【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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皮肉げな応援歌

 アンジェリーナの演説を聞きながら、ハリーは隣の親友をチラリと横目で見た。ハーマイオニーのキスはよっぽど励みになったのか、やる気は十分らしい。これが試合でも続けばいいのだが。

 

「……勝つぞ……。みんな、スリザリン共に負けるなよ。去年のビーター2人はいなくなった。後釜にはゴリラもどきのクラッブとゴイルが収まってる。調査によると頭もゴリラ並らしい。だが気をつけろ。油断するな。人間はゴリラの一撃を食らって無事でいられるほど頑丈じゃない。

 ——だが、そもそも当たらなければいい。どんな攻撃も回避すればいい。敵のシュートも、ラフプレーも、回避して、いなして、防いで……。そうすれば、勝利はおのずとやってくる。

 さあ、勝つぞ! 

 

 グリフィンドールに栄光を!」

 

「グリフィンドールに栄光を!」

 

 ハリーとロンは叫んで箒に飛び乗り、アリーナへと飛び出した。

 

 ——

 

 カサンドラはのんびりとジョーダンの実況を聞きながら、クィディッチの試合を見ていた。チラリと隣に視線をやると、アンブリッジがニヤニヤと楽しそうに試合を観戦していた。反対側の隣を見れば、スネイプが仏頂面をさらに不機嫌に歪めて試合を見ていた。

 

 アンブリッジとスネイプに挟まれてそれでもなお試合を楽しめるカサンドラを、ほかの教員たちは畏怖の目で見ていた。さすがは古代の英雄である。

 

「ェヘン、ェヘン。なんというか……あまり差がないですね。1週間ほど練習時間に差があるはずなのですが」

「まぁ、1週間くらいでへこたれるようなガッツはしてないぞ。5年見守ってきたからな。それからアンブリッジ、場外戦闘に教師が参加するってのは大人気ないんじゃないかと思うんだが」

「ほうほう」

 

 カサンドラが言うと、隣のスネイプがニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「そのセリフはどうぞ実況席にいらっしゃる寮監に仰ってはいかがかな。ウィーズリーとポッターを含むクィディッチ・チームメンバーに出す宿題を免除したらしいですな」

 

 スネイプが嫌味を言うと、カサンドラは肩を竦めた。

 

「前言撤回。好きにやるといい」

 

 こういうことがあるから苦言を呈しにくいのだ、この学校は。4寮の寮監全員が大体なにかしらの配慮、贔屓、妨害をするせいでクィディッチに関しては職業倫理が全くもって機能していないのだ。あのマクゴナガルですら例外ではない。もはや教師に自寮贔屓を辞めさせることはできないだろう。やるなら高等尋問官と同じくらいの権限が必要である。

 あったとしても、マクゴナガルが本気で反発する可能性があるだけにタチが悪い。

 

「もちろんですわ、カサンドラ。好きにさせていただきますわ。それにしてもスリザリンはわたくしが学生の頃と変わらず、優秀ですね」

「あんたが学生の頃はどうだったんだ?」

 

 カサンドラが聞くと、アンブリッジは遠い昔を思い出したように目を細めた。

 

「実力的にはそう高いものではありませんでしたわ。しかし、不意に訪れたチャンスを無駄にすることはありませんでしたわ」

「なるほどなー。今のヤツらも隙を見つけて襲いかかるのは得意技ってわけだ」

 

 カサンドラが割と生徒たちからの評価が最悪な2人の同僚に挟まれていると、生徒の観客席、スリザリンチームより歌が聞こえてきた。

 

「……応援歌か、珍しいな」

「いかにも、そう聞こえる。しかしてその実態は……はたして」

 

 スネイプが言うように、確かに少しだけ聞けば応援歌に聴こえるだろう。しかしそこにはそこはかとない……あるいは露骨な悪意が込められていた。

 

 ウィーズリーこそ我が王者

 ウィーズリーは守れない

 万に一つも守れない

 だから歌うぞ、スリザリン

 

 ウィーズリーこそ我が王者

 ウィーズリーの生まれは豚小屋だ

 いつでもクアッフルを見逃して

 おかげで我らは大勝利

 ウィーズリーこそ我が王者

 

 ウィーズリーこそ我が王者! 

 

 スリザリンは全員が肩を組んで大声で楽しそうな歌声で作詞、作曲者不明のスリザリン流ロン・ウィーズリー応援歌を歌っている。普段以上に仲間意識を強めて、まるで寮の仲間が家族だとでも言うかのように。

 今年度から顔が俯きがちなスリザリン生たち全員の娯楽としてクィディッチがノミネートされているのだろう。

 

「古き良き英国流だな」

 

 カサンドラはあまりにも馬鹿馬鹿しい歌にすっかり毒気を抜かれた。ハリーや歴戦のメンバーにとってはそよ風程度のダメージも与えられないだろう。

 しかし、今回は初陣のロンがいる。ベテランなら皮肉混じりに受け流せることが受け流せない。取り落とすだの守れないだの言葉にいちいち反応して小さくなってしまうのだ。

 

 リーの実況も力がない。アリーナ全域を覆い尽くさんとばかりに響く歌声をまるっきり無視してるのだ。観客の態度と実況が乖離しはじめているのだ。このままだとリーの実況で観客は沸かなくなってしまう。カサンドラにはそれが寂しかった。

 

 ——だが、想像以上にグリフィンドールは強かった。度重なる妨害にもキーパーの失点にもめげず、ハリーは颯爽と、あるいは英雄のようなスニッチを掴み取り、チームを勝利に導いた。

 

「スリザリンはすっかり悪役が板についてるな」

「……なんてこと」

「ぐ……む」

 

 アンブリッジとスネイプが同時に唸っている。試合終了後の選手たちを眺めていたカサンドラだが、ハリーの周りに人だかりができている。何かがあったのだろうか。

 

「スネイプ」

 

 カサンドラは迷わなかった。

 

「余計なお世話だと思われるだろうな」

「気になる。野次馬だよ」

 

 カサンドラは笑いながら立ち上がる。他の教員は『毎年恒例だな』と軽く見ているが、新人のアンブリッジには何が何やらさっぱりわからなかった。

 

「じゃあ、行ってくるか」

「……行ってくる? 一体何をおっしゃって、ぇえええ!?」

 

 なんと恐るべきことに、アンブリッジの目の前でカサンドラが……マグルの女性が高い教員用観戦塔から飛び降りてしまったのだ。

 

「なっ、あ、ええ?」

 

 ズドン、と人が落ちたとは思えない音を響かせて、カサンドラはアリーナに降り立った。生徒たちの歓声がカサンドラに降り注ぐ。カサンドラが走って選手たちの山にたどり着くと、そこは一触即発を通り越して、もうやり合っている最中だった。

 

「おい、やめろ! 解散しろ! 医務室に叩き込むぞ!」

 

 カサンドラが武器を抜きながら駆け寄ると、スリザリンの生徒たちが死神にでも遭ったような顔をして脱兎の如く逃げ出していった。そして、ほどなくして全員が喧嘩の輪から散って、離れていった。

 喧嘩の当事者であるハリー、ジョージ、フレッドのグリフィンドール三人と、ドラコの計四人以外は。

 

「お前らドラコ相手に何人がかりだ! ジョージ、フレッド、ハリー、三人ともやめろ!」

 

 カサンドラの再三の静止にも誰も取り合わない。

 

「カサンドラ。どうしましょう。その、マルフォイがハリーをウィーズリー家を侮辱したのよ。その、『ハリーの遺産目当ての尻軽女に食い尽くされないよう気をつけろ』……ひどかったの」

 

 キャプテンのアンジェリーナが恐る恐る弁明してくるが、カサンドラは取り合わなかった。

 

「気持ちはわかるが、私が喧嘩を仲裁する方法は古代から変わらない」

 

 カサンドラは武器をしまう。ドラコを殴り蹴るするのに夢中で全くカサンドラの接近に気付かないドシロウト三人に向けて攻撃の準備をしつつ大声で声をかける。伝統的な前蹴りのフォームである。もはや予備動作は完全に終わっていた。

 

「お前らいい度胸だな! 医務室で寝てろ!」

「この声カサンドラか? 聞いてくれよマルフォ——イッ!?」

 

 ドン、とまるで爆発したかのような音がして、フレッドとジョージが真横にすっ飛んでいった。グリフィンドールチームで甲高い悲鳴が上がった。

 

「……え? か、カサンドラ?」

「ハリー。楽しい楽しい二次会ってわけか? 私も混ぜてくれ」

「ま、待って、マルフォイはウィーズリーを馬鹿にしたんだ! 侮辱したんだよ!」

「そうだな」

「なら——げぶっ!」

 

 ハリーは、カサンドラがいつ攻撃したのか全く分からなかった。気がついたらお腹にものすごい痛みが走って……それから、景色がすごい速さで真後ろから流れていく。凄まじい速度で吹っ飛ばされたのだと気付いたのは、医務室で目を覚ましてからになるだろう。

 

 カサンドラは三人の乱闘バカを黙らせると、マルフォイに駆け寄る。

 

「大丈夫か、ドラコ」

 

 カサンドラはマルフォイの背中を撫でようと手を伸ばす。……が、その手は他ならぬ本人の手で弾かれた。

 

「僕に——触るな! この人殺し!」

「……!」

 

 顔を上げたマルフォイは痛みか、屈辱か……あるいは、恐怖からか。カサンドラを睨みつけたまま涙を流していた。

 

「ははは、そうさ、僕はあのウィーズリーのことを侮辱した。豚小屋住まいでデブでノロマの母親がいて、ロクデモナイ父親に真面目以外に取り柄のない兄に、極めつけには金目当ての淫売まで飼育して大変だなと言った! それを聞いてお前はどうするんだカサンドラ! ええ? 僕を殺すか? 痛めつけてわからせるつもりか? それともこうやって『平等な警備員さん』でも気取るつもりか? 

 お前のせいでスリザリンは今年度頭からずっとお通夜みたいだ! 

 クソっ……! クソ! 

 僕らが何をしたって言うんだ……! 

 

 僕らは親を選べないんだぞ!」

 

 マルフォイは今年入ってからかなり神経を使って、カサンドラに、学校に目を付けられないようにしていた。

 いつもなら飛ばしていた嫌味や嫌がらせも控えさせたし、そもそも大部分のスリザリンの生徒は親を亡くしたショックからまだ立ち直っていない者が多く、片親、或いは両親を亡くした友達に寄り添うため、余裕がなかった生徒が多かった。

 マルフォイですらクラッブとゴイルのことで手一杯で、他に構ってる余裕も、他寮の生徒をからかって遊ぶ暇もなかった。

 

 ——だから、クィディッチは今までの鬱憤を晴らす格好の機会のはずだった。

 いつものような場外戦術は概ね成功した。いけすかないアンブリッジはどういうわけかスリザリンには甘いし、なんと1週間も練習時間のアドバンテージがある状態で試合に臨んだ。しかもエースのハリーは罰則が祟って練習不足。キーパーは新米でヘボのロン。

 負けるわけがない。そう思っていたのに、無様にまけた。

 まるで悪役みたいに振る舞って、悪役みたいに嗤われる。味方なんて滅多にいない。

 スネイプと、どういうわけかアンブリッジと。

 

 ——去年までは、そこにカサンドラもいたはずなのに。

 正しければ味方についてくれる公平な人が、いきなり死神になったような衝撃を受けたのだ。

 

 ——これから先の学校生活、こんなふうにビクビクして過ごすくらいならいっそ。

 そんなやけっぱちな気持ちで、グリフィンドールに負け惜しみを言った。

 

「……僕は嘘をついてなんかない。僕はあいつらを侮辱した。ああ、そうさ。豚小屋住まいで、ノロマでデブな母親に、愚図の父親。パッとしない兄弟姉妹。

 

 ——でも悪人じゃない。

 

 そんなあいつらをバカにしてやったのさ。さぁ殺せよ。未来の『死喰い人』がここにいるんだぞ。カサンドラ!」

 

 その言葉を聞いて……。

 

 カサンドラは、傷ついたような表情をした。

 その表情が意外で、マルフォイは思わず口を閉ざしてしまう。

 

「殺しはしないさ。ドラコ。

 ……そうだな。お前の言う通りだ。親は選べない……。だが、私は後悔しないし謝ったりはしない。たとえやり直すことができたとしても、何度だって同じことを選ぶ」

「……罪深い家族が大切だと、失いたくないと言う僕らの気持ちは間違いなのか、カサンドラ……」

 

 カサンドラは頷いたりしなかった。そうだと。悪人の親を持ったらそいつは死んで当たり前だから我慢しろと。

 

 ……そんなことを言ったりはしなかった。

 

「……いいや——そんなことは思わない。たとえ……どんな悪人でも、家族を大事に思う気持ちに間違いはない」

 

 デイモス、という存在が、かつて、古代ギリシャには存在した。

 当時の『死喰い人』のような組織……『コスモスの門徒』。彼らの最終兵器として育てられた、カサンドラとほぼ同質の人間。

 ギリシャ世界に戦乱をもたらし、アテナイの指導者ペリクレスを殺害し、数多の不幸を作り出した悪の存在。

 

 ——そして、カサンドラの弟。

 

「……間違いなんかじゃないよ」

 

 カサンドラは居た堪れなくなって、マルフォイに背を向けてアリーナの出口を歩き始めた。

 

「なら、なんで! なんでだ、カサンドラ!」

 

 カサンドラは答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

 ——『死喰い人』の親を殺しまくっておいて。

 その実、自分の時は、弟だからと許しを与えて暖かくその腕に抱きしめたなどと。

 

 ——答えられなかった。

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