――1996年 12月 ホグワーツ
ハリーは自分の周囲にいる7人の仲間を見回して言う。
「――以上が段取りだよ。質問はある?」
「ハリー、本当にこれでうまくいくの? その……ボガートよ? 私が2年生の時ルーピン先生に教えて貰ったけど、その時でも簡単に退治出来たわ」
ジニーが不安そうに言う。朝討ち、夜駆け、食事中に就寝前と、とにかく人間が油断するタイミングを狙っても上手くいかなかった。それなのに、ホグワーツの子供でも対処できることがあの偉大な魔法使い、ダンブルドアにできないわけがない。
「ジニー、ボガートで倒すんじゃない。ボガードで隙を作るんだ」
「……。まぁ、出来なくはないと……思うけども……」
ジニーは去年の母親を思い出す。モリーは普段はそんな風に見えないが、凄腕の魔法使いだ。そんなモリーは去年、ボガート退治に失敗したことがある。きっと、それと同じことが起こるという算段なのだろうとジニーは推測した。
「でも、万全を期したい。だから……もう一つ、工夫をする」
「偉そうに。自分はコソコソ隠れるだけじゃないか、ポッター」
ドラコが嫌味を言うが、その手の中にはビーカーと、そしてコップがあった。二度と飲みたくなくなる刺激な味、匂い。去年には騎士団員が使い、一昨年には『死喰い人』が使った……『アレ』である。
「そうだよ。――だからこそ、僕に勝ちの目がある」
「嫌味の応酬はもうたくさんよ。これが終わったら、みんなで打ち上げよ」
「……マルフォイも呼ぶのか、ハーマイオニー?」
「当然よ。勝者の一人だもの。スリザリンだから除外するなんて、それこそ騎士道にもとると思うわ」
ハーマイオニーは本心からそう言っているようだったが、その言葉はロンにはもちろん、ドラコにも受け入れられていない様子だった。
「――皮算用もほどほどにするんだな、け……グレンジャー」
どうせ全ての企みがうまくいったら、宴会など開いている雰囲気ではなくなる。ドラコはそう考えると、手にしたクソ不味い液体を一気飲みした。
――ハリーが決着を付けようと考えているのと同じように、ドラコもまた、使命を果たそうとしていた。
――
ダンブルドアはカサンドラと隣り合って話し込んでいた。
「――『姿をくらますキャビネット』?」
「……うむ。ワシは……ワシが死ぬのはまぁ、いいとして」
「良くないが」
「話の腰を折らんでくれ。ただで死ぬつもりはない。じゃが……万が一にでも、ワシ以外が死ぬようなことはあってはならん。故に。もしマルフォイがワシを仕留め損ない、『行動』を起こした場合……この城の守りは任せたぞ」
「もちろんだ、ボス。教え子に手を出そうとする不届き者は沈黙してもらう。永遠に」
「――安心じゃの」
ダンブルドアの向かう先、廊下の端から7人の生徒が歩いてくる。グリフィンドールの制服を着たハリーだった。——全員が、ハリー。7人のハリーが、ゆっくりとダンブルドアの方に向かって歩いている。
全員が何かしらの大きな箱を、キャスター付きの台に乗せて運んでいる。箱の出口は、一様にダンブルドアの方を見ていた。
「決める気らしいぞ」
「……随分と趣向を凝らしておるのう。カサンドラ、くれぐれもよろしく頼む」
「――死ぬなよ」
「ワシは、生徒を殺人犯にする気はない。――ハリーを、除いてはのう」
ダンブルドアが後悔を顔に滲ませて言う。
「ハリーが殺人犯? おいおい、もう耄碌したのか、ボス? ハリーがするのは化け物退治だ。そうだろう?」
「……。そう、じゃな」
カサンドラはサッと廊下の脇に体を寄せる。ハリー達はお互いに顔を見合わせている。カサンドラにどう対応すればいいのかわからないらしい。
「ハリーや。カサンドラ先生は此度の試練とは無関係じゃよ。例えワシが死のうとも、お主らに危害を加えることはない」
一人のハリーが目に見えて動揺したのを、ダンブルドアは気付かないフリをした。
「ダンブルドア先生、僕は今日、杖を奪います」
「やれるものなら」
ダンブルドアの尊大なセリフに、ハリー達の間で僅かに緊張が走る。ダンブルドアはゆっくりと杖をローブのホルスターから取り出した。——この杖を所有することになって長い年月が経った。だがしかし、この杖をこんなにも使ったのは、初めての事かもしれなかった。
——そして、これが最後になるかもしれないと思いながら使うのも、初めてだった。
「『リクタスセンプラ――笑い続けよ!』」
「杖魔法を封じるつもりかの? あるいは呼吸も……。しかし杖の振りが甘いと思うんじゃがなぁ。それに、杖の偽装もできておらん。しかし、随分と魔法が上手くなったのう、ネビル・ロングボトム」
「うえっ!?」
魔法を弾かれて、しかも名前まで当てられてハリーの一人が動揺する。ネビルはキャスター付きの台を思い切り蹴り出して、ダンブルドアの方に箱を滑らせる。
「『アロホモラ――開け!』」
ネビルの魔法が箱に当たり、箱が思い切り開く。中にはウィーズリーの双子謹製の『ドラゴン花火』が満載されていた。火もついていて、すでに起動は済んでいる。一斉に箱から飛び出して、ダンブルドアの視界を——
「『エバネスコ――消えよ』。まだまだ双子も、『消失呪文対策』は修行中ということかのう?」
「うそだろ……!」
塞ぐ前に、ダンブルドアがまとめて消してしまった。
あまりにも高い壁。あまりにも分厚い壁。突破するのは不可能に思える。絶対不可侵の差があるように見える。
「まだだ! 諦めるな!」
ハリーの一人がそう叫び、魔法戦が始まった。
ハリーの中身はあくまで学生。高度な魔法を使おうとも、結局は全てダンブルドアに防がれる。ダンブルドアはこの時にすでに、学生達の作戦を読み切っていた。台の箱をダンブルドアのほうに押し付け、箱を開けて仕掛けを起動。ダンブルドアの視界を奪ったり意識を逸らしたりして、ハリー達の中にいる本物がトドメ、と、そういうことだろう。
それは半ば侮りだった。あるいは、ハリーに対する深い信頼とでも言うのだろうか。
『なんでもしていい』と言いつつも、『なんでも』はしないだろうと、そう思い込んでいた。
だから、だから。
「――『アロホモラ――開け』!」
「ほっほっほ、今度はどんな悪戯を――」
だから、刺さった。
箱から飛び出てきたのは今までで一番拙い手だと言えるだろう。
双子謹製の高度な悪戯魔法もかかっていない、ただの魔法生物だ。
「……お兄ちゃん」
――全員が手を止めた。
倒れ伏す一人の少女。血に塗れている。今にも息絶えてしまいそう。誰もが、それは、ダンブルドアが家族を、親しい人を『亡くした』時の光景だと思った。
「――どうして私を殺したの?」
ダンブルドアは、頭が真っ白になった。
ギョッとするハリー達を見て、ハッとなる。これが作戦だと。ダンブルドアは次にハリー達が取ってくるであろう手を瞬時に考え、今この瞬間から、ハリー達がいる場所から魔法を撃たれても問題ないと判断した。
判断して。
「――!!」
バシン、と、ダンブルドアの手から杖が弾き飛ばされた。
「……ほう」
ダンブルドアは杖がなくなった自分の手を見る。それから、ゆっくりと、至近距離……手を伸ばせば届く距離にまで『透明マント』で近づいてきていた本物のハリーを見た。
「――天晴れじゃ」
杖を奪われて、ダンブルドアは初めてハリーの作戦を全て理解した。
何もかもが、ハリーが近づくための布石だったのだ。
ハリーが7人いるのも、無駄な箱の悪戯グッズも、そしてやたらと存在をアピールする7人のハリーも。
ド派手に動く味方に紛れ、隠れ、誰よりも静かに、どんな者よりもゆっくりと、ハリーはダンブルドアに近づいた。目と鼻の先にダンブルドアが来ても、ハリーは仲間を信じて待った。
――待ったが故に、ハリーの手元には杖がある。ダンブルドアの、杖が。
――と、その時。ハリーの一人が親しげに近づいてくる。
「ハリー、よくやったね」
にこやかだった。ハリーと同じように、彼はダンブルドアに近づこうとする。その時、ハリーがチラリとそちらに視線を向ける。
……ダンブルドアに近づく偽ハリーが杖を振り上げた。
ダンブルドアは、そのハリーの方を見て、ゆっくりと目を閉じた。
「——『アバダ・ケダ——」
「——マルフォイ!!」
偽ハリー、ドラコが魔法を放とうとする直前、ハリーの無言呪文がドラコの杖を弾き飛ばした。ドラコも成功するとは思っていなかったのか、杖を弾き飛ばされると呆然とした表情で突っ立っている。
「マルフォイ、どうして!」
「どうしてだと? 僕が理由も無しにお前に協力するとでも思っていたのか、ポッター。僕は……僕は『例のあの人』に指示を受けて、ダンブルドアを殺すよう命じられたんだ」
「——ふむ」
ダンブルドアは短くそう言った。
「皆のもの、今日のところは解散するべきじゃろうな」
「――僕にもう選択肢はない。――僕はやるぞ! やってやる!」
ドラコは踵を返して駆け出した。カサンドラがその背を猛然と追い始める。
「カサンドラ!」
「どうした、ボス!」
ダンブルドアに呼び止められ、カサンドラは足を止めて、振り返った。
「くれぐれも、マルフォイを頼んだぞ」
「――アイツも教え子だ。悪いようにはしないよ。お前にも協力してもらうぞ」
「ワシができることなら、なんだってすると誓おう」
「その言葉が聞きたかった」
カサンドラは再び駆け出した。
――
必要の部屋で、ドラコはキャビネットの前に立っていた。ホグワーツの外部、それもノクターン横丁の『ボージン・アンド・バークス』に繋がる不思議なキャビネットだ。
新学期が始まってから、これの修理にかかりっきりになっていたが……。こうやって『死喰い人』をホグワーツに招き入れれば、いくらダンブルドアやカサンドラとはいえ、ホグワーツ中に散らばる『死喰い人』を全員同時に相手取ることはできないはずだ。
ドラコはそう考えて、キャビネットを開ける。すると、ワラワラと何人もの『死喰い人』が必要の部屋に入ってくる。
「ドラコ、よくやった! ダンブルドアはどこだ?」
「廊下にいるよ、アミカス」
「よし、よしよし、ここにいる全員で襲撃をかければいくらダンブルドアとて……」
ガチャリ、と徐に扉が開いた。ドラコは顔を真っ青にする。ゆっくりと壁側に後退し、今にも化け物が出てくるのではないかという表情で扉を見つめる。
——カサンドラが、部屋の中に入ってきた。左手にヘルメスの杖を、右手に黒い小さな物体を手に。カサンドラのマグル学を履修しているドラコには、それが拳銃であることがわかった。
「……誰だお前?」
「ん? ……ああ、そうか、顔写真ばら撒いてるわけじゃないからな……知らないのか。私はカサンドラ。マグル学の先生だ」
「マグル学!? ハハッ! マグル学だって!? ハハハハハ! ホグワーツで最も不要な学問だ!」
その『死喰い人』、アミカスが言う。カサンドラは不思議そうに顔を傾げて、ゆっくりと拳銃を構える。ドラコは何も言わない。アミカスの方に銃口が向いているのに、何も、言わなかった。
「不要と言うことはないだろう? マグルの技術は割と侮れない」
「バカなことを……! たかがマグル! 魔法を使えないマグルが一体どんな技術があるって言うんだ!?」
「まぁ……色々だ。お前ら向けに言うとだな」
カチリ、と撃鉄を上げる音。ドラコは思わず目を閉じた。室内であるが故に、発砲音がまるで爆弾でも爆発したかのような轟音に聞こえる。
――ドサリと、アミカスが倒れ伏した。もはやどんな悪態もつくことはできない。驚愕に目を見開く『死喰い人』達。何が起こっているのか理解できない。その動揺を嘲笑うかのように、カサンドラは素早く照準し、片っ端から撃ち殺していく。
「まぁ、お前らを殺すには十分な技術があるってことだな」
「——殺せ!」
『死喰い人』が戦闘状態になるが、もはや遅かった。カサンドラは時間感覚が延長し、周囲がゆっくりと動くのを感じ取った。銃をしまいながら『死喰い人』達に肉薄すると、ヘルメスの杖の穂先を振るう。首を切り裂き、心臓を一突き。時間感覚が元に戻る頃には、『死喰い人』は誰一人いなくなっていた。何人もの死体が部屋に転がっている。
「大丈夫か、ドラコ?」
「——教えてくれカサンドラ。死ぬのは痛いのか?」
顔を真っ白にしたドラコがカサンドラに聞いた。
「? なぜそんなことを聞く? お前が死ぬのは遥か先だ。少なくとも今日じゃない」
「僕を……殺さないのか? 僕は『死喰い人』で……ダンブルドアを殺す暗殺者だぞ?」
ドラコが言うと、カサンドラはバカにするように笑った。
「暗殺者? お前が? ははっ。ダンブルドアは全部知ってたぞ。この部屋のこともな」
「バカな。必要の部屋のことは校長でも知らないってポッターが言ってたぞ」
「リサーチ不足だな、ドラコ。必要の部屋は『公然の秘密』ってやつだ。秘密ではあるが、その秘密を知っている者は驚くほど多い。まぁ、安心しろ。私がお前を殺すことはないよ」
「――僕は、ダンブルドアを狙い続けるぞ」
ドラコはうなだれてそう言った。ドラコ自身と、そして家族の為に、ドラコはやらねばならなかった。
「そのことだが、考えがある」
「え?」
「お前の家族はまだ不確定だが、お前だけは助かる方法がある。昔よくやった手だ。――これで全員か?」
ドラコは首を振った。
「——まだまだいるぞ」
「そうか。ドラコ、今から校長先生のところに行ってこい」
「行って……どうしろって言うんだ?」
「何言ってる? お前自分が悪さしたことわかってるのか? 罰則と減点に決まってるだろ」
ドラコはカサンドラが何を言っているのか理解できなかった。罰則と減点? ——その程度?
「僕を、殺さないのか」
「殺さんと言ってるだろうが。いいからいけ。これ以上血に塗れたくなければな。——余計なことはするんじゃないぞ。他の生徒に手を出すようなら、私も考えなきゃいけなくなるからな」
「――あ、ああ」
ドラコはカサンドラにせっつかれ、ゆっくりと……頭の中に盛大に疑問符を浮かべながら、必要の部屋の外に出た。
入れ違いになるように、3人の『死喰い人』がノコノコと部屋に入ってくる。血塗れの部屋とカサンドラに驚いて固まっている間に、カサンドラに始末されて死体のうちの一つと化した。
「戦力の逐次投入と波状攻撃の違いがわからん凡夫が指揮官らしいな。楽させてもらうとしよう」
カサンドラは意地の悪い笑みを浮かべて、次々やってくる『死喰い人』を殺し続けた。
——彼……フェンリール・グレイバックはこの日を待ち望んでいたと言っても過言ではなかった。『子供好き』な彼は、獲物が山のようにいるホグワーツ襲撃を心から楽しみにしていた。今、ホグワーツは混乱の局地にあるはずだ。『死喰い人』達が大挙して押し寄せたホグワーツ。そこに悠々と移動して、手近な奴から噛んでいく。若い女も山のようにいる。そいつが人狼となって人生に絶望する様を見ると、それだけで絶頂しそうになる。
最後の『死喰い人』がホグワーツに通じるキャビネットを通った。これでまた一人戦力が増えた。最後に、グレイバックが通って、ホグワーツ遠征は完了だ。そう思って、グレイバックはキャビネットを通った。
――そして、山のような死体と対面する。
「――は?」
ホグワーツに来たはずだ。来たはずなのに、なんだこの光景は。グレイバックは混乱の極地にあった。
何十人もの死体がある。それも全員大人——『死喰い人』の者だ。子供の死体は一つもない。そして、『死の呪文』にやられた死体も一つもなかった。全員が首を掻き切られていたり、頭に小さな穴が開いていたり、とにかく物理的な手段で殺されていた。
「……な、何が」
そう呟いた直後、キャビネットの影から飛び出した何者か——カサンドラが、背後からグレイバックに襲いかかり、床に押し倒した。
「ぐあっ!? 何が……! 誰だテメェ!」
「フェンリール・グレイバック……。お前で最後だな」
カサンドラは冷たい声で言うと、世にも恐ろしい作業を始める。
脇の下にアサシンブレードをそっと添えると、的確に腱を切り裂く。
「ぐあああっ! 殺してやる! 殺してやるぞテメェ! ——そうか! お前……! お前カサンドラか! 闇の帝王が仰っていた、古代の化け物!」
「お前らはバカだ。ご主人様が優しくも警告してたのにノコノコ私がいる城に攻め込んでくるとはな」
両手両足の腱を切って動けなくすると、カサンドラはグレイバックの両手両足を縛る。
「お前を怖がる生徒が多い。前の戦争だと随分大暴れしたみたいだな?」
「何をする気……ぐあっ!」
「マグル学……歴史の授業といこうじゃないか」
カサンドラはグレイバックの両手のひらをアサシンブレードで貫く。
「何言ってやがる」
「中国の兵法の一つでな、捕虜を一人惨たらしく殺すことで、他の敵に警告を与えて威圧するというものがあってな。ここまで言えばわかるな? その惨たらしく殺される捕虜ってのが……お前のことだ」
「バカなことを言うんじゃねぇよ! 殺してやる! 殺してやるぞクソマグル!」
「それは無理だ。私は……子供を狙うお前のことが——何より憎い。私は知ってるぞ。ルーピンを人狼にしたのはお前だな。覚悟するがいい」
——全ての事が終わったカサンドラは、グレイバックの死体をキャビネットの奥に放り込んだ。キャビネットを閉じると、再びキャビネットを破壊した。
「……さて……ボスのところに戻るか」
ガチャリ、と扉を開けて、カサンドラは必要の部屋を後にする。
――動く者がいなくなった必要の部屋は、カサンドラが扉を閉めるとまるで幻のように消えてしまった。必要の部屋に続く扉がない時、部屋の中がどうなるのか。それは誰にもわからない。
――ただ、『ホグワーツがまだ城だった時に処刑場だった部屋』、あるいは単に『処刑場』と、後に呼ばれる部屋が生まれたのは、この時だったのは間違いないだろう。
リクタスセンプラとセクタムセンプラが名前が似てて混乱します