【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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最悪なホグワーツ初日

 ハリーは新年度一発目から最悪な夜を迎えていた。いつも通り、寝室に向かうといつものメンバーと軽い挨拶と世間話をしていた。していたはずなのだ。

 ルームメイトのディーン・トーマスとシェーマス・フィネガンと『夏休みどうだった?』そんな他愛もない話をしていた。

 ――にこやかに会話が終わり、グッスリ眠れるはずだった。

 そんな時、シェーマスが言った。

 

「僕は……まぁ、その、なんだ。ママにね、学校に戻るなって言われたよ」

「え? どうして?」

 

 ハリーは不思議そうに聞いた。確かにヴォルデモートは危険だ。だがホグワーツは安全なのに。何で急にダーズリーみたいなことを言い出したんだろうか。

 

「はっきりとは言わなかったよ。でもママがそんなこと言ったのは……その、ダンブルドア先生のせいかな」

「ダンブルドア先生の?」

「うん。その……耄碌したって」

 

 ハリーは一瞬、ポカンとした表情をした。それから、何を言われたのか理解して、一気に怒りのボルテージが上がった。杖を引き抜き、じろりとシェーマスを睨む。

 

「ハリー、おい」

「シェーマス。『日刊予言者新聞』を信じるっていうの?」

「信じる信じないもないだろ? 例のあの人が復活したことが本当なら、なんで新聞社がそれを書かないんだよ。魔法界の危機なんだぞ?」

「魔法省が嘘を書かせてるんだ」

「ちょっと待てよ、ハリー。落ち着け。気持ちはわかるがもうちょっと冷静になれ」

「何がさ。僕は冷静だ」

 

 ハリーの声は冷たかった。

 シェーマスはビクビクしながらも、それでもしっかりと意見を続ける。

 

「いいか、ハリー。魔法省が例のあの人の復活を信じていない、ハリーとダンブルドアが嘘をついてると思っていたとして。それを新聞社に書かせて、しかもハリーと、ダンブルドア先生の悪口も一緒に書いてなんのメリットがあるって言うんだ? 何もないじゃないか。まさか魔法界の重鎮がそろいもそろって『死喰い人』だって言いたいのか?」

「そうじゃない。メリットならある。それは――」

 

 ふと、ハリーは気付いた。

 

 ……メリットなんてあるのか? 

 冷静に考えろ。

 ハリーとダンブルドアを貶めて、魔法省は一体どんな得をするんだ。それを示せばきっとシェーマスはわかってくれる。

 

「……ファッジ――魔法省大臣は、ダンブルドア先生を貶めたいんだ。僕のことも」

「だから、それをしてなんのメリットがあるって言うんだ? 馬鹿にしてるわけじゃないぞ? いくら有名だからって言っても、学生と、校長先生だ。どっちの権力が上かなんてわかるだろ?」

「それは……そう、魔法省大臣はダンブルドア先生に魔法省大臣の席を取って代わられないか不安なんだ。ダンブルドア先生が耄碌ジジイだってことになれば、ダンブルドア先生を魔法省大臣に、っていう人もいなくなる」

 

 シェーマスはポカンとしたような表情をした。それから、困惑したような顔をする。

 

「その……ハリー。ハリーはその陰謀論を本気で……信じてるわけじゃないよな?」

「信じてたら、何だって言うんだ」

「ハリー、頼むから頭を働かせてくれ。あのハリー・ポッターがこんなに馬鹿だなんて思いたくないよ。

 あのな。もし、本当に、例のあの人が復活してたんなら。もっと『死喰い人』やら例のあの人やら『闇の印』やらが出てくるはずだろ? なぁハリー、僕はハリーが嘘ついてるなんて思いたくないよ。何かと見間違えたんだろ?」

「僕は――本当に――見たんだ!」

 

 ハリーはシェーマスに杖を突きつけた。

 

「おいおいおい、ハリー、やめろ、杖を下ろせ」

「ディーン! シェーマスがくだらないこと言うのをやめたら、下ろす!」

「落ち着け! ハリー、杖は友達との喧嘩に使うもんじゃないだろ」

「僕は――っ。ごめん、シェーマス」

「……いや、いいよ。ウン。――でも、これではっきりした。君はおかしくなってる」

 

 ハリーはシェーマスを睨みつけた。

 

「僕が――なんだって?」

「僕は新聞を、信じると言ったんだ。君とダンブルドア先生がおかしくなって、例のあの人が復活しただのなんだの言ってる」

「そんなこと――!」

「僕が何にも知らないとでも思ってるの!? 夏休みの間に行方不明者が山ほど増えたけど……みんな、『死喰い人』だと言われてたような人ばっかだ! マグル生まれも、マグル贔屓も、誰も死んでない! これで例のあの人が復活した? 何をどうやって信じればいいのさ!」

「それは! 僕は……見たんだ! 間違いない、僕は、ヴォルデモートが復活するのを見た!」

「人が復活なんてできるわけがない! それともハリーは例のあの人が神様か何かだって言いたいの?」

 

 ハリーはもう限界だった。

 

「なんで……わかってくれないんだ!」

「信じられるような状況じゃないって言ってるんだ! それとも何か、ハリー! マグル生まれの親やマグル贔屓の魔法使いがバタバタ死んでて、それを新聞が隠蔽してるとでも言いたいのか!」

 

 ハリーは何も言い返せなかった。そんな事実はない。……歯痒い。信じてもらいたいのに、そのための判断材料は限りなく少ない。

 ハリーがじりじりと追い詰められたような気持ちになっていると、ロンが部屋に入ってきた。どうやら新入生の対応が終わったらしい。

 

「……どうしたっていうんだ?」

 

 シェーマスとハリーは一時休戦し、ロンに事情を説明する。

 

「……僕はハリーを信じるよ」

「そりゃ、そう言うだろうさ、何せ、お友達だからな」

 

 その物言いにカチンときたロンは、即座に言い返した。

 

「いいか、……二人とも。ここは、学校だ。ダンブルドア先生も、カサンドラもいる。例のあの人は襲って来れない。つまり、ここで二人が言い争う意味は何もないわけだ」

「何もないって……ロン、でも」

「ハリー、それからシェーマスも。喧嘩を、やめろ。――残念なことだけどさ、僕は監督生なんだ。いいか、二人とも。僕たちは団結しなきゃいけないんだ。仲間内で争ってどうなるっていうんだ? 二人とも、今すぐ真っ直ぐベッドに入って寝るんだ。さもないと、罰則だ」

 

 ハリーは衝撃を受けたような表情をした。ロンが、ハリーに罰則を与えると脅したのだ。

 ――だが、それを不当だとは思えなかった。シェーマスも罰則をちらつかせられて、意気消沈したようだった。

 

「……頭は冷えた? なら二人とももう寝るんだ。早く!」

 

 ロンの鋭い声に、ハリーも、シェーマスも、弾かれるようにして動いてベッドに潜り込んだ。

 

「……ディーンも早く寝ろよ。僕も寝るから」

「ああ。……ったく。新学期早々やんなるぞ……」

 

 ディーンがあくびをしながらベッドに戻った。

 

 それを言いたいのは、ハリーの方だった。

 

 ――

 

 ハリーは憂鬱だった。朝起きてすぐ、靴下を履く手間と時間すら惜しんでシェーマスが居室を出て行ったのだ。明らかにハリーを避けている。

 

「まぁ……ハリー、気にするなよ。僕は信じてるぜ」

「ありがとう、ディーン」

「ただ、吹聴はしない方がいいだろうな」

「……ディーンも、嘘だと思ってるの?」

 

 ハリーの不安げな声に、ディーンは首を振った。

 

「いいや。ただ、シェーマスにも一理あるなとは思ったよ。僕の家はマグルでさ。例のあの人……正直、名前すら言わないのもバカバカしいと思ってるよ? 例のあの人がどんなにヤバイかってのは伝聞でしかしらない。……だからこそ思うんだよなー。例のあの人が復活したって割には平和だなって」

「それは……そうだけど」

 

 今ヴォルデモートは潜伏し、組織を再編して機を伺っているのだと思っているハリーですら、『死喰い人』達の動きの鈍さが気になっていた。不死鳥の騎士団の面々も、忙しそうにしてはいたが、手は足りていたようだ。

 

 ……『死喰い人』の数は、そこまで多くない? 

 

 ハリーはかぶりを振って楽観的な考えを振り払った。警戒を怠ってはならない。

 

「じゃ、僕はもう行くから」

「うん、じゃあね、ディーン」

 

 キョロキョロとあたりを見回すと、どうやら居室には自分一人しかいないらしい。ロンはもうすでに談話室にいるのだろうか。

 不真面目な監督生になるだろうと思っていただけに、ロンのやる気のある態度は意外だった。

 

 ――

 

 ハリーは気難しい顔をして、新年度最初の魔法薬学の授業を受けようとしていた。誰も彼もがお気楽に日々を過ごしている。誰も彼もがハリーのことを嘘つきだと思っている。

 誰も真実に気づいていない。――それは危険だとハリーは思っていた。

 教壇に立ったスネイプが、毎年恒例の、新年度最初の演説をしていた。堂に入った言葉選びは、アンブリッジのそれとは天と地ほども違う。ただ、内容の最悪具合はどっこいどっこいだった。

 

「諸君。本年度の授業を始める前に……重要なことを話しておく。警告と捉えるがいい。

 本年度末、来る六月、諸君らは大いなる試験を受けることになる。OWL試験の概要は説明するまでもないとは思うが、その試験で諸君らの魔法薬に関する知識と技量が厳しく判定される。諸君らはこの4年間で我輩を唸らせるような才能と勤勉さを示すことが出来ず……結論から言えば例年通りの愚鈍さであった。しかし、我輩はせめて、諸君らに合格スレスレの……『可』を取ることを期待している。さもなくば……真に愚鈍で怠惰であると証明されたその生徒は、我輩の不興を買うことになるだろう……」

 

 じろり、と。あるいはねっとりと。スネイプはハリーやハーマイオニー、それからネビルの方を向いて、ことさらに悪意ある言葉選びをした。毎年恒例の脅しなのだが、これが覿面に効くのだ。

 言われた方はたまったものではないが。

 ハリーとしてはこの陰気な脂髪の、思いっきり闇に傾倒してそうな人間がダンブルドアの指揮下で正義のために動いているというのが全く信じられない。

 だが、どうやらカサンドラすら、スネイプが騎士団員であることを信じているようだった。

 それもハリーにとってしてみれば不満だった。

 

「……言うまでもないことだが……。諸君の中には、本年度が最後の者が……つまり、NEWTレベルの受講を許されない者が出てくるであろう。魔法薬学は危険と隣り合わせであるが故に、高難度の知識と技能を習得するには『資格』が必要だ。

 ――まぁ、幸福な別れまであと一年もある。諸君らには、NEWTレベルを受講するしないに関わらず、全力を持って努力し、高いOWL合格率を期待する。案ずるな。我輩の指導に従えば、自ずと期待には応えられる。――我輩が諸君らに期待することなど、その程度のレベルなのだ」

 

 さて、とスネイプは演説を終えると、杖を取り出して教室の黒板を軽く叩いた。

 すると、びっしりと書かれた調合法が現れる。ハリーにはそれが何を調合するのかさっぱりわからなかった。

 

「――試験の話をした機会に、本日はOWL試験にしばしば出題される魔法薬を調合する。『安らぎの水薬』。不安を和らげ精神を落ち着かせる魔法薬である。

 

 しかし、効能が強すぎるとこの薬は永遠の安らぎと眠りを提供する。寝室がベッドになるか、棺桶の中かは失敗度合いによる。――くれぐれも注意したまえ」

 

 ハーマイオニーが背筋を正した。ハリーは未だに調合法を見ても頭が混乱していた。

 

「調合法はこの通り。注意事項、順番、その他諸々必要なことは全て記述してある。それでもわからぬ愚鈍な者は挙手にて質問をすること。なお、黒板を見てわかることを質問した場合減点もしくは罰則も考慮に入れる為、質問はよくよく考えてすることだ」

 

 スネイプはさらに杖を振る。教室の薬棚がガラリと開き、中にある大量の材料があらわになった。

 

「材料は全て薬棚にある。――1時間半ある。取り掛かりたまえ」

 

 授業に取り掛かったハリーだが、想像していた通り遥かに難しく、面倒臭い工程の薬だった。正確に計った材料を正確に、順番通りに鍋へ投入し、煮立たせる時間もかっきり決まっており、その上何秒かき混ぜるかまで厳密に決まっている。しかも最後の材料を投入する前に決められた温度に保たなければならないのだ。

 

「さて――諸君」

 

 あと10分で授業が終わる、と言う時期にスネイプが言った。

 

「成功していれば……銀色の湯気が軽く立ち上っている筈だ」

 

 その言葉に、ハリーは絶望した。自分の鍋はものすごい量の黒煙がモクモクと立ち上っている。軽くでも、銀色でもない。ハリーは教室を見回した。上手く調合できているのはどうやらハーマイオニーだけのようらしく、魔法薬学の教室は色とりどりの煙が天井が見えなくなるほど充満していた。

 スネイプは呆れたような顔をしてハーマイオニーの鍋を見る。何も言わなかった。どうやら文句のつけようもなかったらしい。――その代わりとでも言うように、嫌味な笑顔を浮かべたスネイプが、ハリーの鍋にやってきた。スネイプは一通り鍋を見る。立ち上る煙の色と量をしばらく見たあと、威圧的に言った。

 

「ポッター」

 

 心底馬鹿にしているようだった。――だが、妙だ。去年までなら、スリザリンの生徒達が面白い見世物が今から始まるとでも言うように、ワクワクした表情でこちらを見る筈なのに、今は誰もこちらを見ようとしない。まるで真面目な生徒であるかのように、全員が鍋に集中している。

 

「これはなんだ?」

「安らぎの水薬です」

 

 絶対に違うと、ハリーですらわかっていた。スネイプはバカにするようにフッと笑うと、黒板を指さした。

 

「ポッター。眼鏡の度は合っているのか?」

「……はい」

「では字が読めないとか?」

「読めます」

「あの程度の文章を理解する頭がないのか?」

「あります」

「では、ちゃんと文字が読めて理解もできるはずのポッター。調合法の三行目を読み上げてくれたまえ」

 

 スネイプは的確に、ハリーが間違ったであろう場所を指摘した。ハリーは恐る恐る、読み上げて行く。ちゃんと工程通りにやった筈だ。

 

「――月長石の粉を加え、右に三回攪拌し、七分間ぐつぐつ煮る。そのあと――……そのあと、バイアン草のエキスを……二滴加える」

 

 やってしまった。ハリーは自身の失敗を悟った。バイアン草の投入を忘れた。チラリと鍋の脇に視線をやれば、全く手付かずのバイアン草が見える。エキスの抽出すらやっていなかった。

 

「さて……ふむ、ポッター。三行目を全て実施したか?」

「……いいえ」

 

 ハリーの返事は小さく、そして掠れていた。

 

「答えは?」

「いいえ。バイアン草を忘れました」

 

 大きな声で返事をすると、スネイプは満足そうに頷いた。

 

「よかろう。そうだろうとも。ではこれはなんだ? ……断じて安らぎの水薬などではない。ただのごった煮で……なんの役にも立たない。『エバネスコ――消えよ!』」

 

 ハリーの大鍋の中身が綺麗さっぱり消えて無くなった。煙も、何の役にも立たない液体も無くなったキレイな鍋の前で、ハリーは馬鹿みたいに突っ立っていた。

 

「――課題をなんとか読むことが出来た者は……理解できたかはこの際問わん。――とにかく、自分が『安らぎの水薬』だと信じる液体を細口瓶に詰めて名前を書いたラベルを添えて教壇に提出。

 なお、宿題として今回の調合に使用した月長石の特徴と、魔法薬学の分野においての使用法をまとめよ。羊皮紙30センチだ。期限は今週木曜日。以上だ」

 

 ハリーははらわたが煮え繰り返るような思いをしていた。何で僕なんだ。ロンのこの世のものとは思えない臭いを発する液体でもいいじゃないか。ネビルのに至ってはもはや液体ではなく固形化している。なんで僕を。

 

 ハリーはじくじくした思いを抱えたまま大急ぎで荷物をまとめた。皮肉なことに、鍋やら魔法薬のなり損ないやらの片付けをせずに済んだので、誰よりも早く教室を出ることが出来た。

 

 それから不機嫌なまま昼食を食べて、バカみたいな占い学を終える。その次の授業は毎年恒例、『闇の魔術に対する防衛術』の授業だった。

 どんな授業だろうか。そんなことを考えながら、ハリーは『闇の魔術に対する防衛術』の教室に入った。

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