ヴォルデモートの存在がついに魔法省のどんなボンクラにでも——最も愚鈍なる男、ファッジですら——認知された瞬間、ダンブルドアを取り巻く状況は一変した。特に、魔法省最深部、神秘部での戦いを知った人間は恐慌状態に陥ったと言っても過言ではなかった。見たくないと目を閉じて、聞きたくないと耳を塞ぎ、そしてようやく真実を知る気になったその時、現実はすでに取り返しのつかないところまで進んでいたのだと知ってしまった。
ドラゴンすら瞬殺する最強のカサンドラと伝説的英雄ダンブルドアが2人がかりで挑んだにも関わらず、ヴォルデモートを捕縛できなかった。
その事実は、アンチダンブルドア筆頭のファッジをして即座に方針転換をせざるを得ないほどの衝撃をもたらした。
「……わかっておろうな?」
「わかってます、分かってます……! ダンブルドア先生の指名手配の撤回、名誉回復に努め、剥奪された名誉職の復職、ドローレスの任務終了……。ぜ、全部したら我々を助けてくれるのか? ほ、本当に?」
「ふむ? それで助ける気になるかどうか、自分の胸に聞いてみるがよかろう?」
ダンブルドアが言うと、ファッジは顔を真っ青にしたという。それでもなお大臣職を明け渡さないところを見るに、その席に対する執着は凄まじい。ダンブルドアとしても魔法省大臣なぞガラではないので辞退した。
そして、ところ変わってホグワーツ。アンブリッジの早期退職が朝一番に届けられ、彼女は顔を真っ赤にしてダンブルドアの名を絶叫したのだとか。
ともかく、これで全ては元に戻った。ヴォルデモートが神秘部に現れたおかげで、ダンブルドアは校長に返り咲き、アンブリッジは消え、ハリーとダンブルドアの名誉もじきに回復されるだろう。カサンドラも復職し、今日も彼女は完全武装でホグワーツを見回っている。
——だと言うのに、当のハリーはズドンと深く深く落ち込んでいた。
「ハリー、いい加減元気出して。もう1週間よ」
いつものグリフィンドール談話室。ジニーは流石にうんざりした様子で背中を撫でながら励ました、
「僕はダメなヤツだ……何が『闇の魔術に対する防衛術』の教師志望……。僕みたいなヤツには路上で転がってるのがお似合いさ」
「もう! ハリーが路上で転がると私も困るんだけど? 別にいいじゃない。ダンブルドア先生もカサンドラもそんなに怒らなかったんでしょ?」
「見限られたんだよ、多分ね」
ハリーはそう言うと、また深い深いため息をついた。
結論から言うと、ハリーは一世一代の大勝負を仕掛けたつもりで、今世紀最大のバカをやらかしたのだ。
最終試験の日、ハリーはシリウスが神秘部の奥深くに囚われ、拷問されている姿を夢に見た。いつものように、ヴォルデモートの視点になっていた。
その時点で何かを疑うべきだった。なぜ神秘部でヴォルデモートがシリウスを拷問するんだ? と。だがその時のハリーは冷静ではなかった。試験のせいで精神的に追い詰められていたのもある。それ以上に、額の傷が嫌に痛むせいで本物だと確信してしまったのだ。ハリーは自分が最も信頼できる仲間を引き連れて、ルーナの案内で森へと赴き、セストラルの背に跨って魔法省までたどり着いた。
そして、杖を取り出してさぁ救出だ、と意気込んだところで。
——救出対象の本人を含む不死鳥の騎士団に発見されたのだ。
「……赤っ恥だ。あの場にスネイプがいなくて本当によかった」
「だが、それは事実を知らないというわけじゃないぞ、ハリー」
揶揄うような声がして、ハリーは思わず声がした方を見た。
「……カサンドラ? 談話室に来るなんて珍しい」
「私が頼んだのです! まったく! 他の誰が許しても、私はちょっとやそっとでは許しませんからね!」
カサンドラを引き連れたマクゴナガルだった。ハリーは青い顔をする。
「ポッター! それからジニー・ウィーズリー! あの場にいた愚か者達を呼べるだけ呼んできなさい! つい最近忙しくて時間が取れませんでしたが、もう逃しませんよ!」
ハリーは項垂れた。もちろん、ロクに戦えるわけでもないのに戦いに赴いたジニーも、お説教の対象である。
——グリフィンドールにはバカ5人の姿がある。ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニーである。全員が談話室のソファに座らされ、割とキレた様子のカサンドラと、怒りを隠そうともしないマクゴナガルのお説教を聞いていた。
「それでハリー? 今年度の私の言葉はまるで覚えていなかったらしいな。もしあの場で本当に子供達で突っ込んでいった先に待っていたのは何だと思う? 勝利か? 違うな。絶望だ。死だ。あるいは死よりも恐ろしい目に遭うだろう。ベラトリックス・レストレンジと会ったが……あいつは真性のサディストだぞ。お前の目の前でジニーを辱めるくらい喜んでやるだろう」
「ハーマイオニー・グレンジャー。あなたには失望しました。まさか! あんなお遊戯会で『戦う力を身につけた』などと本気で思っているとは夢にも思いませんでした! あなたほどの魔女が、大人の闇の魔法使いの戦力をああも過小評価するなど!」
「ネビル。お前一年生の時の勇気はどうしたんだ。友達のために止めるのも友情なんじゃなかったのか? それとも天狗にでもなったか? 『死喰い人』に復讐するチャンスが巡ってくるかもしれないとでも思ったか?」
それからもカサンドラとマクゴナガルによるお説教はこんこんと続いた。夜まで続いた説教は、ふとした瞬間に途切れる。
「……ですから……。とにかく。本当に……無事でよかった……」
「——そうだな、ハリー、お前のやりたいことは失敗に終わったが……それは、取り返しのつく失敗だ。もし本当にヴォルデモートと対決なんてことになってたら、間違いなく犠牲者が出た。子供達か……あるいは騎士団に。そうなったらハリー、こうしてお前と和やかに話すこともなかっただろうな」
和やか? ハリーは疑問に思ったが口には出さなかった。
「……とにかく、あなたたちはこれでもう懲りたでしょう。いいですか、このような暴挙、二度としてはなりません。誓いなさい。さもなければ、私はずっとここでお説教することになるでしょう」
マクゴナガルが凄むと、5人は必死の様子で口々に誓った。もうこんなバカなことをしません、と。
「——確かに誓いましたね? ではハリー、あなたはダンブルドア先生からお話があります。校長室へ行くように」
「はい、先生……」
ハリーは立ち上がり、とぼとぼと歩き始める。ダンブルドアにもあんな風に怒られるのだろうか。いや——もしかしたら、怒ってさえくれないのかもしれない。ハリーがあんな風にバカをやらかすのはダンブルドアにとって当然で……つまり、ダンブルドアにとってハリーは超特大のバカだと思われているかもしれない。
バカがバカをやらかしていちいち怒るのは、それこそ同じくらいのバカだ。
ハリーは鬱々とした気持ちでグリフィンドールの談話室を出た。
「……アレ、いつ治るのかしら?」
「治らないなら治らないでかまわん。ジニー、お前は死にかけたんだぞ。彼氏のせいでな」
カサンドラが言うと、ジニーはしばらく考えたような素振りをする。それから、にっこりと微笑んで首を振った。
「死んでないわ、私。それに私、ハリーの役に立てると思ったら、ワクワクしてしょうがなかったの」
「——追加のお説教が必要そうだな」
「待って待って待って!? とにかく、私アレくらいじゃハリーを嫌いになったりしないわ」
ジニーが焦ったように言うと、カサンドラはため息をついた。
「……こんなことを続けていたらいつか死ぬぞ」
「次は、もうちょっと上手くやるわ」
「ジニー・ウィーズリー、今回は本当に運が良かっただけです。それから、誓いのことを忘れてはいませんよね?」
「大丈夫です、マクゴナガル先生」
「ならよいのですが」
マクゴナガルはジニーに一言そう言うと、ハリーと同じくらい落ち込んでいるロンに顔を向けた。
「随分と堪えたようですね」
「……僕、やれると思ってたんだ。だって強くなったし」
「強くなっただと? どこがだ?」
「だってたくさん魔法覚えたし、使う訓練だってした。大人相手だって戦える。そう思ってた」
「バカなことを。『死の呪文』は練習したんだろうな?」
「するわけないだろ!?」
ロンが叫ぶが、カサンドラは静かに首を振った。
「戦いの初心者にとって強くなるってのは、『殺しが上手くなる』ことだ。まさか本当にそんな気概で『死喰い人』と戦う気だったとはな」
「でも……騎士団の人たちは殺したりしなかったんでしょ?」
ロンがマクゴナガルに聞くと、頷いた。
「もちろんです。彼らには聞くことが山ほどありますのでね。しかし、忘れないでいただきたいのは、我々の中に『死喰い人』を3人『減らした』カサンドラを咎める人間は誰一人いませんでしたよ」
「モリーなんか殺す気満々だったぞ」
カサンドラが当然のようにそんなことを言うと、ロンとジニーの二人が同時に目をまんまるくして驚いた。
「……ママが? 嘘だよねマクゴナガル先生?」
「あの場で『死喰い人』達に最も殺意があったのは……そうですね、モリーだと言えるでしょう」
「なんで!? ママはそんなことするような人じゃない!」
「ジニー・ウィーズリー。あなたを捕まえて拷問すると『死喰い人』が言ったからです」
「……私を?」
マクゴナガルは頷いた。
「娘を拷問する気がある人間の存在を許せるほど、モリーは甘くありません。あなた方を愛しているからこそ、あなた方を傷つける人間の存在が許せないのです」
「……」
「……」
ジニーとロンはお互いの顔を無言で見た。
「当然……あの場にノコノコやってきていたお前らにもキレてるぞ。夏休みは覚悟するといい」
「マクゴナガル先生、僕たち夏休みはホグワーツにいます」
「ダメです」
きっぱりはっきりとマクゴナガルは断言した。家に帰ると凄まじいお説教が待っていると思うと憂鬱である。
だが……もし『死喰い人』と戦っていたら、憂鬱に思うことすらできなかったかもしれないのだ。
「……ねぇカサンドラ。私……。私、どうすれば良かったのかしら」
「お前らがあの場に来た詳しい事情を私は知らない。話してみろ」
カサンドラが言うと、ハーマイオニーは頷いた。
「ハリーが夢を見たと言ったの。かなり……無茶な内容だったわ。シリウスは常に家の中に引っ込んでるのに何故か捕まってて、しかも場所は神秘部。……携帯電話で連絡するように言ったわ。繋がったし、ハリーと話もした。でも……」
「それが欺瞞かもしれないってハリーが言い出したんだ」
ロンが言う。カサンドラは不思議だった。欺瞞? どうやって嘘をつくと言うのだ?
「シリウスが拷問されてるなら携帯電話のことを話したかもしれない。だからこの電話も確実なものじゃないって言い出して……」
「それで、無事を確かめに行こうって言ったんだ」
「なるほどな。誰もいなければ杞憂で済み、囚われているなら救出する、と」
カサンドラがまとめると、ハーマイオニーもロンも頷いた。
「ダンブルドア先生はどこにいるかわからないしカサンドラもいなくなっちゃうし……。私たちでなんとかするしかないって、勝手にそう思い込んでたの」
「ふむ」
「結局私は……ハリーを止められなかった。せめて戦力になれるようにって、ついていったわ」
今にして思えば、選択肢はいくつかあったように思う。例えば他の騎士団メンバーに連絡するとか。……それすら思いつかないくらい、視野が狭くなっていたのだ。
「……大人への不信は、大人の責任でもあります。本当に……本当に、何事もなくて良かった」
マクゴナガルが言った。そう、きっと……みんな追い詰められていたのだ。アンブリッジに支配され、今までと環境がガラッと変わってしまって、無意識下で影響が出てしまった。
「……カサンドラ、もうホグワーツは大丈夫なんだよな?」
「ああ。もう何もかも、元通りだ」
カサンドラはしっかりとそう断言した。
——1996年 6月 ホグワーツ校長室
ハリーは陰鬱に落ち込んだまま校長室の椅子に座っていた。ダンブルドアは自分の執務机に座り、何やら書類を見ている。
「……ほっほっほ。怪我の功名というやつじゃのう」
想像していたよりも明るくて朗らかな笑い声に、思わずハリーは顔を上げた。
「ハリー、お主は確かに失敗してしもうたかもしれん。しかし結果さえ見れば……ワシは校長に返り咲き、カサンドラは復職し、アンブリッジは元の魔法省へと帰っていった。ヴォルデモートの現状を知ることもできたし、『死喰い人』達の実力も測れた。あまりにもワシにメリットが多いのう」
これでは怒って叱ることすらできぬ、とダンブルドアは笑う。
だが、ハリーの顔は晴れなかった。
「先生……でも、それは結果論です。僕は……友達みんなを、危険に晒した」
「うむ、そうじゃな。しかし、お主は簡単な赦しに縋りつかなかった。——確かにワシや、大人たち、みんなが結果的には『良い』方向へと進んだ。しかしハリーはそれを正しいことだとは思ってはおらんじゃろ?」
ハリーはうなずく。もっと上手く……いや、もう少しだけ冷静だったなら、バカをやらかすこともなかった。
「しかし……『何もかも上手くやる』だの、『もっと冷静に』だの……実に難しいのう。ハリーや、今回失敗したのはお主だけではないぞ」
「え?」
「ワシも……ワシも愚かじゃった。全ての情報はワシの手にあった。何もこんな……そうじゃな、お主の失敗は……お主の目の前にいる老人のせいだと言うこともできる」
「——は? でも、僕が勝手に暴走して、勝手に魔法省に乗り込んだんです」
「それらをワシは全て知っておった。だからこそ、魔法省に来た時点で合流できたのじゃ」
「……それは……確かに変だと思いました……けど」
ダンブルドアはゆるゆると首を振った。
「……今年でお主は……16歳じゃな。ヴォルデモートも復活し……さらに強大になった。それを此度実感したのじゃ。ともすればそんなこと、あり得なければ良いとさえ思っておった。しかし……。ワシはおそらく、今からお主から軽蔑されるじゃろう」
「そんな! 僕がダンブルドア先生を軽蔑するなんて、そんなことありません!」
ハリーが言っても、ダンブルドアは頷かなかった。
「——時期が来たのじゃ。お主はヴォルデモートをこの上なく邪魔に思っており……そして、ワシは……ワシは、お主がそう思うことを、都合が良いと、そう思っておる。
——真実を、話す時が来たようじゃ」
ダンブルドアは、意を決して話し始めた。……カサンドラにも話したことがない、ある種、懺悔にも似た、真実を。
「ことの起こりは15年前。ハリー、お主の両親が殺され、ネビルの両親が拷問された時じゃ。それよりほんの少し、前のこと。——予言が下されたのじゃ。ヴォルデモートの、死をなにより忌避する男の破滅を予言したものだった。
予言でヴォルデモートに引導を渡すと予言された子供で、可能性があるのは二人。
お主と、ネビルじゃ」
「ネビルが……? じゃあ僕も、ネビルも……予言なんかに親を奪われたっていうんですか?」
「残念じゃが、その通りじゃ」
ハリーはそれだけではらわたが煮えくりかえりそうになった。予言? 予言だと? そんなもののために自分の両親は死んだのか?
「……大事なのは、ヴォルデモートを倒すと予言されたのは……お主だと、ワシが確信したということじゃ。故に……。故に、ワシはお主に……辛い思いをさせることになった」
「……どういう……」
「ダーズリー家にお主を預けることを決めたのは他ならぬワシじゃ。ワシは全てを知っておった。彼らが魔法使いを良く思っていないことも、しかし魔法使いの事情をある程度知っていることも。お主が愛されて日々を送るのがあり得ないとわかりつつも、お主をあの家に預けた」
ハリーは一瞬、ポカンとした表情をした。そして、次の瞬間に幼少期からホグワーツに入学するまでの地獄のような日々が、辛くて苦しいだけの日々が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
——そして、気がついたらダンブルドアの鼻先に杖を突きつけていた。そして、ハッとなって慌てて杖を下げた。
「——あ……ご、ごめんなさい」
謝りつつも、怒りの感情はなくならない。
「——謝る必要はないじゃろう。ワシはそうされるだけのことをした。理由を話そう。何もかもはお主を生き延びさせるためじゃ。ワシはお主がただ生き延びるために、お主の幼少期を過酷にすることを選んだのじゃよ」
「……なんで、マグルの家に預けることが、僕を守ることなんですか」
「何もかも……お主の母親が関わっておる」
「母さんが……?」
「左様。不思議に思ったことはないかの? 『なぜ自分が生き残ることができたのか』と。その答えは、古い古い魔法じゃよ」
ハリーはますますわからなくなる。ハーマイオニーに解説してほしかった。だが、ここにはハーマイオニーよりも優れた魔法使いがいる。そして、その魔法使いは先生である。
「『護りの魔法』……。母が子に対して発動する強力無比な魔法じゃ。その魔法が効果を持続させている限り、ヴォルデモートはお主に指一本触れることが出来ず……もし触れた場合、苛烈なる制裁が加えられる」
「……あ……」
ハリーは一年の時のことを思い出す。ヴォルデモートに取り憑かれたクィレルは、何故かハリーに触れるだけでまるで土くれのように崩れていった。それが魔法の効果だというのだろうか。
「しかしその魔法には維持にとある制約があっての。『血縁者の住まう家を『家』だと認識していること』じゃ」
「だから……僕はダーズリー家に預けられたんですね。ペチュニアおばさんの住んでいる家を、家だと思うために」
ダンブルドアは頷いた。さらに、話を続ける。
「……予言と、そして護りの魔法に関することは——計画では、ホグワーツに入学した年にするはずじゃった。お主が世界で唯一ヴォルデモートを倒せる人間で、そしてそのヴォルデモートから身を守るためには今の家に住み続けなければならないと。そう伝えるはずじゃった」
だが、現実はそうなっていない。ダンブルドアの計画は遅れに遅れて5年経った今、ようやく再開したと言える。
「なんでですか?」
「ワシは……お主が大人を信用していないことは、入学してから一年で理解していた」
「……」
「そうなった理由も簡単に想像がついた……。だからこそ、ワシは……ワシはお主に言えなかった。言うべきでないと判断してしまったのじゃ。まだ幼い。まだ子供だと、そんな言い訳をして。そして結局、今この時分までワシには言う勇気がなかった」
ダンブルドアの言葉には後悔が滲み出ていた。
「ワシはお主の幸せを願った。ここで何も知らずに健やかに過ごすことを願ったのじゃ。ワシは……お主を愛おしく思いすぎた。
——しかし運命は、お主を逃さなかった。毎年お主はトラブルに見舞われ、命の危機に瀕し……その度に生き残る。誇らしかった。お主が危機を脱して功績を一つ立てるたび、ワシは心から嬉しかった」
「——待ってください。それじゃあ、まるで僕が……本来は幸せになれないみたいな言い方じゃないですか」
ハリーが不愉快そうに言った。ダンブルドアは深く頷くと、そっと懐からガラス球を取り出す。
「魔法省大臣から『特別に』許可をもらって持ってきたものじゃ」
「これは?」
「これは……かつて、ヴォルデモートが欲してやまなかったもの……予言そのものじゃよ」
そうしてダンブルドアはガラス球を宙に放り投げる。つい、とガラス球を指さすと、ガラス球が砕け散り、そして、予言の全てが明らかとなった。
『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている……七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる……そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きるかぎり、他方は生きられぬ……闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう……』
難しい言い回しがあるため、ハリーにはくわしいことは分からなかった。だが、ハリーでも理解できたことがある。
「……一方が生きる限り、他方は生きられぬ?」
「その通りじゃ、この予言が真実だとするなら、お主かヴォルデモートか、どちらか一方は、どちらか一方に殺されて死ぬ。それがハリーか、それとも彼奴かまでは確定しておらん。だからこそワシはずっと、ずっと言えなかったのじゃ」
ダンブルドアはハリーを見つめる。彼の胸中にどんな感情が渦巻いているのか、ハリーにはわからない。
「お主は人を殺さねば生存することが出来ぬなど、言えるはずもない……。それはつまり、死にたくなければ人を殺せと言うことと何が違うのか。ワシにはわからなかった。だから……だから、少なくとも学校を卒業するまでは、と……彼女を雇った」
「……カサンドラを?」
ダンブルドアはうなずく。
「彼女なら、書物に記されるだけのことをやってのける彼女なら、ヴォルデモートを倒すまではいかなくとも撃退はできるじゃろうと、そう考えた。そしてそれは間違っていなかった。しかし……運命はそれでもなお、お主を追い立てるのじゃよ」
「……僕が……あいつを『邪魔』だと思った——」
「然り。まるで予言を実現させるかの如く、お主はヴォルデモートに殺意を抱いた。……愚かで臆病なワシは、それをマクゴナガル先生から知らされた時、なんと思ったと思う?
『しめた』と、そう思ったのじゃ。ワシにとっても、そしてハリーにとっても予言は都合の良いものになったと、心から安堵した。
……安堵したが故に、こうして話すことを決めたのじゃよ」
ダンブルドアはそれきり、しばらく何も言わなかった。
ハリーは知らされたことを頭で理解するまでに、かなりの時間を要した。
——つまり。ヴォルデモートか、ハリーか。どっちかがどっちかを殺す。
「先生」
ハリーは顔を上げて、ダンブルドアの顔をしっかりと見据えた。
「僕はホグワーツの先生になりたいです。ジニーと結婚もしたい。だから……。だから、死ぬのはヤツだ。僕じゃない」
ハリーはキッパリとそう言った。予言が嘘か本当か、どっちでもいい。
ヤツを殺すための大義名分があって、それをダンブルドアが肯定するのなら、それでいい。
——ダンブルドアは卑怯者だ。ハリーが予言を信じるか信じまいか、どっちにせよヴォルデモートと戦うことを決めるだろうと分かっていて、話した。
「……そうか。そうじゃの。若き者が生き、老人が死ぬ。至極……至極、自然な話じゃな」
でも、とハリーは続ける。
「僕は強くなりたい。ダンブルドア先生、僕を強くしてください」
「——無論じゃよ」
ダンブルドアは頷いた。
——胸に凄まじい罪悪感を抱えながらも、ハリーを戦いに引き摺り込むことにしたのだ。
そうするしかないとわかっていても、それでもなお。ハリーには、戦いから遠い世界で生きてほしかった。
叶うことがない願いだと、15年前から分かっていたことなのに、願わずにはいられなかった。