ホグワーツのマグル学とは、魔法使いから見たマグルを教える授業であって、今この世界に生きているマグルのことを教える授業ではなかった。最もマグルに詳しいとされるウィーズリー家の末息子がどのようなマグル観を持っているかを考えれば、授業の内容は推してしるべし。
しかし、もはやそれは過去のことだ。
「——私はカサンドラ。2400年前は全くのマグルで……神秘にまみえてこうして延命しているが、未だに私は自分をマグルだと考えている」
こつ、こつ、と金色の杖を持ったカサンドラが教室を歩く。マグル学の教室は様変わりしていた。世界地図に各国の国旗。マグルの百科事典に辞書。
戦闘時はダンブルドアが殺されかけるほどピンチにならなければ使わないヘルメス・トリスメギストスの杖を、カサンドラは惜しげもなく晒して手に持っている。カサンドラにとってヘルメスの杖は父であるピタゴラスから渡された『知識の証』……。このような場にこそ相応しいと考えている。
「さて、私はこうして教師になったわけだが……この授業では現在のマグルについて教えて行こうと思う。教科書は教室にあるブリタニカ大百科事典やその他辞書を用いて行うため、個別に教科書は必要ない。さて、前置きはこの辺にして、早速始めるか」
ハーマイオニーは教室の一番前の席に陣取り、熱心にカサンドラの話を聞いていた。そもそも、歴史の生き証人から話を聞けるなんてどこの世界でも貴重なのだ。
「今日は、そうだな、私に取って身近なものから始めようと思う。つまり……武器について」
カサンドラは教室の棚を開ける。すると、大小さまざまな武器がずらりと並んでいた。男子生徒が目を輝かせた。
「カサンドラ先生、これ、本物?」
「全部本物だ。中には私が使ってたのもある。
——さて、人類の歴史は道具とともにあると言っていい。古くは石と木を組み合わせて作った道具。今ではプラスチックやアルミ、セラミックなど、多岐に渡る素材で道具が作られている。数ある道具の中で最も時代を表す物は何か? 様々な答えがあるだろう。通信手段、農耕道具、建築技術……。
しかし、私は武器にこそ時代が詰まっていると考えている。人は人を殺す道具を考える時、最も賢くなるんだ」
カサンドラの言葉に、教室の生徒たちは目を見開く。
「……最初、人類は近接武器を作った。これだ」
カサンドラは腰に装備した剣を引き抜く。不可思議な紋様が刻まれた、ことさら頑丈な剣である。
「剣や斧……これは確実に素手より強い。だが、槍よりは弱く、弓相手だと近づくことすらままならない。武器が常に最先端である理由がこれだ。武器は常に最も強い武器であるために、熾烈な競争が起こる。素手より剣を、剣より槍を、槍より弓を、弓より銃を。ではハーマイオニー、今の戦争はどこから攻撃がやってくると思う?」
「え、あー……銃だから……300メートルくらいかしら?」
ハーマイオニーが答えると、隣の生徒が目を見開いた。
「ハーマイオニー、本気? 300メートルって……どうやって狙うのよ」
「でもライフルの射程ってそんなものよ?」
信じられない、という顔をその生徒はする。だが、真実はそんなに簡単ではなかった。
「まぁ、ライフルはそうだな。だが、今お前らが戦争に巻き込まれた場合、気をつけるべきは周囲ではない。上空だ。
遥か高高度から爆弾を降らせるんだ。直近だと去年、ロシアから独立しようとした国がこれをやられて大勢犠牲者を出した」
「先生」
1人の生徒が手を挙げた。スリザリンの生徒だった。
「どうした?」
「嘘を言うのはやめてもらっていいですか? なんでマグルが空を飛んで……魔法使いでも届かないような場所から攻撃してくるんです?」
「飛行機は知ってるか?」
「……ええ、まぁ」
「なら、それに荷物を載せられることは知ってるか?」
「バカにしてるんですか?」
いいや、とカサンドラは首を振った。
「じゃあよく考えてみろ。その荷物、上空で落としたらどうなる?」
「そりゃ地面に向かって落ち……あ」
その生徒はようやく気づいた。豪勢な発射器具など、空にいるならば全く必要ないのだ。
「空にさえ上がれば、あとは地球におまかせだ。最小限の労力で、最大の成果を。ここ近年のマグルの研究や技術はこれを基本理念にしていると言っても過言ではない。そして、科学の最先端による攻撃を一般市民が防いだり死を免れる方法は極端に少ない。そして反撃の方法は皆無だ。なぜなら攻撃している者は攻撃の初めから終わりまではるか空の上にいるのだから。空から地面への攻撃は簡単でも、その逆は困難だ。
——今やマグルの武器は、それほどまでのレベルになっている」
教室中がシン、となる。攻撃規模のスケールの大きさに、頭がついてこないのだ。
「先生。でも空襲って、本当に実用化されてるんですか?」
その質問をしたのは、なんとハーマイオニーだった。カサンドラは彼女がそんな質問をしたことに若干衝撃を受けた様子だった。カサンドラは気を取り直すと、コクリと頷いた。
「太平洋戦争時、アメリカ軍が日本の街を焼き払った。当時日本は木造家屋が多かったため、燃える薬剤を詰めた玉を使って、町一つ丸ごと火事にした。爆撃や空襲などの航空機による攻撃は、今から50年前には実用化されてる」
50年。ハグリッドとトム・リドルが学生の頃である。……その頃にはもうマグルは空から爆弾を降らせて街一つ丸ごと焼き払うことができたのだ。
「しかし、空襲は軍事的な行動であり……一般的であるかと言われれば違う。今から話すのは個人携行の武器だ。
まず、遥か太古、人々は弓を発明した。使い方は見たらわかる通りだ。形、素材、矢の形状に差異はあれど世界中で発明されている。
次に、弩……これは古代中国が一番乗りだ。扱いの難しい弓を、引き金を引くだけで撃てるようにした」
それから、カサンドラは武器の解説を続ける。ハーマイオニーは羊皮紙に熱心に書き込んでいるが……大多数の生徒は、銃が出てきたあたりでついていけなくなった。
「……む? すこし話しすぎたか。あまり話してばかりも詰まらないか……。なら、実演とともに技術の変化を実感してもらうとしようか。まずはマスケットからだな」
ハーマイオニーはすごく嫌な予感がした。
「カサンドラ、もしかして撃つつもり?」
「もちろん。なんのためにわざわざ骨董品持ち込んだと思ってる」
「カサンドラ、マグルの機械はホグワーツじゃ使えないのよ?」
ハーマイオニーが言うと、カサンドラはニヤリと笑った。
「どこからが機械で、どこまでがそうじゃないのか……それは知ってるか?」
「え? ……いいえ」
「不具合を起こす機械は全て『電子機器』だ。それ以外の機械はちゃんと動作する。
さて、まず……かなり初期の銃を弾込めから射撃までやるぞ」
カサンドラは教室の端に的を一つ用意すると、すぐそばで動作に入った。
ポケットから火薬と鉛玉がセットになった袋を取り出すと口を切って、火薬を銃口から注ぐ。鉛玉を銃口に入れると、銃身に備え付けられている細長いロッドで弾を突き、奥へ奥へと弾を込めていく。トントントン、と奥まで入れるとカサンドラはマスケットを構えた。的との距離は2メートル程。ほとんど至近距離だ。
「かなりうるさいぞ。全員耳を塞げ!」
カサンドラが叫ぶと全員素直に耳を塞ぐ。こう言う時のカサンドラに逆らってもロクなことにならない事はよくよく学習しているため、スリザリンですら素直に従った。
引き金を引いてから、2拍ほどしてから銃声が響いた。銃口から白い煙が立ち上り、的の中心に鉛玉がめり込んでいる。
「……カサンドラ、銃ってそんなに近くで使うものなの?」
ハーマイオニーが不思議そうに言った。別に部屋が狭いから、的とのカサンドラの距離が近いわけではない。離れようと思えばいくらでも離れられる。
「まあ……離れるとどこに飛ぶかわからないからな」
「え?」
「さて、実演した通り……マスケットは音と煙がかなりある。そして最も重要な特徴は、離れると狙った場所に弾がいかないということだ。だから当時は何百人もマスケットを並べて、『数打ちゃ当たる』戦法で運用していた」
それからもカサンドラは次々と銃を変え、射撃していく。銃を変えるたび、装填までの速度、発射までの速度、射撃から射撃の間隔が改良されていく。
最後に現在イギリスで使用されている小銃、L1A1の射撃をすると、その頃にはちょうど授業が終わる時間だった。
「こいつはフルオート射撃はできんが、まぁ、今もなおイギリスの軍隊で使われてる銃だ。よし、今日はここまで。次の授業では拳銃について取り扱うぞ。
宿題として、射撃武器に関する意見を羊皮紙一枚にまとめてこい。次の授業までだな。解散」
カサンドラのはじめての授業は、こうして終わった。
——
今まで通りの居室は、今や『カサンドラ先生』の部屋になった。今はもう警備員ではないのだから、ゴテゴテと武装する気もなかった。新入生はともかく、上級生達は武装していないカサンドラに酷く驚いていたようだった。カサンドラはコツン、と杖を壁に立てかける。すると、杖のすぐそばに半透明の人間が現れた。
金色のラインが目立つ女性、アレシアである。
「あの授業はどうだった?」
「人間の技術を伝えると言う点では問題はない。しかし、あれでは威圧しているようにしか受け取られない」
アレシアは厳しい意見を言った。確かに、カサンドラの授業は技術の違いを伝えるにはぴったりだっただろう。しかし、マグルの技術力で威圧しているとも取れる内容だったのは間違いなかった。
「……そんなつもりはなかった。私が自信を持って話せるのが、武器の話題ってだけだ」
「技術変遷を語る上で適した教材であることは間違いない。しかし、今は時期を考慮するべきだっただろう。殺しに関わる事柄は慎重になるべきだった」
「耳が痛いよ」
カサンドラははぁ、とため息をついた。生徒の前では自信たっぷりだったが、あくまでそれは見せかけ。カサンドラは新米教師であることには違いないのだ。
——
ホグワーツの新任教師は概ね、いや、かなり好意的に見られていると言ってもよかった。太古から現代に至るまでの道筋を余すことなく伝えてくれるカサンドラ。
前任者よりも遥かに優しく、誠実に教えてくれるスラグホーン。
しかし、同じ新任でも古参の教師の評判は中々ヤバいものだった。それもそうだろうとハリーは思う。
教壇の前にスネイプが立っている。ハリーにしかわからないだろうが、スネイプは今ものすごく機嫌がいい。ウキウキしていると言ってもよかった。
「教科書はまだだ。吾輩が話す。静聴するように」
スネイプはいつも以上に高圧的に、楽しそうに言う。念願叶って、ようやく望みの科目を教えることができるのだ。スネイプでなくともテンションが上がって仕方がないだろう。
「諸君らは……毎年毎年、やり方から評価基準、果ては使用する呪文傾向までもが変化する中で、よくOWLで合格点を取ったと、吾輩は素直に諸君を称賛するものである……。その才能をほんの少しでも魔法薬学に使っていれば、と愚考する次第である。
しかし、諸君らはあくまで入り口に立ったにすぎないことを、ここに告げなければならん。『闇の魔術に対する防衛術』は特殊な科目だと言えるだろう……OWLレベルとNEWTレベルでは求められるものの差異が大きい」
スネイプは教室を隅から隅へと歩きながら朗々と語る。絶好調だった。
「闇の魔術……。多種多様、千変万化、流動的にして永遠なる芸術……。それを相手取って戦うと言うことは、化け物と相対することに等しい。ひょっとしたら多くの頭を持つかもしれん。もしかしたら急所は足のつま先、小さな核にあるかもしれん。結局のところ諸君らの……あるいは人間の頭脳ではとうてい全てを網羅することはできん」
妙な語り口だった。闇の魔術の危険性を訴えていると言うよりは、闇の魔術がいかに凶悪であるかを伝えることで称賛しているようにもとれる。
「……全ては知識と技能がモノを言う。吾輩が見るに……無言呪文において、諸君らはずぶの素人であることは明白だ……。それはつまり戦いの場において赤子同然であることを示している。よもや諸君らの中に、熟練の魔法使いが戦闘で呪文を大声で唱えていると思っている者はおるまいな?」
スネイプは教室を歩き、そして教壇の前に戻ってきた。
「では知識はどうか——。無言呪文の利点は何か……?」
ハリーとハーマイオニー、2人の手があがった。スネイプにとって究極の選択だった。他に誰かいないかをたっぷり2分は見回した後、スネイプは忌々しそうな顔をして、ハーマイオニーを指名した。
「ミス・グレンジャー」
「はい先生。無言呪文の利点は全て、発動の企図を完全に隠蔽できる点にあります。一瞬の先手を取ることができます」
「教科書通りの回答——しかしそれ故に全くもってその通り。どんな魔法をいつ使うのかを隠す……戦闘においてこれほどの有利はない。目の前にして不意を打てるという訳だ。しかしこの無言呪文、誰にでも使えるものではない。
故に訓練を行う。2人1組となり片方が無言呪文で呪いをかけ……もう片方も無言で防御する。それだけの訓練だが……はてさて。
諸君らがNEWTレベルでも才能を発揮できることを切に願うものである」
ハリーが無言呪文で盾の魔法を使えるようになるまでまるまる一月費やしたと言ってもいい。今から始めてモノになる生徒なんてハーマイオニーくらいだろう。ハリーのその予想は全く正しく、あっさりと成功させたハーマイオニー以外はなんとか無言呪文に見えるように呪文を唱えようと四苦八苦することになる。
「ウィーズリー。無言呪文とはこうするのだ」
対面のロンが全く無言呪文をかけられないことを目敏く見つけ、スネイプは世間話をするかのようなノリで素早くハリーに杖の先を向けた。ハリーも同じくらい凄まじい速度で杖を取り出す。
スネイプが目にも止まらぬ早技で魔法を使い、ハリーがそれを防いだ。スネイプの顔が僅かに驚愕に染まる。ハリーはそのまま畳み掛ける。無言呪文で失神魔法を放ったが、同じようにスネイプが無言呪文で魔法を弾いた。
「……ポッター。吾輩は『攻撃しろ』とは言ってはおらん。グリフィンドール5点減点」
スネイプはそう捨てセリフを吐いて、不機嫌そうに去っていった。
「ハリー、ありゃすげぇや! スネイプとやり合うなんて!」
「特訓の成果だよ」
ロンは手放しで褒めるが、ハリーは全く嬉しくなかった。
——なにせ、ハリーの目標であるダンブルドアには、この程度では全く意味がないのだから。