女の子の夢はいくつかあるけれど、ジニーは男女関係に関してそこまで高い理想を求めるタイプではなかった。愛情に飢えているわけではないが、自分だけのモノに憧れがあるので人より独占欲が強いが……まぁ、常識の範囲内である。現に、ハリーとハーマイオニーの仲がかなりいいことに嫉妬はするものの、口に出すほど強い感情ではなかった。ハリーに不満があるとすれば、手を繋いで二人きりで歩いている時に人気のないところを探そうとしないことや、必要の部屋なんてめちゃくちゃ便利な物があるのに誘おうともしないことくらいである。女としての自信が日々目減りしていっていることをハリーだけが知らない。
だがまぁ、今ジニーは幸せだった。
「……うん、そうだよ、ジニー。上手。筋がいいよ」
手取り足取り彼氏に呪文を教えてもらえるなんて、自分はかなり幸せ者だ。それも、あのハリーに。
ジニーがちらりと視線を横にすると、ハリーとジニー以上にイチャつきながら呪文を教え合うセドリックとチョウの二人がいた。チョウはうまくいっていないようだが、わざとなのか本当にできないのか。ジニーにはわからなかった。
「……ねぇハリー。私だけに教えていていいの?」
「え? ハーマイオニーが教えてるからいいと思うよ。僕そんなに話するの上手くないから」
「そうなの?」
確かにハリーの指導はかなり感覚的である。ハリーのことが大好きなジニーだから何が言いたいのか容易く理解できるが、他の人ならどうだろうか。まぁ、幸せなひと時を自分から投げ出すこともないか、とジニーは納得した。
「……よし、みんな上手よ。もうちょっと上手くやる必要があるけど……まぁ、おいおいね。特にネビル。あなたとっても上手だったわ」
ハーマイオニーが手放しで褒めるのも当然である。落ちこぼれ筆頭のネビルが、この場にいる誰よりも早く『武装解除呪文』の習得に成功したのだ。先生の目がなく成績も関係ないこの場だと、彼はリラックスして集中できるのだろう。もしかしたら、この習得速度が本来のネビルの実力なのかもしれなかった。
「さ、もう少し頑張りましょう」
ハーマイオニーが時計を見つつそう言った。もうそろそろ9時を回る。終わりの時間が近づいてきた。
そうなると練習に本腰を入れる者が少なくなり……雑談する者が増えてくる。
「……正直、来るかどうか迷ったけど、来てよかったわ」
ハッフルパフの女子生徒が一人、ぽつりと言った。
「私のママ、魔法省に勤めてるからアンブリッジに目をつけられるなって。ホント……何で学校なのに親が関わってくるのかしらね」
「それはアンブリッジが悪者だからだよ」
雑談している中に、ルーナが割り込むようにして言った。
「悪者?」
「そうだよ。アンブリッジは酷い奴なんだってパパがいつも言ってるモン。小鬼の暗殺……それに、『神秘部』を使って恐ろしい実験をしてるって言ってるモン。何人も発狂させたんだって」
「へぇー、そうなんだ」
クスクスと笑いながら、女子生徒は答えた。しかし、ルーナの言葉を全く信じている様子はなかった。
レイブンクロー以外の生徒にとってルーナは『生きているクィブラー』である。「えー、そんなことあるわけないよ」と思いながらも面白がって聞くのが正しい付き合い方だ。それに、アンブリッジの悪口はどんな荒唐無稽なものでも聞いていて楽しい。
……雑談が大多数になって、呪文の声がほとんど聞こえなくなった頃、ハーマイオニーがハリーのそばに寄った。二人はイチャつきながらも最後までしっかりと練習していた。
「ハリー、そろそろ終わりよ。締めてちょうだい」
「わかった。じゃあジニー、終わりにしようか」
「うん」
ハーマイオニーとしてはもう少しハリーには他の生徒も見てほしいのだが、そんなことを言えば、確実にジニーに恨まれるだろう。子供の頃ならいざ知らず、今のハーマイオニーはその辺の機微もしっかりとわかるようになっていた。
ハリーはジニーから離れると、パンパンと手を打って注目を集める。
「さ、今日はこの辺にしようか。来週も同じ曜日に同じ時間で。質問は?」
「もう少し増やせないか?」
ディーンが言った。すかさず、アンジェリーナが反論する。
「クィディッチの練習があるわ」
「あ、そっか……」
この場にはクィディッチ選手がかなりの人数を占める。練習とDAとでは、確実に前者が優先される。
「……よし、じゃあ異論はないみたいだし、来週も今日と同じ感じで。さて、帰ろうか。2人1組で帰ってね。絶対に三人で固まらないこと」
ハリーは忍びの地図を出して、各要注意人物の動向を注視しながら1組ずつ寮に返した。
「ハリー、ハーマイオニー、いい取り組みだと思う。このまま上手く続けていこう」
「うん、セドリック、気をつけてね」
「ああ」
セドリックがチョウを連れて部屋を出ると、ほかの生徒はいなくなった。
「さ、最後はロンとハーマイオニーだよ」
「ええ。しっかりリーダーできていたと思うわ、ハリー。次もこの調子でよろしくね」
「しっかり? 僕、ハリーはジニーしか観てなかったように思うんだけど記憶違いかな?
……それよりもさ、僕ハーマイオニーの杖を何度も飛ばせたぞ。結構上達したんじゃないかと思う」
「何度も? 私の記憶が確かなら一度だけだったように思うんですけど?」
「悔しいからって改竄はよくないぞ、ハーマイオニー」
「もう! とにかく、帰りましょう」
はいはい、とロンは肩をすくめると、2人並んで部屋を出て行った。
「さ、ジニー、帰ろうか」
ハリーはジニーの手を引いて部屋を出ようとする。だが、ぐ、と引っ張られた。思わず、ハリーはジニーをまじまじと見る。
「……ジニー?」
「今……ここには誰もいないわ」
「でも、ハーマイオニーもロンも外にいるよ。今は談話室に向かってるけど……」
「ねぇ、ハリー。——私って、そんなに魅力ないの?」
ハリーは思わず地図を取り落とした。どっ、どっ、と心臓が早鐘を打つ。
「ジニー?」
「ごめん。でも……不安なの。その、お兄ちゃんやパパに言われたことを守ってくれてるのは本当に嬉しいんだけど……。ハリー、私、もう14歳なの。ええ、わかってるわ。大人たちにとっては『まだ』14歳だっていうのはね。
でも……ハリー。
私は、自分の相手を選べる年齢だと思ってるわ」
「ジニー……」
ハリーはゴクリと喉を鳴らした。感情に任せて、ハリーはジニーを強く抱きしめる。
「……ハリー」
「ジニー。好きだよ。大好きだ……」
ハリーはジニーと顔を見合わせて、深くキスをする。キスも随分と久々だったように思う。
「私たち恋人なのに……。どうして」
キスの合間に、ジニーが言う。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ごめん。ごめんね、ジニー」
「……いいの。でも……私、本気でハリーと繋がりたいと思ってるの。ねぇ、ハリーはそういうこと思わないの?」
「思う。思うよ。思うけど」
ハリーはさらにジニーとキスをする。もう我慢できなくなりそうだった。ここには誰もいない。ロンとハーマイオニーには先生が来てたと言えばバレるわけがない。いける。
「……でも、ごめん、ジニー。その、僕……持ってなくて」
なけなしの理性を振り絞ってハリーが言うと、ジニーはキョトンとした表情になった。それから可笑しそうに笑った。
「……ふふっ」
今度はジニーからキスをする。
「そっか。それなら……仕方ないね。でもハリー。その、私のことちゃんと考えてくれて……嬉しかった」
ジニーは微笑むと、ハリーを強く抱きしめた。
どれだけそうしていただろうか。ジニーは体を離すと、ハリーに微笑みかける。
「さぁ、帰りましょう。また今度、カサンドラからもらっておいてね」
「うん。ごめんね、ジニー」
「いいのよ。ハリーが私と繋がりたいって思ってくれてるってのがわかって、今はそれで充分」
ハリーとジニーは手を繋いで、談話室に戻った。
——
それから、ハリーは随分と精神的に余裕ができた。くだらないと思っていたアンブリッジの『闇の魔術に対する防衛術』も、実技訓練があるというのなら、案外悪くない気さえしてくる。本の内容も、初心者や基礎を押さえるのには充分な内容だと改めて思った。基礎や基本はどれだけやってもやりすぎというわけではないことを、教える側になってようやく実感した。
——だからといってアンブリッジへの隔意が薄れたわけではないが。
3つのクィディッチチームの練習日の隙間を会合に充てるという都合上、開催曜日は不定期にならざるを得なかったが、これは秘匿性を高めるという意味でかなり役立った。
さらに、毎回連絡に遁走しなくても良いように、ハーマイオニーは素晴らしいアイデアを披露した。
偽のガリオン金貨を人数分用意する。本物のガリオン金貨には識別用の続き番号が刻まれているが、偽のガリオン金貨にはその続き番号がハリーの所持する偽のガリオン金貨に合わせて変化するのだ。なので、ハリーの偽のガリオン金貨に次の会合の日時が刻印すれば、全員に日時を告知できるという仕組みだ。
——しかし、その素晴らしい仕組みもクィディッチ最初の試合が近くにつれ、使われることがなくなっていった。アンジェリーナが毎日の練習を主張し、他のチームも同じように高頻度の練習を組み込んだので、どの寮もフリーの曜日が存在しなくなったのだ。
それに……ハリーとハーマイオニーはDAに構ってられるほど余裕がなくなってしまった。
「……僕は大馬鹿だ……」
「大丈夫よ、ロン。心配しないで」
ロンは2人が想像した以上に緊張と重圧に弱かった。練習でもなかなか成果があげられないのもそうだが、それ以上にスリザリン生の軽口でダメージを受けるのだ。
「ポッター、医務室のベッドの予約は済ませたか?」
とハリーが煽られたところで
「ううん。スリザリン生の予約でいっぱいだったよ」
くらいは返せるが、ロンはそうもいかない。真に受けて、ぶるぶると震えるのだ。
そして、試合当日の今日、ロンのテンションは過去最低をぶっちぎっていた。
「ロン、あなたならできる。できなくたって……最初だから仕方ないわ」
「ハリーは最初の試合で勝った」
「僕、シーカーよりキーパーの方が難しいって思ってるよ。難しいことにチャレンジするんだから、失敗したってしょうがないよ」
「うう……なんで僕はこんなことを……」
結局、ロンは朝食になってもテンションが戻ることなく、食事も全く進まない。
どうしようかと思っていると、ふらりとグリフィンドールのテーブルにルーナがやってきた。その頭には本物さながらのライオンの頭の形をした帽子があった。
「ロン」
「ああ……ルーナか。どうしたんだ?」
「私、グリフィンドールを応援してるよ。どっちかっていうと、ロンをかな。ダメダメなダンス・パートナーだったけど、パートナーには違いないモン」
ルーナは杖を取り出すと頭の帽子をちょん、と叩いた。すると本物のような咆哮が響き渡る。周囲の人間がびくりと驚愕に肩を跳ねさせた。
「がんばれ、ロン!」
朗らかな笑顔をロンに向けて、それからルーナはふらふらとレイブンクローのテーブルへと戻っていった。
「はは、はは……」
ロンはなんとか奮起しようと頑張ったようだが、結局それからも食事は進まない、もはやコンディションはボロボロだった。アリーナの更衣室に行くのにもふらふらとしており、ハリーは今回の試合に勝てるのかどうか不安になってきた。
更衣室に入る前、ハーマイオニーがハリーに耳打ちした。
「スリザリンのバッジを見せちゃダメよ」
「うん」
多分ひどいことが書いてあるんだろうな、とハリーは察した。
「ねぇロン、頑張ってね」
「ああ、がんばる……頑張るよ」
上の空だった。いよいよもってダメかもしれないとハリーが思っていると、ハーマイオニーは不意に爪先立ちになって、隙だらけのロンの頬にキスをした。
「えっ——!?」
「ロン、あなたを応援してるわ!」
ハーマイオニーは照れ臭そうに顔を赤くして、逃げ出すように観客席へと駆け出した。
「え……え?」
ロンはキスされた頬に軽く手を当てる。何が起こっているのかすらまだわからない様子だった。
「勝利の女神はロンを選んだみたいだね」
ハリーはそう言うと、更衣室の中に入った。
元気を取り戻したロンが、しばらくして更衣室に入った。
——試合はもうすぐそばに迫っていた。
実力者2トップが色ボケしてやがる!