【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

142 / 171
砕け散る幻想

『魔法省令

 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ(高等尋問官)はアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアに代わりホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。

 以上は教育令第二十八号に順うものである。

 

 魔法大臣 コーネリウス・オズワルド・ファッジ』

 

 何もかもが、終わってしまったような感覚がした。ハリーは呆然と、グリフィンドール談話室にある掲示板に貼られたそれを見つめた。

 

 ——昨日。ダンブルドアの抵抗は一瞬だった。閃光と、衝撃。たった二手でその場にいた全員は漏れなく気絶し、目が覚めた時にはもうダンブルドアはどこにもいなかった。アンブリッジや魔法省大臣が必死になって探したようだが、見つかっていないらしい。魔法省令の隣にはダンブルドアの指名手配書が張り付けられている。そのこともショックだった。

 ゾロゾロと他の生徒たちが集まる時間になると、全員が揃って例外なく掲示板の前に立ち尽くす。

 そして例外なく悟るのだ。

 

 アンブリッジの天下が始まってしまったのだと。

 

 結局、ハリーやハーマイオニーたちDA参加メンバーに罰が降ることはなかった。ダンブルドアがさらりと弁護したように、学生達はそれが悪いことだと思うことができない状況だった。たとえアンブリッジといえどそう認めざるを得なかったのだ。

 

 校長が消え、鬱陶しい地下組織も撲滅し、恐怖の警備員は大人しくなった。アンブリッジの天下にはもはや阻むものは何一つないように見える。

 スリザリンにいる贔屓の生徒を『尋問官親衛隊』という役職に付け、アンブリッジに次ぐ権力を持たせ、支配基盤は磐石の体制である。

 そのはずなのだ。

 

 だが、ホグワーツは政治のための組織でもなければ企業でもない。

 そこで過ごしているのは未熟で、恐れを知らない、不安定な、子供達なのだ。

 

 ——アンブリッジはすぐに、自分が支配下に置いた場所がどこなのかを思い知ることになる。

 

「アンブリッジ高等尋問官殿」

 

 ある日のお昼休みに、マクゴナガルが涼しい顔をしてアンブリッジに話しかけた。アンブリッジの顔には疲労が見え隠れしている。何か一仕事終えて、自分の部屋への帰りだろうかとマクゴナガルは思ったが、手加減してやるつもりはなかった。

 

「あら、あら。マクゴナガル先生。いかがいたしました?」

「ご報告に上がりました。現在玄関ホールで『ネズミ花火』が火を吹いています。対応お願いします」

 

 マクゴナガルがあまりにもしれっと言うので、アンブリッジは最初事態の把握ができなかった。

 

「ええ?」

「悪戯グッズのせいで誰も玄関ホールには入れません。対応お願いします」

「そ、そんなのマクゴナガル先生がおやりになってはいかがです!」

 

 アンブリッジが叫ぶと、マクゴナガルは不思議そうに首を傾げた。

 

「もちろんやぶさかではありませんよ。ただし、我々の動きを縛る例の教育令が撤回されればの話ですが」

 

 マクゴナガルが言っているのはもちろん、先生が生徒に教える事柄は先生が担当している科目に関わるものだけに限る、という教育令のことだ。マクゴナガルはこの狂気の産物に対して『教育』令であると口にするたびに毎回、殺意に近い感情をアンブリッジに抱く。

 

「アレは——今関係ないでしょう!」

「大いに関係あるのです、アンブリッジ高等尋問官殿。かの悪戯グッズの沈静化には間違いなく『変身術』以外の呪文で対処が必要でして、現在山のように生徒がいる中で対処をしてしまうと……どんなに気をつけても、例の教育令に引っかかってしまうのです」

「なっ——!?」

「生徒の前で先生が魔法を使えば、当然それはお手本です。私は『変身術』以外のお手本を示すことができないのですよ。では、お任せしましたよ」

 

 マクゴナガルはスタスタと去っていく。引き止めようにもマクゴナガルはあくまでルールに従っただけなのだ。アンブリッジ自身が作ったルールに。

 

「——くうぅっ!!」

 

 アンブリッジは甲高い声で唸ると、杖を取り出して駆け出した。また悪戯小僧の相手だ。休み時間は全部、ひどい時には『闇の魔術に対する防衛術』の授業中にすら彼らの対応に追われる有様である。彼女自身の時間は日に日に少なくなっていっており、精神もガリガリと削られていく。

 しかも、彼女が我慢ならないのは未だに校長室に入れないことだった。合言葉は合っているはずなのに、まるで自分を認めないとでも言うように締め出されるのだ。たかが校舎が生意気な。

 そのせいで今も生徒達はアンブリッジのことを校長だと認めていない。鬱陶しい。

 

「アンブリッジ先生、どうもすみませんが私の教室で『龍火花』が爆発してしまって授業にならんのですよ。いやいやあの程度対処は容易いのですがどうにも権限があるのかどうか不明でしてな!」

 

 小一時間ほど必死になって悪戯グッズを黙らせたかと思うと、にこやかにゆっくりと歩いてきたフリットウィックがそう言った。

 

「ああ——もう! わかりましたわ!」

 

 何もかもうまくいかない。何もかも上手くいったはずなのに。

 

 ——1996年4月

 

 ハリーは図書室で試験に向けての勉強を死んだ目でしていた。もはや心の拠り所だったDA活動は永久に停止した。——夢も希望もありはしない。図書室では対面にハーマイオニーがいる。ロンとジニーはいない。ほとぼりが冷めるまで4人一緒に行動するのはやめるべきだと言うことになったのだ。

 

「そういえばハーマイオニー」

「——何かしら」

 

 ピリピリした様子でハーマイオニーが答えた。今、ハーマイオニーや他の女子と例の密告者……マリエッタのお友達がちょっとした冷戦状態なのだ。ハリーとしては裏切られたことにショックだったが、親のことを思うと仕方ないという考えである。もし利己的な理由ならキレてたかもしれないが。

 

「えっと……ま、マリエッタとはどうなの?」

「あの……裏切り者の、密告者がどうしたの? 私今最高に悪ガキな気分なんだけど。もしかしてお優しいハリーは彼女を許せと?」

 

 氷みたいに冷たい目だった。ハリーは恐怖でごくりと唾を飲んだ。

 

「あー、その、親を人質に取られたらしょうがないよ」

「ふん。証拠はなかったわ。あの子が裏切るまではね。シラを切り通せば何とかなるはずだった……。次同じ活動をやるとしたら、尋問対策もカリキュラムに盛り込んでやるわ」

「あー、お手柔らかにね?」

「別に、本当にペンチ使ったりするつもりはないわ。……マリエッタにはどうかわからないけど」

 

 目が完全に据わっていた。マリエッタの裏切りはハーマイオニーの中で絶対に許せないものだったらしい。今でもハーマイオニーとマリエッタはすれ違うたびに言葉でバトルしている。ハーマイオニーは一人で、マリエッタは友達と一緒なのに、戦うたびにマリエッタが泣いて逃げるまで追い詰めるのだ。正直今のハーマイオニーは怖かった。

 

「えっと……そういえば、その。閉心術の訓練のことなんだけど」

「なにかしら」

「僕、時々防御に成功するんだけど……そのとき、なにかな、僕の記憶じゃない記憶が見えることがあるんだ」

「……待っててね」

 

 ハーマイオニーは立ち上がり、書架の奥へと消えていった。しばらくするとまたぞろ分厚い本を一冊持ってきて、どん、と机の上に置いた。凄まじい速度でページを捲ると、即座に目的の項目を開いた。

 

「——まず、開心術はかなり特殊な魔法よ。通常、心を見る時術者の心がかけられた相手に流れ込まないようにはなってるわ。でも……繋がってはいるの。なんらかの異常事態……そうね、術を弾かれたりすると、その繋がりが一方的なものじゃなくて相互関係になるの」

「つまり、僕はスネイプの記憶を見てたの?」

「スネイプ『先生』よ。——まぁそういうことでしょうね」

「ふぅん。……でも……気になるな」

 

 ハリーの呟きを、ハーマイオニーは耳聡く捉えた。

 

「何が?」

「その、スネイプ……先生は、訓練の前必ず頭の中から銀色の糸みたいなのを取り出して、不思議な水盆に入れるんだ。閉心術の訓練に必要なものだと思ってたんだけど……関係ないのかな?」

「おおありよ。ほぼ間違いなくそれは『憂いの篩』よ」

「なに、それ?」

 

 ハーマイオニーは呆れたように肩を竦めた。

 

「魔法史に出てきたでしょ? 犯罪捜査に関係者全員の記憶を憂いの篩で精査して解決に導いたことで、『憂いの篩』による精査に証拠能力が認められた、って」

「……そんなのやったっけ?」

「教科書の隅っこに書いてあったわ。とにかく。記憶を封じ込めて、記憶の再現ができる魔法具、それが憂いの篩なの」

「でも……そんなのどうして訓練の前に使うの?」

「大事なのは、記憶を封じ込める、って言う点よ。憂いの篩に封じ込めた記憶は、本人も忘れちゃうの。つまり……閉心術の『事故』で致命的な記憶がハリーに見られないようにしてるってことね」

 

 ハリーはほんの少し悪いことを考えた。スネイプの弱みを握れるかもしれない。

 

「ということは、訓練が始まったら……その水盆には、スネイプが見られたくない記憶があるってことだね?」

「ええ、まぁ、そうだけど……絶対後悔するわよ」

「そんなことないよ。あのスネイプが見られたくない記憶……きっと子供の頃の恥ずかしい記憶とかだ」

 

 ハーマイオニーは顔をしかめた。そして、ハリーの方に身を乗り出して、ひそひそと小さな声で話す。

 

「いい、スネイプ先生は……間違いなく、かつては『死喰い人』だったわ」

「それが?」

「彼は起訴されてないけど……それは全く潔白であることを示すわけじゃないの」

「それで?」

「——その見られたくない記憶が、犯罪の瞬間だったらどうするの?」

「もちろん、その足で魔法省だ! 憂いの篩の記憶は証拠能力があるんだろ?」

 

 ハーマイオニーはそんなことを懸念しているわけではなかった。

 ——だが、流石に言うのは憚られる。証拠は何もないのだ。不用意に口にしていいことでは、決してない。

 

「——そうね。見るなら、覚悟してみることね。ちなみに私が犯罪の記憶を見られたら、永久に口を封じることも視野に入れるわよ」

「え」

「——そう言うことも含めて、覚悟してね」

 

 うん、とハリーは言うと、立ち上がった。訓練の時間が近づいている。こんなワクワクした気分で訓練を受けるのなんて初めてだった。

 

「……ホント、そういうところはお子様なんだから」

 

 ハリーが去って一人になったあと、ハーマイオニーが呟いた。

 先生がかつて他者を拷問したり……悪事を愉しんでいる光景を見て、平常でいられるのか? 

 ハーマイオニーには答えが出せなかった。彼女なら耐えられないだろうが……ハリーなら案外、『こいつならやると思ってた』で乗り切るかもしれない。

 

「——はぁ」

 

 楽しいはずの学校が、最近全然楽しくない。アンブリッジの天下では、何もかもが窮屈に感じた。

 

 ——

 

 ハリーは荒い息をついて床に這いつくばっていた。

 

「上達はしている。だがあまりにも成長が遅い。赤毛のガールフレンドの記憶は死守しているが……それ以外はまるで抵抗がない。吾輩に記憶を覗かれることに慣れてはいないか? 何度でも言うぞ、心を無にしろ。感情を制御し……そして異物を確実に排除するのだ」

「できたらやってる!」

「努力と気構えが足らんのだ! もう一度だ、構えろポッター!」

「ああ、やってやる、やってやる!」

 

 ハリーが立ち上がり、杖を構える。

 

「いい覚悟だ。いくぞ、1、2——」

「——先生!」

 

 部屋の扉が突然開き、外からドラコが駆け込むようにして入ってきた。ハリーがドラコに視線を向け、再びスネイプに視線を戻す頃にはスネイプの手にあった杖はしまわれ、代わりに魔法薬学の教科書が手にあった。

 

「え、こ、これは……」

「ポッターは魔法薬学の補習に来ている。あまりの出来の悪さを指摘したらこのように反抗してきたのだ。——して、何用か」

 

 冗談だろ? とスネイプに怒鳴りたくなった。いやまぁ確かに閉心術の訓練は二重の意味で秘密にしなければならない。ダンブルドアから秘密だと言われてるからなのと、例のクソッたれ教育令のせいで、本来スネイプは魔法薬学以外のことを教えてはならないのだ。だからこそ、秘密は強固に守られなければならない。いやだからと言って癇癪起こしたガキ扱いは我慢ならない。

 

「……ポッター、グリフィンドール5点減点だ」

 

 しかもご丁寧に減点までしてきた。絶対に秘密を暴いてやるとハリーは心に誓った。

 

「え、その、アンブリッジ先生がどうしてもお知恵を貸してほしいと」

「ふむ。結構。——して、ドラコ・マルフォイ」

「なんです?」

「高等尋問官殿の小間使いとは随分出世なさいましたな」

「——!」

「……吾輩、ルシウス殿の御子息がよもや唯唯諾々と従っているとは考えてはいないが。今の姿をお父上がお褒めになるとは思わないことだ」

 

 スネイプは教科書を机の上に置くと、ばさりとローブを翻した。

 

「ポッター。今日はここまで。明日も同じ時間に。来るがいい、尋問官親衛隊よ」

「……はい、先生」

 

 マルフォイはしょんぼりとした様子でスネイプにしたがって教室を出て行った。

 ……なんだ? スリザリンにも色々あるのだろうか。

 

 ハリーは荷物を片付けて外に出ようとして、ハッと気付く。

 

 ——今こそチャンスなのではないか? 

 

 ハリーは机の中心に置かれている水盆を見た。

 イケる。だって今スネイプはいない。

 

 ——もし犯罪の光景だったら……。

 

 いや。それならなおさらだ。

 

 ハリーはそんなふうに自分を正当化すると、水盆に近づく。水盆の中は銀色の何かが揺蕩っている。ハリーは杖を取り出して、軽く突いて見る。すると、揺蕩っていた何かが急激に渦を巻き、像を作った。何か……よく見えない。ハリーは目を凝らそうと水盆の中にわずかに頭を入れる。

 

 その瞬間、ハリーの意識は記憶に引っ張られた。

 

 

 ——

 

 記憶を、見た。

 

 見てしまった。

 

 ガシリ、とハリーの腕が掴まれ、記憶の世界から強制的に引きずり出された。

 呆然と、腕を掴む人間を見る。怒っている顔ではなかった。その逆。顔面を蒼白にして、怯えたような表情をするスネイプがハリーを見下ろしていた。

 

「見たな」

「あ……」

「実に楽しかっただろう? 若き日の……憎っくきセブルス・スネイプを、自分の父親が『懲らしめる』光景だ。笑えて仕方がなかっただろう?」

「そ、そんなことは」

 

 スネイプはせせら笑った。その表情に感情は何一つ見えない。

 

「何を取り繕う。実に滑稽だったろうな。心から楽しかったに違いない。所詮は……あの男の息子だ」

 

 スネイプはハリーを水盆から無理やり引き剥がすと、ハリーを放り投げた。床に投げ出されたハリーは、スネイプを見上げる。

 

「秘密を暴いて吾輩の弱みを握って何をしたかったかわかるぞ、ポッター。このくだらない訓練をどうにかしたかったのだろう? お望み通りにしてやろう。もう二度と、ここに来る必要はない。

 二度と、吾輩が貴様に慈悲をかけることはない。

 

 ——出ていきたまえ」

 

 ハリーは慌てて立ち上がり、スネイプに近づこうとする。いつのまにか、一瞬で杖が突きつけられていた。

 

「今の吾輩から放たれる魔法が『合法』のものであるとは思わぬことだ。理解できなかったようなのでもう一度命じる。

 

 

 ——出て行け! 二度と吾輩の部屋に入るな!」

 

 スネイプが再び怒鳴ると、ハリーは大慌てで部屋から出て行った。走って、走って、そしてグリフィンドールの談話室に入って、自分のベッドに身を投げ出す。

 そして、ポロポロと涙をこぼした。

 

 記憶の中で、スネイプは……見知った連中にいじめられていた。

 マローダーズ。

 

 スネイプの言う通り。

 

 ハリーの父親は、ジェームズ・ポッターは嫌味で傲慢なクソ野郎だったのだ。

 

 ——長年の幻想が、音を立てて割れて、崩れた。

 

 ——もう何も、やる気が起きない。もう何もかも、どうでもよかった。

 

 ああ、ハーマイオニー。君の警告に耳を傾けていれば。

 だがもう、取り返しはつかない。水盆から溢れた水は、戻せないのだ。




記憶のシーンは原作と全く同じなので全カットしました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。