フレッドとジョージは開店以来の大賑わいとなったバーにいるホグワーツ生の数を指で数えていく。途中でめんどくさくなったのか、数えるのをやめた。
「じいさん、とりあえずバタービール20本」
「あいよ」
「なんだよ、飲もうぜフレッド」
「バカ言うなよ、ここにはどういうわけか監督生様が2名もいらっしゃるんだぞ?」
こんな場末のバーに! とフレッドは楽しそうに笑った。しばらくして、全員の手にバタービールが一本ずつ行き渡った。20本では足りなかったので、足りない分を追加注文したのだ。
生徒たちは手持ち無沙汰にバタービールを飲んだりして、人を集めた張本人であるハーマイオニーがなんと言うか見守っていた。
「……ハーマイオニー、君は何を言ったらこんなに人を集められるんだ?」
「普通よ、普通……。うん、しばらくハリーは黙っててね」
ハーマイオニーは立ち上がると、生徒たちの前に堂々と立った。
たくさんの視線が……好奇の視線、怪訝な表情、否定的な顔……それらを受けてもハーマイオニーはほんの少しも怯まなかった。
ハーマイオニーはハリーと違って鉄火場に飛び込むことはしなかったが、裁判という大人の世界で歴戦相手にやり合った経験があるのだ。——もっとも、戦績はハリーほどよくはないが。
「……私の声は聞こえるかしら。ええ、こんなに集まってくれて嬉しいわ。それだけ今の『闇の魔術に対する防衛術』が……授業として出来損ないだって思ってるってことでしょうから」
ハーマイオニーは煽るように攻撃的な言葉をあえて選んだ。
——これは布石。
「大人たちは……ひいては、魔法省は私たちにほんの少しでも力をつけて欲しくないみたい。だからこそあんな授業になってる。……でもそれでいいわけないでしょう? 『闇の魔術に対する防衛術』には実技もあるし……このままだと私たちは一つも呪文を練習することなく本番に挑むことになるわ。——だから、教え合うのよ」
ハーマイオニーは一旦言葉を切った。
「……もちろん! 目標はOWL、ひいてはNEWTの合格よ。……でも、あえて言うわ。それとは別に、私たちは自衛手段を身につけなけなきゃいけないの。なぜって?
——。
……ゔ、ヴォルデモートが帰ってきたのよ」
何人かが悲鳴をあげたり、うめき声をあげたりした。ハーマイオニーはその生徒たちをじっとみる。
「怖いし……本当だって信じるのは嫌よ。わかるわ。——でも目を閉じて耳を塞いだって現実は変わらないわ」
「証拠はあるのかよ?」
ハッフルパフのマクミランがハーマイオニーに突っかかった。かなり攻撃的だった。だがハーマイオニーはマクミランをじっと見つめた。
「証拠?」
「ああ。そうだ。死んでた例のあの人が復活したっていう証拠だよ。それがない限り、ここからの話を続けさせるわけにはいかないな」
「証拠、証拠……。まぁ、そんなのないわ」
「なら」
「マクミラン。でも逆に聞くけれど。
ヴォルデモートが死んだって言う証拠はあるの?」
マクミランはポカンとした表情をした。
「……え?」
「冷静に考えて、マクミラン。あなた赤ちゃんに殺される可能性がどれくらいあると思う?」
「……それは」
「私は、100%あり得ないと思ってるわ。私が赤ちゃんを殺すとしたら、いろんな要因でしくじることはあるかもしれないわね。めちゃくちゃ強い傭兵に邪魔されるとか。でも赤ちゃんに反撃されて殺される可能性は皆無と言い切れるわ。異論はあるかしら?」
「……いや、ない」
「なら……そもそもヴォルデモートが死んだ、ハリーがヴォルデモートを倒したって言うこと自体が……真実じゃなかったんじゃないかしら」
「それがどうしたって言うんだよ? ハリーが復活したって言ったんだろ? なら死んでたってことだろう?」
「ハリーの言うこと信じるの?」
「……そういうわけじゃない!」
ハーマイオニーは周囲を見回した。
「ヴォルデモートが死んでたっていう証拠がない以上、ヴォルデモートがずっと生きてた可能性は十分にありえるわ。つまり……ヴォルデモートの脅威は、ハリーの言葉が嘘だろうと本当だろうと、依然として存在するのよ」
ハーマイオニーが言うと、生徒たちが目に見えて動揺し始めた。恐怖、怯え……それはハーマイオニーが想像したよりもずっと、ずっと強いものだった。
「……私たちにできることは少ないわ。だからこそ、備えないといけないの。自分の身くらい自分で守れるようにならないと。
……差し当たって、一番実戦経験があるハリーに先生役をやってもらおうと思ってるんだけど……その、異論はあるかしら、ディゴリー」
ハーマイオニーはチョウの腰に手を回しているセドリックに聞いた。この中でハリーの実力を否定できる人間がいるとしたらセドリックしかいない。何せ彼は三校一の魔法使いである。
「いや、ないよ。ただね、グレンジャー。ハリーの度胸と土壇場の判断力は認めるけど、知識がそれらに見合ってるとは思わないかな。サポートがいる。僕が立候補しよう」
「心強いわ、ディゴリー。本当にありがとう」
「いいや。……ハリー、先生役として何か言うことはある?」
ハリーは頷いた。どうしても言いたいことがあった。
「……僕は」
ハリーが立ち上がってそう言うと、みんなの視線が突き刺さる。
「最初に、言っておくことがあって。
正直、ヴォルデモートが復活したとかしてないとか、そんなことを信じる必要はないよ。実戦を意識した訓練をする場を作るってだけのことだよ。だからこそ言いたいことがあって。
その、僕は……実戦じゃ逃げてばっかりだった。たとえば今この瞬間にヴォルデモートが襲ってきたら、僕が最初にすることは逃げることだよ。多分……ジニーの手だけ取って、他のみんな全員見捨てて、逃げる」
ハーマイオニーもロンも、多分見捨てるだろう。そうでもしないと逃げきれない。それくらいはハリーにだってわかる。
「……戦うってそう言うことだと思う。ハーマイオニーとロンも、ここにいるみんな全員無事に逃げれたらいいよね。
——そんなの無理だよ」
ハリーの想像以上に弱腰で、ドライで、冷たい言葉に、生徒たちは目に見えて動揺する。
「戦う方法を教えてくれるんじゃないのか?」
「僕がいつそんなこと言ったの? カサンドラが言ってたよ。生き残るのはそれだけ大変なんだって。生き残るのはそれだけ凄いことなんだって。僕たち子供にできることは逃げることだけ。それだけできればいいんだ。
きっと、想像するよりも辛い練習になると思う。生き残った先にあるのは辛い未来かもしれない。
——でも、生きていれば未来がある。僕が教えられるとしたら、それだけだよ」
ゴクリ、と何人かが息を呑んだ。ハリーの言葉には凄みがあった。
「……先生役の言葉を聞いて、入りたいと思った人は」
ハーマイオニーが懐から大きな羊皮紙を取り出した。少し禍々しい雰囲気のする羊皮紙だった。
「これに名前を書いて。……あらかじめ言っておくと、私たちの活動はアンブリッジに気取られたら問題になる可能性があるわ。……だから、そのことを言いふらさないと約束するべきよ」
ハーマイオニーが羽ペンとインク壺を机の上に置いた。
「約束してもいいと言う人だけ、この羊皮紙に、名前を」
——それから、その場にいる全員が羊皮紙に名前を書き込んだ。最後に、セドリックが羊皮紙の前にたつ。じっと羊皮紙をみる。
「……グレンジャー」
小声でセドリックがハーマイオニーに聞いた。
「これ、『ペナルティー』はどの程度なんだい?」
ハーマイオニーの目が見開いた。
「え、ええ? な、なんで」
「巧妙だけど。ちょっと構成が甘いところがあるよ。……死んだりしないよね?」
「もちろんよ。ちょっと……その、刻印が浮かび上がる程度よ」
「ならいいんだけど。こんな騙し討ちみたいなやり方、感心しないな」
「……うう」
「まぁ、気持ちはわかるから黙っておいてあげるけどね」
セドリックが名前を書くと、すっとテーブルから離れた。ハーマイオニーはいそいそと羊皮紙を丸めると、自分の懐にしまった。
——すると、ハリーの中で何か魔法的な『盟約』を結んだような感覚がした。……どんな感覚か、言葉にするのは難しい。だが、そうとしか言えない感覚だった。それをおそらく全員が感じた。
「——なるほどねぇ。いい趣味してるぜ、監督生。さ、俺はもう帰る。バイトが残ってるんでね。行こうぜジョージ」
「ああ」
フレッドとジョージが帰ったのをきっかけに、他の生徒たちもぞろぞろと帰っていった。最後にはハリー、ハーマイオニー、ロン、ジニーの四人が残った。
「……バレるとは思ってなかったわ」
「何考えてるんだよハーマイオニー。同意のない魔法契約は犯罪だぞ」
「同意はとったわよ。……怪しいけど。あー……。反省ね。ちょっとやりすぎちゃった……」
ハーマイオニーは落ち込んでいる。かなりグレーな手段を使ったのを今更ながらに後悔しているのだろう。
「それで、日程はどうするんだ?」
「そこは考えてるわ。場所も確保済みよ。ちょっと難しいけど」
「難しい? 教室借りるんじゃダメなのか?」
「だめよ。……屋敷しもべ妖精に教わったのよ。あったりなかったりする部屋……。とにかく、場所も時間もまた教えるわ」
ハーマイオニーはそう言うと、そそくさと帰ろうとする。
「もう帰るのか?」
「ええ。これは厳重に保管しないといけないから。じゃあ、私帰るね!」
ハーマイオニーは嵐のように去っていった。
ハリーとロンはお互いに顔を見合わせて、肩をすくめた。
「さ、僕らも帰ろうか。それともジニー、もう少し見て回る?」
「ううん、ハリーと一緒に帰りたいな」
「お兄ちゃんは無視かよ?」
「無視」
ロンはがっくりと肩を落とした。
「……ロン、帰ろう」
「ああ、帰ろう。真っ直ぐ、ホグワーツに。いいか、店を見てまわったりしないからな。デートに兄貴同伴なんて嫌だろ?」
「うん」
即答されて、さらにロンは落ち込んだ。
……彼女ほしいなぁ。
ロンは切実に、去年のクリスマスなんでハーマイオニーにあんなこと言ったんだろうかと後悔していた。
——ハーマイオニー。
ロンは頭の中で、何度かその名前を繰り返した。
彼女にするなら……ハーマイオニーがいいな。
——ふと沸いた考えに、ロンは慌ててかぶりを振って振り払った。
原作だとここでロンとハリーがジニーと他の誰かが付き合ってることを知ります。
英国の恋愛感覚がさっぱりわからなかった幼きあの頃。