その日、不死鳥の騎士団本部は小さなお祝いムードだった。
ハリーの無罪放免が決まっただけではなく、もう一つお祝い事があったのだ。
ロンとハーマイオニーの監督生任命が決まったのだ。これに殊更喜んだのがモリーで、感極まったモリーは就任記念パーティーをすると張り切ったのだ。カサンドラがマグル製の美味しいお菓子やら食べ物やらを買い込んで、手伝いにフレッド、ジョージの双子を雇い、食堂に配膳していく。つつがなく支度が完了すれば1シックル銀貨だ。
薄汚れていたブラック邸は、手の空いた騎士団員や子供達の手を借りて総出で清掃したため、見違えるように綺麗になった。残っている問題はといえば、時折やってくる気の触れた屋敷しもべ妖精が喚くくらいか。絵画の方はシーツなどのリネン類でぐるぐる巻にして封印を施してある。騎士団がやってきた当初に比べれば天と地ほども変わって、住みやすくなった。
「……ほら、フレッド、ジョージ、その飾りはそこだ。そうだ、いいぞ。この働きぶりだと少し色を付けてもいいかもな」
苦笑しながらカサンドラが双子に色々と指示を飛ばす。フレッドとジョージは文句も言わず手伝う。その様子を、皿に乗ったピザを持ったモリーが感心したように言った。
「全く! あの双子がこんなにも素直に言うこと聞くなんて信じられません! ……とても遺憾ですがバイトは効果あったようですね」
「そりゃな、ママ。ゾンコの爺さん人遣いが荒いのなんのって。ママとカサンドラが天使に思えたよ」
「でも、ゾンコの爺さん、俺たちが悪戯専門店開くって言っても嫌な顔しなかったよな。ライバルが増えるってのに」
フレッドとジョージは当然のようにモリーの前でWWWについて話す。それもそのはず、ようやく双子はモリーへの説得に成功し、なんとか許可を取りつけたのだ。バイトしながら資金を貯めつつ通信販売で売れ筋を調査する、という堅実なプランが決め手だったようだ。
「まあ、ちらっとその店は見たことがあるが……爺さんだった。後継ができるのが嬉しいんだろ。――そういやフレッド、ジョージ。ロンから聞いたんだが、一人3フクロウ、二人合わせて6フクロウだって? よくそんなこと言えたな」
苦笑しつつカサンドラが言うと、モリーが眉尻を上げた。
「3……3フクロウだと言っているのですか!? なんたること! あなた達一人8はあったでしょう!?」
そう、双子は一人3フクロウ、二人合わせて6フクロウ、なんて大嘘を公言しているのだ。だが、真実は今モリーが叫んだ通り、無難な一人8フクロウ。ごく普通の感性をしているモリーにはなぜわざわざ過少な成績を公言するのか全く理解できないようだ。
「やめてくれよママ。頼むから誰にも言わないでくれ。悪戯専門店志望のお騒がせ悪戯双子が無難な成績なんてなんの面白みもないだろ? それに、勉強はできないが悪戯は天才……この肩書きが『効く』んだよ」
「ホグワーツの成績は! 面白い面白くないで決まるモノではありません! 高く言うのは論外ですが、低く言うのももっての外です!」
モリーは声を荒げてはいるがそこまで怒った様子ではない、双子の進路に成績が関係ないのは事実だし……もしかしたら、怖いのかもしれない。
悪戯店を殊更に否定したら、双子がまた『騎士団員になりたい』と言い出すことが。
今では、双子は悪戯専門店に注力するようになっている。だが、ふとした拍子にでもまた『戦いたい』と言い出すんじゃないか……そんな恐怖から、モリーは悪戯専門店を許したのかもしれない。
殺し殺されの場に双子が出るくらいなら、親や教師を困らせる悪戯グッズを売るほうが遥かにいい。複雑な親心だった。
「まぁまぁ、モリー。イメージ戦略ってのは大事だ。それで、二人とも。金の方はどうだ?」
「今月で貯まりそうだ。何せ通信販売が当たった」
ジョージは楽しそうな笑みを浮かべて言った。自分たちの開発した悪戯グッズが本当に売れるのか……彼らは不安だっただろう。しかし、通信販売という限定的な販売手法でも、彼らは成功しつつあった。つまり、誰もが予想していたことだが、彼らは彼らの商才を証明したようなものだった。
「ホグワーツの学期中にはなんとか目処が立つだろうな。まぁ、監督生になったロニー坊やに妨害されなきゃ、の話だけどな!」
カントクセイ、カントクセイ、とフレッドとジョージは楽しそうに笑った。
それから、ハリー達や手の空いた騎士団の大人達を交えて、小さなパーティーが執り行われた。酷く陰鬱な雰囲気の魔法界と騎士団にとっては、ホグワーツの監督生就任ですら大きな祝い事だった。
――1995年 8月 ホグワーツ職員室
その日――ホグワーツは厳戒態勢だったと言えるだろう。
誰もが警戒していた。マクゴナガルも、フリットウィックも、その他、戦うことのできる全員が杖を片手に警戒していた。
「……ですからね」
ピンク色のカーディガンを着た、太った指にジャラジャラと指輪をつけた女だった。ぶくぶくと肥えた彼女は、今が最高の時間だと言うように嫌な笑みを顔に張り付けて、周囲の人間に一方的に話していた。その顔はまるでガマガエルのようだった。
「私は思うのです。わざわざマグルを迎えに校長先生自ら行くなどあまりにも贔屓が過ぎると思いませんか? ええ、マグルの警備員なんて、神聖な学舎に必要でしょうか? 私は思いません。やはり! そう言ったおかしな人事を続けるダンブルドア先生が本当に校長に相応しいかどうか今一度――」
バシン、と音がして、二人の人間が職員室に入ってきた。ピンク色の服を着た女の話を聞き流していた教師達が緊張に強張る。
――ホグワーツの敵を誅殺する警備員がやってきた。
ハーマイオニーや他の生徒達は去年のド腐れ記者リータ・スキーターの末路を公式発表そのまま鵜呑みにしているが、カサンドラを知る大人達はそうではなかった。確実に、方法こそわからないものの、カサンドラが汚名をかぶせて消したと信じている。
――優れた魔法使いであると自負する教師陣にすら手段の尻尾すら掴ませないその手腕に、恐怖を感じると共に感心させられた。正直なところスキーターが消えたのはホグワーツにとってメリットしかない。故に、殊更そのことを取り上げてカサンドラに追及したり、そういうことはしない。スキーターは『死喰い人』だった。それが魔法界、およびホグワーツの公式見解であり、それを疑うホグワーツ教師はいない。そういう『大人の』対応だった。
――だがそれとは別に。生徒とホグワーツを守るためなら誰が相手だろうと消すのが、カサンドラだと教師達は思い知った。
だからこそ警戒するのだ。
魔法省から派遣されてきた新任教師、ドローレス・アンブリッジをここで消さないように。
「まぁまぁ、ダンブルドア先生」
「む、アンブリッジ教授。後で紹介するゆえしばし待っているように言っておいたはずなんじゃがのう」
「まあ! わたくし、早く同僚たちと仲良くなりたくて仕方なかったんです!」
「……そうかのう」
ダンブルドアは少し呆れたようだった。カサンドラはとりあえずどうするか迷っているようだった。
「……さあ、アンブリッジ教授、席についておくれ」
「ええ、もちろんですわ、校長先生!」
アンブリッジはそう言うと空いている一人がけのソファにどっかりと座り、この場にいる誰よりも偉そうな様子でふんぞり返った。カサンドラは訝しげにしながらも、無言でソファに座る。他の教師からしてみれば、その無言が怖かった。
「さて、本年度も顔合わせを始めようかの。今年度、二人の教師が新任として就任なさる。まず、魔法生物飼育学のグラブリー・プランク先生じゃ」
古ぼけた三角帽子にローブという古風な恰好をした魔女が立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。
「では、次に、恒例の『闇の魔術に対する防衛術』の教師として、魔法省からの出向でドローレス・アンブリッジ教授が就任なさる」
「みなさん!」
アンブリッジが紹介されるのとほぼ同時、立ち上がって両手を広げ、まるで演説するかのように語りだした。
「今年から、『闇の魔術に対する防衛術』は魔法省が定める教育要綱に従って実施されることになるでしょう! それに……皆様方も、よくよくご自身の教育を見直してくださいな。おわかりですか? 魔法省の教育要綱に従うのは、『闇の魔術に対する防衛術』だけではないと申し上げています」
それに、とアンブリッジはちらりとダンブルドアを見て、それからしっかりとカサンドラを見た。
「わたくし魔法省は、マグルが魔法界に関わることをよしとしていません。この前かの有名なお騒がせ坊や、ハリー・ポッターがマグルの前で魔法を使ったばかりではないですか。わたくし、マグルがホグワーツにいるから、彼の遵法精神が育っていないのでは、と危惧していますのよ?」
しばらく、カサンドラは何も言わなかった。それからしばらくして、もしかして反応してほしいのかと気づいた。
「ああ、悪い。演説かと思った」
「なっ」
「まあ、私は雇われだからな。ダンブルドアが私を雇うなら、雇われ続けるだけだ」
カサンドラはそれだけを言って、黙った。敵意は特にみられない。反論しようとする気概もないようだった。物凄い罵声や皮肉が返ってくると思っていたアンブリッジは、その手ごたえのなさに拍子抜けした。
「そ、そうですの? では、ダンブルドア先生がクビだと言ったら、素直に去るというのですか?」
「当然だ」
カサンドラはあっさりと言った。
「そうですの……。それはいいことを聞きましたわ。仲良くしましょうね、カサンドラ」
「ああ。
カサンドラがにこやかな表情で頷いた。ひく、とアンブリッジの顔が引きつった。
「カサンドラ、わたくしはこれからずっと、『闇の魔術に対する防衛術』の教授なのですよ?」
「そうか、そうなれるよう頑張れよ。警戒を怠るな。『油断大敵』……前任者の標語だ。もしそれを忘れたら、来年、ダンブルドアはまた後任を探す羽目になる」
カサンドラは嫌味やなんでもなく、真摯に受け答えしていることがわかるが故に、アンブリッジはさらに顔をひきつらせた。
「もうよろしいかな、アンブリッジ」
「――ええ、ダンブルドア先生」
「うむ。では、恒例の注意事項じゃ。今年度、森番がいなくなる時期が大半を占める故、カサンドラにはもしかしたら侵入してきた化け物退治を頼むやもしれん。そこは注意しておいてくれ」
「了解だ。で、ハグリッドはどこにいるんだ?」
「ワシは知らんよ。長期休暇じゃ。何せ……都合50年分の有給休暇が溜まっておるでな」
「ああ、そういやあいつ、私以上に休まないな……わかった。そいつがハグリッドのペットだろうと、生徒に近づくなら始末する」
ダンブルドアはにっこりとほほ笑んだ。アンブリッジはなぜか不服そうな顔をしていた。
「では、次に、今年度は
カルカロフ校長は今、禁じられた森の奥底で骨になって休んでいる。目覚めることはないだろう。そのことをダンブルドアは知っているのか、いないのか。それに関してはカサンドラでさえわからなかった。ただ……ホグワーツはダンブルドアの庭だ。『死喰い人』で、しかもハリーをヴォルデモートのところに送った張本人である。ダンブルドアが監視の目を緩めるとは思えない。
――つまり、知らんぷりという事だろう。
「今年は……おお、なんということじゃ、ホグワーツとしてはその程度じゃな。じゃが、気を付けてほしいことがある。どうにも、今年度は魔法界で凶悪犯罪者がうろついているという情報を掴んだ。ホグワーツに影響を及ぼせるとは思わんが、警戒をしておくれ」
「ェヘン、ェヘン」
アンブリッジが咳ばらいをした。ダンブルドアは無視して話をつづけた。
「今年度の注意事項はこのようなものじゃな。おお、そうじゃった、去年度、
「ェヘン、ェヘン」
ダンブルドアはさらに無視した。
「――愛がこの学び舎で育まれるのは非常に喜ばしいことじゃ。ワシは愛というものが殊更好きでのう。そこまで目くじらを立てるようなことも、避けてほしいのじゃ。具体的に言うと、去年度のように全寮の点数が100点を切るほど厳しく取り締まる必要は――」
「ェヘン、ェヘン!」
ダンブルドアはちらりとカサンドラを見た。
「アンブリッジ」
「なんですの」
「ほら」
カサンドラが小さな何かをアンブリッジに投げ渡した。ぽす、とアンブリッジの膝に落ちたそれを、彼女はまじまじと見る。
「……なんですのこれは?」
「のど飴だ。舐めると喉が楽になる」
「――!? わたくし、喉が痛いわけではないのです!」
「じゃあさっきの咳はなんなんだ。風邪か? ならポンフリーに」
「結構! ダンブルドア先生、先ほど『犯罪者』がうろついているとおっしゃいましたね」
アンブリッジはダンブルドアを睨みつけた。
「うむ、言った」
「なぜ名前を言わないのですか? ダンブルドア先生は『例のあの人』が復活したと、そんな荒唐無稽なことを信じていらっしゃるんでしょう?」
「うむ。しかし、ワシが注意を促しているのはあ奴だけではない」
「――は?」
アンブリッジはぽかんと口を開けた。魔法界に蔓延るのは『ヴォルデモート』だけではないことを、アンブリッジはほんの少しも知らないようだった。それはつまり、カサンドラの隠蔽が完璧だったということに他ならない。
「……『死』が……そう呼ばれておるだけでおそらく偽装しているだけじゃろうが、『死』に見える何者かが魔法界の人間を殺して回っている」
「そんな馬鹿な話!」
「生徒の親にも被害が出ておる。大半はスリザリンの生徒の親じゃ」
マクゴナガルがちらりとカサンドラを見た。名指しで槍玉にあげられているはずのカサンドラは涼しい顔をしている。
「ダンブルドア、そいつが何者であろうと、ホグワーツの生徒を傷つけようとするなら始末する」
カサンドラは、いつものようにそう言った。
「……
「――ああ。私がホグワーツの警備員をしている限り、生徒を『死』に襲わせるような真似はしない」
ダンブルドアは目に見えて安堵したような表情になった。
「そうかの。カサンドラがそう言うなら、安心じゃな」
「……ダンブルドア先生! そんな馬鹿な話、どこにも出回っていませんわ」
「そうじゃろうなぁ。おそらく知るものは限られておる。じゃが、ワシは信じてほしいとも、殊更脅威を主張することもない。カサンドラがホグワーツを守ると言った。それだけでワシは安心じゃよ」
アンブリッジは不満そうだった。
「ダンブルドア先生、そこまでマグルの警備員を信用するなど、魔法使いにあるまじきことだと思わないのですか?」
「思わんよ。ワシですらドラゴンを倒すのには苦労するじゃろうな。――お主はどうじゃ?」
アンブリッジは何も言わなかった。それがすべての答えだった。
「うむ、今日はこれにて解散じゃ。皆の者、また新学期にの」
そうして、波乱が見え隠れする5年目の顔合わせは終了した。