校長室に戻ってきたカサンドラとダンブルドアは、机の上に置かれた分霊箱……だと思っていたただのロケットを見て話し合っていた。その表情は残念そうだったが絶望しているというわけではなく、分霊箱を追うという使命感に燃えていた。といっても、毒液をしこたま飲まされたダンブルドアはなんとも言えない表情をしていたが。
「闇の帝王から畏れ多くも分霊箱を盗み出した勇気ある者、彼の者の名はR.A.B……ダンブルドア、これからイギリス中のイニシャルを確認する作業が始まるわけだな」
「……むう……」
ダンブルドアは難しい顔をして唸っていた。ダンブルドアが見つめるロケットは、本当に何の変哲もないロケットだった。スリザリンの紋章も、蛇のレリーフもない。中にはポートレートがあるはずなのに、古ぼけた書き付けがあるだけ。その内容も望んでいるようなものではなかった。
「まず……私たちより先回りした勇気あるこいつは一体どうやってあそこにたどり着いた?」
「あの場所を知っている者は限られておる。少なくとも『死喰い人』以外はありえないと言えるじゃろう」
「つまり、このR.A.Bは裏切り者ってわけか。どうやら不死の秘密も突き止めたらしい」
「うーむ……優秀な魔法使いらしいのう」
カサンドラは机の上のロケットを手に取る。何か秘密があるわけではない。このロケットから何か情報を得ることはできそうになかった。となると、この小さな羊皮紙が唯一のヒントということになるだろう。
「ワシは……心当たりがあるのじゃ」
「ほう?」
「この3文字のイニシャルを持つ人間で、『死喰い人』……。レギュラス・アークタルス・ブラックじゃろうな。彼は優秀な人間じゃった」
「ブラック……シリウスの縁者か?」
「弟じゃよ」
カサンドラは眉を顰めた。
「あいつの弟が『死喰い人』?」
「逆じゃよ、カサンドラ。『シリウスが『死喰い人』じゃない』んじゃ」
どうやらブラック家はほぼ全員『死喰い人』らしかった。シリウスが唯一の例外らしい。
「ブラック家は昔から『純血』魔法使いでのう。一時期のホグワーツ純血主義者は全員ブラック家の者に傅いておったよ。それくらい歴史が古く、
「そんなのがたむろする学校は嫌だな……」
「そうじゃな。当時トムは純血魔法使いを取り込む形で自らの勢力を築いた。最古参の『死喰い人』は純血魔法使いが大半じゃ」
「やっぱりネガキャンだな」
「――その件に関してはもう少し待っておくれ」
「お前の判断を期待してる」
さて……と、ダンブルドアは立ち上がる。
「それなら、ワシはシリウスのところに言って、本当にスリザリンのロケットが破壊されているかどうか確認してくる。毒液を流し込まれた後は家探しとは、骨が折れるのう」
「毒液に関してはお前の指示だぞ」
カサンドラは繰り返しそう言った。ダンブルドアは肩を竦めて、それからバシンと音を立てて校長室からいなくなった。
「……授業の準備するか……」
カサンドラはそうつぶやくと踵を返して校長室を出た。今度の授業は、産業革命以降の人々の暮らしについてだ。きっと、魔法使いがマグルについていけなくなったのは、その時が契機なような気がするのだ。
――
ハリーはそれなりにしっかりとした服装をして、ホラス・スラグホーンの部屋でグラスを持って周囲を観察していた。部屋にはまるで夜会のように立食できる料理が並び、飲み物が提供されている。ホグワーツの生徒だけでなく、大人たちも大勢部屋に集結していた。
スラグ・クラブと呼ばれる催しだった。ハリーはその催しにホラス・スラグホーンから誘われて初めて、彼が有名人や有力者の青田買いが趣味であることを知った。……といっても、ホラスは邪悪なる意志の下そうしているわけでなく、人生を彩るちょっとした便宜を図ってもらうことが生きがいであるらしかった。たとえば、クィディッチの試合で頼まずとも一番いい席が用意されたり、今度売り出す予定の最高級品の食料が試供品として届けられたりとか、有名人となったあとでも文通を続けているという事とか。まぁ……コレクションの一つとして数えられていなければ、ハリーだって愉快な趣味だと言えたかもしれない。
「やあやあ、ハリー。飲んでいるかな? といっても残念ながらアルコールを出すわけにはいかないので、バタービールなのだがね! はははは!」
「ありがとうございます、スラグホーン先生」
「ホラス先生と呼んでくれて構わないよ、ハリー。何せ君は『選ばれし者』だ! しかも聞くところによると、予言を全うするための訓練まで受けているとか?」
「――噂ですよ」
ハリーははぐらかした。隣のジニーもダンマリである。ハリーが力を付けつつあることは喧伝するべきではない。なぜならハリーは暗殺者なのだから。別に、師匠二人から口止めされているわけではないが、その程度の常識……いや、戦略は彼でも思いつく。
「そうかね? とにかく! 最近君は校長先生にド派手にやっているからね、なかなか誘う機会がなかった……。君に会わせたい人がたくさんいるんだ!」
そう言って、ホラスは大人たちのところに行ってしまった。すぐに連れてくるわけにはいかないらしく、彼は大人たちと雑談をしている。待ちぼうけのハリーのところに、パンジー・パーキンソンを連れたドラコがやってくる。
「おいポッター。計画は順調なのか?」
「マルフォイ。まぁ、それなりに。お酒が出ないのがちょっと残念だね……」
ハリーがとんでもないことを言いだすが、ドラコは同意するように鼻を鳴らした。
「あのヘンテコ爺は酒がそう強くないらしい。酔わせればどんな情報でもペラペラ話してくれただろうにな」
「……スリザリンの寮監だったらしいけど?」
「今は違う。僕に声をかけたことは評価してやるが、お前をここに呼んだのは失敗だった」
「君が一人で校長先生について話をするつもり?」
「……とにかく、大事なのは疑われないようにすることだ。できるのか、『お偉い』ポッター」
ドラコの挑発に、ハリーは力強く頷いた。
「できるかできないかじゃないよ、マルフォイ。『やる』んだ」
「――そうか、期待してるぞ」
そう言うと、マルフォイはハリーのところから去っていった。スラグ・クラブのことも、ホラスがハリーを誘いたがっていることも、教えたのはマルフォイなのだ。相変わらず口は悪いし態度も悪いが、確かに今、マルフォイはハリーの協力者だった。何を考えているかはいまだに見えないが……。とにかく今、ハリーはやるべきことをやるのだ。
「やあやあ、ハリー。ようやく彼らを紹介できそうだよ。魔法省の役人に現役の闇祓い……。きっと君の『訓練』の助けになると思うよ」
「ありがとうございます、ホラス先生」
ハリーはぺこりと頭を下げた。素直に、まじめに見えるように。
それからハリーはしばらく大人たちと不意打ちのやり方をアドバイスしてもらったりして過ごした。折をみて、ハリーはホラスに話を振った。
「そういえば……ダンブルドア先生にいろいろ教えてもらうようになったんですけど、僕ダンブルドア先生のことよく知らないんですよね。ホラス先生は何かご存じですか?」
「ん? ああ……彼は秘密主義だからね。事実、彼の同僚でも彼のことをよく知っている人間は少ないだろう」
「どうしてですか? その、そういえば僕たちって先生の家族とか全然知らないなって。いるのかすら」
「ふむ? ああ……まぁ、それはそうだね。しかし大多数の人間は先生の家族関係なんて知ろうとすらしない。それにハリー。老人になるとね、触られたくない過去の一つや二つ、どうしても存在するんだよ」
「……そうなんですか」
ハリーにはにわかには信じられなかった。ダンブルドアに隠しておきたい過去なんて本当にあるんだろうか。あんなに優しい人なんだ。小さい頃からきっと幸せな人生を送ってきたに違いない。
「そうなんだよ」
「奥さんとかは……」
「いや……彼は独身だよ。親族は……弟さんがご存命のはずだ」
「……弟?」
ハリーが聞くと、ホラスは頷いた。
「ああ、彼も優秀な魔法使いなんだがね、どうしてもすぐそばに絶望的な比較対象がいたせいでね、なかなか注目されなかった。今は……ホッグズ・ヘッドのバーテンをやってるはずだ」
「え? そ、そうなんですか」
「ああ。まぁ、彼以外の話は私の口からは話せないな。私にも常識というものがある」
それから門限ぎりぎりまで話したが、ホラスは宣言した通り、弟のこと以外何も話そうとはしなかった。
「弟、か。ホッグズ・ヘッドのバーテンとはな。話を聞きに行くんだろう、ポッター」
スラグ・クラブの終わり際、マルフォイは別れる前にハリーに話しかけてきた。
「当然だよ。きっと……弟なら知ってると思う」
「ああ」
「――ダンブルドア先生の『弱点』を」
ハリーが行きたくもないパーティに出席したのは、それがすべてだった。
もはやなりふり構ってはいられない。人として後ろ指指されることになっててでも、ハリーには達成しなければならない使命があるのだ。一応大義名分もある。その人間がもっとも触れられたくない『弱点』を突く。この手法がダンブルドアに効くならば、当然ヴォルデモートにも効く可能性がある。――やるしかない。というかそれ以外にもはや手段はないように思えた。
「だがいいのか、ポッター。親族しか知らない『弱点』……まさか『朝、寝起きが弱い』とかそんな程度の秘密だと思ってはいないだろうな?」
「当然。僕はとれる手段はどんなものでも取るよ」
ハリーがそう言い切ったことに、隣のジニーが驚いたような顔をする。しかし、ドラコの前であるため何かを言ったりはしない。驚いたのはドラコと、隣のパンジーも同じようだった。
「……お前は、まるでスリザリンみたいだな」
「……否定はしないよ」
ハリーは組み分けの時のことを思いだしていた。ハリーはスリザリンに入る可能性もあった。――いや、逆だ。スリザリンに決まりかけていたのをハリーが待ったをかけたのだ。組み分け帽子は、ほとんどスリザリンに入れたがっていた。きっと今でも……いや、今帽子を被れば、彼は堂々と、問答すら許さず『スリザリン』と叫ぶに違いなかった。
「じゃあ、次のホグズミードで」
「ああ。それまで気取られるんじゃないぞ」
「君こそ」
そう言って、二人は逆方向へと歩いて言った。
「……ねえハリー。私、あなたがマルフォイに影響されてると思うの」
「ジニー。これが僕の本性だって言ったら……君は幻滅する?」
ハリーは恐る恐る聞いた。すると、ジニーは首を振った。
「いいえ。影のある英雄って、とっても素敵だと思うわ!」
そう言って、ジニーが力強く腕を絡めてくる。英雄だ、選ばれし者だなんだと呼ばれるのは不愉快でしかなかったが、こうして彼女が誇らしく思ってくれるなら、それはそれでいいのかも、なんてことをハリーは考えた。
「でも、ハリー。なんだか……変な気分よ。スリザリンの人と週末ホグズミードで会う約束するなんて」
「ん……確かにそうだね。でも……マルフォイだって、話せば根っから悪人ってわけじゃなかった。きっと……きっと、知らないから避けたり、怖がったりするんじゃないかな」
知らないからこそ、スリザリンを恐れる。まるでスリザリンの生徒全員が『死喰い人』予備軍で、『純血主義』の巣窟のように見えてしまうのだろう。だって、マルフォイですらこうして半ば無理やりにでも交流を持てば、『口は悪いけどそこそこ面倒見がいい奴』くらいの評価に収まるのだ。あとは純血思想さえ何とかなってくれれば、大手を振って友人と呼ぶのもやぶさかでないのだが。
「…………知らないから、か。人間って、不思議ね」
「そうだね」
ハリーとジニーは腕を組んで体を寄り添わせ、グリフィンドールの寮まで帰っていった。