【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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夏休みの真実

 ——1995年 9月

 

 ——結局のところ、状況はハリーにとって不利だった。

 

「……なんでみんな僕をイカれた男の子扱いするんだ……!」

 

 ハリーは談話室のソファに座って、ロンとハーマイオニー、それからジニーの四人に心情を吐露していた。

 ……結局、カサンドラと話してからも、ハリーは真実を伝えることをやめる気はなかった。大広間で演説をするような真似こそするつもりはないが、ヴォルデモートの復活を否定するようなことまでするつもりはなかった。

 

「結局、カサンドラも汚い大人の一人だったってことだよ。アンブリッジのことを受け入れるなんて何考えてるんだ!」

「それは私も思うわ。こんな時期に……どうしてあんなひどい女に大事な授業を任せたのかしら!」

 

 ハーマイオニーが不満たらたらで言った。膝の上で丸まっていたクルックシャンクスを乱雑に撫でたせいで、彼女は不快そうに抗議の鳴き声を上げた。

 

「ごめんね、クルックシャンクス。……カサンドラが本当にホグワーツをよく思っていないなんて……信じられないわ」

「わからなくもないけどな。何せ僕らが一年の時は、トロールが学校に忍び込んでハーマイオニーが死にかけた」

「……」

 

 ハーマイオニーは黙りこくった。確かに、カサンドラが言うことも一理あると思ってしまったのだ。自分もいつか結婚して、子供を産むだろう。愛しい我が子をホグワーツに預けたいか? 

 そう考えた時、喜んで『はい』といえる環境ではないのだ。

 

「……でも、その、ハリー。怒らないで聞いて欲しいんだけど、私……どうしてハリーがそこまで『例のあの人』にこだわるのかわからないの」

 

 ハリーの隣にいるジニーが不思議そうに聞いた。

 

「僕は嘘つきなんかじゃない!」

 

 ハリーは思わず叫んだ。

 

「怒鳴るなよ! 聞いただけだろ!?」

 

 すかさずロンが言い返した。ハリーは親友の言葉にハッとなった。

 

「あ……ご、ごめん、ジニー。その……つい」

「……つい? 私、あなたのこと理解したかったから聞いたんだけど、あなたはそう受け取ってくれなかったのね。——私もう寝るわ。大好きよ、ハリー」

 

 ジニーはぴょん、と立ち上がると、おざなりにそう言って、返事も聞かずに女子寮に戻ってしまった。

 

「あ……」

 

 ハリーはジニーを追いかけようとするが、彼を親友の二人が押し留めた。

 

「ダメよ、ハリー。女子寮に男子は入れないの」

「……逆はできるのに、ズルい」

「それでよかっただろ? 今のハリーならさらに嫌われるだけだぞ」

 

 ハリーはロンの鋭い言葉にしゅんとなった。

 

「ロン、僕、そんなにダメかな」

「怒鳴るのはマイナスだな。もちろん後でママに報告しとくから」

「うぐっ……」

 

 ハリーが顔を苦いものにするのを見て、ロンはため息をついた。

 

「ハリー、落ち着けよ。去年より余裕ないぞ。確かに信じてくれないのは辛いだろうさ。でもなんでそんなに躍起になるんだ? カサンドラがいるんだし、『例のあの人』なんてほっとけばいいだろ?」

 

 ハリーは立ち上がった。その顔には焦燥と、そして恐怖があった。

 

「ロンは知らないから言えるんだ! 『例のあの人』が復活して、もし全盛期の力を取り戻したら! みんな……みんな死んじゃうんだぞ。ハーマイオニーも、ロンも……ジニーも!!」

 

 ハリーの目には、うっすらと涙すら浮かんでいた。

 

「どうしてわかってくれないんだ? 魔法界は全員間抜けしかいないのか? あれだけヴォルデモートのことを恐れてたんじゃないのか? 名前を呼ぶことすら恐れてさ! なのになんで誰も対策してないんだ。なんで誰も今まで通りにはいかないって思わないんだ。家族が死ななきゃわからないの? どうすれば対抗するようになってくれるんだ……。脅威はすぐそばまで来てるって言うのに! カサンドラは結局一人しかいないんだぞ! みんなは……怖くないっていうの?」

 

 ハリーはホグワーツが好きだ。ジニーが好きだ。やっと見つけた幸せだった。やっと見出した安息だった。

 

 ——それらはすべて、おぞましくも憎たらしい両親の仇に脅かされている。

 ホグワーツが安全? 誰がそんなことを言える。

 ハリーが一年の時にはトロールがやってきた。ジニーを一撃で殺せるような化け物だ。

 ハリーが2年の時にはそのジニーが若き日のヴォルデモートに乗っ取られて、魂を喰らい尽くされそうになった。

 ハリーが3年の時には吸魂鬼に魂をつままれて、しかもシリウスは堅牢なはずの守りを何度も突破した。

 そして、去年はドラゴンと生徒を一騎討ちさせるようなイカれた催しすら開催された。極め付けは最低最悪の犯罪者の復活だ。

 

 ——そんなホグワーツのどこが安全なんだ。

 

 ハリーの叫びに、ようやく親友二人はハリーが何故こうもこだわるのかを悟った。

 

 ——怖いのだ。喪うことが。

 理不尽に奪われることが。

 苦痛が、死が、絶望が、それら全てを戯れに振り撒くヴォルデモートが、なによりも怖いのだ。

 

 ——全員を守り切ることなんてできやしない。

 ダンブルドアと、カサンドラがいたって所詮は二人。先生全員がいたとしても、莫大な数の生徒全員を守るなんてできっこない。

 

 だからこそ、生徒一人一人が備える必要があるって言うのに。

 

「……ハリー。気持ちはわかったわ。ええ、そうよね。のほほんとしてたら、ダメよね。私たちだけでできることがあるはずよ」

「まぁ……それはジニーには言えないよな。わかったよ。ジニーには僕から言っておいてやるよ。今回だけだからな?」

 

 ハーマイオニーとロンはお互いに顔を見合わせてから、言った。

 ハリーの苦しみを、恐怖を、二人はようやく知ったのだ。

 

 ——

 

 その翌日、アンブリッジの罰則がある最初の日。

 ハリーは親友たちに心情を吐き出していくらか落ち着いていた。ロンにある程度の事情を——つまり、英雄ハリーはただひたすらにヴォルデモートが怖いのだという少し情けないと思われかねない心情を——説明されたジニーは、ハリーが平身低頭謝り倒すとあっさりと彼を許した。

 

「ねぇ、ハリー」

「どうしたの、ジニー」

「私……その、確かに年下だけど。私は別に、『頼りになる英雄ハリー・ポッター』と付き合ってるつもりはないのよ? だから……ね? ハリーの気持ちを——ちゃんと聞きたいな」

 

 ハリーとジニーの顔が近づいていく。そのとき、ロンが二人のいる暖炉側のソファに座った。

 

「まだ朝だぜ、お二人さん。公共の迷惑を考えてもらえませんかね」

「ご、ごめんロン」

 

 パッと離れたふたりだったが、視線はまだお互いの顔を見ていた。未だに熱い二人に、ロンは思わずため息をついた。

 

「——なんて、馬鹿なことを!?」

 

 そのとき、談話室中に響き渡るような声量で、ハーマイオニーの怒鳴り声が聞こえた。何事かと三人が声のした方を見ると、気絶した大量の下級生の中心にいるフレッドとジョージを、ハーマイオニーが叱りつけている最中だった。

 

「——実験!? 私言ったわよね、絶対に、生徒たちで試しちゃダメって!」

「金なら払ってるぞ」

「お金払ったなら何してもいいなんてことありません! 二人とも、資格もないのに口に入れるものを試すなんて何考えてるの!? しかも——『気絶キャンディー』!? 意識を途絶えさせることがどれだけ危険かあなたたち理解してやってるの!? マグルの全身麻酔でも目覚めない人がいるって言うのに!」

 

 ハーマイオニーの怒鳴り声に、フレッドとジョージは思わずたじろいだ。

 

「その、俺たちで試した時は大丈夫だった」

「それでいきなり他人? 動物実験はしたの?」

「動物実験なんてしてなんになるんだ? 俺たちはネズミを気絶させたいわけじゃないんだぞ」

 

 そのあまりにも『わかっていない』発言に、ハーマイオニーは今度こそブチギレた。

 

「いい加減にして! 意図的に病気の症状を引き起こすなんて……危険極まりないわ! しかも『ネズミを気絶させたいわけじゃない』ですって? 絶対にやめさせるわ。今すぐ全ての実験を中止しなさい。さもないと」

「さもないと? 監督生ちゃん、書取り罰でもさせるのか?」

 

 挑発的に笑うジョージだったが、ハーマイオニーの顔はピクリとも笑わなかった。

 

「『監督生ちゃん』が夏休みにどこにいたのかよく思い出せば、そんな言葉は出てこないでしょうね。書くのは私よ。あなたのお母さんに手紙を書きます。それから、ゾンコにも」

 

 ハーマイオニーの言葉に、双子の顔がさっと青くなった。

 

「待て、やめろ。よせ。ママもゾンコの爺さんもダメだ」

「やります。——それが嫌なら二度と、下級生での実験はしないと誓いなさい」

 

 誓います、と双子はやけに神妙に胸に手を当てて誓った。

 

 双子を完全に黙らせたとして、ハーマイオニーはしばらく『秩序の番人』と呼ばれることとなった。

 

 ——

 

 スネイプが5年生の最初の授業で脅しつけるような演説をして生徒達を震え上がらせたのは記憶に新しいが、実の所他の先生もだいたい同じだった。

 呪文学のフリットウィックはOWL試験の結果の如何によっては将来の職にまで響くと強く警告し、マクゴナガルはOWL試験の結果を見てホグワーツでの成績を判断する大人は少なくないとキッパリと言った。

 どの科目も目が回るような量の宿題が出て、はっきり言うと時間が足りなかった。しかもハリーは今日の夕方から、アンブリッジからの罰則がある。それも毎日。逆転時計が欲しい。切実に。

 ただ、多くの先生があんまりにも繰り返すものだから、ハリーは嫌でも将来のことを意識せざるを得なかった。

 

 将来。

 

 ホグワーツを卒業してどうするか。

 ハリーはどうすればいいかなんてほとんど決めていなかったが、ひとつだけ決めていることがある。

 

 危険な仕事は嫌だ。

 

 おそらく多くの人間が知らないことだろうが、あの英雄ハリー・ポッターはなによりも安全を望む。自分と、愛しい家族が戦乱から、危険から遠いところにいたいと心から望んでいるのだ。

 

 ——それはともかくとして、今はいっぱいいっぱいになっていた。ジニーとは婚約すらまだだし、ホグワーツ卒業即結婚というのも苦労する気がする。とにかく今年のハリーは将来について考えるべきことが多いのだ。

 それこそ、クソッタレ犯罪者のことなど気にかけている余裕などないほどに。

 

 だが現実は無情である。愛しい彼女との未来を作るためには、ヴォルデモートが邪魔だ。

 

 ——ハリーは、ここで。

 

 ——ほんの一瞬だけ、凄まじく深い殺意をヴォルデモートに抱いた。

 

 激情に駆られた殺意ではない。メリットデメリット、これからの将来、その他もろもろ考慮して、ヴォルデモートの存在がこの上なく邪魔な存在だとハリーは考えた。

 ——そして、邪魔な存在をどうすればいいかは、カサンドラが教えてくれた。消せばいいのだ。

 

 ——そんな、絶対的な否定を一瞬だけ抱いた。ハリーは自分の中に湧き上がった冷たい、氷のような感情を自覚して慌てて頭を振った。

 

 授業に……魔法生物飼育学に集中しなければ。

 

 改めて周りを見ると、いつものグリフィンドール、スリザリンの合同授業。しかし様子がおかしい。スリザリン生が酷く静かなのだ。嫌なやつ筆頭のマルフォイも暗い顔をして神妙に授業を聞いている。その後ろにいつもいたはずのクラッブとゴイルの姿はない。

 

 流石に気になって、ハリーはマルフォイに静かに話しかけた。

 

「マルフォイ。スリザリンの様子が暗いけど何かあった?」

「それをなぜお前に言わなければ——。いや、ポッター。教えてやろうか。今年は喪中の生徒が多い」

「——え?」

 

 マルフォイは挑発的な顔をしていた。だがその顔には僅かに怯えの色が見えており、額には冷や汗が流れている。

 

「あのお方の配下が『死』に消されている。夏休み中ずっとだ。クラッブの親はカサンドラに殺されたがな。ポッター。気をつけろよ。あの女はお前たちよりスリザリン寄りだ。必要とあればお前や、グレンジャーですら簡単に消すだろう。あの警備員に消されないよう、せいぜい頭を低くして過ごすんだな」

 

 マルフォイは話は終わったとばかりにスリザリンの輪の中に戻ってしまった。ハリーは呆然と、言われた言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 ——『死』が、『死喰い人』を消している? 

 

 ハリーはその情報をなんとか噛み砕こうとした。できなかった。あまりの恐ろしさに気がどうにかなりそうだった。

 

 

 ——『死』とカサンドラを繋げられることのできる人間は、滅多にいない。多くの人間は、依頼したダンブルドアだけだと考えるし、事実、普通ならダンブルドアや騎士団員以外に知る者はいないはずだ。念入りに『死』とカサンドラが別の存在であることを強調してきたし、力自慢のパワーファイターであるカサンドラと薄暗がりに潜んで影のように獲物を仕留める『死』が同一人物だと結び付けられる人間は、教えられるでもしない限りいないはずだった。

 

 ただ一人、ハリーを除いて。

 

 ハリーだけはあの場、教えられるまでもなくあの復活の儀式で『死喰い人』を弓で射殺していた『死』がカサンドラだと気付いていた。

 

 ——カサンドラが、標的に命中させられるように矢の軌道を変えられることを知っている。

 ——逆転時計を使えば、人間は同時間軸に二人以上存在することができることを知っている。しかも、もし過去と未来の人間が会っていたとしても、特に問題が発生しないことも知っている。

 

 ……あとは簡単な推理だった。

 

 ハリーに衝撃を与えたのはその点ではない。

 あの場を切り抜けるための一時的な処置だと思い込んでいたのだ。

 それなのに……夏休み中ずっと、『死』は『死喰い人』を殺し続けていた。

 

 ハリーと一緒に楽しく過ごしていた日も。

 裁判の日も。

 もしかしたら、ハリーをダーズリー家から連れ出す日だって、人殺しをしていたのかも知れなかった。

 

 ——そして、それをハリーたちにほんの少しも悟らせなかった。

 

「……カサンドラ……」

 

 4年間、親しい友達のはずだった。それなりに、子供なりにカサンドラのことを理解しているつもりだった。

 

 ——それなのに、急に、知っていたはずのカサンドラが遠くなったような、そんな気がした。

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