【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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新任教師ドローレス・アンブリッジ

 ――1995年9月 ホグワーツ

 

 今年も、新しい一年がやってきた。

 上級生はホグワーツ特急を降りると、今までと変わらず悠然とその威容を見せつけているホグワーツ城を見上げて、今年一年がどのようなものになるか、思いを馳せる。

 新入生の思いはさまざまだ。親が魔法使いなら、ある程度話は聞いているだろう。

 親がマグル生まれなら、右も左もわからないだろう。

 だが、どんな生まれだろうと、新しい環境、新しい生活、新しい日々に不安を感じない生徒はいない。

 

 と、不安がる生徒が所在なさげにしていると、ホグワーツ城の方向から二人の女性が歩いてきた。

 

 一人はいかにも古臭い三角帽子とローブをきた、中世の人間がイメージする悪い魔女そっくりそのままの格好をした女性、魔法生物飼育学の教授、グラブリー・プランク。

 

 もう一人はくすんだような金色(彼らはそれが青銅だと聞けば耳を疑うに違いない)の籠手と、マントがついた革鎧を着込んで、派手な飾りがついた兜までつけて完全武装の女性だった。彼女は背中に牛すら一刀両断出来そうなどデカい斧を装備していて、腰には不可思議な紋様が入った長剣と、古めかしい意匠が施されたリボルバー銃があった。そして、その背中には最も特徴的な、半ばにして折れたような、短い槍があった。

 古代の戦士さながらの格好で歩いてきたのは勤続5年目の警備員、ワシ使いの傭兵、カサンドラだった。

 

「一年生! 一年生はこっちだ!」

 

 カサンドラはその威圧的な容姿に見合った大声で新入生を呼んだ。マグル生まれ、純血魔法使い、そこに差はなく等しく驚いて、両隣の生徒たちと顔を見合わせていた。

 

「おいお前ら気を付けろよ。あの人はトロール、バジリスク、ドラゴンを倒せる人だからな。怒らせるなよ?」

 

 そんなことを半笑いで言う赤毛の上級生がいるのだから、新入生達は震え上がった。

 

「上級生はこっちだよ! 『不思議な魔法の馬車』がお出迎えだよ! ヒャッヒャッヒャッ」

 

 プランクは何がおかしいのかそんなことを言いながら上級生達を案内する。

 

「さあ、よく来た新入生。これからボートで湖を通過し、ホグワーツ城に入る。いいか、指示に従えよ。さもなくば頭が吹っ飛んだり化け物に湖に引き摺り込まれたりするからな」

 

 毎年のことではあるが。

 

 新入生はホグワーツでの生活に物凄く不安を感じた。

 

 ――

 

 ハリーはほんの少し不機嫌だった。

 まぁ、自分でも子供っぽいとは思う。親友のロンとハーマイオニーが監督生となったせいでコンパートメントが別だったのだ。

 ――まぁその分ジニーとくっつけたから良しとする。

 ただ、監督生になったハーマイオニーは……誰もが想像していたことだが……かなりピリピリしていた。まぁそれも無理はないだろう。ハーマイオニーは監督する側になったのだ。責任も緊張も桁違いだろう。

 それに、教員席にハグリッドの姿がない。代わりに魔法生物飼育学教授の席に座っているのは、去年ハグリッドの代理で一時期教鞭を取っていたプランクだった。ハグリッドはどこにいるのだろう? まさか去年の騒動が原因で辞めた? 

 

 不安がっていると、組み分けが始まった。

 

 ――歌が違う。

 

 ハリーは流石に訝しむ。警告と、そして団結を叫ぶ組み分け帽子に、上級生はざわざわとする。ざわめきが収まりきらない中、組み分けが始まった。

 

「……どういうことだろう?」

「つまり……警告してるのよ、ホグワーツに危険が迫ってるって」

「でも……なんで組み分け帽子が?」

 

 ロンとハーマイオニー、ハリーの3人が話していると、テーブルの真ん中から半透明の頭が迫り上がるようにして現れた。グリフィンドールのゴースト、ほとんど首なしニックである。

 

「ニック。久しぶり」

「お久しぶりです、ハリー。ロン、ハーマイオニー。一説によると、組み分け帽子はホグワーツが生徒との接触を保つための魔法具でもあるだとか」

「……どういうこと?」

「ホグワーツの意思を反映するための端末ってことよ」

「その通り! 様々な状況を判断し、ホグワーツ校長……ひいてはホグワーツ城が警告すべきだと考えていると言うことなのでしょう。恐ろしい……」

 

 ニックはそう言って、またどこかへと浮遊していった。

 ハリーは苦い思いをせざるを得なかった。

 警告。

 

 ――ヴォルデモート。

 

 だが、ハリーが想像していた以上に、周囲が危機や脅威を感じているとは思えなかった。焦燥だけが募っていく。誰も彼もが脅威と危険を認識できていないんじゃないか。そんな気すらしてくる。ハリーは現状が不満だった。もっと、もっとヴォルデモート対策をするべきなんじゃないのか。なぜダンブルドア先生もカサンドラもまるで今が例年通りであるかのように振る舞っているんだ。

 

 言いようこないイライラがハリーの心を埋め尽くしそうになった時、いつもの注意事項を述べようとしていたダンブルドアを、特徴的な咳払いが遮った。

 

「ェヘン、ェヘン」

 

 ダンブルドアは言葉を止めて、その女の方を見た。その女は新任教師……つまり『闇の魔術に対する防衛術』の教授の席に座っており、隣には完全武装のカサンドラが座っている。彼女はそれから何度も繰り返し咳払いをして、スピーチをしたいと言外に伝えているようだった。

 それから、その女は立ち上がった。ダンブルドアは途中で話を切りやめ、その女の言葉を謹聴するような表情になった。

 マクゴナガルは口を真一文字に引き結んでいた。よく彼女を怒らせているハリーにはわかる。アレはキレ気味な時の表情だ。

 

「みなさん! ――カサンドラ、飴玉は結構です!」

 

 スッと、隣にいるカサンドラから無言で渡された飴玉を手で弾く。大広間にクスクス笑いが起きた。

 

「……あの女、カサンドラといい漫才コンビになるかもな」

 

 ロンがニヤニヤと笑いながら言った。他の生徒達も、ニヤニヤとした笑みを浮かべている生徒が多い。ダンブルドア先生の話を遮る新任教師など聞いたことも見たこともない。しきたりを知らない教師にどんな悪戯をしてやろうか……そんな顔だった。この様子だと、双子の開店資金が貯まるのが早まりそうだった。

 そんな様子に全く気付いていないその女は、両手を広げて演説を始めた。

 ピンク色のカーディガンを着て、ジャラジャラと過度な宝石がついた指輪を山のように嵌めた、ガマガエルのような容姿の女だった。

 

「……みなさん、改めて自己紹介します。わたくしはドローレス・アンブリッジ先生です。わたくしは、ホグワーツに戻ってこられて、本当に嬉しいですわ!」

 

 甲高い、年頃の少女のような声だった。こんなこと言ったらジニーに刺されるかもしれないが、酷く甘えてくる時のジニーのような猫撫で声だった。いや……ジニーが甘えてくる時はもっともっと可愛らしくて、そのまま服に手をかけそうになるくらい扇情的だ。こんな、可愛いを勘違いしたような中年ババアと一緒にしたらジニーに失礼だ。

 ハリーはそんなくだらないことを考えて、その女の聞くに耐えない甘えたような声が発する演説を聞き流していた。

 

「みなさんの幸せそうな可愛らしいお顔が見えてほんとうに嬉しいですわ!」

 

 その言葉を聞いて、ハリーは気付いてしまった。気付いて、とんでもなく強い嫌悪をアンブリッジに抱いた。

 アンブリッジは自分が可愛いと思ってあの声を出しているんじゃない。

 ――ハリー達ホグワーツの生徒を未就学児と同じように扱っているのだ。

 だから、アンブリッジの甘えた声は、正確には、赤ちゃんや幼児にするような猫撫で声なのだ。

 

 ――幼児扱いされて嫌悪しない人間がいるだろうか? 

 

「みなさんと知り合いになり、そしてお友達になれることを、わたくし、とっても楽しみにしていますの! みなさん、これからよろしくお願いしますわ!」

 

 ああ、嫌いだ。なんでこんな人が新人なんだ。ハリーは嫌悪を顔に滲ませてアンブリッジを睨んだ。他の生徒もハリーと似たり寄ったりの反応だ。ただ、女の子達は嫌悪全開というよりかは、ひたすら冷笑するような対応をすることにしたらしい。ラベンダー・ブラウンは隣の席のパーバディ・バチルと顔を見合わせて、クスクスとバカにしたような笑みを浮かべた。どちらにせよ、アンブリッジに言いたいことは一つだった。

 

 僕らはガキじゃない。

 

 アンブリッジはまた一つ大きな咳払いをした。

 それから、彼女は猫撫で声をやめて、大きな声で朗々と語り始めた。それは生徒に向けてというよりかは、同じように聞いている教員達に向けての警告のようだった。

 

「魔法省は、みなさんの教育は、魔法省においても特に重要であると、常にそう考えてきました。みなさんが持って生まれた稀なる才能は、慎重に教え導き、養って磨かなければなりません。魔法界独自の古来からの技を、後代に伝えていかなければ、失伝していくばかりです。わたくしたちのが祖先が成した魔法の知識の宝庫は、教育という聖なるものによって守り、補い、磨かれていかねばなりません」  

 

 アンブリッジはここで一息入れ、同僚の教授陣に会釈した。誰も会釈を返さない。マクゴナガルは口を真一文字に結んだまま、しかし意味ありげにスプラウトと目を見交わす。そしてその後、何かを期待するように二人揃ってカサンドラを見る。

 しかし、当のカサンドラは意外にも、感心したようにアンブリッジの話を聞いているようだった。何がそんなに彼女の琴線に触れたのか、ハリーにはさっぱりわからなかった。

 アンブリッジはまたまた軽い咳払いをして、話を再会する。もはや誰が真面目に聞いているのかわからないような演説を。

 

「ホグワーツの歴代校長は、この歴史ある学校を治める重職を務めるにあたり、新しい何かを常に導入してきました。進歩がなければ停滞と衰退あるのみ。しかし……忘れてはなりません。

『進歩のための進歩』は奨励されるべきではありません。

 試練を受け、証明された伝統は、手を加える必要がないからです。手を加えなくても、正しいと証明されたからです。

 ……そうなると、バランスが大切です。古きものと新しきもの、恒久的なものと変化、伝統と革新……」

 

 もはや誰も話を聞いていないようだった。ハッフルパフのアーニー・マクミランは死んだ目をして真っ直ぐにアンブリッジの方を向いている。胸についた監督生のバッジがなければ、楽しげにおしゃべりしているセドリック・ディゴリーと同じようにしていただろう。

 ルーナ・ラブグッドは早々に『クィブラー』というゴシップ雑誌を愛おしそうに読み始めたし、ロンはうつらうつらと船を漕いでいる。

 

 ハーマイオニーとカサンドラだけが、変わらず話を聞いていた。

 カサンドラはごく普通に、ハーマイオニーは苦々しい表情で。

 

「――変化には改善の変化もある一方、後の時代になれば、判断の誤りと認められるような変化もあるからです。古き慣習のいくつかは維持されるべきではありますが、陳腐化し、時代遅れとなったものは放棄されるべきです。保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方とわかったものは何であれ切り捨て、いざ、前進しようではありませんか。開放的で効果的で、かつ責任ある新しい時代へ」

 

 アンブリッジが座り、ダンブルドアが義務的な拍手を数回した。他の先生も一度か二度で拍手を止めるような状況で、生徒が拍手なんてするわけがない。大抵は眠気を誘う演説の終わりに不意をつかれていた。

 

「ありがとう、アンブリッジ先生。実に啓発的じゃった。今の魔法界に必要なものが詰め込まれておった」

 

 さて、とダンブルドアは先程言いかけていた何事かを改めて言い始めた。

 

「……本当、啓発的ね」

 

 ハーマイオニーがボソリと言った。ロンが信じられないような顔をする。

 

「まさか……面白かったなんて言うんじゃないよな? 過去最高、どんな演説よりも『クソ』だったぞ」

 

 ダンブルドアが話している最中だからか、ロンの声は小声だった。ハーマイオニーも同じように小声で返す。

 

「啓発的と言ったのよ。警告とも言えるかしら? まぁ……」

 

 ハーマイオニーは何もわかってなさそうなハリーとロンを見て、細かいことを言うのは止めることにした。

 

「大事なのは、魔法省がホグワーツに干渉するってことよ」

 

 その言葉が終わるか終わらないか、という頃に、ダンブルドアが話を終えて、解散の宣言をした。他の寮の子達は立ち上がるが、グリフィンドールの一年生はそのまま座っている子達が多い。何故だろうかとハリーが思っていると、ハーマイオニーがハッとなった。

 

「そうよ! 監督生……ロン! 案内しないと!」

「あ、そうか。行くぞガキども」

「ガキ!? あなた言うに事欠いてガキって言った!? ――一年生! こっちよ! 私に続け!」

 

 ハーマイオニーはロンに文句を言いながら威厳たっぷりに宣言した。低めの声を意識したり、言葉遣いを変えてみたり。まるでその姿はカサンドラを模倣するかのようだった。

 

 ハリーは毎年のことだが、一年生達は本当に子供に見える。自分たちもこうだったのだろうか。ハリーは自分の顔をジロジロと見ている一年生に微笑みかけた。

 すると、その隣の子が何事かを耳打ちする。すると、その子はまるで悪い先輩を目にしたかのような表情をして、サッと顔を逸らした。

 

 ハリーは苦々しい思いになった。

 

「ハーマイオニー」

「いい、注意事項がいくつかあるわ。まずこの城は生徒に悪戯を仕掛けるのが大好きだってこと――何!?」

「あ、ご、ごめん。その、去年のゴシップの時、すごく辛かったんじゃって思っただけ」

 

 ハリーがそう言うと、ハーマイオニーは一年生達をザッと見回した。だいたいがハリーを見て、その次の瞬間に目をつけられては大変だとばかりに顔をそらす。あるいは、わざとらしく隣の子達とおしゃべりに戻った。

 

「あー……。

 まぁ、じきに収まるわ。多分……」

「そっか」

 

 ただ、ハリーはハーマイオニーの言う通りになるとはとても思えなかった。ハーマイオニーの中傷は、書いた記者が『死喰い人』だったから信じる人がいなくなっただけで、ハリーの場合は新聞社丸ごと全部敵に回っている。

 

「……はぁ」

 

 ハリーは思わず、この夏休みの間ヘビーローテーションしていたマイケル・ジャクソンの曲、『タブロイド・ジャンキー』の一節を口ずさむ。

 

「……ようこそ、ホグワーツへ」

 

 半ばヤケクソ気味に、それでも一年生に歓迎の意を示したくて、ハリーはそう言った。

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