ホグワーツの教室で、ダンブルドアが魔法を放つ。無言で……しかも杖すら持っていない状況で。ハリーは素早く杖を構えると無言呪文で盾の魔法を使い、『普通の『死喰い人』が放ってくるレベル』に落とされた失神呪文を弾いた。
「……驚きだな。まさか本当に夏休みが終わる前にモノにするとはな」
「言うたじゃろう? ハリーには才能がある」
楽しそうにダンブルドアが言った。ハリーはその姿を見て、なおさら教師になりたいと思った。きっといつか、大人になった時、ハリーはダンブルドアの立場になることがあるのだろう。その時、つきっきりで教えた子供が成果を出した時、それがどんなに誇らしくて嬉しいことか。想像するだけでワクワクしてくる。
「——何を喜んでるんだダンブルドア。戦いの才能が開花するなんて、何が嬉しい?」
「……そうじゃの。ワシとしたことが……。どのようなものであれ、教え子が結果を出すと言うのは教師として至上の喜びなのじゃよ。お主も、じきにわかるじゃろう」
「まぁ、だといいが。さて、ハリー」
カサンドラはため息をつきつつハリーに近づく。
乗り気でないなりに、カサンドラはハリーにしっかりと教えた。ハリーの想像と違って、カサンドラは乱暴な言葉を使わなかったしハリーができなくても見捨てたり罵倒したりしなかった。てっきりそんなことをされると思っていただけに、ハリーは夏休みの訓練を負担に思うことなくやり切ることができた。
「お前は……暗殺者として、私に訓練を受けて、そして成果を出した。ダンブルドアの杖なし無言呪文を無言呪文で弾くことができた。……認めるしかないだろうな」
カサンドラは手に何か、小手のようなものを持っていた。ハリーにそれを渡す。
「……これは?」
腕につける小手で、腕の内側に仕掛けがしてあって、何かを手のひら側に勢いよく飛び出させることができるようになっている。『何か』と表現したのは、本来なら刃物がある場所には何もなかったからだ。
困惑するハリーに、カサンドラが解説をする。
「アサシンブレード……の、魔法使い用だ。ほら、ここに杖を嵌めれば……そうだ。ここを動かせば飛び出て、そう、もう一度動かせば引っ込む。いつもつけていろ。ホルスターはもういらんだろう」
ハリーは杖腕に嵌められた仕掛けを動かす。
シャキリ。
子供の頃に聞いたあの音が、自分の腕で鳴った。だが、自分の腕から飛び出るのは刃ではなく、使い慣れたあの杖だった。杖の柄が手のひらのちょうどいいところに来ているので、それを掴む。魔法を軽く使ってみると、問題なく使えた。しまうのには少々慣れが必要だが、慣れればすばやく杖を出し入れできそうだった。
「ハリー。最後に、アサシンの信条を教えようと思う」
「……信条?」
カサンドラは頷いた。カサンドラは教室の黒板に向かうと、一つのマークを描いた。
アルファベットのAに、真横にした三日月があるようなデザインのマークだった。
「アサシン教団とよばれる集団のマークだ。そして、アサシンとなる者には、信条を教えることになっている。
——たとえ世の中の人は真実を盲信すれど、忘れるな。
『真実などない』
——たとえ法や規律に人が縛られようとも、忘れるな。
『許されぬことなどない』
闇に生き、光に奉仕する我らアサシンの信条を、常に心に刻め。
——『真実はなく、許されぬことなどない』」
カサンドラはハリーの目を真っ直ぐに見て、そう言った。
「——それって……ほとんど首無しニックが言ってた……」
「なんと? サー・ニコラスもアサシンじゃったとは」
ハリーが呆然と言った言葉に、ダンブルドアが驚いた。
「ハリー、ヴォルデモートを消すことは……許されるだろう。法や道徳、そしてお前がどう思おうと。だから、気に病むことはない。そして……ヤツを消したら、その小手を外し、二度と使うな。いいな?」
ハリーは自分の小手を見る。そして、カサンドラを見返す。
「わかった」
「——なら、いい。防御は荒削りだが、この一年集中的にやればもっと伸びるだろう。次は攻撃だな。攻撃に関しては、ダンブルドアから試練がある」
カサンドラはそう言うと、ダンブルドアに視線を向ける。
「うむ。この一ヶ月、お主は本当によくやった。ワシらの期待によく応えてくれた。故に、お主ならワシからの試練もきっと達成できると信じておるよ」
「ありがとうございます、先生」
「なんの。では、試練の内容を発表するかのう。期限は今年度が終わるまで……つまり六月までじゃな。そして気になる内容じゃがな。
——ワシから杖を奪うのじゃ」
ハリーは頭の中が真っ白になった。
「え? いま、今なんとおっしゃいました?」
「いつ、いかなる時も、どんな手段も許容しよう。お主は全身全霊をかけてワシから杖を奪うのじゃ。——この杖を」
ダンブルドアは自分の杖をハリーに掲げて見せた。かなり特徴的な杖だった。等間隔にコブのような節が杖の尻から杖の先まである。先端に行くにつれコブのような節は小さくなっている。柄の部分から先端まで凹凸が少ないのが一般的な魔法使いの杖だが、ダンブルドアの杖はかなり異質だった。
「ハリー。この杖を奪うことができたなら……ワシは、お主を戦士だと認めよう」
「私も……まぁ、同意見だ」
「いつでも? どんな手段でも? 本当ですか?」
「うむ、そうじゃ」
ダンブルドアがそう言った瞬間。ハリーの杖が閃いた。
「そうなんですか——『エクスペリアームズ——武器よ去れ!』」
完全な不意打ち。だが、ハリーの渾身の一撃はあっさり、というかまるで子供の悪戯をいなすかのように容易く防がれた。杖を構えることすらせず、盾の呪文に弾かれたのだ。
「おお、そうじゃそうじゃ。いかなる時でも狙うがよい。誰に聞いてもいいし、誰の手を借りてもよい。しかしのう。不意を打つなら、無言呪文が最適じゃよ」
それができたら苦労しない。ハリーは悔しそうに歯噛みした。どう考えてもできるわけがない。
だが、同時になぜ二人がこんな試練をハリーに課すのかもよくわかっていた。
ヴォルデモートは今やカサンドラと、ダンブルドアがそろっても仕留めきれないほど強くなった。ダンブルドアから一本取るくらいの腕がないと、ヴォルデモートの前に出ても殺すことなどできやしない。
「よいかの」
ダンブルドアは念押しするように、はっきりと、きっぱりと、断言した。
「お主はワシから一本取らねばならん。そんな状況で、協力者を選り好みするのは愚か者のすることじゃ。たとえ……たとえスリザリンでも、たとえそれが不倶戴天の敵だと思っていた相手でも……ワシから杖を奪う一助になるのなら、手を取るべきなのじゃよ」
ダンブルドアの例え話に、ハリーは1人の男の顔が浮かんだ。ドラコ・マルフォイ。父親が『死喰い人』の、碌でもないやつだ。
「でも先生」
「おっと、『でも』はナシだぞ、ハリー。お前は仮にも暗殺者見習い。師匠の言葉には『はい』だ」
カサンドラがすかさずハリーの反論と……それから疑問を封殺した。その連携に不審なものを感じつつも、ハリーは頷いた。
「はい、先生」
「うむ。ゆめゆめ、忘れるでないぞ」
「はい先生——っ」
ハリーは神妙に頷いたフリをして、言葉の終わり際に無言呪文で武装解除呪文を打とうとする。しかし、流石に武装解除呪文を無言呪文で撃てるほど、ハリーは習熟していなかった。
「うむ、良い心がけじゃ。さて、ハリーや。今日はこの辺にしておこうかの」
ダンブルドアの試練は夏休みが終わるまで続いたが、ハリーは未だに杖を奪えていない。
——1996年 9月 ホグワーツ
ハリーはホグワーツで訓練してたんだからそのまま新学期まで過ごすつもりだったのに、夏休みが終わる前日にわざわざダーズリー家に帰されてしまった。
「ハリー。夏休みのホグワーツは、お主にとって『訓練所』じゃった。しかし、明日からは違う。明日からはお主は『見習いアサシン』ではなくホグワーツの生徒としてここにくるのじゃよ。よいな?」
そう言われれば納得するしかなかった。ハリーは釈然としないものを感じながらキングスクロス駅のいつものホームに来て、いつものようにロンとハーマイオニー、それからジニーと合流してコンパートメントを探して座る。
「おったまげー。君アサシンになったんだ?」
「ヴォルデモート専用の、だよ」
「信じられないわ! 生徒をあ、アサシンだなんて!?」
「ハリー、大丈夫なの? その、アサシンの訓練って、辛そうなイメージあるんだけど」
心配そうなジニーの言葉に、ハリーは首を振って否定した。
「ううん。全然そんなことなかったよ。なんていうか、カサンドラがいるからキツいことさせられるんだろうなって思ってたんだけど……なんか、思ったより楽だった」
「それは……きっと、ダンブルドア先生がいるからよ。ハリーを殺人マシーンにする気なんてないんだわ」
そりゃそうだろうとハリーは思ったが、ハーマイオニーからすれば校長先生がいきなり無法者になったような衝撃を受けたのだ。
「でもカサンドラがアサシンってマジかよ? 本気で言ってる?」
「うん、カサンドラは自分がそうだとは言わなかったけどね」
「マーリンの髭だよ、ホントに! あの豪快なカサンドラがコソコソ隠れて人殺しするなんて信じられるか?」
ロンは全く信じていないようだったが、ハーマイオニーは思ったよりすんなりと信じた。
ハーマイオニーが3年生のとき、とある事情でカサンドラに殺されかけたことがあった。まぁハーマイオニーが悪いのだが、その時、彼女はカサンドラの接近に全く気づけなかった。無音の接近は、暗殺者である何よりの証拠のように思えてならなかったのだ。
「とにかく! ハリーは今とんでもない『修行』をやらされてるわけだ。ダンブルドアから杖を奪うっていう、世界の誰にもできなさそうなことを」
ロンが言うと、ハーマイオニーもジニーも顔を暗くした。
「ダンブルドア先生、本当にそんなこと言ったの? できるわけないじゃない」
「でも……それくらいできないと、僕、どうやったってあいつを倒せないよ。今のあいつダンブルドアとカサンドラが2人がかりでも倒せなかったんだよ?」
「……そっちも信じられない……信じたくない……」
ロンが憂鬱そうに言った。ロンの中でカサンドラは物理最強だ。アメリカン・コミック・ヒーローを彼は知らないが、抱いている感情は似たようなものだ。彼女には最強でいてほしい。
そしてダンブルドアは魔法最強。彼にかかればどんな呪いも弾けるし、どんな魔法も対抗してみせる。
その2人が同時に戦って倒せない相手がいるなんて、そしてそいつがあの闇の帝王だなんて、正直信じたくなかった。
「僕はやるよ。だからみんな。僕に知恵と、力を貸してほしい」
ロンは意気消沈してこれからの魔法界を憂いているというのに、ハリーはそんなこと一顧だにせず前へ進もうとしている。
「……ハリー」
ロンがハッとなってハリーの顔を見る。ハリーの表情はじっとりと汗ばんでいた。殺す相手の強大さをよく理解しているからだ。それでも彼は、普段通りに言う。
「僕はあいつを殺す。カサンドラ風に言うなら、始末してやるさ。だって、そうじゃないと僕、『闇の魔術に対する防衛術』の先生になった翌年には『どうにか』なっちゃうでしょ? それは困るよ」
「ハリー……」
ジニーがキラキラした目でハリーを見た。強敵に立ち向かう彼氏にメロメロらしい。これで本人は、自分は『色ボケ』してないと言い張るのだからまた面白い。
「……とにかく、ホグワーツはホグワーツだよ」
ハリーは列車の進行方向の先を見る。
ホグワーツ城が、新入生を含む生徒たちを、分け隔てなく見守っていた。
——ホグワーツ大広間。
いつもの歓迎の宴が始まる前に、難しい話と、新しい教員が紹介されるのは恒例である。ハリーは……そして新入生以外の全員が、驚愕に目を見開いて、校長の話に聞き入っていた。
ヴォルデモートの脅威……ハリーの念願がようやく叶ったわけだが、1重大発表の前には記憶が霞んでしまう。
ホラス・スラグホーンという男が魔法薬学の先生に。そのことはどうでもいい。
代わりにスネイプは『闇の魔術に対する防衛術』の教授に。そのこともどうでもいい。中には長い教師生活お疲れ様でした、なんて涙声を作ってまで笑えない冗談を言う奴もいたが。
そんなことよりも驚くことを、ダンブルドアが言っている。
「今年度じゃが、残念なお知らせと、嬉しいお知らせがある。
まず、今年度はホグワーツに警備員は不在じゃ。緊急時はワシや寮監を初めとして、教員全員が事態に当たると誓おう。そして、マグル学の教授、チャリティ・バーベッジ先生は魔法省に転職する故、教職を辞すこととなった。
では——その空いたマグル学の教授を紹介するとしようかの。
——カサンドラ先生じゃ」
そうダンブルドアが言った瞬間、テーブルのハーマイオニーがやったわ! と叫んだ。
「去年ダンブルドア先生に相談してたの! 『魔法界のマグル認識は古過ぎます』って! こんなに早く……しかも先生がカサンドラ!! ああ……マグル学とっててよかったわ!」
どうやら生徒からの進言があったから、先生を変えることにしたらしい。
「……うむ、うむ。カサンドラ先生は元々ここの警備員さんをやっていてのう。マグル学教授となったあとも、生徒たちの相談には乗るので気軽に尋ねてきてほしいそうじゃ。
——ふむ。では、もうあらかた話すことは話したのう。では皆のもの——
かっこめ!」
ハリーは呆然と、教員席に座るカサンドラを見た。
……マグル学、取っとけばよかった。
そんなことをぼんやりと思った。
さまざまな思惑や各人の事情を乗せて、ホグワーツの新学期が始まった。
今まで夏休みに結構な話数をかけていたところに、2話目にしてホグワーツ。6年目は少し展開を早めにしていこうと思っています。
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