新しい占い学の先生であるケンタウロス、フィレンツェの授業は実に神秘的だった。宇宙全体から占う新たな思索へ至る啓蒙的な視点は、生徒たちの惑星感覚を一変させた。
——ただ、フィレンツェはハリーにだけ、授業の後に警告の伝言を頼んだ。
「ハリー・ポッター。ハグリッドに伝えてください。あなたの試みは悉く失敗すると」
「……試み?」
「彼に言えば伝わります。では、失礼……」
半信半疑でハリーは伝言をハグリッドに伝えた。ホグワーツに帰ってきてからこっち、生傷が絶えない彼は伝言を聞くと顔を盛大に顰めさせた。
「大きなお世話だと言ってやってくれ」
「僕を挟んで話しないでよ。同僚なんだから話せばいいじゃないか」
「それは……まぁそうだが」
ハグリッドの傷はハリーも心配だったが、本人が大したことがないというのでそれ以上踏み込めなかった。あと、長年の経験が踏み込んだらヤバいことになると直感していたのだ。
ホグワーツの五年生といえばOWLであり、OWLといえばノイローゼである。つまるところ、5年生といえばノイローゼなのだ。
最初に限界を迎えたのはハンナ・アボットだった。薬草学の授業中彼女はいきなり立ち上がると突然泣き出したのだ。
「私! 私、私の頭じゃ試験なんて無理よ! 誰か、誰かクィブラーを頂戴! 退学になってやるわ!」
髪を振り乱して叫ぶハンナは即座に医務室に叩き込まれ、マダム・ポンフリーの鎮静薬のお世話になった。
次に爆発したのはラベンダーだった。魔法薬学の授業中、こっ酷く失敗した彼女は、顔からありとあらゆる感情を消失させたかと思うと、グズグズになった自分の魔法薬を鍋から瓶に注ぎ、それを一気に呷ったのだ。
「貴様一体何をやっている!? 今年もか馬鹿者めが!」
スネイプの必死な叫びをハリーは初めて聞いたかも知れなかった。
聞けばそこかしこでそんな感じで爆発し、医務室に担ぎ込まれる生徒が続出している。ハリー達は気づかなかったがどうやら毎年恒例らしい。思い返せばこの時期、5年生は情緒不安定だった。
ハリーはクィディッチが取り上げられ、閉心術の訓練もさっぱりうまくいかないが、そこまで惨めな気持ちにはなっていなかった。10回に一回は防御に成功し、逆にスネイプの記憶が流れ込んでくることすらあるくらいだし、なによりもハリーにはDA活動があった。
『闇の魔術に対する防衛術』の自習の名目を飛び越えて、DAはついに守護霊の呪文の習得に取り掛かっていた。
ハリーは誇らしかった。もうすでに……一番乗りは当然ハーマイオニーだが、守護霊の呪文に成功している生徒がいるのだ。
「ねぇセドリック。守護霊の呪文ってどんなにしんどい魔法なのかと思ってたら、そうでもないわね。あなたとの日々を思い返すとすぐにできたわ」
チョウがセドリックにしなだれかかりながらそんなことを言った。二人の間では二人の有体守護霊がまるでお互いが伴侶だと言わんばかりに隣り合って身を寄せ合っている。
「チョウ先輩はちょっとお花畑すぎるけど……まぁ、私も似たようなものよ」
ジニーも同じようにはにかみながらハリーに自分の守護霊を披露していた。
「うん、うん。何人か成功してる人がいるのは本当にすごいよ!」
ハリーは大きな声でみんなを褒め称えた。もちろん、まだできない生徒は多い。だが、モヤのような、霞のような守護霊の召喚にはほぼ全員が成功している。少なくとも、今この教室に吸魂鬼がダース単位で襲ってきても問題なく撃退できるというわけだ。
——ただ、それは理論上の話であるということは、ハリーにはよくわかっていた。実際に吸魂鬼に襲われた場合、杖を出すことすらできない者がいるはずだ。実践的な訓練を表するなら、そのことをどうするか……。そんなことを考えていたとき、『必要の部屋』の扉が開いて、パタリとしまった。ふと入り口の方に目を向けると誰もいない。どういうことだろうかとあたりを見回すと、自分の膝のすぐそばに、屋敷しもべ妖精がいることに気がついた。
「ドビー。どうしたの?」
「ハリー・ポッターさま! ドビーめは禁を破り警告に参りました!」
ハリーは愚鈍でも疎いわけでもない。ドビーの必死な金切声で、今現在何が起こったのかすぐさま察した。間違いなら間違いでもいい。とにかく今やるべきなのは、逃げることだ!!
「全員逃げろ!」
ハリーが怒鳴ると、生徒達は悲鳴を上げながら出口へと殺到した。
「ジニー、これを被って」
生徒たちが大急ぎで逃げ出していく中、ハリーはいざというときのためにポケットに入れていた透明マントを取り出すと、ジニーに被せた。
「いい、タイミングを見て抜け出すんだ。誰も部屋にいないのに必要の部屋が消えなかったら不審がられるからね。絶対に、気取られちゃダメだよ」
「で、でもハリーは?」
「僕なら上手くやるさ」
ハリーはジニーの姿が見えなくなったのを確認した後、杖を手に必要の部屋を飛び出した。当然、扉は開けっ放しにしておく。
「随分とまぁ、好きにやったな、ポッター」
その出口を、マルフォイに押さえられた。必要の部屋のすぐ外で、ハリーとマルフォイは対峙する。マルフォイの目には嘲りがあった。馬鹿にするように、彼はハリーに杖を向けた。
「僕はお前が羨ましいよ。僕らスリザリンに選択肢はない。卒業後のことを考えれば、あの女に従う以外の道はない」
マルフォイが呪文を唱えた。『足すくい呪い』だった。
ハリーはその呪いを何気なく防ぐと、杖の先をマルフォイに向けた。
「あんな女についていって、どうなるっていうんだマルフォイ!」
「僕らの人生はホグワーツの7年間だけで終わるわけじゃないんだぞポッター! 魔法省での出世を考えるならあの女に取り入るのが一番だ」
「なんだって?」
「フン! 闇の帝王の時代が来なかったとしても……あの女は変わらず、魔法省大臣の側近なんだぞ、ポッター」
ハリーは麻痺の呪いをマルフォイに放つ。彼は辛うじて盾の呪文で防いだ。
「僕はお前たちグリフィンドールのお間抜け具合が羨ましいよ。この年になって将来のことを一つも考えてないなんてな」
「考えてるさ。魔法省以外の道に進む! 魔法省なんて、クソ喰らえだ!」
「へぇ? お偉いポッター様、生き残った男の子、魔法界の英雄様はてっきり闇祓いになって、ゆくゆくは局長にでもなるのかと思ってたよ!」
「闇祓い? 僕が!? まっぴらゴメンだね!」
ハリーとマルフォイは呪文の応酬を続けながら、怒鳴り合う。
「とっとと諦めろ! そして、退学だ!」
「退学になんて——なるもんか!」
ハリーはマルフォイの隙を突き、強力な呪いを放った。当たった。そうハリーが確信した次の瞬間、廊下の端から飛来した何かに阻まれ、魔法が霧散してしまった。
——いや。
この光景は見たことがある。
「……全く。——ハリー。残念だよ。お前ならもう少し上手くやると思っていたんだがな。私の言葉も、あまり響かなかったらしい」
コツ、コツ。弓を背中にしまい、半ば折れた槍を手にした古の傭兵、カサンドラがハリーの方へ向かって歩いてきていた。
ハリーは思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「か、カサンドラ! アンブリッジに味方するっていうの!?」
「まぁ……できればそんなことするつもりはなかったんだがな。正直、今でも迷ってはいる。私はどう立ち回って、誰の味方になって、どう振る舞うべきか……」
カサンドラは歩きながら、苦悩を口にした。
「カサンドラ。お前は言ったはずだ。ルールに則って働くと。そのルールが悪法だとしても、法は法なんだぞ!」
「そう叫ぶな、ドラコ。わかってるよ。ハリー、そういうことだ。きっとただの傭兵だったなら、ハリーの味方をしても良かったんだがな。誰も彼も、そんな私を望んじゃいなかったんだ」
カサンドラは淡々と言った。
——カサンドラは傭兵として、いつだってアンブリッジを始末できるし、気に入っていたホグワーツをめちゃくちゃにしてくれた魔法省の人間を片っ端から『いなかった』ことにして綺麗さっぱり掃除することもできた。魔法省に蔓延る『死喰い人』の連中を皆殺しにして脅威を払うこともできる。カサンドラの頭の中では現状を改善するための方法が5つは浮かんでいる。古代と同じように、うるさい連中全員の口を塞げばいいのだ。永久に。
——だが、誰もその解決法を、望まなかった。ダンブルドアも、マクゴナガルも、スネイプも、ハーマイオニーも。そして……マルフォイも、ハリーでさえきっと望まないだろう。
誰もがカサンドラにただの警備員でいてくれと。殺しを選択肢に入れるなと、死体を積み上げるような真似はするなと、そう言った。
無法者の『死喰い人』を減らすのは苦言を呈する程度ですんでも、魔法省の人間を消して回るのはどう考えてもやりすぎらしい。
——つくづく、今、この時が紀元前ではなく1996年なのだと、痛感した。
結局のところ、カサンドラの解決法は人が死にすぎる。去年までのカサンドラはもっと慎重だったはずなのに。
——きっと今年は、無駄に殺しすぎたのだろう。だから必要もないのに血生臭い考え方になり、思考や倫理観が昔に逆戻りしている。
だからこそ、一旦自分の立ち位置に、役職に、素直になる必要があった。最初ホグワーツに来ていたときと、同じ心境に戻る必要があった。
「なぁハリー。私と一緒に来てくれないか」
だから、カサンドラは恫喝しなかった。怒鳴りもせずに、ハリーのそばに近づくと武器をしまって手を差し伸べた。
「……僕は……」
「悪いな、ハリー。校長先生からの指示なんだ」
「ダンブルドア先生の?」
「ああ、だから来てくれないか?」
ハリーはしばらく悩んだ。そして、頷いた。
——1996年 3月 ホグワーツ校長室。
ハリーはカサンドラに連れられて校長室に足を踏み入れた。当のカサンドラは校長室の前で、まるで警備員のように部屋の警備を始めてしまった。
カサンドラも、何かを悩んでるのかな。
ハリーは漠然とそんなことを考えながら、校長室の中を見回す。
アンブリッジとダンブルドアが実務机を挟んで向かい合っている。その隣には魔法省大臣がいて、彼の後ろには羊皮紙と羽ペンを持ったパーシーがいる。
同じようにマクゴナガルも校長室にいて、直立不動で厳しい表情をしている。おだやかな顔で指を組んでリラックスしているダンブルドアとは凄まじい違いである。
まだまだ人はたくさんいた。ダンブルドアの両隣を固めるようにして魔法省の役人……キングズリー・シャックルボルトと初めて顔をみる役人がいた。キングズリーという人物は魔法省の人間だが、騎士団である。ダンブルドアの味方かと思えば、そう上手くはいかないらしい。厳しい顔をして、ダンブルドアを睨んでいる。その様子は守っているというよりは、監視しているかのようだった。
「さて」
ファッジが楽しそうに言った。満願が成就するその瞬間に今立ち会っている。そんな表情と雰囲気だった。
「大臣」
今まで聞いた猫撫で声の中でも最も媚の入った声でアンブリッジは言った。甲高い感じが耳につくのは相変わらずで、さらにハリーへの途方もない悪意を隠そうともしない。ハリーにとってしてみれば、本物のガマガエルの鳴き声の方がまだ可愛らしいと感じるだろう。
「彼は……私のいうことをよく聞いてくれる生徒たちが張り込んでいた場所にいましたわ。マルフォイさんの御子息です」
「ほう。ほう! それは素晴らしい。ルシウスに是非とも言っておいてやらねばならないだろう。
さて、さて、ポッター。君、なぜここに連れてこられたかわかっているだろうね?」
もちろんだ。DAのリーダーとして逃げも隠れもしない。ハリーは挑戦するように頷こうとした。
その時。ダンブルドアが静かに、ほんのわずか、ハリーを見つめて首を振った。
——悪いようにはしない。そう言われていると感じた。
「は——いいえ」
「なんと?」
「なぜ連れてこられたのかさっぱり、全くわかりません」
ハリーがそう宣言すると、ダンブルドアはわずかに顔を綻ばせ、ウインクしたように見えた。
「な、なんだと?」
ファッジが狼狽する。
「わからんと……なぜここに呼び出されたのか、ほんの少しも見当もつかないと?」
「はい」
「校則を破った覚えも、魔法省令も破った覚えがないと?」
「はい、全く身に覚えがありません」
「校内で違法な学生組織があると発覚したのだが、全く知らないと?」
「え——学生組織が?」
と、今そのことを知ったようにすっとぼけて言ったものの。こうしてわざわざ魔法省大臣がお越しなさったのだからそれなりの根拠があるだろうとは思っていた。十中八九密告者だろう。さてどうやって嘘を突き通したものか。
そう内心で焦っていると、アンブリッジが嫌に笑顔で手を叩いた。
「大臣閣下! ここはそう、ポッターに罪を告白させるためにも……証人を連れてくるのがいいでしょう!」
「——しかしだね」
「それが一番なのです!」
「……むう。よし、連れてくるといい」
ファッジは『証人』の立場を守るため、できればここに証人を連れてくるような真似は避けたかった。だが白を切られるのならばしかたがなかった。
しばらくして、校長室のドアが重々しく開いた。入ってきた人を見て、ハリーはギョッとした。
チョウの友達である、巻き毛のマリエッタだった。彼女は顔を手で覆って、ハリーの隣を通り過ぎ、ダンブルドアの前に立った。
「さあ、わたくしのお友達のマリエッタ。なにも怖がることはないのよ」
軽く彼女の背を撫でながら、アンブリッジが話しかける。
「あなたの勇気ある行いは必ず、あなたのお母様にも伝えてあげるわ。魔法省大臣閣下直々に、お褒めの言葉があるでしょうね」
「……」
「エッジコム夫人はとても素晴らしいお方ですものね。ホグワーツの暖炉を見張る大切なお仕事を、大臣直々に仰せつかっていたのよ」
「……」
「結構、結構!」
ファッジは楽しそうだった。
「事と次第によっては、君のお母さんの処遇も良くなるだろう! さぁ、顔を見せて、証言しておくれ——エッ!?」
ファッジは指示通りに顔を見せたマリエッタを見てギョッと飛び退った。彼女の顔はすっかりと変わり果ててしまった。マリエッタの頬から頬へ、鼻を横切って赤紫色のブツブツが文字を描くようにしてびっしりと広がっていた。
——密告者——
そう書かれていた。
「たかができものですよ。怖がらないで話してちょうだい」
しかし、マリエッタは何も言わなかった。
「——もう! 厄介な呪いね。この子は私に重要なことを話してくれたのです。ホグワーツの秘密の一つ、『必要の部屋』の中で非合法な集まりがあると。——彼女はそこまで言うと、まぁ、この通りになってしまいました」
ェヘン、ェヘン、とアンブリッジは咳払いした。
「しかし、それだけで結構。勇気ある行動は賞賛されなければなりません。
——わたくしは、独自の調査によって、去年に一度、ホグズミードでポッターが生徒を集めて何やら会合をしていたことを突き止めました」
「随分とお詳しいのですね。何か証拠でも?」
マクゴナガルが口を挟んだが、アンブリッジはニコニコとした笑みを崩さなかった。
「ウィリー・ヴィダーシンの証言があります。彼がポッター主催の会合の内容を一言一句漏らさず書き留めていたのです」
ウィリー・ヴィダーシン。初めて聞く名前だ。そのはずなのに、どうにも引っかかる。どこかで聞いたような。
答えはマクゴナガルが教えてくれた。嫌悪を顔にありありと浮かべたマクゴナガルは、アンブリッジに言う。
「それは……先日のトイレ逆流事件の犯人だったように記憶していますが?」
「あら? マクゴナガル先生。彼は『不起訴』でしたのよ?」
「冗談ですよね? たかが学生の動向を調べるために、犯罪者一人を野放しにしたんですか?」
「まぁ……その件とこの件は無関係ですわ。証拠不十分です」
「な……!!! 実に面白く愉快な司法制度の内幕ですね」
マクゴナガルが叫ぶが、アンブリッジは気にも止めない。
「ポッターは生徒たちを非合法組織に勧誘していました。組織の目的は、学生には無用の呪いや魔法の習得です。しかるに」
「アンブリッジ高等尋問官殿。異議ありじゃ」
ダンブルドアが静かに口を挟んだ。
「ほう!」
ファッジが敵意を丸出しにして、ダンブルドアに言った。
「ホラ吹き老人の、新しいホラを聞かせていただけるのですかな? どんな言い訳が飛び出してくるのでしょう? 証人が嘘をついた? そこにいたポッターは双子の兄弟だった? 時間を逆転させた? はたまた、『また』吸魂鬼がいたとでも言っていただけるのですかな? 『例のあの人』が復活しただの、『例のあの人』がいたとしても脱獄ができないだの、そんな恐るべき大ボラと同じくらい、私を笑わせていただけるのでしょうな?」
ファッジの捲し立てるような言葉にも、ダンブルドアは動揺しない。顎髭を撫でつつ、余裕たっぷりに答える。
「そう……時間じゃな」
「なんと?」
「時間を逆転させたのじゃ。ワシやハリーではなく、お主らが」
「——これはこれは! 実に面白い!」
ダンブルドアは頷いた。
「簡単な事じゃよ、ファッジ。ハリーがその募集をしたその瞬間。学生がホグズミードで会合をして、組織に入るよう勧誘することは……全く、問題ない行動じゃった。何せ、学生組織の無断結成が違法になったのは……会合の二日後じゃ。ワシが耄碌しているのでなければ、魔法省が定める法令とて、『法の不遡及』の原則は守られているはずじゃったが……違ったかのう?」
法の不遡及。
法が効力を発揮する前に行われた事については、遡って適用しないとする原則のことである。極端な例を出すと、もし殺人が合法の国に置いて人を殺害したとして。その翌日に殺人が違法になったとして、殺人が合法だった時に犯した殺人は、違法でもなんでもない、ということである。
まぁ、当然ハリーはダンブルドアが何を言っているのか理解できていないが。
「む……それはそうだが。だが、つまり、その日以降に会合があれば、それはすなわち違法行為である事に間違いない」
「無論じゃ。……では魔法省大臣殿。ハリーが教育令発効後に会合を開き、生徒を集めて非合法な学生組織で活動をしたという証拠を、お見せいただきたい」
「ぐうっ……! い、いや。ミス・エッジコムが証言した通り、今夜会合があったのは間違いない」
「そこに関しては否定しようもないじゃろう。しかしのう、今日ここに至るまでの分、証言できるのかの?」
ダンブルドアが聞くと、アンブリッジはすかさずマリエッタに詰め寄った。
「では証言してもらいましょう! いい、ミス・エッジコム。『はい』か『いいえ』で答えてちょうだいね。
今日までにポッターが主催の会合は開かれたかしら?」
ハリーは覚悟した。もうダメだ。
だが、意外にもマリエッタは、当然彼女は今までのDA活動に参加しているのにも関わらず、首を横に振った。
「——え?」
「決まりじゃな。今日この日が『2回目の会合』じゃった」
「違います! ミス・マリエッタ、もう一度聞きますわね。あなたは、何度も、会合に、参加していた。そうでしょう?」
マリエッタは首を横に振った。
「嘘をついてはいけませんよ。もう一度聞きます」
「アンブリッジ高等尋問官殿。そのような無体な真似を生徒にしてはならん」
「私は! 正しい証言を引き出そうとしているのです!」
「高等尋問官殿。自分の思惑通りに証言するまで圧力をかける事は、拷問と変わらぬのじゃよ」
ダンブルドアの静かな怒りが、アンブリッジを見据える。その威圧感に、彼女は気圧された。
「——け、結構です! 少なくとも今日、会合があったのは確かですので、それに! 証拠もキチンと用意しておりますわ。もうすぐ到着するはずです」
アンブリッジがそう言うや否や、校長室の扉が開いてカサンドラが入ってきた。
「高等尋問官。荷物だ」
「まぁ、カサンドラ。どのお友達が持ってきてくれたんですか?」
「パーキンソンだ。私は警備に戻る」
「ええ、ええ! お願いしますわね」
カサンドラは大きな羊皮紙をアンブリッジに渡すと、校長室を出て行った。もうおしまいだ。アレは必要の部屋の壁に掛けていたメンバーのリストだ。
「……くすくす……。そうですか、そう言う事だったのですね」
アンブリッジは渡された羊皮紙を一通り読むと、勝ち誇ったような顔をした。勝利を確信した人間の浮かべる笑顔だった。
「今回の問題の確信がわかりましたわ……大臣閣下、これをどうぞ」
「……ほう! これは実に……決定的だ。このリストに、会合の……違法な学生組織の名前が書いてある。何と書いてあるかわかるか?
『ダンブルドア軍団』だ」
ダンブルドアはファッジに突きつけられた証拠品、DAメンバーのリストをしげしげと見つめた。さしものダンブルドアも驚愕しているようだった。
——しかし、彼の顔はほほ笑みに変わる。彼もまた、見つけたのだ。生徒たちを守る唯一の道を。
「もはや、言い訳のしようもない……万事休す、と言うやつかのう? ワシも老いたものじゃ」
「——え?」
追及していたはずのファッジが、間抜けな声を上げた。
「さて……どうすればよいのかよくわからんのでな、一つ教えていただきたい。告白書でも書けば良いのか、ここにいる人間全員の前で証言すればよいのか……」
「な、何を言っている?」
事態は混乱の極みにあった。マクゴナガルとキングズリーが一瞬顔を見合わせたし、アンブリッジの顔には困惑の表情が浮かんでいる。
「ここまで証拠がそろえば言い訳できんのう。
——我が組織、ダンブルドア軍団の始動も、上手くいかんものじゃな」
「——……。
——あ、あなたが、この組織を作ったと?」
ファッジの声は震えていた。
「いかにも。人を集めるのは容易かった。何せワシは校長先生じゃ。まさか校長の作る組織が非合法だとそんなことを思う生徒はおらんじゃろうて。しかし……非合法組織として本格的に動く、記念すべき今日という日にケチがつくとはのう。ワシに悪いことはできんと、そう言うわけじゃな」
「で、では、では!」
ファッジは嬉しそうな、恐ろしそうな、そんな不思議な顔をしていた。
「お前は……私を、やっぱり、陥れようと! 武力でクーデターを起こそうと企んでいたんだな!」
「ものの見事に露見してしまったがのう」
「ダメです! 先生!」
ハリーは叫んだ。ようやくダンブルドアが何をしようとしているのか悟ったからだ。全ての罪を引っ被って捕まるつもりだ!
「僕は——」
「おや……残念じゃが黙ってもらえんかのう? これ以上ワシに不利な証言をされてはたまらん」
ダンブルドアはまるで悪人かのように振る舞い続ける。そうさせてしまったことに、ハリーは申し訳なく思った。
「これは……なんということだ! ポッター派閥を一網打尽にするつもりだったが……」
「完全勝利というわけじゃな。くれぐれも、生徒たちに余計な処分をくださんよう忠告しておくかの。『校長が作った組織に所属したために退学』……これで保護者を納得させられるとは思わんことじゃ。せっかくワシから守った首を危うくはしたくないじゃろう?」
「ふ、ふふふ……生徒思いの仮面は捨てない、か。ウィーズリー!」
ファッジがパーシーに呼びかけるまでもなく、彼は手元の羊皮紙にダンブルドアの自白を必死の形相で書き留めていた。
「よしよし! 全てを書き留めたら、『日刊予言者新聞』にフクロウ便を飛ばせ! 明日の一面は決まりだな」
「はい! 行ってまいります!」
ドタドタと音を立てて、パーシーが部屋から出て行った。
「ふふふ! ついに、ついに尻尾を掴んだぞダンブルドア! これからお前は連行され、起訴される。そして、裁判のあとアズカバンに送られるのだ!」
勝ち誇ったように笑うファッジとアンブリッジ。しかしダンブルドアは笑みを絶やさない。
「ふむ……その計画、少々……問題があるようじゃ」
「ほう! 是非ご教授頂きたいものだな! 不起訴にしてみるか? それとも裁判で詭弁を弄するか!」
「む? ワシは……そんな先のことを話しているつもりはないよ。つまりじゃな、お主の計画はとある前提の元立てられており……残念じゃが、その前提は間違っていると、指摘せざるを得ないと言うことじゃ」
「——なんだと? 前提? 証拠もある、証言もある、ほかに何が必要だというのだ!」
ダンブルドアはゆっくりと立ち上がった。
「無論。犯人の逮捕じゃ」
「——は?」
ポカンと、ファッジは間抜け面をさらした。
「お主はワシが大人しくお縄を頂戴すると思っておるようじゃが……ワシは、そんなつもりはないのじゃ。ワシは今もなお最強——その名を誰かに明け渡したつもりはないのでな。ふむふむ。ここにいる人間ではどうにも、ワシを止めるにはちと『少ない』のう」
「こ、この人数相手に……勝つつもりか?」
「そうじゃな。まぁ……容易い」
部屋に、銀色の閃光が走って、ハリーは何も見えなくなった。