――1992年8月 ダイアゴン横丁
夕暮れ時。サイン会が終わり、人の往来もまばらになったころ、大きなトランクを持ったロックハートが書店で待っていたカサンドラを見つけた。
「お待たせしましたか?」
「気にするな。待ち合わせしていたわけでもない」
「これから、ホグワーツに戻るのですが……その前にどうです? ホグズミードでひとつ」
「いや……仕事が立て込んでいてな。今日は帰る」
ロックハートは残念そうだった。
「そうですか。しかし……。私は約束通り、結果を見せました。カサンドラはどう思いましたが?」
「すごいと思ったよ。あんたほどのアイドルがこの先出てくるとは思わないが……なあ、ロックハート」
「なんです? あなたも、私の魅力にやられてしまいましたか?」
「……かもな。だが今日昼間見て確信したよ。あんたと深い仲になったら、おそらくホグワーツの半分を敵に回すだろう。そういうのは、私の趣味じゃないんだ」
「なんと! この私の名声と栄光が素敵な女性との逢瀬を邪魔するとは……しかし、私はこの功績を捨てることはできないのです。私が私である限り、この先にも栄光は積み上がり、名声と、そして人気も、上がっていくのです」
「そうか。なら、今日はこれで終わりだ。また、新学期」
「ええ。また、新学期に」
ロックハートはカサンドラに手を振った。カサンドラも同じように手を振ると、ダイアゴン横丁の出口、漏れ鍋へと向かっていく。
「……」
その背を、ロックハートはずっと見つめていた。
――1992年、9月 ホグワーツ特急 キングスクロス駅行乗り場
カサンドラは仕事着――完全武装の状態でホグワーツ特急を待っていた。同じように、隣にはハグリッドがいる。
「今年度が始まるな」
「ああ。改めて手はずを確認するぞ。私は上級生を、ハグリッド、お前は新入生を案内する。私は馬に乗って護衛。ハグリッドはボートの監督」
「それで合っちょるな。再三の確認になるが、生徒たちの馬車を牽いているのはセストラルという生き物で、ドラゴンに似とるが別の生き物じゃ。生徒に危害は加えんから、くれぐれも、傷つけんでくれ」
「わかった。他に気を付けることはあるか?」
「いや、そんなもんだ。まあ、気楽にやってくれ」
ああ、と返事をすると、ちょうどホグワーツ特急が到着した。
「さあ! イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」
「上級生! 上級生はこっちだ! 私に続け!」
今年度の仕事が始まった。
新入生はずんぐりとした2メートルを超える大男と、完全武装の人間が出迎えに来るホグワーツに、いきなり不安を感じていた。
――1992年9月、ホグワーツ廊下
カサンドラは大広間に上級生たちをぶちこんだあと、教員席へと向かおうとしたところで、マクゴナガルに呼び止められた。
「カサンドラ」
「どうした。トラブルか」
「はい。その、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーがいませんでした」
「……なんだと?」
カサンドラは確かにそういわれてみれば、列車にいなかったような気もする。
「それで、生徒がホグワーツ特急に乗り遅れたらどうなるんだ?」
「教員が連れてきます。まだ新学期は始まっていないので、減点はなしで、軽い罰則で済ませます。もちろん、事情によっては罰則もなしになることがあります」
たっぷりと時間を使って待っているホグワーツ特急に間に合わない生徒というのは本当に多種多様の理由があり、大体は罰則もなしになることが大半だ。ホグワーツ特急のホーム、9と3/4線へつながる壁が閉じていてなぜか通れない、などの理由は罰則なしになる理由足りえる。その時、廊下中に車のエンジン音が遠くから響いてきた。カサンドラはこのエンジン音に聞き覚えがあった。
「――空飛ぶ車で登校を強行した場合はどうなるんだ?」
マクゴナガルは顔をひきつらせた。
「重い罰則です」
「だろうな。行ってくる」
カサンドラは肩をすくめて、歩き出した。中庭に向かって歩いていると、話し声が聞こえる。
「
「早く、急がないと。ロン。新入生の歓迎会はもう終わってるかな」
「今から行けば間に合うだろうさ。それにしても、ちらっと大広間が見えたけど……スネイプとカサンドラがいなかった。もしかして二人でどっかにしけこんでるのかな」
「スネイプとカサンドラが?」
「そうさ。あんな陰気な奴と楽しくおしゃべりする教員なんて、ダンブルドアを除けばカサンドラくらいさ。きっと来年には結婚してるかも。そうしたらちょっとはあのじめじめ具合がマシになるさ!」
「カサンドラとスネイプが結婚したら、あいつはロンドンの事務所勤務にならないかな。あるいは、寿退社とか」
「そりゃいい! 今もスネイプとカサンドラが仲良くしてると思えば、ほんと笑えるよ。あのカサンドラに求愛するスネイプを想像してみろよ! それだけで今年一年分笑えるってもん――」
「――あるいは、その
カサンドラも、ロンとハリーの前に立つと、腰に手を当てて言った。
「もしかしたら、カサンドラはマクゴナガルの指示で二人を探しに出ていたのかもしれないな」
ハリーとロンは恐怖にお互いを抱きしめた。
「か、カサンドラ、僕らは」
「きたまえ!」
スネイプが宣言すると、ハリーとロンは慌ててスネイプについていった。普段なら恐ろしいスネイプだったが、今はまるで救いの神のようだった。
「カサンドラ、一緒にいかがかな」
「ぜひ」
救いはないと、幼い二人は確信した。
――1992年9月、スネイプの個室
『空飛ぶフォード。マグルに目撃か!?』
スネイプは夕刊の預言者新聞を机の上にたたきつけた。
「少なくとも、7人のマグルに見られたのだぞ!」
「……」
「しかもあれ、アーサーの持ち物じゃないのか? 確か、使うのは法律違反だったはずだ」
「――」
スネイプはロンの顔を睨みつけ、彼らしくない力強さで怒鳴る。
「事の重大さがわかっているのかね。危うく、我々の世界がさらけ出されるところだったのだぞ!」
「ハリーもだ。お前はマグル育ちだろう。マグルとして生活していた時の遵法精神はどこへ行ったんだ。魔法界の悪いところをまねるんじゃない」
ハリーとロンは針のむしろである。スネイプとカサンドラ、二人に正論でちくちくと刺されているのだから当然である。
「それに、法律違反の塊であるあの車に、『暴れ柳』も相当な傷を負った! 貴様らが生まれる前から植わっている貴重な木が、だ!」
「で、でも先生、僕らも重大な被害を受けました」
「黙らんか! 貴様ら悪ガキは放っておいてもあとからあとから出てくるが、暴れ柳は本当に貴重なのだぞ! 貴様らがもし、私が監督するスリザリンの生徒だったなら、汽車で送り返しているところだ! ――今夜にだ!」
「そんな」
「しかるに――」
「それを決めるのはセブルスではないじゃろう?」
その時、まるで救いの手が差し伸べられたように、ダンブルドアが割り込んだ。
「……校長。今回ばかりは吾輩も引き下がるつもりはありません。こやつらは未成年魔法制限に関する法令を愚弄したのですぞ」
「法律は知っておるよ。大半はワシが書いたものじゃ。確かに、今回のことが明るみになれば、杖が折られるかもしれぬ。じゃが……。ホグワーツとしての罰則は、寮監のミネルバにその権限があるのじゃ」
「……わかりました」
スネイプは不服そうだったが、一応は納得したらしい。
「その、先生。僕ら、荷物をまとめます」
「なぜです?」
マクゴナガルが言った。
「その、退学でしょう、僕ら」
「……可能性はありました。しかし、まだ、大丈夫ですよ。
「……はい」
「歓迎会は終わりましたが、食事はあなたたちの為に取ってあります。大広間で食事をしたら、今日はもう休みなさい」
「はい、先生」
とぼとぼと、二人は部屋から出て行った。
「なあ、ダンブルドア」
「なんじゃ」
「今回の件、かなりヤバいんじゃないか」
「そうじゃのう。まあ、杖が折られる事態にはならんよ」
カサンドラは首を振った。
「そうだろうが……役人の調査がホグワーツに来ることはないのか? そうなった場合、私はどう対応すればいい?」
「可能性としては、ありえるじゃろう。しかし、わしがそうはさせんよ」
「……そもそも、なんであいつらは遅れるような事態になったんだ?」
「大方、二人で遊び惚けていたのではないのですかな」
「二人はずっと同じ家で暮らしてて、他のウィーズリーは全員いる。何かあったんじゃないか?」
「何か、とは何かのう」
カサンドラはおずおずと言う。
「私も詳しくは知らないんだが……ハリーは、ここに来る前に警告されたらしい」
カサンドラの言葉に、全員の顔色が変わる。
「警告?」
「ああ。なんだったか……屋敷妖精、いや、妖精しもべ……」
「屋敷しもべ妖精、じゃな」
「そう。そいつだ。そいつがいきなり自分の部屋にやってきて、自分の立場をめちゃくちゃにした上に、『ホグワーツは危険だから戻るな』って言われたらしい」
「そんなことが……ありがとう、カサンドラ。どのような危険かはわかるかの?」
カサンドラは首を振った。
「いや、そこまでは知らないらしい。ただまぁ、外部からの敵なら私の領分だ。……だが、去年みたいに搦め手でこられたり、ホグワーツの中に敵がいたりしたら、後手に回るかもしれん」
「そこは、心配しないでいただきたい。非常に、不愉快なうえに気が進みませぬが。吾輩も目を光らせるとしよう」
「おお、そういってくれるか、セブルス。ワシも気を付けるとしよう。ミネルバも、いつも以上に生徒の変化に気を付けておくれ」
「わかりました」
「うむ。ではわしはこれで」
「私も出ていく。スネイプ、その、木は大丈夫なのか?」
「まったく、全然。スプラウト教授に治療が可能かどうか診察してもらうところから始めなければならぬ。全く、忌々しい……ポッターめが」
「私に協力できることがあったら言ってくれ。体力仕事なら、ここにいる誰よりも自信がある」
「カサンドラに頼む前に彼奴らに命じて、極限まで疲労させたあとになるでしょうな」
「ほどほどにな」
カサンドラはスネイプの部屋から出て行った。マクゴナガルも一緒に部屋を出る。
「カサンドラ。罰則なのですが」
「どうした」
「あなたの仕事を手伝う、というのはいかがでしょう」
カサンドラは眉を顰める。
「気持ちはわかるが、私の仕事は罰になるようなものじゃないぞ。生徒とよくしゃべるし、生徒とじゃれることもある。そもそも、私は罰になるような勤務をする気がないから」
「それは……残念ですね。自らが破壊した秩序を維持するのがどれほど大変なのか、彼らに体験してもらいたかったのですが」
「それに、もしそうならあいつらに嫌われるかもしれないだろう」
「それで嫌うようなら、彼らの人間性もその程度ということです」
カサンドラはため息をついた。
「子供に嫌われるって、結構きついんだぞ?」
「カサンドラ。その気持ちを私が知らないと思っているのなら、心外ですね」
厳格と、ルールを形にしたようなマクゴナガル。授業も厳しいらしい。悪ガキたちにはたしかに、好かれるタイプではないだろう。
「――悪かった。だが、マクゴナガル。ハーマイオニーはきっとあんたが大好きだ」
「ええ。この仕事は理不尽に嫌われることもあります。しかし、それ以上に、たくさんの生徒に好かれます。だから、ずっと続けているのですよ」
「……本当、尊敬するよ」
カサンドラは、教師という職がなぜ聖職と言われるのか、心から理解しつつあった。
――1992年、9月、ホグワーツ大広間
空飛ぶ車でハリーとロンのコンビが登校した翌朝。カサンドラが朝食にステーキを食べていると、ハーマイオニーがツンとした表情で『ヴァンパイアとバッチリ船旅』を読んでいるのが見えた。どうやら小さな秩序の守護神は、ハリーとロンの登校方法が特に許せなかったらしい。ハリーやロンが謝っているが、彼女は取り合わない。
「ポッター。ホグワーツ最後の朝食の味はどうだ? これから魔法界でどう身を振るのか、校長には相談したのか?」
「うるさい、マルフォイ。僕らは退学になんかならないよ。残念でした」
マルフォイも意気消沈している二人を煽りにわざわざグリフィンドールの席にまで来て突っかかっている。その労力はいっそ称賛したいほどである。
「ポッター。何も教師から言い渡されるのが退学じゃないぞ。世の中には『自主退学』というものがあるんだぞ」
にやにやとマルフォイが笑っていると、朝のフクロウ便がやってきた。一匹の老ふくろうが手紙をロンのところへ配達しようとして、高度制御に失敗してシリアルの山が盛られた皿に激突した。
「スネイプ、あれ大丈夫なのか?」
隣のスネイプに聞くと、彼は顔をゆがめて答えた。
「――全く。またウィーズリーか。だが、今回は奴に責任を負わせるわけにもいくまい。ウィーズリー家は家庭財政がよろしくないのでな」
「なるほどな」
ロンが老フクロウがつかんでいる赤い封筒を手に取ると、周囲がザワリ、と湧いた。
「……退学勧告じゃなければいいな、ウィーズリー」
捨て台詞をはいて、マルフォイがスリザリンに戻っていった。絶好調だったのに、まるであの赤い封筒が危険物かのような反応に、カサンドラは不思議に思う。隣のスネイプに視線をやると、苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。
「カサンドラ、覚悟しておけ。だが、危険はない」
「は?なにが」
「ロナルド・ウィーズリー!!」
カサンドラは思わず耳を塞いだ。感覚の鋭いカサンドラだから大きく聞こえたのかと思えば、周囲の教員はなにやら杖を振って呪文を唱えている。『クワイエタス――静まれ』と。
魔法が使えない哀れなカサンドラはやかましく叫び続ける赤い封筒……『吠えメール』を聴き続けなければならなかった。
「今回のことでほとほとお前には愛想がつきました!お父さんの車がなくなって、私たちがどんな気持ちになったか!死んでもおかしくはなかった!校長先生からの手紙が届いて、私たちは顔から火が出るような思いでした!それに、お父さんは役所で尋問を受けたのですよ!マグル保護法を推進する役人が!
いいですか、ロナルド・ウィーズリー!次、もしほんのちょっとでも校則を破ってご覧なさい、すぐに飛んでいって、家に連れて帰ります!必ず!その日のうちに!今年一年、どんな優等生よりも礼儀正しく生きることを、お母さんは期待しています!」
そこまで一息で言うと、赤い封筒はひとりでにビリビリになって細切れになってしまった。
「――あれは?」
「吠えメールだ。親子揃って人の迷惑を考えんヤツだ……」
「まぁ、相変わらず仕組みはよくわからんが。あの様子なら、うっかりもう一度同じセリフが繰り返されることはなさそうでよかったよ」
「そのような吠えメールが存在したら、魔法省が直ちに禁止するだろうな」
「――だろうな」
グリフィンドールの席なんてもう1分も経つのに耳を押さえてる生徒がいるぐらいだ。よほど煩かったのだろう。
「騒動はこれきりにしてほしいよ」
「だと、いいがな」
二人揃ってため息をつく。こういう風にシンクロしたような動きを見せるから、恋人説が流行るのだということを、二人だけが知らなかった。
スネイプの説教シーン映画と小説で全然違うシーンなの印象深いですね。