【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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聖マンゴにお見舞い

 1995年 聖マンゴ

 

 モリーがシリウスの実家に知らせをもたらしたことによって、ウィーズリー達やハリー、カサンドラは堂々とアーサーの見舞いに行けることとなった。慌ただしくも朝食、それからついでに昼食までとった一行は、迎えにきたトンクスとムーディの案内でロンドンに電車で移動し、古ぼけたアパレルショップの秘匿を超え、『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』にたどり着いた。最初に一行を出迎えたのは広々とした受付だった。待ち合い用の木製のベンチには『週間魔女』を広げた女性や、両手以外にも腕が背中から生えている男など、傷のあるなしや病気そうな人、一見すれば全く問題なさそうな人など、千差万別である。そう言った事情はマグルも魔法も関係ないらしい。ただ、マグルと違って、魔法使いの患者は何も咳と熱なんていうわかりやすい症状だけで病院にかかる訳ではないらしい。カサンドラがざっと見ただけでも奇妙奇天烈な症状の魔法使いが山のようにいた。

 待ち合いベンチの一番前の列では、汗ばんだ顔の魔女が『日刊予言者新聞』で激しく顔を扇ぎながら、ホイッスルのような甲高い音を出し続け、口から湯気を吐いていた。まるでヤカンのようだった。

 隅のほうのむさくるしい魔法使いは、動くたびに頭から鐘の音がした。そのたびに頭がひどく揺れるので、自分で両耳を押さえて頭を安定させていた。

 他にも、両足が『霞んで』しまって時々両足を残して転んでしまっている人や、まるでビデオを早回ししたように動作も話し方も3倍速の人や、何もかもを忘れてぼーっとしている人もいる。

 

 そんな人たちの間を縫うように動きながら症状の聞き取りをしているのは、ライムのような緑色のローブを着た魔法使いや魔女だった。彼らは列の間を往ったり来たりして質問し、アンブリッジのようにクリップボードに書き留めていた。アンブリッジより遥かに真剣な表情で、アンブリッジよりも遥かに濃い密度で書き込みをしている。

 ハリーは、ローブの胸にある縫い取りに気づいた。魔法使いが使う杖に、一匹の蛇が巻き付いている。蛇。

 

「あの人たち……何で蛇なんか胸に縫い付けてるの?」

「ハリー、あれはアスクレピオスの杖だ。ギリシャ神話の名医で……まぁ、医学、医療のシンボルマークだ。WHOのマークにも描かれるくらいポピュラーなものだな」

「……WHOってなに?」

「あー……国際的な健康を守る……まぁ、医学の国際機関ってところか」

「ふーん。医者のシンボルつけてるってことは……あの人たち、魔法使いの医者なの?」

「医者?」

 

 ロンはまさかという目をして会話に割り込んできた。

 

「人間を切り刻んじゃう、マグルの変人のこと? 違うさ。癒しの『癒者』だよ」

 

 ハリーは目を見開いて驚いた。カサンドラですら口をあんぐりと開けて愕然としている。

 

「な、なに? 僕変なこと言った?」

「お前……冗談だよな?」

「何が?」

「い、医者をお前、『人を切り刻む変人』と言ったんだぞ?」

「何がおかしいのさ? 人間のお腹を切り裂いて中身を取り出したりするんでしょ? ああ、恐ろしい」

「——私は魔法使いが恐ろしいよ」

 

 カサンドラは眉を顰めて腕を組んで黙り込んでしまった。

 

「……ねぇハリー、本格的に心配になってきた。僕何か変なこと言った?」

「多分、それがわからない魔法使いの現状を憂いているんじゃないかな……?」

「? でも本当だろ? 体を治すのに体を切るなんて意味わかんないよ」

「……」

 

 ハリーはもはや何も言うつもりはなかった。あと、もし病気になったとしても、絶対に聖マンゴにはいかないようにしようと心に決めた。

 モリーが受付で列に並んで、アーサーの病室を聞くまでの間、ハリーは聖マンゴの受付を思う存分観察した。

『鍋も不潔じゃ、薬も毒へ』と言った標語が書かれたポスターや、高名な癒者の肖像画など、初めてホグワーツに来た時と同じくらいワクワクに満ちたものだった。

 受付の壁には病院案内がデカデカと掲げられている。

 

 一階はどうやら物品性事故に関わるものらしい。

 大鍋爆発、杖逆噴射、箒衝突などが症例として書かれてある。2年生の時にブラッジャーに腕を砕かれた時ここに担ぎ込まれたらここのお世話になったのだろうか。

 

 二階、生物性傷害。噛み傷、刺し傷、火傷、とげ埋め込み などが該当するらしい。尻尾爆発スクリュートにやられたらここだ。間違いない。

 

 三階は魔クテリア性疾患。感染症(龍痘など)、消滅症、巻き黴など。……魔法界特有の感染症だろうか? 普通の風邪とここの癒者が見分け付くのかどうか。

 

 四階、薬剤・植物性中毒。湿疹、嘔吐、抑制不能クスクス笑いなど。スネイプに毒薬を飲まされたらここだ。

 

 五階、呪文性損傷 解除不能性呪い、呪詛、不適正使用呪文 など。ハリーは特に思いつく呪文がなかった。ハリーが知る呪文や呪いは大抵ホグワーツでも何とかなるものだけだからだ。

 

 六階、外来者喫茶室・売店。

 

 なお、最後に大きく注意書きが書いてあった。

『何階かわからない方、通常の話ができない方、 どうしてここにいるのか思い出せない方は、 案内魔女がお手伝いいたします』

 

 実に魔法使いらしい注意書きだ。ロックハートもこの案内に従って案内魔女のお世話になったのだろうか。

 そこまで考えて、ハリーは思い出した。ここには……あいつが、ロックハートがいる。

 

 今、あの闇の魔法使いは何をしてるんだろうか。ハリーはほんの少し気になった。

 

「みんな、アーサーは2階だそうです、さぁ、向かいますよ」

 

 モリーの案内で、2階にあるアーサーの病室に向かう。受付を出て廊下を歩くと、壁には癒者の肖像画がズラリと並んでいて、等間隔に扉があった。扉は頻繁に開け閉めされ、その度に癒者が出たり入ったり、忙しそうにしていた。

 

 2階に上がり、アーサーの病室の前まで来ると、モリーが入り口にかかっている患者の名札を見る。患者の名前が数人書かれており、その中にはアーサーの名前もあった。そして、患者の名札の隣には、担当癒者の名札もあった。

 

『担当癒師:ヒポクラテス・スメスウィック

 研修癒:オーガスタス・パイ』

 

「ここね」

「あー、モリー。最初は家族だけでお見舞いしなよ」

 

 いざお見舞い、という時になってトンクスがそんなことを言った。

 

「ほら、一度にたくさんお見舞いしても疲れちゃうだろうし。それに、最初は家族だけの方がいいでしょ?」

「ふむ、たしかにそうだな」

 

 マッドアイ・ムーディが納得と頷く。

 

「あ、そうだね。じゃあ、いってらっしゃい」

「何を言ってるの、ハリー。あなたはもう家族みたいなものなのよ? それに、アーサーが一番にお礼を言いたいって言ってるの。遠慮しないで」

 

 身を引いたハリーの手を掴んで、モリーは病室の扉を開く。

 

 病室は陰気くさかった。ハリーはマグルの病室を知らないので何とも言えないが、なんというか、空気が澱んでいる感じがする。扉の向かいにある壁に小さな高窓があるくらいなので、余計に狭苦しい感じがするのだろう。壁にはまたまた癒者の肖像画があった。

 患者は三人。扉の方から奥の壁に向かってベッドが三つ並んでおり、仕切りがわりにスライドするカーテンがあった。

 アーサーのベッドは一番奥の、高窓のそばのベッドで、彼はうず高く積んだ枕にもたれかかり、『日刊予言者新聞』を読んでいた。

 訪問者の方にちらりと視線をやると、彼は愛しい家族が見舞いに来たことを悟り、新聞を側に置いて笑顔で出迎えた。その表情に苦しそうなものはない。ハリーは内心でホッと胸を撫で下ろした。

 

「やぁ、よく来た、愛しい家族たち。それとハリーもよく来たね」

「え、ええ。こんにちは、ウィーズリーさん」

「君には是非ともアーサーと呼んで欲しいな。命の恩人だからね。ハリー、君のおかげで助かった。本当にありがとう」

「……そんなこと、ないです」

「いいや、私は君に感謝してる。……お父さんと呼ぶのはもう少し待って欲しいところだが、まぁ、私は感謝してるとも」

 

 自分が蛇になって、自分の意思で噛んでいないなんて証拠は何もないのに、アーサーは純粋な好意を向けてくる。それがハリーにはもどかしかった。たしかにカサンドラは流入現象なんて言葉でハリーが感じた感覚を説明してくれたが……それが正しいなんて誰が言えるんだ。僕が蛇と一体化して、自分の意思で噛んでないなんて誰が言える。

 

「モリー、お見舞いありがとう。さっきビルが来てたよ。後でモリーのところに行くと言っていたぞ」

「あら、忙しないわねー。アーサー、具合はどう?」

 

 モリーはアーサーに近づくと、少し屈んで頬にキスをした。

 

「まだ顔色が悪いわ」

「どうもこうも」

 

 アーサーも同じようにモリーの頬にキスを返すと、嬉しそうに微笑みかけた。

 

「気分上々。包帯さえ取れれば家に帰れるんだがなぁ」

「取れないって……パパ、なんで?」

 

 フレッドが聞いた。

 

「まぁ、取ろうとすると出血する。傷の治りが悪くなる毒があったらしくてね。まぁ逆に言えば、『その程度』の毒でよかった。まぁ、直に血清が見つかるだろうと言っていたよ。それまでは血液補充薬を1時間おきに飲まないといけないがね」

「それでパパ、なにがあったんだ?」

 

 ジョージが近くにあった椅子を引いてベッドに近寄りながら聞いた。

 

「おや……知っていると思っていたんだが……?」

 

 アーサーは意味ありげにハリーを見た。ハリーは思わず首を振った。

 

「まぁ、大したことはない。居眠りをしてたら忍び寄られて噛まれた。それだけだ」

「そんなのイギリスなら珍しいだろ? 新聞には載ったのか?」

「いいや。載らないだろう。今はダンブルドア陣営の人間に同情が集まるような記事は載らないし……それに、あの大蛇の狙いが——」

「アーサー」

 

 モリーが静かに警告すると、アーサーはハッとなって咳払いした。

 

「——狙いが、私だったと知られるのは、魔法省にとっても困るだろう」

「それで……襲われた時、パパはどこにいたの?」

 

 ロンが聞くと、アーサーは肩をすくめた。

 

「お前達には関係のないことだ。大事なのは私がもうすっかり無事で……ここにこうして、入院してる。それだけだ。

 ……ああ、そうそう、ここだと娯楽が無くてなにかと暇でね、普段は見もしないような記事まで読んでたんだ。君たちが来る前に読んでたのは……そう、マグル製品に呪いをかけて回る愉快犯が逮捕されたって記事だ。この夏、ちょうどハリーの裁判があった時期にトイレの逆流事件があってね、その犯人がついに捕まった。何が面白いってこいつは最後にトイレにかけた呪いが逆噴射してトイレが爆発して気絶してたところを確保された。確保にはそれはそれは時間がかかったそうだよ。何せそいつ、トイレの水を引っ被ったせいでそれはもう頭の先からつま先まで『酷いこと』になっててな」

「パパは」

 

 フレッドが低い声で口を挟んだ。普段ならノリノリで興味を示したであろう話も、ほんのかけらも気にならないらしい。

 

「『任務中』だったんだよね。何してたの?」

「フレッド。ここはそんなことを話す場所じゃありません。さぁアーサー、その愉快犯の続きは?」

 

 半ば無理やりに、モリーがアーサーに続きを促した。割と下品な話の続きをモリーがせがむと言う実に奇妙な光景だった。

 

「——あー、それでだな。現行犯だったにも関わらず奴は捕まらなかった。金貨が動いたに違いない」

「パパは護衛してた。そうでしょ?」

 

 ジョージが声を小さくして言った。ハリーには何のことだがわからなかった。

 

「例のあの人が探してるって言う……『武器』みたいな何かだろう?」

「ジョージ、何度も同じことを言わせないでちょうだい!」

「……あー、とにかく! 今度はマグル相手に危険な悪戯グッズを売りつけているところを捕まった。今度こそ決定的だ」

「ハリー、たしか『例のあの人』が大きな蛇をペットにしてるって言ってなかったか?」

 

 ジョージがアーサーの顔を窺いつつ言った。ハリーはそんなこと話していない。鎌掛けだろう。

 

「巨大な蛇だよな。『復活祭』の時にいた?」

「いい加減におし!」

 

 モリーがついに爆発した。

 

「アーサー、マッドアイとトンクス、それからカサンドラも見舞いに来てるわ。会ってあげてちょうだい。

 ——それから、子供達は外で待ってなさい、いいですね?」

 

 有無を言わせず、モリーはハリー達を追い出した。入れ替わりで、大人達が部屋にはいる。

 

「……ったく。隠し事ばっかだ。——まぁいいさ。せいぜい頑張って秘密にしてろ。

 

 ——本当に秘密のことなんて存在しないって思い知らせてやる」

 

 追い出されてすぐ、ジョージは薄橙色の紐を取り出し、それはすぐに5本の『伸び耳』……盗聴用の悪戯グッズになった。

 

「さぁて……山のような雑音、制御できない病室で、こいつに気付けるかな?」

「ジョージ、カサンドラに気づかれるよ」

「気付かないぜ。あいつはたしかにカンが鋭いし感覚も鋭敏だ。だが、いくら言ってもカサンドラはマグルだ。聞こえるギリギリに耳をセットすればバレっこない」

 

 それに。ジョージは、カサンドラは気付いていてもきっと妨害してこないだろうと思っていた。

 

「さあ、やるぞ。ほら、ハリーも」

「でも」

「お前が関わってるんだ。聞く権利がある。だろ?」

 

 ジョージから渡された伸び耳を、ハリーは受け取るのを躊躇った。……再度促され、ハリーは伸び耳を手にした。

 

 ……盗聴が始まる。

 

 大人達だけで一体何を話すのか。こんな時だと言うのに、ハリーの胸はスリルでドキドキしていた。




ちなみにロンの医者に対するセリフは原作通りです。
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