『デイモス』……アレクシオス。
――正真正銘、カサンドラの実の弟である。最終的に姉弟仲は良好になったが、そうでない時期が……それどころか、剣を向けあった時期が確かに存在する。
「ヴォルデモート。私の弟の記憶を見たな?」
確信を持ってカサンドラが聞いた。どうやって、とかいつの記憶だ、とか。聞きたいことは山ほどあったが、今それは重要ではない。
「その言葉は正確ではないな、傭兵。『見ている』最中だ。ギリシャのどこにいてもお前の話が耳に聞こえてくる……ワシ使いの傭兵の武勇伝が、ギリシャ中に響いている。日蔭者の俺様と違って、お前はいつも太陽の下を歩いていた」
ヴォルデモートが笑いながら言う。彼自身、深く入り込んでいる自覚があった。普段はここまで強く混じったりしない。しないが……なにせ、ほんのついさっきまで『入って』いたのだ。その分記憶を引きずってしまうのも無理はなかった。
「日蔭者だと? ほとんど自業自得だろうが。アレクシオスがペリクレスを殺したことを知らないのか?」
「ペリクレス? ……何のことだかわからないな」
カサンドラは推理する。ペリクレスの名を知らない。つまり、もしかしたらヴォルデモートが見ている記憶はかなり昔である可能性がある。だが、アレクシオスがカサンドラを強く意識していることから、『再会』の後であることも間違いない。……かなり厄介だった。
「……なるほどな。ヴォルデモート、稽古をつけてやろうか? 付け焼き刃でスパルタの戦士らしく戦えるかどうかテストしてやる」
「スパルタの戦士だと? ……俺様が!? それは侮辱だぞカサンドラ!
俺様を……いや、アレクシオスを山から投げ捨てるようなくだらない国など……俺様が支配してくれる!」
「もはやそれは不可能だ」
「なんだと!? 俺様では力不足だとでも言うのか? この魔法と、『デイモス』としての力があれば不可能ではない!」
カサンドラは首を振る。
「ヴォルデモート。スパルタはとっくの昔に滅んだ。今じゃギリシャの都市でしかない」
「……なんだと? スパルタが滅んだ? ……アテナイと勢力を二分していたスパルタが?」
「どんな強者もいつかは滅ぶ。……お前だって例外じゃないぞ、ヴォルデモート!」
カサンドラがアサシンブレードを展開しながら突撃する。
「トム。お主はそこで止まるのじゃ」
「老いぼれめ。俺様はもはや杖だけではないぞ!」
ヴォルデモートとカサンドラ、ダンブルドア。カサンドラは剣で、ダンブルドアは魔法でヴォルデモートに攻撃を加える。しかしヴォルデモートはカサンドラのアサシンブレードを長剣で防ぎ、ダンブルドアの魔法を盾の魔法や反対呪文で対処する。何人がかりでも抵抗すらできなかった『死喰い人』と違い、ヴォルデモートはダンブルドアに加えてカサンドラと同時に相手しても互角に戦っている。
「ヴォルデモート! 貴様はなぜアレクシオスの記憶を見ることにしたんだ! アニムスはお前の嫌いなマグルの道具だぞ!」
「俺様は目的の為には手段を選ばない! アレクシオスの、お前の弟の記憶を全て知れば、不死の秘密が必ず見えるはずだ!」
「……! 不死だと?」
カサンドラはにわかに驚く。てっきりデイモスの物理攻撃能力を得る為だとばかり思っていたのに、目的はかなりアニムスが制作された目的に近しかった。
アニムスが作られた目的。それはカサンドラも知っている。
――『秘宝』の探索。
つまり、アニムスの制作者アブスターゴ社とヴォルデモートは、同じ目的の元協力している可能性があった。
「俺様は永遠の存在となる……! 死から最も遠ざかり、俺様が永遠に君臨するのだ!」
「トム! 永遠など存在しないし、不死など存在しないのじゃよ」
「ダンブルドア! お前の部下が何年生きてるか忘れたのか? 俺様にとってあの時代から今まで生きることは、まさしく『不死』だ!」
「彼女の時間は終わりが近づいているのじゃ」
「それは『不可避』なのか? ……いいや、違うはずだ! あの槍で俺様は『不死』となる!」
ヴォルデモートは剣を振るってカサンドラを牽制する。小さな刃物しか持っていないカサンドラは攻め手にかける。
――アレを除いて。
「どうしたカサンドラ。そんなオモチャでいつまでも俺様と渡り合うつもりか? さっきから全くプレッシャーを感じないぞ」
「挑発しても無駄だ。アレは渡さないし、出すこともない」
「では出させるとしよう……ダンブルドア、お前はもはや俺様にとって、前座に過ぎないのだ!」
ヴォルデモートが杖を振るう。業火に包まれた蛇が現れる。違う。業火そのものが蛇の形を成しているのだ。ヴォルデモートはまるでペットか何かのようにその炎……『悪霊の炎』を操り、ダンブルドアにけしかけた。
「むう……!」
ダンブルドアが一振りすると、どこからともなく大量の水が現れ炎の蛇を包んだ。水の中に完全に閉じ込められたと言うのに炎は未だに消えていなかった。
ダンブルドアが水の操作に気を取られている隙に、ヴォルデモートは浮遊して、凄まじい速度でダンブルドアに接近する。
「なっ……!?」
魔法使いが、戦闘中に近づいて来る。さしものダンブルドアですらはじめての経験だった。しかも、その剣筋はど素人のものではなく、かつてギリシャで大暴れしたデイモス、アレクシオスの剛剣である。
「ぐっ!」
ダンブルドアは無様に地面を転がるようにしてギリギリで剣を回避する。それでも避けきれずに服の裾が切り裂かれた。
ヴォルデモートは無言で追撃を始める。ダンブルドアが体勢を整える前に、勝負を決めようと杖を振り上げる。
「『アバダ・ケダブラ――死に絶えよ!』」
ダンブルドアはもはやこれまでと、思わず目を閉じた。
――まさか、ヴォルデモートが、マグルの技術を使ってでも不死を望むとは。それほどまでに彼が持つ不死への渇望を、死の恐怖を読みきれなかった。
緑色の閃光がダンブルドアを貫こうとした、その時。
緑色の閃光が、金色の穂先によって、切り払われた。
「……そう、それだ。その輝き……! あのとき、5年前に見たあの煌めきだ……!」
ヴォルデモートはダンブルドアを仕留め損なったと言うのに、それを歯牙にもかけない。目論見が成ったことを、目的のそれが目の前に現れたことを、何よりも嬉しそうにしていた。
カサンドラは苦々しい顔をして、槍を構えている。カサンドラの命そのもの。カサンドラの『不死』そのもの。
『かつて来たりし者たち』……種族名、『イス』。彼らが用いた『秘宝』、ヘルメス・トリスメギストスの杖。
かの有名な数学者ピタゴラスから受け継いだカサンドラの『生きる目的』。
先端の穂先まで絡みつくように二匹の蛇があしらわれた意匠は、今この状況になってしまえば、まるでスリザリンの系譜であるかのように錯覚してしまう。
「神の力……! 俺様にこそ相応しいその力! さぁカサンドラ。その槍を俺様によこせ……!」
「何のために出したかわかってるか、ヴォルデモート。お前はこの槍が大好きみたいだからな。これでトドメを刺してやる」
「やってみるがいい、傭兵風情が俺様に勝てると思うな!」
カサンドラは槍を振るう。目にも止まらぬ連続攻撃も、今のヴォルデモートには捉えられてしまう。穂先に合わせて綺麗に長剣を合わされていなされてしまう。
リーチの差は逆転したが、攻守が逆転しただけで攻め手にかけるのも変わらなかった。
「くっ」
しかし、進展がなにもないわけではない。剣に集中しているため、魔法の維持が疎かになったのだ。水中でもなお燃え盛っていた悪霊の炎は術者の制御がなくなった途端にみるみる水に熱を奪われ、消火された。
「トム!」
ダンブルドアが杖を振るうと、先程まで悪霊の炎を飲み込んでいた水の塊がそのまま移動していき、ヴォルデモートを包み込んだ。
「ご主人様!」
先ほどまで戦闘を静観していた――否、静観するしかなかったベラトリックスが悲鳴を上げる。水の球体は中ですさまじい勢いでうねっており、中の人間を逃がさない。――しかし、中にいる人間はただの人間ではない。水の中に閉じ込められた『程度』で死ぬようなら、彼は『闇の帝王』などと呼ばれはしなかった。中から衝撃の魔法を使って脱出すると、廊下全体に衝撃魔法を放つ。電灯が割れ、ガラス片が降り注ぐ。
「愛しいベラトリックス、逃げるのだ」
「しかしご主人様!」
「足手まといだ!」
ヴォルデモートが怒鳴ると、ベラトリックスは悔しそうな顔をして、それからバシンと音を立ててどこかへと消えた。次の瞬間、ヴォルデモートは廊下中のガラス片を操作し、無数の破片をダンブルドアとカサンドラに殺到させる。
「カサンドラ、こっちへ!」
「了解だ」
カサンドラがダンブルドアのそばに駆け寄ると、ダンブルドアは盾の魔法を使ってガラスを防ぐ。それでもあまりの物量に盾の呪文を抜けてガラスが二人に降り注ぐ。しかし、ダンブルドアは衝撃の魔法も併用して傷を最小限で済ませた。
「ままならんか……」
「トム。もうすぐ闇祓いが来るじゃろう。その時には」
「その時にはどうする? 俺様に闇祓いが敵うと思っているのか?」
「闇祓いだけじゃない、私も、ダンブルドアもいるぞ」
カサンドラが言うか言わないか。廊下の奥の方で誰かの走るような足跡が聞こえた。
「……――カサンドラ。俺様は場所を変え、『記憶の旅』を続ける。そしていつの日か杖の秘密を知り、お前から杖を奪ってやる。――それまでその杖は預けておく」
そう捨てセリフを吐いたあと、ヴォルデモートはバシンと音を立てていなくなった。
しばらく警戒を続けた二人だったが、敵対勢力がやってこないことを確認すると、ほう、と息をついた。
「……もうやつとはやりたくないな。肝が冷えたぞ、ダンブルドア」
「すまんのう。よもやあれほどの近接戦闘能力を有しておるとは思わなんだ。……アズカバンの守衛をやったのはあやつじゃな」
「だろうな。斬り殺すか、魔法で殺すか、ヤツは自由に選べたわけだ。だから斬り殺された死体と、傷のない死体があった。たしか、傷がない死体ってのは『死の呪文』でやられた人間の特徴だったな?」
「その通りじゃ。『死んでいること以外何も異常がない』と医者に言わしめるのが特徴じゃよ」
そうか。とカサンドラは息を整えると、ガラス片が散らばる廊下を歩き、ヴォルデモートが出てきた扉の前に立つ。
「とりあえず、中にいるであろう奴に話を聞くぞ」
「ワシなら、闇の帝王相手に近づこうとは思わんが」
「そうもいかないのがアニムスってやつでな」
カサンドラはアブスターゴに研究協力したときのことを思いだす。常に医者やらカウンセラーやらが付き添って、ずいぶんとカサンドラの変化に気を遣っていたのが印象的だった。
「さて……アブスターゴの連中に会うのも久々だな」
カサンドラは扉を開けた。だが、そこには誰もいなかった。部屋の中を観察すれば、部屋の奥の方にエレベーターが見える。ランプを見ると今エレベーターは地上にあるらしい。逃げられたようだ。
「……妙だな、このアニムス、本当にアブスターゴの製品か?」
部屋の中にあるアニムスらしき機械を調べると、どうにも機械っぽくない。どちらかというと遺跡にあるただの石のようにも見える。
「ワシに詳しいことはわからん。『アニムス』とやらは神秘部のほかには、カサンドラ、お主が一番詳しいじゃろう」
「……まぁ、アニムス自体はあいつらが作ったものじゃないらしいが、ここにある機械には全部あいつらのロゴがある。アブスターゴが関わっているのは間違いないだろうな」
カサンドラは近くの救急箱に印字されているロゴを指で撫でた。細長い台形が三つ組み合わさって三角形に見える特徴的なロゴだ。
「……魔法使いはマグルと断絶していたんじゃないのか?」
カサンドラが聞くと、ダンブルドアは首を振った。
「一般的にはそうじゃ」
「――なるほどな。つまり、こうやって民間企業と秘密の研究協力をすることもあるってことか」
「民間企業に秘密を開示することは滅多にない。聞くが、アブスターゴという会社は本当にマグルの会社なのかのう?」
「どうだろうな。歴史を遡るとテンプル騎士団……まあ、今も昔もやってることは変わらない。『秘宝』の探究だ」
「ふむ……」
ダンブルドアと二人で頭をひねっていると、部屋に何人もの闇祓いがやってきた。
「ひとまず、なんとか生き残ったのう。トムを捕まえられなかったのが悔やまれるが、とりあえずは生きていることを喜ぼう」
「同感だ」
ダンブルドアとカサンドラは二人並んで、部屋の外に出る。
その姿はまるで、長年の相棒同士のように気安く見えた。
カサンドラが知っているアニムスはアサクリ1と2とかに出てきた機械っぽいやつで、神秘部の奥にあったアニムスはアサクリ3に出てきたような石造りのやつです。