何もかも……最悪だった。
信じていた全てが幻想だった。
断片はあった。
例えば……シリウス・ブラック。シリウスはとてもではないが真っ当な大人と言えるような性格ではない。どちらかと言えばウィーズリーの双子や、あるいは、ドラコにどんな悪戯をしてやろうかと考えている時のハリーに近い性格をしている。
そんな人間と唯一無二の親友という間柄の人間は、果たしてどんな性格だろうか……とか。
例えば、かつてホグズミードで盗み聞きした時、マクゴナガルやほかの先生たちは父親のことを『双子のように手を焼かされた』と言っていたではないか……とか。
よくよく思い出してみれば父親がどんな人間だったのかを詳細にハリーに話してくれたのはスネイプだけではなかったか? とか。
今までホグワーツで集めてきた父親に関する情報を冷静な目で見てみると確かに、あの記憶とスネイプの証言こそが正しいことになる。
他の……勇敢だとか、素晴らしい人だったとか、そう父親を評する人たちはいわゆる、気を遣っていた、という奴なのだろうか。
それに、気になることがあった。
記憶の中でスネイプはハリーたちと同じ5年生だった。その時に父ジェームズと母リリーは、今のロンとハーマイオニーの100倍は仲が悪そうだった。今からハーマイオニーとロンが仲良くなって結婚するなんて、にわかには信じられない。その二人の100倍仲が悪そうな二人が結婚する? 隣り合ってデートしてるところすら想像できないくらい、リリーは嫌ってた。
——でもハリーはこの世に生を受けている。
それは致命的な食い違いだった。女の子はたった2年で将来の人を見定めるのか?
少なくとも、ハリーが女の子なら笑いながら人をいじめるような人と結婚しようとするなら、もう少し長めに見定めようとするだろう。
ハリーの論理と現実はどうしようもないくらい矛盾していた。
その矛盾を、食い違いを、解消する手段が二つある。一つは、何事かがあって、リリーはジェームズに惚れて、物凄く燃え上がる恋愛をして卒業と同時に結婚した。
——だが、しかし、もう一つは……。でもそんな、あり得ない。あり得てほしくない。でも、あの、記憶で見たジェームズなら『やりかねない』。
悍ましい想像が頭から離れない。吐き気すら催す推理が脳裏に焼き付いて仕方がない。
——本当に自分は望まれて生まれた子供だったのか? もっというなら……本当に同意の上だったのか?
——バーノンが……ペチュニアがジェームズを嫌っているのは本当に『魔法使い特有のやらかし』があったからなのか?
もしかして……もしかして、もっと、もっと深刻な事情があったとしたら?
——子供が出来てしまったら、女の子は産むか堕ろすかしかなくて。……そして、人間に、性行為を拒む仕組みはないのだ。
ハリーはどうにかなってしまいそうだった。何もかもがチグハグだった。何せハリーは証拠を持っている。一年生の時にハグリッドからもらったアルバムだ。そこには結婚式の様子もあった。笑ってた。弾けるような笑顔だった。二人とも、今この瞬間が人生で最も幸せな瞬間だと全身で表現していた。そこには嘘も偽りも欺瞞も演技も存在しないように見えた。
だから大丈夫。大丈夫なはずだ。落ち着け。冷静になるんだ。
そう、もう少し……このことを、誰かに相談したかった。
「——それで、私のところか」
カサンドラはことん、とティーカップをハリーの前に置いた。たっぷり砂糖を入れた紅茶が、湯気を立たせている。
自室で今後の身の振り方を考えていると、久々にハリーが深刻な顔をして相談に来たのだ。正直言うと地下組織でレジスタンスごっこをしていたことに思うところがないわけではないが、こんな顔をした友人を無碍に追い返すほどのことでもない。
「——うん。先生たちは……アレがあるから」
「ああ、アレな。まぁそんなことは今はどうでもいい。もしこの瞬間にアンブリッジが乗り込んできてもなんとかする。それで? 盗み見た記憶ってのは正確なのか?」
ハリーは頷いた。そう、たしかにアレは実際に起こったことなのだ。
「あの魔道具……証拠能力が認められてるってハーマイオニーが言ってた」
「ふむ。つまり、整理すると。お前の父親と母親は仲が悪かった。それも5年生の時点で。なのに結婚し、なおかつ自分が生まれているのは理屈に合わない。その理屈を解消するためにお前が推理したのは二つ。
普通に恋愛結婚したという説と……まぁ、かなり強引に結婚まで持ち込んだという説か」
ハリーはうなずく。
「そして……どちらの説にも証拠がある。結婚式の時のアルバムと……ダーズリー家の態度、か」
「うん。ねぇ、どっちが正しいんだろう」
カサンドラは腕を組んだ。
人の心はわからない。特に恋愛ごとに関しては。
「ハリー、まず……人間が伴侶を見定めるのに長い時間がかかるというのは正しい意見ではない。そして、合理的に選ぶのかと言うとそうでもない。私自身、とある組織に追われて逃亡生活を繰り返していた男と子を成したことがある。……最初の子だ」
「えっ?」
カサンドラは当時を客観的に振り返る。
「まぁ……危険な相手だったのは間違いない。組織に追われて、定住したことがない相手で、追っ手というのも国がバックについていた」
「え? そんな……大丈夫だったの?」
カサンドラは首を振った。
「いや、大丈夫じゃなかった。ギリシャにも追っ手がかかってな。旦那と……子供が、囚われた。敵組織を全滅させて取り返したが……結局、手放すしか無かった」
「……」
「感情は予測ができない。ただ一つ言えるのは、バーノンの態度の原因はあくまでお前の予想だが……結婚式の時の写真は、確たる証拠だ。無理やり結婚させられて笑える女はいないし、周囲から祝福されることもない。ハリー、気持ちはわかるがもう少し親を信じてやれ」
「でも! 父さんはスネイプをいじめてたんだ……」
「ふむ。まぁ、気持ちはわかる。だが……スネイプをいじめる奴が、惚れた女に誠実でないとは言えない」
「……え?」
カサンドラは知っている。『死喰い人』だって、家に帰れば良き父親で、良き夫であることもあるのだ。ルシウスも、『死喰い人』だがドラコを一人前にしようとしているのだ。
「心配することはない。それに、だ。お前は愛されていたからこそ、生き残ることができたんだ」
「……愛されていたからこそ」
「そうだ。お前の父親はスネイプをいじめるような男だったが、お前の母親を愛していたし、お前の母親もお前を愛していた。
——それだけの話だ。難しく考えることはない」
カサンドラがそう締め括ると、ハリーはホッとしたような表情になった。それから、紅茶を一口で飲み干す。
「ありがとうカサンドラ。楽になった」
「ああ。だが……人の記憶を盗み見るような真似は感心しないな。しかも、本人が隠しておきたい秘密を暴いた。——もう、スネイプがお前のことを良く思うことはないだろう。それこそきっと、卒業してもな」
「……」
「お前はそれだけのことをした。謝ろうが何をしようが、変わらないだろう。——もういいか?」
ハリーは神妙な顔をしつつ、頷いた。
「ありがとう、カサンドラ」
「ああ、気にするな」
——1996年4月 マクゴナガルの部屋
ハリーはマクゴナガルと一対一で机を挟んで話し合っていた。内容は……進路指導。進むべき道を、考える時が来たのだ。
「さて、ポッター。今日この時間、あなたはありとあらゆる柵を忘れ……自分の道をしっかりと見据えなければなりません。誰がどうあなたに望んだとしても、あなたの人生はあなたのものであり……あなたが望む未来を手に入れられるよう協力するのが、我々の仕事なのです」
ハリーは神妙に頷いた。そう。ここでハリーはきっと初めて、将来のことを真剣に考えるのだ。今まで考えていた誰にも話したことがない相談を、マクゴナガルにするのだ。
「まず、何か希望はありますか?」
「危険な仕事は嫌です」
ハリーがすかさずそう言うと、マクゴナガルは驚いたように目を見張った。それから、驚いた自分を恥じいるように、僅かに目を伏せて、手元の資料をいくつか掴んで机の端に避けた。
「そうですか。それならばまず『闇祓い』は除外ですね。困難で名誉ある仕事ですが、この情勢になる前から殉職率が高いです。同じ理由で——」
マクゴナガルは一般的に危険だと言われる魔法省の仕事もいくつか挙げた。聞いたことがある職も、聞いたことがない職もあった。
「——これらは、どうしても怪我や殉職の可能性がついて回ります。この先色々悩むことがあっても……危険な仕事をしたくないと言う意思が変わらないのであれば、これらを就職先に選ぶのは避けた方がいいでしょう」
「はい、先生」
「ではなりたい職業はありますか?」
ハリーはうなずく。そして、思い切って言ってみた。
「僕、ホグワーツの先生になりたいです」
「……まぁ」
マクゴナガルはさすがに驚いたようだった。
「その……先生は、この前の……DAについて、本当のことご存知なんでしょう?」
「ええ。アレが二回目でないことや、ダンブルドアせんせ……。ダンブルドアが組織したものではないことも知っていました」
まぁそうだろうな、とは思っていた。DAの密告があって現場を押さえられた時点で、あの場にいた誰もがそう思ったに違いない。乗り切れたのはひとえにダンブルドアのおかげだった。
「その活動の中で僕は……人に教えることの面白さを知ったんです」
「……ポッター。私を見ればわかるでしょうが、教えるとは何も面白いことだけではありませんし……おそらくあなたが目指すのは『闇の魔術に対する防衛術』の教授でしょう。教師になるにはもう少し座学が必要です。実技は申し分ありません」
ハリーは頷いた。
「癪でしょうが、アンブリッジ高等尋問官の授業をよく見ておくのです。——今どれくらい授業の体を成しているのかは不明ですが、アレこそが『失敗例』です。生徒は好き勝手に悪戯放題、誰も言うことを聞かない、そもそも言うことを聞いたところでロクな授業にならない、とお手本のような状況になっています。なぜあのような状況になったのか、あのような状況にならないためにはどうすればいいのか、それを考えてみてください」
「それは……もしまとめてきたら、見てもらえるんですか?」
マクゴナガルは頷く。
「当然です。他にも面接の対策も考えますが……。ホグワーツの教師になるなら、少なくとも『先輩方』の覚えがいいことに越したことはありません」
ハリーは内心で顔を顰める。そう、もしホグワーツで教師になるなら、スネイプが先輩になるのだ。
——やめようかなぁ?
どうしたものか。スネイプはハリーのホグワーツ教師就任を絶対に認めないだろう。しかも、自分がずっと希望していた『闇の魔術に対する防衛術』の担当教師だ。つまり、スネイプの反対を押し切ってでも他の教師によく思われていないといけない。
「その……今のところ、どうなんでしょう?」
「少なくとも目の前の教師の覚えはよくないでしょうね」
ハリーはうめく。そりゃそうである。マクゴナガルは入学当初から迷惑をかけっぱなしである。
「——ただ、あなたが教師に向いてないとは思っていません」
ホッと胸を撫で下ろす。ここで『諦めなさい』と言われたらもうそれまでだったのだ。
「先生。僕、どうしても気になることがあるんです」
「なんでしょうか」
「僕が希望してる担当科目……『闇の魔術に対する防衛術』の授業の、呪いについてです」
「……公的にはそんなものは存在しないことになっています。それで、その呪いがどうかしましたか」
「僕は、その呪いも、なんとかしたいと思ってます。一年限りの教師じゃなく、ずっと、教えたいんです」
「……なんとかするとは、どうやって?」
「もちろん、呪いの主を、倒してです」
マクゴナガルは唇を真一文字にした。
「……『例のあの人』の件に関わろうとするつもりですか」
「僕は……あいつが邪魔なんです」
ハリーは誰にも言ったことのない胸の内を、マクゴナガルに打ち明けた。復讐なんて激情じゃない。正義感や使命感なんて高尚なものではない。
氷みたいに冷たい感情だった。ありとあらゆる感情を廃してもなお、ヴォルデモートの存在は許容できない。
「あいつは僕の両親を殺した。その時に赤ちゃんに返り討ちになって、そのままくたばっておけばいいものを去年復活した。——僕はジニーを守りたい。ジニーと幸せになりたい。ずっと『闇の魔術に対する防衛術』の教師でいたい。僕の幸せの全ての道を、あのクソッタレが塞いでる。
マクゴナガル先生。僕はあいつが生きてたら幸せになれないんです。あいつの存在が邪魔で邪魔で仕方ないんです」
マクゴナガルは目を見開いて固まった。しばらく、何も言わなかった。ごくりと喉を鳴らして、それから震える声で言った。
「……ポッター。それは……一般的に、殺意と言われる感情です」
「殺意……そうです、殺意。僕はあいつを——」
さすがに、その先を言うことはなかった。なかったが、マクゴナガルはハリーが伏せた言葉を十分理解した。
「……。気持ちは、理解できます。しかし……」
「僕の将来のために努力することが必要なら、ヤツをどうにかするために協力することが、その『努力』なんです。マクゴナガル先生。僕に……どうか、ヴォルデモートを倒すことに、関わらせてください」
「……。あ、あなたはまだ、子供です。覚悟は……覚悟だけで倒せるほど例のあの人は弱くありません」
「分かってます。何も僕が直接殺らなくていい。でも手伝えることがあるなら、手伝います」
「——。……。
……あなたの感情は……間違っていると、本来ならば言うべきです」
「……」
「たとえばその邪魔になるのがスネイプ先生なら、私はきっと……その時点で、資格なしと、断言できるでしょう。なぜなら、スネイプ先生は悪人ではないし、ポッターに害を与えるわけではないからです」
しかし、とマクゴナガルは首を振る。
「『例のあの人』は……ポッター、あなたを脅威に感じたら手を打ってくるでしょう。あなたが想像した通りの相手を、想像よりも悪辣な手で。……あなたの心を折る手を、打ってくるでしょう」
「僕は、諦めません。折れません」
マクゴナガルは首を振った。
「いいえ。私でも一つ思いつきました。そして、今のポッターにそれを防ぐ術はありません」
「それはどういうものですか?」
「——生徒相手に口にしていいことではありません。つまり、それくらい悪辣で悍ましい手段です。いいですか、ポッター。あなたが邪魔者を排除すると決めても私が怒らないのは……それは、相手が『例のあの人』、極悪人かつ明確にあなたを敵視している相手だからです。しかし、あなたは今非常に危ういところにあると言ってもいいでしょう。あなたの思考は……闇の世界へと続く道でもあるのです」
「……でも僕は……」
「聞きなさい。あなたの思考は限りなく闇の魔法使いに近いです。相手が『例のあの人』だからギリギリで、咎められないだけです。だからこそ、私はあなたに厳に忠告します。あなたは今、学生にあるまじき考えをしています。教師志望とは思えない危険思想と言ってもいいでしょう。
——事が事です。改めろとは……今は言いません。しかし、その自覚だけは忘れないように」
以上です、とマクゴナガルは言った。
——
カサンドラはほとんど無法地帯と化した廊下を歩いている。その隣には意気消沈したマクゴナガルが随伴している。もう半刻もこうして巡回に付き合っている。
カサンドラはじっと、マクゴナガルの言葉を待った。窓の外、廊下の影、柱の裏……怪しいところがないかをしっかりと見張る。隣で花火が爆発しようが、色とりどりの煙が充満した部屋が見えようが気にも留めない。
「我々は……私はどこで間違ったのでしょうか」
「どうした?」
「ポッターが……。『例のあの人』に対して殺意を抱いているのです。自分の幸せの邪魔になるからという理由で」
「ふむ……」
ああ、とマクゴナガルは深くため息をついた。
「——そろそろ一周が終わる。部屋に招待しよう、美しい人」
「……ありがとうございます、カサンドラ」
いつものからかいにも無反応。これはかなりショックだったらしい。
一通り巡回を終えて、カサンドラはマクゴナガルを伴って部屋に戻った。武器を下ろすと、お茶の準備を始める。
「座ってくれ」
「ありがとうございます」
「それで? ハリーがヴォルデモートをぶっ殺したいと思ってた事が、なんでそうショックなんだ?」
カサンドラは紅茶を淹れながら聞いた。生徒の前ではないので、マクゴナガルは取り繕っていた厳格な教師の仮面を外し、悲しげな顔で項垂れた。
「幸福の実現のために他者の殺害を選んだ事が……悲しくて、悲しくて仕方なかったんです。そして……それはおそらく、正しい。それが何より悔しいのです。『なんとバカなことを考えているのです!』と一喝できなかった自分が……恨めしい。
ポッターの考えは概ね合っているでしょう。ポッターは『例のあの人』が生きている限りその影に怯えて暮らすことを余儀なくされるのは間違いありません」
「まぁな。ハリーはともかく、ヴォルデモートはハリーにご執心だ。私がヤツならジニーを攫う。誰ともわからぬ子を孕ませれば、ハリーはもう幸せになれないだろう」
「……ええ、そうです。その危険があるからこそ、ポッターは殺意を抱いたのでしょう」
カサンドラは淹れたての熱い紅茶をマクゴナガルのそばに置いた。自分も座ると、深く息を吐いて、天井を見上げる。
「ありがとうございます」
「いや、気にするな。——私がヤツを消してこようか? 現時点では、できるかどうか確約はできないが」
「それは……どうにも、不可能なようなのです。ダンブルドア先生によると、『例のあの人』はなんらかの手段で『死』を遠ざけていると」
「別に殺すだけが『終わり』じゃない。ヤツを捕らえて心が壊れるまで拷問すればいい。ネビルのおばあちゃんでも呼べば喜んで協力してくれるだろうな。特に場所も道具も必要ない。杖を向けて『クルーシオ』だけでいい」
マクゴナガルは否定しなかった。ハリーが人殺しに手を染めるよりかは遥かにマシだと思ったのだ。
「……ですが、それではやはり問題は解決しないでしょう」
「どういうことだ?」
「『死喰い人』が復活の儀式を準備した上でおかしくなった『例のあの人』を襲撃し殺害した場合、心も復活する可能性があります」
「ん……それもそうか」
カサンドラは紅茶を一口飲む。
「ポッターが人を殺すことを決めるなんて……ああ、どうしてダンブルドアは……ああ……どうしてこんなことに……」
マクゴナガルは頭を抱えた。ハリーは優しい子だった。その子がどうして、誰かに絶対的な否定を、冷徹な殺意を抱くようになってしまったのか。
——全て、ヴォルデモートが悪い。
カサンドラは顰めっ面をして腕を組む。マクゴナガルが落ち込む理由もわかる。状況が、環境が、1人の少年に誰かを殺さねば幸せになれないと思わせてしまったのだ。そして、マクゴナガルは……学校は、その考えを否定しきれずにいる。これを嘆かずに何を嘆けばいい。
「……マクゴナガル、少し出てくる」
「どうしました?」
「騒ぎだ。……近いな」
「またですか。私も行きます」
カサンドラは武器を取って部屋を出る。即座にあの甲高い怒鳴り声が耳を劈いた。場所は大広間のすぐ前、人通りが最も多い廊下だった。アンブリッジは大広間の大扉の前で怒鳴り続けていた。
「なんたること! なんたることです! あなたたちはわたくしの親衛隊をまるごと全員泥だらけにして……その上廊下を一つ底なし沼にして、それが面白いことだと、本気で思ってるんですのね、ウィーズリー!?」
アンブリッジの前には獲物が、つまり、ジョージとフレッドが立っていた。2人は飄々としていて、いつも通りの悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。事の次第を、数多くの生徒たちが見守っていた。
フレッドが近づいてくるカサンドラに気がついて、カサンドラの方に向かって手を振った。
「ウィーズリー! 私の支配下で悪戯小僧がどんな目に遭うか、思い知らせてあげましょう」
「そりゃいい」
「是非とも思い知らせていただきたい」
アンブリッジはこめかみを引き攣らせて、手元から書類を出そうとした。すかさず、フレッドとジョージが手を突きつけて静止した。
「なんですか?」
「悪戯小僧が素直に沙汰を待つとは思わないことだ」
「はっ! 逃げても無駄ですよ」
「ははは! なぁ、兄弟! 一足早く『卒業』と行こう!」
ジョージが双子の片割れに言った。
「それがいいと俺も思っていたところなんだ」
どこまでもお気楽な2人に、思わずカサンドラは駆け出していた。
「2人ともやめろ!」
「カサンドラ! もう何もかも手遅れなのさ。いつかこうなる運命だった」
「落ち着け、いつか後悔することになるぞ」
「カサンドラ、あなたは黙っていただけますか? ——どちらにせよ、彼らの運命は決まっているのです」
「——!」
アンブリッジの言葉に、フレッドとジョージが揃って肩を竦める。
「ま、そういうこった」
ジョージが言った。
「ほんのちょっと早くなるだけさ、カサンドラ」
フレッドはジョージと顔を見合わせて、それから揃って頷く。バッとローブを翻しながら手を空に掲げると、大声で唱えた。
「『アクシオ——箒よ来い!』」
すぐさま、廊下を猛スピードで2人の箒が飛来してきて、彼らの手に収まった。
「なっ!? ほ、箒には鍵をかけていたはずです! なぜここに……」
「鍵? そんなのあったか兄弟?」
フレッドが聞くと、ジョージは楽しそうに笑って首を横に振った。
「さぁ? 小さな穴のついたガラクタならあったけどな。チョチョイと弄ったら壊れちまったんだ」
「魔法の防御はしていました!」
「我らが偉大なる校長閣下はマグルは鍵開けができないとお考えらしい! 針金があればあんな鍵容易いよ」
「なんということです!」
憤るアンブリッジだったが、もはやなんの罰も与えられない。彼女はもう与えられるだけの罰を与えたし、彼らもそれを受け入れている。
「さぁさぁ皆さん! 『天才悪戯小僧』、ウィーズリー兄弟のお店、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』が開店致します! 先程実演した『携帯沼地』に『泥爆弾』などなど、各種悪戯グッズを取り揃えております。このクソやかましい校長閣下を黙らせるためにお買い物をする際は店員にお申し付けください、特別割引を致しましょう!」
ジョージが箒にパッと跨りながら言った。
「お買い求めには実店舗、ダイアゴン横丁九十三番地までどうぞ! どんな悪戯小僧も唸らせる品々を用意しております!
開店時期は……この後すぐ、ウィーズリー兄弟の『卒業』後!」
フレッドが箒に乗って、2人は同時に飛び上がった。
「2人を止めなさい!」
箒が飛び上がってすぐに指示したが、もはやそれでは遅かった。あっという間にビュンビュン飛び回って、2人は生徒の上を飛び回る。
「ピーブズ、せいぜい校長閣下を手こずらせてやれよ!」
ジョージが叫んだ。
「みんな、あとは頼んだぜ! 優等生になんてなるんじゃないぞ!」
フレッドは叫んだ。最後に、フレッドはカサンドラのすぐそばを通り抜ける。すれ違いざま、フレッドが言った。
「カサンドラ! あんたのこと、好きだったぜ!」
2人は、大広間の中を通り抜け、大広間の窓を突き破って暁の空へと消えていった。
——この日、彼らは伝説となったのだ。
念のために断言しておきますがハリーの推理した『悍ましい真実』はあくまでハリーの推理であって真実ではありません。ハリーの両親の関係は全く原作通りであり、冒頭の推理は、男女関係に頭が回るようになったハリーが一歩進んで推理を進めただけの話です。