クィブラーのインタビューから……つまり、素晴らしいバレンタインデーよりしばらく。ルーナのパパによるとハリーのインタビュー記事が雑誌に載るのがいつかはわからないらしい。『しわしわ角スノーカック』の記事の検証と推敲に時間がかかり、ハリーのインタビューの推敲はそのあとだかららしい。自分のインタビューといるかどうかもわからない魔法生物とで、後者の方が優先度が高いと言われるのは、ハリーとしても新鮮で、逆に感心したほどだった。
「ポッター君。申し訳ないがよく考えてほしい。『死喰い人』と『しわしわ角スノーカック』。どちらがより希少で、未確認なのかを。『例のあの人』の実在なんて誰もが信じてるし、『死喰い人』に至っては私ですら見たことがあるぞ」
至極真面目な顔でそんなことを言うルーナのパパがハリーの脳裏に焼き付いている。希少性自体は確かにまぁそうなのだが。クィブラーに自分のインタビュー記事としわしわ角スノーカックの記事が並ぶというのはなんとも奇妙である。いっそのこと何もかも笑い話で、全てが嘘だったらいいのに。そんなことすら考えてしまう。
だが、そう思うハリーの気持ちとは裏腹に、日々は過ぎていく。結局、『クィブラー』にハリーのインタビューが載ったのはそれから3週間も過ぎたあとだった。昼食の時に見本と共に大量の感想がハリーのところに送られてきたのだ。病院を勧めてくるものや、ハリーが『ホンモノ』のイカレ野郎であると指摘するありがたい声など、さまざまである。ハリーの住所は秘密にされていたが、ホグワーツに通っていることがわかっているのだからいくら隠そうと全くの無意味だった。
「……ポッター? その大量の手紙は一体?」
雑誌と手紙を目ざとく見つけたアンブリッジが、職員席からわざわざハリーのところまでやってきた。
「え? ああ、その、インタビューを受けたのでその感想ですね」
「インタビュー? あなたが?」
「はい。まあ、僕の主張を記事にしたいっていう人がいたので……受けたんです」
「いつ?」
「この前のホグズミードの時です」
アンブリッジはそっと、テーブルに置かれている雑誌、『クィブラー』を手に取った。ハリーの席に置かれていたものである。アンブリッジはギラギラとした目で該当の記事を一通り読むと、ぱたんと雑誌を閉じた。
「ポッター。もうあなたはホグズミードに行けるとは思わないことです」
「はあ」
「そして、『嘘をついてはいけない』という基本的なことも忘れているようですね。グリフィンドール、50点減点」
「……そうですか」
「そして、罰則も一週間」
「はい、わかりました」
ハリーは涼しい顔でそう言い切った。ここで言い争うことだってできる。胸の内では目の前のガマガエルもどきに対する怒りが渦巻いている。だが……この女相手に激昂したところで、それは相手の思うつぼというやつである。ここで爆発したっていいことなんて一つもない。……ハリーは学習したのだ。
「――いいでしょう」
アンブリッジはそう言って大広間から出て行った。
ハリーは自分宛ての大量の手紙を読んでいく。大抵はハリーの正気を疑うような手紙だ。だが、そのうちの何通かはハリーのことを信じるという内容の手紙があった。
「……」
ただ……。ハリーは疑問だった。こんな雑誌の記事を信じる大人に信じてもらって、それは本当に意味があることなのか? ハーマイオニーは他に考えがあるんじゃないのか? ハリーの疑問には、割と早く答えが出る。
数日後、また学校中にデカデカと告知が出た。いつもの……もはや慣れっこの『教育令』だ。生徒たちは今度はどんなバカバカしい規則が増えるのかと興味津々で見て、驚愕に目を見開くことになる。
『ホグワーツ高等尋問官令
「ザ・クィブラー」を所有していることが発覚した生徒は退学処分に処す
以上は教育令27号に則ったものである』
ハリーはアンブリッジの『浅さ』に思わず笑みがこぼれそうになった。こんな風にムキに否定してしまえば、記事の内容が本当だと言っているようなものだ。だが、さらに面白いことがホグワーツでは起こっていた。
「おい、ハリー」
「ロン、どうしたの?」
「こっちこいよ! アンブリッジの婆とマクゴナガルがやりあってる!」
「え? ――行こう!」
ハリーは他の生徒たちが向かっている流れに従って駆け出した。大広間に続く玄関ホールの中心に、生徒たちの輪ができていた。そしてその中心には、教育令の張り紙を手にしたアンブリッジと、鬼のような形相のマクゴナガルが立っていた。二人は箒二つ分は空けて向かい合っている。
「何度も言います。撤回なさい!」
「いいえ。あのような品性下劣な雑誌を所有することは認められません」
「法が、学生に対して『本を読むな』というのですか? それが『教育』令? ジョークならもう少し笑えるものにしていただきたいものです」
「冗談を言っているつもりはありませんよ、マクゴナガル先生。そして、何の権限があって高等尋問官のやることに抗議なさっているのですか?」
「抗議に権限が必要だとは思いませんでした。それは失礼。――教師から教える機会を奪い、今度は知識を得る機会を奪うのですか? 魔法省は一体ホグワーツをどうしたいのです?」
「このような知識を得ても仕方がありません。知ってはならない知識はあるのです」
アンブリッジの言葉に、マクゴナガルはさらに眉を吊り上げた。
「それを否定する気はありません。しかし『しわしわ角スノーカック』がどのような魔法生物であるかを知ることが、一体どのような害になるのです」
「存在しない生物がさも存在するように喧伝するのは明らかに害です」
「存在しない生物を知ることは害なのですか? 生徒には『いるかどうかわからない』という浪漫を感じる自由もないと? ここは訓練所でも収容所でもないのですよ、アンブリッジ高等尋問官殿。必要な知識を必要なだけ、効率的に知れればいいというわけではありません」
「それを決めるのは、マクゴナガル先生ではありません。魔法省は学生のレベルの低下を憂慮しています」
「そうですか。それで言い訳したおつもりですか? これは横暴です。そして、明確な権利の侵害です!」
「いいえ! この雑誌には決して知られるべきでない『嘘』が書かれているのです!」
「それは、どの部分ですか!」
マクゴナガルが聞くと、アンブリッジは一瞬だけ躊躇ったような表情をした。それから、周囲を見る。山のような生徒たちがいる。全員が二人のやり取りを一言一句聞き逃すまいと耳をそばだてている。
「それは――この雑誌には、ポッターの恐るべき嘘が書かれているのです」
「……ポッターの?」
「ええ、そうですよ、マクゴナガル先生。恐るべきことにポッターはインタビューを受けて、それをあろうことか世間一般に公表したのです! 許されるべきではありません!」
「では、それは一体どのような罪になるのです? 校則には『雑誌のインタビューを受けてはならない』とは書かれていませんよ」
「嘘をついてはいけません」
「では、どの部分が嘘だと?」
「もちろん、『例のあの人』が復活した所を目撃したという部分です。『例のあの人』は復活などしていない! 神様でもないのですから、そんなことができるはずがないのです!」
マクゴナガルは目を細めた。
「アンブリッジ高等尋問官殿。生徒たちが何を知り、何を信じるか。それは生徒たちの自由なのです。知識を抑制し、ありとあらゆる事を統制しようとしても、そんなことはできないのです。仮にも教師を名乗るなら、今自分がしようとしてることが何なのか、少しは考えてはいかがですか!」
「――わたくしは、間違ってなんかいませんわ! みなさん、いいですか! このような嘘だらけの雑誌、決して読んではなりませんし、所有してもなりません! 退学にしますよ!」
「退学は最も重い罰なのですよアンブリッジ高等尋問官殿! 雑誌を持っているだけで退学なんて、バカバカしいにもほどがあります!」
「いいえ! わたくしはホグワーツにおいて罰則を規定する権限があります! もちろんそこには『退学』も含まれているんですよ!」
「――それがあなたの答えですか、アンブリッジ『先生』」
マクゴナガルの表情が、ほんの少し悲しげに歪む。
「ええ。ホグワーツはわたくしが変えるのです」
「――結構。どうぞお好きになさるとよろしいでしょう。
できるものなら」
そう言うと、マクゴナガルは踵を返し、生徒たちの輪をかき分けてどこかへと行ってしまった。
「……何を見ているのです! 解散しなさい! 退学にしますよ!」
アンブリッジがそう叫ぶと、生徒たちは思い思いに散り散りになっていく。だが、その様子は一目散というにはほど遠く、退学をちらつかされている割にはのんびりとしていた。
――1996年 3月
結局のところ、あのバカバカしい教育令はホグワーツの悪戯小僧たちに格好の標的を提供しただけになった。ある日の朝、大広間の天井に『クィブラー』の表紙がデカデカと浮かび上がり、時々『魔法省の大間抜け』だの『アンブリッジのクソ婆』だの大音声でやかましく叫び続けた。
またある時は壁一面にハリーのインタビュー記事の全文が焼き付けられ、記事の内容を生徒たちに知らしめた。またさらにある時は、『闇の魔術に対する防衛術』の教室にあるすべての席に雑誌が置かれ、退学を恐れた生徒たちが全員授業を欠席するという事態も発生した。アンブリッジは欠席した生徒の一人に詰め寄ったが、『退学になりたくなかったんです、先生!』と涙ながらに訴えられたので、何も言えずに退散することになった。ちなみにその生徒はアンブリッジが背中を見せたその時、悪戯っぽく笑ったとかなんとか。
アンブリッジのホグワーツ支配はほぼ完了していると言ってもよかった。だが、ルール上は完了している支配が、実態となると全くアンブリッジの思い通りにならない。生徒たちはあの手この手でルールを潜り抜け、アンブリッジを揶揄い、悪戯をするために全力を注ぐのだ。もはやアンブリッジの時間のほとんどは生徒たちの悪戯の対処に費やされることになった。他の教員に悪戯の対処を依頼しようにも、『その悪戯が担当科目にどのような関連があるのか見当もつかない』と言われ、まるで取り合われない。
様々な活動をするために授業の準備が短く済むようにしていたはずなのに、今はアンブリッジはテスト前の学生並みに時間に追われた生活を送っていた。ストレスはたまるばかり。
――だが、唯一彼女にはストレスが発散できる相手がいた。
アンブリッジは彼女に対してだけは強く出ることができた。『占い学』教授、シビル・トレローニーに魔法省大臣直々に署名された解雇通知を叩きつけ、ホグワーツから追い出そうとしたのだ。泣きわめき職に縋りつくトレローニーの姿は、アンブリッジを幾分かすっきりさせた。
だが、ホグワーツから追い出す最後の段階になって、邪魔が入った。いやいやと首を振り、玄関ホールの地面に座り込んで泣きわめくトレローニーに救いの手が差し伸べられるかのように、『彼』はやってきた。
「アンブリッジ高等尋問官殿、しばし待ってはもらえんかのう?」
ホグワーツ校長、アルバス・ダンブルドアその人である。アンブリッジは顔をひきつらせながら、ダンブルドアのほうに顔を向ける。
「これはこれは。ダンブルドア先生。何を待てばよろしいのですか?」
「無論、トレローニー先生の辞任に関してじゃよ」
「解雇通知は正式なものですよ?」
アンブリッジがダンブルドアに羊皮紙を一枚手渡した。ダンブルドアはその紙を一目見ると、鷹揚にうなずいた。
「そのようじゃのう。しかし、じゃ。アンブリッジ高等尋問官殿は大切なことを見落としていらっしゃる」
「なんの話ですか?」
ダンブルドアは書類をアンブリッジに返すと、トレローニーのそばに歩いて、地面に座り込んですすり泣く彼女の背を撫でた。
「教師の任命、罷免は確かに魔法省の権限内の話じゃが……この城に誰を住まわせるかは、校長たるワシの権限じゃよ」
「……そのようですね」
アンブリッジは不満そうに同意する。トレローニーから全てを奪ってやるつもりだったのだが、それは辛くも失敗したらしい。だが、アンブリッジは勝ち誇ったように笑った。
「しかし、後任の選定は魔法省……ひいてはわたくしが致しますわ」
「いやいや、お手を煩わせるほどでもない」
「後任の選定は魔法省がすると決まっておりますわ」
「そうじゃのう。しかし、その取り決めには前提があってのう。『校長が後任を見つけられなかった場合』に限るのじゃ」
「この短期間で後任の教師を任命したと?」
「無論じゃ」
玄関ホールに、蹄の音が響いた。馬? アンブリッジが疑問に思って声のしたほうを振り向くと、苦虫を百匹は噛みつぶしたような苦い顔をした。
「……冗談ですわよね」
「いいや」
『後任教師』は首を振った。彼が歩く度、蹄の軽快な音が鳴る。
「私は確かに、ホグワーツの教師に任命された」
「け、けけけ、け、けんたう、るす……ケンタウルスですって!?」
雷に打たれたような衝撃を受けているアンブリッジの叫びに、ダンブルドアは好々爺な笑みを浮かべて頷いた。
「『占い』といえばケンタウルス……実に適任じゃろう?」
「そ、そんな、そんな、馬鹿な! ダンブルドア、あなた、こんな『半人』に――」
「――その先は、口にせんほうがいいじゃろうなぁ、高等尋問官殿」
ダンブルドアがそう言うと、アンブリッジは口をつぐんだ。
「……異論がないようじゃし、これで本決まりということで。では、これからよろしくお願いいたします、フィレンツェ殿」
「もちろん」
権力を全て掌握したはずなのに、全く思い通りにならない。アンブリッジからしてみれば、こんな不条理はない。
――だがそれは、アンブリッジ以外の全員がずっと思っていたことなのだ。