なぞれ、悪戯双子の伝説を。
叫べ、彼らの栄光を。
ウィーズリーこそ我らが王者。
とまぁそんな感じで、ウィーズリーの双子が自主退学ののちに悪戯専門店を開店したことは一瞬でホグワーツを駆け巡り、そのセンセーショナルな宣伝に頭をやられた学生達が支配階級——つまりアンブリッジに対して悪戯という闘争を仕掛けるようになった。もはやホグワーツは紛争地域のような様相を見せていた。あっちこっちで何かが爆発する音、生徒達の悲鳴、絶叫、笑い声。その後に聞こえるフィルチの怒声とアンブリッジの甲高い悲鳴。取り締まる人間はアンブリッジとその親衛隊のみ。人手が明らかに足りなかった。
それでも月日は流れていき、五年生を追い詰めていたOWLが目前に迫る5月。
クィディッチの最後の試合が開催されていた。対戦カードはハッフルパフ対グリフィンドールで、グリフィンドールは優勝こそ望めないものの全員が必死で試合をしていた。
——そんな中、ハリーとハーマイオニーはハグリッドに呼び出され、試合を抜け出して禁じられた森までやってきていた。
「ねぇハグリッド、見せたいものって何?」
ハリーがワクワクした様子で聞いた。石弓を手にしたハグリッドが目も見開くような楽しい物を見せてくれると信じて疑っていない目だ。
「一応聞いておくけど、ご禁制の魔法生物じゃないわよね?」
ハーマイオニーが不安そうに聞いた。クィディッチの試合中にわざわざ呼び出すことや、ハグリッドが石弓を持っていることなど、小さい違和感だが、それは警戒に値するべき兆候である。
「ん……あ、ああ、禁じられた魔法生物なんかじゃねぇ」
「ならいいけど」
ハーマイオニーはハグリッドに許可を貰って杖に光を灯した。まだ昼間だが深い森の奥は薄暗い。
「——俺は近々クビになるだろう」
「なんで? ハグリッドは今年先生じゃない。アンブリッジに権限なんてないよ!」
「あの方の悪戯に魔法生物が何回か使われて、それが俺の仕業だと言いなさるんだ。——まぁ、俺を追い出したい人が校長になったんだ。俺ぁもう無理なんじゃないかとおもっちょる」
「だめよ! 無実なのに罰を受け入れたら、犯行を認めたのと同じものよ! 任せて、私が弁護を」
「お前さん達に頼みたいことは他にある」
ハグリッドの先導に合わせて、ハリーとハーマイオニーは森を進む。
「お前さん達にこんなこと頼む義理がないってのはわかってる。でも俺にゃお前さん達にしかおらん」
「何言ってるのさ、ハグリッド。友達でしょ?」
「ああ、ハリー、そう言ってくれると思っとった。本当に、恩に着る」
「ねぇハグリッド、頼みたいことって、具体的に何?」
ふと、開けた場所についた。力任せに引きちぎられたような跡が残る切り株が周囲にある広場で、その中央には何かうず高く積まれた土塁のようなものがあった。草と木の幹がそれの周囲にバリケードのように積まれている。——どうやら僅かに動いているような気がする。
「ええか、眠っちょる。ゆっくり、起こすなよ……」
ハーマイオニーはしばらく、黙ってハグリッドに従っていた。土塁に近づいて、杖の先の光を照らしていく。やがて、ハーマイオニーは何かに気付いて、顔を真っ青にした。
「……ハグリッド、私たちに嘘ついたわね。危険な魔法生物じゃないって言ったじゃない!」
「静かに!」
ハーマイオニーがカタカタと震えてるのをみて、ハリーはハッとなって土塁をよく観察する。
土塁なんかじゃない。
大きく上下する胸、ゴロゴロという寝息。
……大きな、信じられないほど大きな生物だった。
「ああ、違う、違うぞハーマイオニー。この子は危険なんかじゃない」
「こ、この子!? どこから連れてきて——ハグリッド、確かあなた、今年巨人のところに行ってたって言ってたわよね。まさか、連れてきたの!?」
ハーマイオニーの悲鳴のような声に、ハグリッドは頷くしかできなかった。
「やるしかなかったんだ。こいつはチビで、仲間内でいじめられてて……」
「いじめられてたから、連れてきたの!? 巨人を!? 何考えてるのよ!」
「この子は悪い子なんかじゃねぇ! 礼儀作法とか、英語とか、教えられるだけ教えた後はみんなにお披露目するつもりだったんだ! そうすりゃ」
「そうすればハグリッドは名実共に犯罪者になってアズカバンよ!」
「この子は無害なんだ!」
「傷だらけにされておいてそんなこと言うの!?」
「違う! ——こいつは、まだ力加減がわかってないだけなんだ!」
ハーマイオニーはヒステリックに叫ぶが、ハリーだって同じ気持ちだった。
「そのだけで私やハリーが死んじゃうかもしれないのよ! 何をどう考えたら連れてくるなんで考えになるのよ!」
「ほっとけなかったんだ! こいつは巨人の中でチビで、みんなからいじめられてた! だから! だから助けたかったんだ!」
「ほっときなさいよ! 巨人を匿うなんて無理よ!」
ハーマイオニーが言うと、ハグリッドは一瞬言い淀み、そして、はっきりと言った。
「弟なんだ」
「え——」
ハーマイオニーは絶句した。ハリーも口をあんぐりと開けて、何も言えずにいた。
「こいつは……グロウプは俺の弟なんだ。父親は違うけどな。ほっとけなかった」
「それは……そうかもしれないけど。でも、一体私たちに何をさせようって言うの?」
「……こいつには友達がいるんだ。だからその」
「ハグリッド、その、僕たちに友達になれって? その、凶暴な巨人と」
「凶暴なってのは……ちょいとキツイ言い方だな。その、英語とか教えながら、話しかけてくれるだけでいい」
ハリーはハグリッドの言葉に呆れ返るしかなかった。英語を教える? この巨人に? ハリーはフィレンツェから伝言するように言われた言葉を思い返す。うまくいかないことって言うのは、これのことだったんだ。
返事をしようとしたとき、ガサガサと草をかき分ける音がさざめきのように森に響いた。
「ケンタウロス……? な、なんかすごく数がいるような……」
ハーマイオニーが怯えた様子でハリーのそばにきた。ハリーも杖を取り出して周囲を警戒する。
「ハグリッド。警告はしたはずだ」
森の影から1人、上半身が男性で、下半身が馬の魔法生物、ケンタウロスが出てきた。その表情は厳しく、ハグリッドと巨人を歓迎していないのは明らかだった。
「元気か、マゴリアン」
「名を軽々しく呼ぶな」
ハリーが周囲に視線を向けると、どうやら数人のケンタウロスが事の次第を見守っているようだ。それも、最大限警戒しながら。
「ハグリッド。君がこの森に再び現れたとき、我々が君をどうするかはすでに通達しているはずだ」
「へぇ? 俺は仲間殺しを止めてやっただけだと何度も言っちょる!」
ハグリッドが石弓を構えて言うと、ケンタウロスの男、マゴリアンは首を振った。
「介入すべきではなかった。——君には失望した。君は我々のやり方や法律を尊重してくれるものだと思っていたのだが」
「フィレンツェはダンブルドア先生を助けただけだ!」
「それは君の見方に過ぎない」
マゴリアンの言葉は頑なだった。
「我々の神秘、秘密を教えることで金銭を得る——それは裏切りだ。そしてハグリッド。君も我らを裏切った。我らの森に入ったからには……覚悟してもらう」
「ご大層に! 『我ら』の森だと? なんで森に誰が出入りするかどうかをお前らに決められなきゃならん!」
「君に決められるものでもない……。少なくとも君よりかは森との調和を考えている」
「なんだと?」
「だが」
マゴリアンは厳しい目をハリーとハーマイオニーに向けた。
「我々は仔馬を殺めたりはしない。その保護者たる君をここで『どうにか』してしまえば、仔馬は森を彷徨うことになる……我々はそれを望まない。今日この場限りにおいて、君を見逃そう、ハグリッド。——だがくれぐれも警告しておく。君が連れてきた暴君に対する我々の忍耐はもはや限界に近い……」
ハグリッドは顔を真っ赤にした。手にした石弓をマゴリアンに向ける。緊張が張り詰める。
「いいか、森はみんなのものだ。お前さん達のものでもあるし、あいつのものでも、そして俺のもんでもある!」
「ハグリッド! もう行こう! ごめんなさい、私たちもう行くわ!」
ハーマイオニーが叫んで、ハリーも同じように叫んだ。
「ハグリッド、帰ろう! 早く!」
「しかしな、ハリー、ハーマイオニー」
「お願い!」
2人が叫ぶと、ハグリッドはようやく石弓を下ろした。のっしのっしと威圧的にマゴリアンの隣を通り過ぎる。
それから3人は森の中を無言で歩いた。ハリーも、ハーマイオニーも、いっぱいいっぱいだった。まさかケンタウロスにあれほど敵視されるなんて思ってもみなかったのだ。ハグリッドの小屋まで戻ると、ハグリッドは呑気に石弓を下ろしてハリーとハーマイオニーの頭を撫でた。
「いやぁまったく、分からず屋のラバどもだったな?」
「何言ってるのさ、ハグリッド! あんな様子じゃ僕たち近づけないよ」
「それに、私たち、いくら友達でもグロウプと友達になるのは無理よ」
「ん……? んん……。そうか。でもまぁ、俺がこの学校にいる間はグロウプの面倒は俺が見る。俺がもしここを追い出されたら……その時は頼む」
ハグリッドが頭を下げて頼み込むと、ハリーもハーマイオニーも断りきれない。渋々、2人は頷くことになった。
「ありがとう!」
ハグリッドはそう言って笑う。
あまりにも無茶な提案だった。
だが、ハリーとハーマイオニーは引き受けてしまった。
「……信じられないわ。毎年毎年……。私、本当にハグリッドのこと信じられなくなりそう……」
ハーマイオニーがそう言うのも無理はなかった。彼が悪意なく引き起こした騒動の数々はあまりにもとんでもなく、ハーマイオニーはいい加減見限ってしまいそうになる。今年は巨人の弟だ。……肉親であるが故に連れてきたこと自体は否定しにくいが、それをハーマイオニーやハリーに任せないで欲しかった。
「……気持ちはわかるよ。とにかく! 今は試合を見よう。もう終わってるかな……」
ハリーとハーマイオニーは走ってクィディッチのアリーナに向かう。アリーナに近づくにつれて歌声が聞こえた。ウィーズリーこそ我が王者。スリザリンが悪辣なる意図の元作詞作曲したアンチウィーズリー応援歌である。
「もう……またあのバカ歌よ」
「いや、待って、様子が変だ……」
ハリーはさらに足を進めた。声がどんどん大きくなる。その歌声は歓喜の色を存分に表現していた。
歌詞も違う。
ウィーズリーは我が王者
ウィーズリーは我が王者
クアッフルをば止めたんだ
ウィーズリーは守れるぞ
万に一つも逃さぬぞ
スニッチひらりと捕まえて
勝利を引き込むウィーズリー
ああ偉大な箒捌き
ウィーズリーは捕まえた
だから歌おうグリフィンドール
ウィーズリーこそ我が王者!!
歌詞は皮肉ではなかった。存分に、これでもかと言うほどにウィーズリーの、つまりロンとジニーの栄光を讃えていたのだ。
「もしかして試合に勝ったのか? やった! ハーマイオニー! ロンがやった! ジニーが勝った!」
ハリーは大はしゃぎで飛び上がった。ハリーもアリーナで叫ばれる歌に合わせて歌い出す。ウィーズリーこそ我が王者、と。楽しそうに走りながら、ハリーはアリーナの中へと入っていった。
「……クィディッチよりも遥かに大変なことが起きてたって言うのに、ホントお気楽ね」
ハーマイオニーはやれやれと首を振りつつも、遠くから聞こえてくる実況と応援歌に耳を澄ませた。こうしている間はきっと、先程押し付けられた何もかもを忘れていられるから。
大変なことを押し付けられた。だから2人はハグリッドが学校に居続けることを祈るしか道はなく、できれば森番をずっと続けてほしかった。
——だが、ある意味で、現実は非情だった。
——時間は、ふくろう試験当日まで進む。