別な功績は一人で成し遂げたものなのか? お前が羅列した功績の大部分を共にした私から言わせれば、「子供にしてはやるじゃないか」としか思わなかったぞ」
「それは、お前が、化け物並みに強いからだ」
「……まぁ、その意見もわからなくはないがな。おそらくお前がいくら言っても私とダンブルドア、それからモリーの考えは変わらない」
シリウスは怪訝な表情になった。
「なぜそこでモリーが出てくる? 関係ないだろう?」
「ハリーの、結婚を視野に入れた彼女の母親だぞ。関係ないわけないだろ。
そして、その立場の母親ってやつは、男親の100倍は発言力がある」
「うぐ」
シリウスは唸った。そうなのだ。シリウスは最近モリーにめっきり頭が上がらなくなった。ほったらかしのブラック邸の清掃、管理、それからついでに屋敷しもべ妖精の相手と口うるさい絵画の対処までやってもらってる上に、ハリーの彼女の母親なのだ。本来なら菓子折りを持ってご挨拶に伺うべき立場のシリウスだったが、もちろん彼にそんな意識はない。
「……シリウス、モリーのためにもここはハリーを子供扱いしてはやれないか? そうしないと、モリーが限界を迎えるだろう。お前にはきっと信じがたいことだろうが……。
この前モリーがボガート退治をしようとしたんだがな……失敗した」
その言葉は、シリウスが驚愕の表情をするほどまでに衝撃的な言葉だった。
「なん……なんだって? モリーが? モリーがたかがボガート退治を失敗したっていうのか? 一体全体何が起こったらそうなる?」
「モリーのボガートは倒れ伏して死ぬ息子達だ。……今の彼女に、それを笑いに変えるだけの精神力はない。旦那も、ビルも、チャーリーも騎士団員で、フレッドとジョージもロンも騎士団員になりたがってる。それが母親にとってどれだけ不安か。……今のモリーは自分が殺されることになっても、ハリーを戦わせることにうんとは言わないだろう」
それに、カサンドラは旧不死鳥の騎士団……10年前の結成時の集合写真を見せてもらった。
——大半が戦死していた。
魔法省の代わりに闇の陣営と戦う。確かに正義の行いだ。素晴らしい名誉だろう。
……だがそれは、常に死と隣り合わせなのだ。
「モリーは、子供達に戦争に関わってほしくないんだ。そして、私とダンブルドア、それから大半の騎士団員はその意見に賛成だ」
「——なら、せめて情報を与えるくらいいいだろう?」
カサンドラは肩を竦めた。
「そうすると暴走するから、らしいぞ。この4年間での実績を考えるとまぁ、致し方なしだ。シリウス、お前はハリーを戦場に送り込むことに腐心するより、裁判について手伝ってやれ。冤罪の時どんなふうに主張をすればアズカバンにブチ込まれるか、お前なら誰よりも詳しく解説できるだろう?」
話は終わりだ、とばかりにカサンドラは立ち上がる。
「……全く、わかった、わかったよ。ハリーの裁判に集中すれば良いんだろう? だがな、私はハリーは知るべきことは知るべきだと考えているのは変わらないぞ。それに……羨ましいよ。私がこうしてカンヅメになっている間、ハリーは喧嘩に吸魂鬼との戦闘にと大立ち回りだ」
シリウスが本心をぽろっと言うと、カサンドラは目を見開いて驚いた。
「……お前それは冗談だよな?」
「冗談なものか。代われるものなら代わりたいくらいだよ」
「……お前……。一度モリーに『親とは何か』を聞いてこい。全く、お前は子供か……」
呆れ返ったカサンドラだったが、シリウスは何が悪いのかさっぱりわからないようだった。
——
それから数日、ハリー達はシリウスとカサンドラと共に、狭苦しい事務所で軟禁状態で過ごした。と言っても古臭いブラック邸とは違い、カサンドラの事務所はかなり便利だった。そして、シリウスも口うるさい人間——モリーや自分の屋敷しもべ妖精のことだ——がいない空間でかなり口が軽くなっていた。カサンドラに怒られない程度にハリー達に情報を与えて、彼らの不満を少しでも和らげようと腐心していた。
だがそれでも話題は割と早めに尽きる。
次第にシリウスはハリー達がブラック邸で抱いた疑問のいくつかを答えるようになっていた。
ブラック家。古くから純血主義筆頭魔法使いとして有名で、シリウス以外の家族は全員頭のてっぺんから足の先まで純血思想に染まり切った人間達だった。
シリウスは唾棄すべき自分の家族のことを次々に話していく。母、おば、従姉妹の姉妹などなど。
そしてハリーはその過程で意外なことを知る。
「……え、トンクスと親戚なの? マルフォイとも?」
「純血は皆親戚だ。もちろん、ロン、ジニー、君たちともだ」
「おったまげー」
「じゃ、じゃあ、私とハリーって、親戚だったりしちゃうの?」
ブラックはにっこりと微笑んで言った。
「おそらくその可能性は高いが……気にすることはない。純血主義を極め尽くした家なんて、兄妹で交わることもある。……ゴーント家が該当するはずだ」
うげ、と言う顔をロンとジニー二人がした。
まぁそれもそうだろう。自分の親が『そう』だったらジニーはフレッドやジョージ、ロンや、あるいは他の兄達と子を成さねばならないことになる。ジニーにしてみれば、世界で最も醜いとされるような人と子を成すより嫌悪感が勝る。
まぁ、私はポッター家の後継を産むんだから関係ない、と脳天まで恋愛に侵食されたことを考えていたが、まぁ、何を思っていても人は自由である。
「……他にも、私の親戚には『死喰い人』も多く存在する。弟のレギュラス・ブラック。こいつはヴォルデモートに殺された。
それから従姉妹のレストレンジ夫妻。今はアズカバンだ」
想像以上に込み入った人間関係に、子供達は驚愕する。そもそも親戚同士で婚姻するということ自体、想像の埒外だったのだ。
「……まぁ、貴族ではよくあることだ」
カサンドラがそう言って締める。
「とにかくハリー、お前はもうしばらくしたら裁判だろう? 落ち着いたスーツを買ってやるから、それを着て証言の練習をするぞ。まぁ、ダンブルドアが味方なんだ、特に気にすることはないとは思うがな」
「うん、僕頑張るよ、カサンドラ。裁判で僕がキレずにいられるよう、一生懸命練習するね」
ハリーはそう言ってため息をついた。
——もうすぐ、ハリーの退学を賭けた裁判の日が近づいていた。
……学生の条例違反。
その審理に古い大法廷が使われることになるとは、この時誰も想像していなかった。