はぁ。カサンドラは職員室で項垂れていた。手元に酒があればそれがいくら強い酒でも煽っていただろう。そんな最悪な気分だった。
——僕に触れるな!
覚悟していたことだった。自分が殺人者だと、親の仇だとバレたとき、生徒たちから強く拒絶されるのはわかっていた。——そして、もはや修復は不可能だと言うことも。
「……クソッタレの、闇の魔法使いめ」
悪人の癖に、幸せな家庭を築くんじゃない。消しにくくなるだろうが。
そんな理不尽な愚痴さえ頭に浮かぶ。とにかく今日は色々とぶちまけたい気分だった。
「——なんたること! なんたることです!」
そうしてうじうじとらしくもなく落ち込んでいると、怒り心頭のマクゴナガルがドアを蹴破るような勢いで入ってきた。
「おお、お冠だな。楽しいクィディッチが穢されたからか?」
「その程度なら私は平静を保てていたでしょう! カサンドラ、また『教育令』です! これは立法の私物化です! こんなものが許されるなんて信じられません!」
「ん? どういうことだ?」
カサンドラは頭に疑問符を浮かべる。カサンドラの予想通りなら、マクゴナガルはグリフィンドールの三人に厳しい罰則と減点を申しつけているはずで、そこに教育令も、アンブリッジも、関係ないはずなのだ。
「あの女が! あのドローレス・アンブリッジが! 我々の権利だけでなく生徒の権利すら……ああっ!」
マクゴナガルは嘆くように声を上げてソファに座り、ぐったりとした。
「……『高等尋問官は、ホグワーツの生徒に関するすべての処罰、制裁、特権の剥奪に最高の権限を持ち、他の教職員が命じた処罰、制裁、特権の剥奪を変更する権限を持つものとする』そうですよ、カサンドラ。つまり黒を白にも、白を黒にもできるということです」
「人事権の次は警察権か。着々と独裁体制の構築が進んでるようだな」
マクゴナガルが黙りこくった。しばらく、沈黙が降りる。
……長い沈默だった。その沈黙を、カサンドラの静かな声が破る。
「どうする? いなくなってもらうか?」
「それはダメです」
「ヤツが魔法省からの出向だからか? 『事故』なら追及のしようがないだろう」
「カサンドラ。私は今日、ついさっき。ウィーズリーとポッターに『言葉に対して暴力を振るってはならない』と説教して罰則と減点を申しつけました。その私が、教師である私が、永遠の沈黙をあなたに要求することはありません」
「……イカれた独裁に苦しむ生徒はどうなる?
ヤツに取り入ればどんな罪もなかったことになる。ババア1人の靴を舐めたら女子生徒を暗がりに連れ込んでもお咎めなし、って言うことが起こるなら……秩序は崩壊する」
マクゴナガルはため息をついた。
「……カサンドラ。気持ちはわかります。ですが、それは起こっていないことです。起こる『かもしれない』から消す……。いかにも正しく聞こえるでしょう。しかし、それはやり過ぎなのですよ」
カサンドラは苦い顔をして俯いた。
どれだけ苦しかろうと、間違っていようと、子供達の安寧に比べれば大したことではない。
……ないはずなのだ。
「じゃあ、静観するのか?」
「……まさか。私は怒り狂っています。ええ、もう堪忍袋の緒が切れました。ポッターとウィーズリーの双子のクィディッチ参加を永久に禁止するなど」
「そりゃ重い罰だな」
と、言いつつもカサンドラは首を傾げていた。妙だな、と。これがマグルの世界に当て嵌めてみると、スポーツの試合終了後に学生が乱闘騒ぎを起こした、ということになる。
——主犯が永久に出場停止になるのは、『多少』重めの罰として受け止められるだろうが……理不尽というほどでもない。てっきりもっと重くて理不尽な罰でも与えると思ったのだが。
アンブリッジに欠けているのはあくまで公平性に止まっているような気がしないでもない。だが……。カサンドラの中で考えがぐるぐると回る。
「ええ、ホグワーツの流儀をアンブリッジには叩き込んでやりますとも」
「そうか」
カサンドラはため息混じりに頷いた。マクゴナガルもルールスレスレの反撃をするのだろう。……何が正しいのかわからなくなりそうだった。
「……どうかしましたか、カサンドラ」
内心の悩みを見抜いたマクゴナガルが、心配そうに聞いた。
「——マルフォイに人殺しだと言われたよ」
「……そうですか」
「事実だ。今年は『死喰い人』及び疑わしい連中に黙ってもらったし、そうでなくても六月の『復活祭』で大暴れした。
——そうでなくても、私は人殺しだがな。それに、誠実だったわけでも正しかったわけでもない。
私の年齢が見た目相応だったころ、どっちの陣営にも取り入ってどっちの指揮官も殺しまくった。今で言うならそうだな、『死喰い人』からも依頼を受けて騎士団の連中を消して、騎士団からも依頼を受ける。そんなことをしていた」
「それは昔のことです」
「……まぁ、そうなんだがな。面と向かって子供に批判されるのは随分と久々だったからな……」
カサンドラはまたため息をついた。
「そんなに苦しんでいると言うのに、先程はアンブリッジを消すかどうか聞いたのですか?」
「——やるべきことだと、そう思ったからな」
「カサンドラ。これだけは言っておきますが。校長先生が何を期待しているのかまでは存じ上げません。しかし、私があなたに期待するのはただただ、警備員として生徒の身の安全を守ることのみです。アンブリッジの暗殺は、間違っても警備員の仕事ではありません。それともカサンドラ。あなたは暗殺者なのですか? 警備員はあくまで『隠れ蓑』だとでも?」
「……。
——いいや。私は警備員として雇われてる」
「それなら、暗殺などと言う手段は忘れてしまいなさい。あなたには、それ以外の手段がたくさんあるはずです」
「——そうだな。少し……視野が狭くなっていた」
久々に山ほど殺して、心が過去に立ち戻っていた。……本来のカサンドラはもっと柔軟に立ち回れる人間だったはずなのに。
「ありがとう、マクゴナガル」
「気にしないことです」
「——お礼にどうだ、今晩。めくるめく快楽を提供しようかと考えているんだが」
「あなたが生徒なら減点と罰則です。私のような老婆を誘うのはおやめなさい」
「ここにいる生徒を誘うより100倍健全だ」
「それは……そうですが」
カサンドラは立ち上がった。マクゴナガルをじっと見下ろす。
「どうだ?」
「何度も言いますが。私はあなたとそう言う関係になるつもりはありません。私は異性以外とベッドで睦み合う気はありません」
きっぱりとした物言いに、カサンドラは肩をすくめた。
「私が女でこれほど後悔したことはないよ。こんないい女を抱けないなんてな」
「お世辞は結構! ……しかし、クィディッチはどうしましょう……」
再び項垂れたマクゴナガルに、カサンドラも同じように腕を組んで悩みはじめた。
「正直、これはチャンスなんじゃないか?」
「チャンス?」
「正直、アンジェリーナは新キャプテンなのにプレッシャーがかかり過ぎてたところはある。今年なら、もし最下位でも言い訳は立つ。『主力が三人も途中で抜けた』って言うふうに」
「……まぁ、そう言う言い方もできますね。今年は準備の年とキャプテンには通達しましょう。それなら、傷は最小限で済みます」
マクゴナガルはため息をついて立ち上がった。これからグリフィンドールの寮に向かって、それから意気消沈してるアンジェリーナに通達に行くのだろう。
「それから、カサンドラ。ハグリッドが帰ってきています。様子を見に行って上げてはいかがですか?」
「ハグリッドが?」
——1995年10月 ハグリッドの小屋
ロン、ハリー、ハーマイオニーの三人とすれ違いで小屋に入ったカサンドラは、ハグリッドの姿を見るなり目をまんまるくした。
「ハグリッド? どうしたんだその怪我」
ハグリッドは無数の怪我をしていた。古いものから新しいものまで。新しい傷に至ってはまだ流れた血が乾いていなかった。
「あ、いや、大したことじゃねぇ……。気にすんな。このくらいの怪我、転んだみたいなもんだ。とにかく、よう来てくれた、カサンドラ」
カサンドラは傷だらけのハグリッドを酷く不審に思ったが……。大したことじゃないというなら、気にしないことにした。
「お前がそう言うなら信じるが。それで、バカンスはどうだった?」
「え? あ、ああ。そうか、お前さんは……。ああ、悪くはなかった。新しいことを知れるってのは悪いもんじゃねぇ」
「ほう……。都合2ヶ月か。どこに行ってたんだ? 山か、海か、あるいは街か?」
「……お前さん、確認するが本当になんも知らんのだな?」
「何を知ってるって言うんだ?」
「つまり俺の……極秘任務について」
カサンドラはキョトンとした。
「極秘任務? ……お前まさかこの2ヶ月ダンブルドアの指示でどこかに行っていたのか?」
「ああ、ウン……知らなかったのか。こりゃ失敗」
「失敗じゃないぞ。お前……。じゃあその傷任務のか? ダンブルドアは何考えてる? 警備員を暗殺者として使うのはダメでも教師を極秘任務に使うことはいいらしいな」
「まっとくれカサンドラ。ダンブルドア先生が俺に頼んだのは、俺にしかできんことだったんだ」
「お前にしかできないこと? 荒事か?」
「いや、俺は喧嘩は苦手だ。その……巨人について」
カサンドラは眉を顰めた。
「巨人だと?」
「ああ。巨人を仲間に……できなくても、敵には回らんようにするのが俺の役目だった。……失敗したんだが」
「ほう? 聞かせてくれ。私の友人はこの2ヶ月、どんな冒険をしてきたんだ?」
「それはな……」
ハグリッドはロンとハリー、それからハーマイオニーに言って聞かせた巨人との接触のあらましを、三人に語ったよりももう少しだけ詳しく言って聞かせた。
……山での冒険。ボーバトンの校長との2人きりの冒険譚。
最後は失敗で終わるものの、少なくとも収穫はあったという、その任務のあらましを。
——たった一つの、致命的な『出来事』だけは、徹底的に隠した上で。