蘇りの石。起源は古く、御伽噺にも登場する『死の秘宝』の一つである。
「その蘇りの石ってのは何がどうすごいんだ?」
「これはのう、『死の秘宝』と呼ばれる魔法界屈指の魔法具でな。ワシの杖、『ニワトコの杖』にハリーの『透明マント』、そしてこの『蘇りの石』を全て所持すれば……『死』を支配できると、そう言い伝えがある」
「『死の秘宝』ねぇ。そいつをヴォルデモートが狙わない理由はなんだ?」
カサンドラは不思議だった。死を支配する。それはいかにも闇の帝王様好みの触れ込みに聴こえる。まぁダンブルドアの言葉には他にも気になることが一つあったが。
ハリーの透明マントが『死の秘宝』だって?
カサンドラは割と乱暴に、そして便利に使われているマントを思い出す。割と乱雑に扱われている割には頑丈なのは、『死の秘宝』だからか。伝説級の魔法具を日常的に使い倒しているとハリーが知ったら、果たして知る前と同じように扱えるのだろうか。
まぁ、今はどうでもいいことだ。
「トムは完全な不死を目指しておる。道具によって維持されたり、あるいは、効果が切れたら不死で無くなったりするような、欠点のある不死では満足できないのじゃ。そして、『死』を支配するということは、不死と同義ではないというのが一般的じゃ」
「……化け物の『死』を使役できるってことか?」
カサンドラは、去年に自分が扮した御伽噺の怪物を話題に出す。すると、ダンブルドアはコクリと頷いた。
「そういうことじゃ。……蘇りの石は死者と会話ができる……という効果があるのじゃよ。おそらく……指輪を嵌めれば……しかし……」
ダンブルドアはじっと指輪の方を見つめたまま言う。カサンドラは眉を顰める。
「ダンブルドア、落ち着け。死者となら死んだ後いくらでも話せる」
「——しかし……ワシは……ワシは謝りたい。どうしても謝りたいことがあるのじゃ」
「しっかりしろ。呪いでもかけられていたらどうする? お前、ハリーの修行を放り出して死ぬ気か?」
「——しかし」
カサンドラは机をバン、と力強く叩いた。
「しかしもクソもあるか。分霊箱を破壊するのがヤツを倒す唯一の道なんだろうが。とっとと壊すぞ」
それでもなお、ダンブルドアは渋る。カサンドラは不審なものを感じ取った。
「まさかそいつ、心に作用する呪いでもあるのか?」
「……可能性は否定せんよ。カサンドラ、ワシにはできそうもない……アリアナと話せる機会を自ら潰すなど、とてもできん……。カサンドラ、お主バジリスクの毒を持っておったな? それなら、容易に破壊できるじゃろうて」
「わかった。少し待っておけ。いいか、ここまで言ったのにもし誘惑に負けて指輪を嵌めてみろ。思う存分死者と語らえるようにしてやるからな」
カサンドラはそう言うと、指輪の破壊に適した武器を取りに自室に戻った。
「——アリアナ……ワシはどうしてもお主に……」
半ば魅了されかかっているダンブルドアにとって、カサンドラが武器を取って戻ってくるまでの短い時間は酷く忍耐のいる時間だった。指輪を嵌めてはならない。しかし、嵌めればきっと。きっとアリアナに……妹に会って、謝ることができると言うのに。
「ダンブルドア、戻ったぞ」
「おお……。老人に忍耐は辛いものじゃなぁ。さぁカサンドラ、やっておくれ」
「ああ。念のため確認するが、死の秘宝は壊してもいいんだな?」
「——よくはない。当然じゃろう? おそらく分霊箱なのは石ではなく指輪の部分じゃ。しかも、石は殊更頑丈にできておるはずじゃ」
「万が一はあり得るぞ」
カサンドラはハリーの透明マントを思い出す。ヒラっヒラの対して丈夫そうでもないマントが、割と乱雑に扱われている割には、穴ひとつ開くことなく今でも十全に機能している。確かに、『死の秘宝』と言うだけあって特別な耐久性があるのだろう。
ただ、物事に絶対はない。
「……うむ。そうじゃのう。しかし、だとしても、じゃ。トムを滅ぼすために必要なことならば……そう、こんな石っころ、壊すのが一番じゃ」
「よく言った」
カサンドラは小ぶりなハンマーを持ってニヤリと笑う。
「流石は、ハリーの師匠だ」
「そしてお主の上司でもある。無様な真似は見せられんよ」
「そんなあんただから、私はついていくって思えるんだ」
カサンドラは小さな瓶を一つ取り出すと、中の液体を一滴垂らす。即座にその毒液はハンマー全体に広がる。カサンドラはハンマーを振り上げると、指輪に向かって思い切り振り下ろした。
——甲高い悲鳴を、聞いたような気がした。幻聴だろうか。カサンドラがハンマーを上げると、粉々に砕けたリング部分と、全く無事の、傷ひとつない『蘇りの石』があった。
「えらく頑丈だな」
「……なんと、驚きじゃ。もしや、これで使えるかも知れぬ。——じゃが……」
ダンブルドアは指輪の残骸から蘇りの石を拾い上げると、カサンドラの方をじっと見た。それから、名残惜しそうに、躊躇いがちに、石をカサンドラに渡す。
「ワシは……きっと、その石になんの悪意が込められていなかったとしても、魅了されてしまうじゃろう……。どうかカサンドラ、その石を預かっていておくれ。もしハリーがワシの試練を乗り越えたその時、渡すのじゃ」
「——わかった」
カサンドラは神妙に頷いて、石をポケットにしまう。使おうとすらしない彼女に、ダンブルドアは羨ましそうな目を向ける。
「……ワシはお主が羨ましいよ」
「急にどうした?」
「『みぞの鏡』にも、『蘇りの石』にも興味を示さんとは……。長い人生、一つも後悔がなかったと言うことかのう?」
ダンブルドアの質問に、カサンドラは首を振った。後悔がないなんてとんでもない。後悔と……苦悩も、人並み以上に経験してきた。
「そんなわけないだろう?」
「ならばなぜじゃ」
「私は、エリュシオンや冥府に行ったことがある。——といっても、それがホントにあったことなのかは今でもあやふやだが」
エリュシオン、冥府。どちらもギリシャ神話において死者がいくべき場所である。
「なんと……そんなことが……」
「だから私は人よりも死後の世界を信じている。きっとそれだけの差なのさ。私とお前で、そう違いがあるわけじゃない」
カサンドラはきっぱりと言った。確かに、カサンドラが蘇りの石に入れ込むことはないだろう。それは、死後に会えると信じているからだ。
「……そうか。ワシも、信じれば良いだけなのじゃな」
ダンブルドアはゆっくりと、息を吐きながらそう言った。
——
ハリーは図書室の机に突っ伏した。
「……無理だ」
あれからまたしばらくの時が経った。不意打ちやら何やらとにかく試したが、ハリーは未だにダンブルドアから杖を奪えずにいた。
「確かに……。だって、ダンブルドア先生は魔法界で最も偉大な魔法使いよ? どうやって出し抜くって言うのよ」
ハーマイオニーが絶望したような声で項垂れる。状況は悪かった。どんどんと取れる手段が減ってきているのを感じる。何か新しい要素が必要だと全員が感じていた。ヴォルデモートを倒すため、絶対にハリーは試練を越えなければならないというのに。
「ふん……図書室で随分物騒な話をしているじゃないか」
と、そこに、声をかける人物がいた。ハリー達は彼を訝しげな目で見る。警戒に満ち満ちた目だった。
「何の用だ、マルフォイ」
「僕は君たちがダンブルドアを殺そうとしてるんじゃないかって疑ってるのさ。噂になってるぞ?」
「僕たちはそんなこと考えてない」
ハリーがつっけんどんに言った。マルフォイは当然のように引き下がらない。
「じゃあなんだって言うんだ?」
「——なんでお前に教えないといけない」
「聞こえなかったのかポッター。お前がダンブルドアを『どうにかしよう』としてるんじゃないかと噂になってるんだ。違うと言うなら何をしてるか言ってみろよ? ほら? さもないとホグワーツ中に噂が流れることになるかも知れないな?」
ハリーはため息をついた。ロンとハーマイオニーを見て、それから諦めたように言う。今は出来る限り試練に集中したかった。学校の噂に振り回されるのは避けたかった。
「ダンブルドアから課題を言い渡されてるんだ。杖を奪えって」
ハリーが言うと、マルフォイは僅かに驚いたような顔をした。それから、何かを思いついたかのように、ニヤリと笑った。
「そいつは……そいつは、いいな。面白い。なんでそんなバカみたいなことしてるのかわからないが、あの耄碌ジジイの鼻を明かせるならなんだっていい。ポッター、僕も協力してやろうじゃないか」
明らかに不自然な提案だった。
「マルフォイ、今君何言ったの? 僕の耳がおかしくなったのかな? 今君、『協力する』って、そう言った? 明日は槍でも降るんじゃないか?」
ロンがそう捲し立てるのも無理はない。今までずっと、マルフォイとハリー達は仲が悪かった。4年生くらいから絡んでくることも無くなったからそこまで隔意があるわけではない。だが……とにかく妙だった。
「フン。なんとでも言うがいいさ。でもお前達は手段を選んでいる余裕があるのか?」
「……。何を企んでるんだ?」
「企む? 面白そうだから参加するだけさ。あのダンブルドアがホグワーツの学生にやられるなんて、これ以上ない娯楽だろ?」
「ダンブルドアは最も偉大な魔法使いよ!」
「黙れグレンジャー。お前達は『そうじゃない』と証明するんだろう?」
マルフォイが言うと、ハーマイオニーは黙った。ある意味ではその通り。不意を打ってでも、ダンブルドアから杖を奪うと言うことはダンブルドアの強さを否定することでもある。
「——妙なことをすればすぐにやめさせる。それが条件だ」
ハーマイオニーやロンの予想を裏切って、ハリーはなんとそんなことを言い出した。
「ハリー! 何考えてるんだよ!? マルフォイだぞ!? あの……パパが『死喰い人』の! 何企んでるかわかりゃしない!」
「だからこそ僕らが見張るんじゃないか。とにかく、僕は次の授業があるから、今日の夕方、またここに」
ハリーはそう言うと、マルフォイと別れた。
ハリー達が去った方を、マルフォイがじっと、見つめていた。
——
三階の男子トイレ。マルフォイが絶望したような表情で佇んでいる。
「——そう。一歩進んだのね」
「ああ。だけど……もう戻れない……。ダンブルドアを合法的に付け狙うことができた代わりに、他の手段は全く取れない」
その隣にいるのは、半透明の女子生徒。嘆きのマートルだった。随分と親しげな様子で、2人は話している。
「僕は……これで正しいんだろうか……」
「大丈夫よ、ドラコ。あなたなら出来るわ」
不安がるドラコに、半透明のゴースト、嘆きのマートルが寄り添うように近づいて言った。
「……死人のくせに……随分と優しいんだな」
ドラコはそっけなく言うが、その顔には僅かに微笑みが浮かんでいた。
「……ポッターの試練に協力して、あいつがダンブルドアから杖を奪った瞬間に、『死の呪文』を叩き込む。——これで上手くいくはず……上手くいかなかったらもうどうしようもない……」
ドラコの声には、絶望と不安が滲み出ていた。
「……母上、父上のためにも……僕は、失敗できないんだ……」
そう言って彼は顔を手で覆う。ドラコの左手首には、『死喰い人』であることを示すタトゥーが刻まれていた。