ハリーは夢を見ていた。
ようやくやっとグリフィンドールチーム結成が許可され、今年度初の練習中に額の傷跡がとてつもなく傷んだせいだろうか。とにかく最悪な夢を見ていた。
妙な夢だった。何の変哲もない夢なのに、最悪だと言う気分が抜けない。
ハリーは廊下を歩いていた。嫌に視点が低い。赤子か……あるいは、小動物か。窓のない古ぼけた廊下をスルスルと移動する。
目の前に扉がある。……開くことができない。ここを開きさえすれば。
そうすれば『アレ』が手に入るのに。
ハリーは目が覚めた。
「……アレってなんだ……?」
この感覚は去年も味わったことがあった。ヴォルデモートの今現在を、夢を通して見ているのだろうか。つまり今、ヴォルデモートは何かを探している? 何かに阻まれているのか、探すことが難しいものなのか……。
どちらにせよ、一人で考えていてもしょうがない。ハリーは親友たちに相談しようと心に決めた。ハリーは一人ではないのだ。
その日の朝食の時、ハリーが夢のことを話そうとする寸前、ハーマイオニーが切り出した。
「ハリー、ロン。会合の場所が決まったわ。今夜8時、8階にある『バカのバーバナス』がトロールに打たれてる壁掛けの向かい側よ」
「そこ壁だろ?」
「普通にしてればね。屋敷しもべ妖精に教わったのよ。そこにはその人が心から欲しがるものが手に入る『あったりなかったり部屋』があるって」
「あったりなかったり部屋?」
へんてこな名前に、ハリーは思わず聞き返した。
「……『ホグワーツの歴史』によると、必要の部屋っていうらしいわ」
必要の部屋。
ハーマイオニーが屋敷しもべ妖精たちから聞き込みをしたところによると、食べ物こそ出現しないが、必要とするもの全てが用意されている夢のような部屋がそこにはあるらしい。
自習のためのスペース、教科書、防音性……それら全てが十全に確保されているといいのだが。
「その、ハーマイオニー。その部屋って、『どんな需要』にも応えてくれるのかな?」
ハリーが特に何も考えずに疑問を口にする。なぜかハーマイオニーが顔をしかめた。
「ハリー。お願いだから『二人で盛り上がれるベッドがある部屋』を願ったりしないでね。できるかできないかでいえば、できるでしょうけど」
「は? ……いやいや! 僕そんなこと考えてないよ!」
ならいいんですけど。ハーマイオニーはそっけなく言った。
「とにかく……メンバーにそれとなく、気取られないように伝えないと。これが骨なのよねー」
「でも、なんだかスパイみたいで面白そうだな」
ロンの言葉に、ハリーは頷いた。まるで秘密組織みたいだ。まんま秘密組織なんだが。
「二人とも、気を引き締めてちょうだい。本物のレジスタンスみたいに捕まったら拷問されて処刑されるってことはないけど、退学になるのよ? 慎重に、それから秘密には厳に気を使って」
二人は肩をすくめた。いまいち非合法組織に所属しているという実感がないらしい。
「はぁ……。ホントに大丈夫かしら」
「そんなポカ僕たちがするかよ? 今までどれだけコソコソやってきたと思ってるんだ? それよりも、秘密の漏洩の方が怖いな。ハーマイオニー、その辺考えてるのか?」
「もちろん。密告者には制裁が加わるようになってるわ」
ハリーはしばらく考えた。
「それなら安心だね。
——あ、そうだ。二人とも。ちょっとね」
ハリーはそれから傷が傷んだことと、夢を見たことを話した。
「……傷が傷んだのね。確か……前回はアイツが近くにいた時に傷んだのよね」
「あと、アイツが喜んだり、怒ったりしてる時もだ」
「てことは……ハリーはアイツの心を読んでるってこと?」
ロンが不安気に聞いた。能動的に心を読んでるならともかく、心が流れ込んでくるとなると、どうしても心配になる。
「いや、読んでるのは気分かな? 夢の内容を照らし合わせると……。アイツは何かを探してて……その上で探し物がうまくいかない。だから不満だし、怒ってる」
「探し物? 何かしら……」
「多分……アイツらが有利になる何かだよ」
「武器とか?」
ハリーは首を傾げた。
「それは……どうだろう?」
「私もそうとは思えないわ。攻撃力って意味では、アイツらはかなり高い。戦争で有利に立とうと思ったら……。情報かしら?」
「つまり、何かしら大切な……ダンブルドア先生にとって致命的な情報を探してるってこと?」
「可能性は高いわね。でも……はっきり言って情報がハリーの夢だけじゃ、ちょっとあやふやすぎるわ」
「それはそうだけど。夢で見た場所はホグワーツじゃないみたいだし……もしかして、アイツの勢力ってまだこっちには来てないのかな?」
ハリーは不思議だった。あんなにもたくさん『死喰い人』関連で色々あったホグワーツだが、今年は拍子抜けするくらいアイツの影響がない。
「学校は安全よ。多分ね。何せダンブルドア先生もいらっしゃるし、カサンドラもいる。——とにかく、ハリー、ロン、今日は慎重に情報伝達お願いね」
ハリーとロンは頷いた。
それからメンバーに集合場所と時刻を伝えると、日中のほとんどを費やしてしまった。午後7時半、ハリーはジニー、ロン、ハーマイオニーと一緒に談話室を出た。手には古ぼけた羊皮紙……。父親と、父親の友達が手がけた魔法の品、『忍びの地図』があった。
「フィルチは3階……カサンドラは自分の部屋にいる。今ならいけるよ」
「ミセス・ノリスとかアンブリッジとかは?」
「猫は1階……アンブリッジは職員室だ」
よし、と一行は移動を始めた。特に障害らしい障害も、トラブルも起こることなく集合場所にたどり着いた。
8階、件の場所にはもう何人かが集まっていた。
「ハリー。どこにも部屋なんてないぞ?」
セドリックとチョウが不思議そうに聞いてきた。
「セドリック。チョウも。部屋はこれからできるのよ」
ハーマイオニーは長い絵画の端から端を見て言う。
「ここからここを……何回か行ったりきたりするの。まるで、何かがないかと探し回ってるみたいに」
ハーマイオニーはコツコツと規則正しく歩き始める。
「心の中で強く、強く必要なものを思い描く」
戦う場所が必要。戦闘訓練に適した教材も。秘匿性に富んで、のびのびと訓練できる場所を……。
「すると……」
「ハーマイオニー!」
ハリーが叫ぶ。絵画の反対側の石壁には、大きな扉ができていた。
「行きましょう」
ハーマイオニーが言うと、全員が中に入った。
「うわぁ……」
凄まじく広い部屋だった。大広間には負けるが、ハリーはここほど広い部屋をホグワーツで見たことがないほどだった。等間隔に的となるカカシが立っており、左右に動くように床にスリットがあるカカシもある。
一面が本棚になっている壁もあり、収められているのは防衛術に関する本と、練兵術に関する本がいくつか。ご丁寧に戦史研究もできるくらいの質と量があった。
さらに、奥の方に見える棚には防衛術で使うであろう道具類も収められている。
『かくれん防止機』『秘密発見機』等々である。
部屋の隅にはフカフカの大きめのクッションがたくさんあった。倒れる時に怪我しないように済むためだろう。
「すごい! すごいわ!」
ハーマイオニーが大当たりだと大はしゃぎして本棚に向かった。ザッと本棚を見るだけで蔵書の質を判断したのだろう。彼女はにんまりと笑みを深くした。本棚から『孫子』の英訳版を取り出すと黙々と読み始めてしまった。
ハリーは部屋の観察を続ける。
部屋の一角は小さな演習場になっているのか、まるで街中のような雰囲気だった。バルコニーやベランダ、ゴミ捨て場などなど。落ち葉が集まってかなり大きな山になっている。人一人悠々と中に入って隠れられそうな感じだった。
落ち葉の側やバルコニーの上などにもカカシが置いてある。実戦的な練習ができそうだった。
「これはすごいな……。グレンジャーが見つけたのか。流石はハリーの参謀だな」
「ハーマイオニーはいつも僕たちにすごいアイデアをくれるんだ」
ハリーが言うと、セドリックは肩を竦めた。
「去年僕もグレンジャーの知恵が借りれれば、もっと楽に課題がこなせたかな?」
「ねぇ、セドリック」
チョウが膨れっ面でセドリックの腕を取った。
「ごめんよ、チョウ。素晴らしい功労賞は褒めずにはいられなくって。それに」
セドリックはチョウの耳元に口を寄せて、誰にも聞こえないように小さく囁いた。
「この部屋のカラクリはわかった。『好きな内装』の部屋が出てくるみたいだね。今夜どうかな?」
チョウは顔を真っ赤にして、それから小さく頷いた。セドリックは微笑むと、チョウの頭を子供にするように撫でた。
——ハリーは物凄く羨ましかった。チョウがどうこうではなく、あんな風に堂々とイチャつけるのがとてつもなく羨ましい。
「どうしたの、ハリー?」
「ううん、なんでもないよ。可愛いなって思って」
だから、ハリーはできる精一杯として、ジニーの手をぎゅっと握った。
「——ちぇっ」
カップル2組がいちゃついている様を見ずに済んでいるハーマイオニーが心底羨ましいロンだった。
集合時間になるまで、一行はそんな風にして過ごした。
集合時間を過ぎてしばらく。ゾロゾロと人が集まりだすと、ハーマイオニーは本を読むのをやめて懐から妖しい雰囲気を醸し出す羊皮紙を取り出す。メンバーリストの名前とここにいる人間を確認しているのだろう。全員がいることを確認すると、ハーマイオニーは部屋の入り口まで歩き、鍵をしっかりと掛けた。
「さて」
ハーマイオニーはしっかりと周囲を見回した。
「ここは……『ハリーが見つけた』訓練所よ。まぁ、色々あるわ。練習に不足してるものは無いと思う。
とにかく……今日は記念すべき最初の会合だけど。最初に私はリーダーを決めたいと思うの。それから、名前も」
ざわざわと周囲がざわめく。
「ハリー以外にいるのか?」
「セドリックでもいい気はするけど」
「仕切ってるのはハーマイオニーだろ?」
「実力って意味じゃハリーかセドリックだ」
「リーダーが何するかによっても違ってくるんじゃないか?」
パン。騒がしくなってきた空気を、セドリックが手を叩いて静かにさせた。
「まず、僕はリーダーにはならない。今は……正直、チョウとの時間を大事にしたい」
「ならハリーでいいかしら?」
「僕はグレンジャーでもいい気はするが。……まぁ、ハリーが適任だろうな」
おそらく、セドリックのその言葉が決め手だったのだろう。最も優れた魔法使いが推薦する人間にケチをつけられる者はそうはいない。特に、ハリーの実力は去年、ここにいる全員が認めている。
「よし。じゃあ、投票しましょう。ハリーがリーダーでいいと言う人は挙手して」
ハーマイオニーの言葉に、全員が手を挙げた。
「決まりね。じゃあ、これからはハリーが仕切ってね」
「ええ? 僕? ……わかった、わかったから睨まないで。それで……名前だっけ? それを決めよう。何にする?」
すかさず、いろんな名前が出てくる。
「反アンブリッジ連盟(アンチ・アンブリッジ・アライアンス)——AUAってどうかな?」
「魔法省はみんな間抜けで、MMMはどうだ?」
「防衛協会、ディフェンスアソシエーション——DAはどうかしら」
チョウが言った。ハーマイオニーはその略語にいたく気に入ったようだった。
「ええ、『闇の魔術に対する防衛術』の頭文字に近いし……いいと思うわ。でもせっかくだし……もっとカッコつけましょう。ダンブルドア・アーミーとかどうかしら?」
ハーマイオニーの言葉に、多くの人が同意する。
「いや……ダンブルドア先生の名前を勝手に使うのは問題じゃないか? それに軍団? 僕らは私兵になる気はないぞ」
セドリックが苦言を呈する。ハーマイオニーはそれもそうね、という顔をする。
しかし、周囲はそうは思っていなかった。
「セドリック! 名前だけだろ? 別に問題ないだろ」
「そうそう! どうせ秘密組織よ。誰にもバレやしないわ」
「ダンブルドアアーミー! いいじゃん、それにしよう!」
セドリックとハーマイオニー、どちらも『え?』と言う顔をする。
セドリックは、人の名前を勝手に使うこともそうだし、軍団を名乗るのも気が引ける。ハーマイオニーはセドリックの言葉でハッとなったのだが、他の大多数はそうは思わなかったみたいだ。
「うん、そうだね。じゃあ、ダンブルドア・アーミーでいいと思う人は手をあげて」
そして、何とかして意見を変えないと、と思っている間にハリーが決を取ってしまった。
完全にタイミングの問題だったが、結果はほとんど満場一致。民主主義を導入したのがハーマイオニー自身であるために、もはやひっくり返すのは不可能だった。
「……よし。じゃあ、この会合は以後、ダンブルドア・アーミーということで」
「ハリー! それからみんな」
苦し紛れに、ハーマイオニーはそう叫んだ。
全員の目がハーマイオニーに向く。
「機密性を考慮して……いついかなる時もDAと呼ぶことにしない? もちろん、仲間内でもよ。どうかしら?」
全員が頷くのを見て、ハーマイオニーはホッとする。とりあえずこれでひとまず凌げたと思いたかった。
「よし。じゃあ、早速始めよう。記念すべきDA最初の活動は……ここにいる全員が『武装解除呪文』を習得できること! これを目指してこれから頑張っていこうね!」
秘密組織『ダンブルドア・アーミー』の活動が、始まった。
……たかが名前である。
されど、名前である。
これでセドリックカップルは人気のない場所を探す必要がなくなったわけですね。
ちなみに街中の風景が云々は、だいたいアサクリのチュートリアルです。