——1996年1月 ——図書室
案の定、ハーマイオニーとジニー、それからロンは宿題のために図書室へと来ていた。ハリーは一言かけてからジニーの隣にさりげなく座ると、その肩を軽く抱いた。
「ジニー……。閉心術の訓練は結構しんどかった」
「ハリー、頑張ったのね」
「ハリー、ここは『図書室』だぜ?」
顔を寄せ合う二人に、ロンが苦言を呈した。
「あら? 私はロンが勉強以外のことをここでやってるのをよく見てたけれど?」
ハーマイオニーが本に目を向けたまま言うと、ロンはいじけたように唇を尖らせた。
「それで、どうだったかしら?」
「二度とやりたくない。でもジニーのためだし……うん、頑張る。
それよりも3人とも、聞いてよ。例のあの人が探してる『情報』のありかがわかったんだ」
ハリーがそう切り出すと、3人は興味津々な表情になった。
「——それで?」
「魔法省の『神秘部』だ。間違いないよ」
「ま、魔法省の中? 何だってそんなところに情報が?」
「——でもそれで納得したわ」
ハーマイオニーが得意げにそう言った。他の3人は全くピンと来ていないようだった。
「貴方達新聞読まないの? かなり前に騎士団のメンバーが魔法省に侵入して捕まってるの」
「あ、そういえばシリ——スナッフルズが……スタージェスって人がパクられたって言ってたよ」
「パク……全くあの人は。不良みたいな言葉遣いするのね」
ハーマイオニーは中年男性の乱雑な言葉遣いがお気に召さないらしい。腕を組んで不満そうな顔を露わにしている。
「どうでもいいよ、監督生ちゃん」
「あら? あなたも監督生くんなんですけれど?」
「大人のことまで監督する気かよ?」
「スナッフルズは一度誰かに根性叩き直してもらう必要があるわ」
ハーマイオニーは断言するが、ハリーはいまいち否定しづらい。なんというか……どことなく子供っぽい印象が拭えないのだ。
「とにかく……ロン、神秘部が何してるところか、知らない?」
「パパは何にも言ってなかったな……。ただ、そこで働いてる奴らは『無言者』って言ってる。昔からいろんな噂が絶えない部署らしいよ。
逆転時計の実験で山ほど並行世界を作り出してるとか、強力な呪いを開発してるとか。
——ただ、結構有名なのが……その、魔法使いのルーツを探る研究らしいよ?」
ハリーはロンの話に首を傾げた。
「魔法使いのルーツ? それって確か……魔法族が『かつて来たりし者たち』の子孫だって話だよね?」
「それがわかったの去年のことだろ? カサンドラがぶちまけたヤツ。でもそれ以前にそいつらのことを魔法族が知ってたのは、神秘部の連中が研究してたかららしいぜ」
ロンが知ってることはそれだけである。神秘部。神秘の研究者達が集まる部署。
「でも……そんなのがいったい何の役に立つのかしら?」
「さぁ? かつて来たりし者たちが使ってた武器とか使いたいんじゃない?」
「でもそれって多分……剣とか槍とかじゃない? 魔法使いに扱えるのかしら」
「僕が知るわけないだろ? さぁ、宿題に戻ろう」
「うん。でも正直今は休みたいかな……。ちょっとしんどい」
「ハリー? あなた、宿題が山ほど溜まってるのわかってる? 無理でもやらないと、後が辛いわよ」
「大丈夫、後でちゃんとやるから……。僕、先に帰るね」
ハリーはジニーから離れ、図書室を後にした。
——額が痛い。ズキズキとする。
これが繋がり?
——あいつが喜んでる。恍惚としてる……勝ったのだ。
何に?
ハリーはぼんやりと、ただ流れ込んでくる『何か』に集中しながら、寮へ戻り、そして自分のベッドへと戻った。
——
むくりと、影が起きる。
「——くくく……! マグルとの共同研究と聞いてバカにしていたが、なんとも素晴らしいものだな……そうは思わないか? ルシウス」
「ハッ。目的の達成……成就、おめでとうございます」
ルシウス・マルフォイは深く膝をつき、頭を垂れて賞賛を口にする。
「これで……欲するものは手に入れた。あの老いぼれと哀れなポッターは、幻に振り回されるであろう……」
「素晴らしい計略でございます」
ルシウスは目の前の人間、ヴォルデモートがあげる歓喜の声に一も二もなく同意する。確かに、ヴォルデモートは素晴らしいことを成し遂げた。
「これで……俺様はカサンドラにすら勝利できるだろう……」
ヴォルデモートは哄笑する。楽しそうに笑う。
「俺様はもはや未来すら支配する……古臭いピュティアが下した予言などに、二度と振り回されることはない!」
ルシウスはほんの少しだけ、視線を上げてヴォルデモートの方を見る。
石造りの部屋の奥、ヴォルデモートが先ほどまで横たわっていた場所。その場所には、幾何学模様の線が怪しく光っていた。
「さあ、ルシウス。手に入れたこの力で……我が愛しい家族を迎えに行こう。アズカバンの友人たちを……吸血鬼たちを……人狼たちを、巨人たちを! 歴史の闇に消され、迫害され、恐れられてきた愛しき家族を、愛すべき彼らと共に羽ばたこう……!」
笑い声が響く。楽しそうに、おかしそうに。
「……出立だ、ルシウス!」
ヴォルデモートは行動を開始する。
もはや世界は彼を無視できない。
——1996年1月 ——ホグワーツ職員室
日も登らないような早朝。カサンドラを含む全職員が職員室に集められていた。顔合わせと同じように各人にソファが与えられ、車座になるように配置されている。
カサンドラは厳しい表情でソファに座っている。集められた理由を思えば無理もないだろう。あのアンブリッジですら焦ったような表情をしている。
職員室の扉が開いて、険しい表情をしたダンブルドアが入ってくる。ぽんと軽快な音を立てて、職員の膝の上に新聞が現れた。
「この記事を読んでほしい。一面じゃ」
ダンブルドアは静かに言った。
カサンドラは何も言わず記事に目を通す。
『深夜の大脱走——爪痕残るアズカバン
昨夜未明、アズカバンから集団脱獄があったと魔法省が発表した。
魔法大臣コーネリウス・ファッジは、大臣室で記者団に対し、特別監視下にある十人の囚人が昨夕脱獄したことを確認し、すでにマグルの首相に対し、これら十人が危険人物であることを通告したと語った。
「まことに残念ながら、我々は、二年半前、殺人犯のシリウス・ブラックが脱獄したときと同じ状況に置かれている。つまり、司法の危機である」
そう前置きしながらもファッジは昨夜このように語った。
「しかし、この二つの脱獄が関係があるとは考えていない。脱獄の手口を公表することはできないが、このように大規模な脱獄が中の囚人のみで行うことは不可能であり、それが可能な犯罪者がイギリスを今もなおうろついていることを我々は自覚せねばならない。
魔法省は、ベラトリックス・レストレンジなど、極悪な『死喰い人』を含むこれらの脱獄囚が、ブラックを指導者として集結したのではないかと考えている。
しかし、我々は、罪人を一網打尽にすべく全力を尽くしているので、魔法界の諸君が警戒と用心を怠らぬよう切にお願いする。どのようなことがあっても、決してこれらの罪人たちには近づかぬよう」
魔法省は未だに脱獄の手口を公開していない』
カサンドラが一通り記事を読み込んで顔を上げると、他の教員たちも同じように新聞を読み終えたらしい。
「恐るべき犯罪者が脱獄した」
「ェヘン、ェヘン、ダンブルドア、まさかとは思いますが、あなたも『例のあの人』が関わっていると主張なさるのですか?」
「わしの主張もお主の主張もどうでもよろしい」
いつになく余裕がなく、強引なダンブルドアにアンブリッジは絶句した。
「魔法省は記者にこそ公表せんだが、ワシには手口を教えてくれた」
「そんなバカな——!?」
「アズカバンは脱走が起こったのではない。襲撃されたのじゃよ」
「なんだって?」
カサンドラは思わず聞き返す。襲撃だと?
「校長先生。アズカバンは絶海の孤島にあるのではなかったですか?」
「左様。しかし、空を飛べるなら侵入そのものは容易じゃ」
「警備の吸魂鬼……は、『死喰い人』に味方するとしても、魔法省の人間が警備にあたっているはずです」
マクゴナガルの声は震えていた。彼女は誰が下手人かよく理解していたからだ。
「皆殺しじゃ」
職員室に沈黙が降りた。アンブリッジですら青い顔をして黙っている。
「アズカバンにいた魔法省の人間はみんな殺された。激しく抵抗したようじゃが……」
「まて、まて。一人でそんなことが可能なのか?」
「可能になった……と考えるべきじゃろう。魔法省から教わった、脱獄の手口は酷く単純じゃ。『強力な個人がアズカバンに襲撃。看守を皆殺しにして吸魂鬼を手懐け、脱獄させたい人間を脱獄させたいだけ船に乗せて悠々と逃げた』。これが真実じゃ。魔法省がワシにそのことを話した理由は一つ。
『それが可能な人間はどれほどいるのか』。それを聞きたがったのじゃ。しかしワシの答えは一つ……そんな人間、存在しない。ワシでも、そしてあやつでも……不可能じゃろう。いくらなんでも他勢に無勢。それに、ヤツがリスクを犯すとは思えん」
「だがダンブルドア、事実は違うぞ。脱獄は起こった」
カサンドラの言葉に、ダンブルドアがうなずく。
「ワシは読み違えたのかもしれん。ホグワーツには手出しして来ないと考えておったが、その前提も考え直した方が良いじゃろうな。先生方には、一層の警戒を頼む。
よいな、我々教師の役目は、生徒を守ることじゃ。カサンドラ、よろしく頼む」
「もちろんだ、ダンブルドア」
カサンドラは頷いて立ち上がる。
「皆のもの。特に生徒たちは不安じゃろう。ワシら大人はともかく、子供たちの多くは身を守る手段すらもたぬ。故に、しっかりと声をかけ、我々大人がいるが故に安心しても良いことを伝えてほしい。脱獄犯なんぞに……ホグワーツはやらせはせん。よいな?」
全員が頷いた。
——状況は変化した。
沈黙を続け、配下を削られるばかりだったヴォルデモートがついに、手勢と、そして力を手にしたのだ。
——運命の邂逅が近づいている。