ダンブルドアのいたところに戻ると、全くの無表情のドラコ、奪った杖を返すタイミングを窺っているハリー、そしてポリジュース薬の効果が切れて元の姿に戻ったハリーの友達がいた。ハーマイオニー、ジニー、ディーン、シェーマス、ロン、ネビルの6人は杖を手にドラコを囲んでいた。だが、ドラコは悪態一つつかずに黙ってその境遇を受け入れている。
カサンドラがその状況の奇妙さを不審に思いながらダンブルドアに近づくと、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「おお! 無事じゃったか。首尾はどうなったかのう?」
「大量の『死喰い人』が順次投入されてきた」
「む……。随分と厳しい状況だったようじゃのう?」
ダンブルドアが聞くと、カサンドラは肩をすくめて、それから首を横に振った。
「まさか。奴らには先生らしく、直々に特別授業をしてきたところだ。マグルの力と……それから、兵法の基礎を怠るとどうなるかをな。まぁ尤も、奴らがそれを活かす機会は永遠に訪れない」
「……そうかのぅ。なら、よかった。ホグワーツは無事、平穏が守られたと言う事じゃな」
「先生! でもまだマルフォイがここにいます!」
ロンが叫んだ。
「おお……そうじゃな。ドラコよ……。どうかワシの話を聞いてはもらえんかのう?」
「死に方を選ばせてくれるって言うのか?」
ドラコが冷え切った声で言った。
「僕は生きてる限りお前を狙う事をやめたりしないぞ。たとえお前に『磔の呪文』を使われたとしてもだ。しくじって死ぬのは僕だけじゃない……母上や父上もだ。諦められるものか」
「……親を人質にするとは、のう」
わざとらしく、ダンブルドアが言った。ドラコを囲む生徒たちの表情から、僅かながら憎悪が薄れる。
「お前には関係のない事だ。僕は……僕はお前を殺す」
「去年までなら、そうなってもよかった」
「ダメです先生!」
「わかっておるよ、ハーマイオニー。ワシはもはや、おちおち死んでもおれんのじゃ。ワシを超えた新たなる『最強』に、訓練を施さねばならんのでの。弟子の修行をほっぽってくたばる師匠なぞ、元からいないよりもタチが悪い。そこで、じゃ」
ダンブルドアはゆっくりとドラコに近づいた。
「お主の懸念はようわかる。お主を守り切れる手段なぞ存在しない……お主の家族に範囲を広げればなおさら。そう思っておるのじゃろう?」
「そうだ。闇の帝王の手は広く、深い。それだけじゃない。闇の帝王は僕の家に居座ってるんだ。どうやって守るって言うんだ?」
ヴォルデモートがドラコの家にいる。その情報はありがたかった。最悪、現状がどうにもならなくなったら、ヴォルデモートを殺して、ヤツの完全消滅をのちの世代に先送りにすることさえできるのだ。死喰い人が山ほど生き残っている状態でも、復活には15年近い時間がかかったのだ。今やれば20年は時間を稼げるかもしれない。
「お前たち一家を国外に逃がす」
「は?」
カサンドラがそう言うと、ダンブルドアはカサンドラの考えをほとんど読み切った。そして、なぜ彼女がダンブルドアに頼るようなことを口にしたのかも理解した。
「ワシにならそれができる。ボーバトンには二年前に培ったコネがあるのでな。留学ということにすれば問題なく国外に逃げられるじゃろう」
「……国を出る? 僕が?」
「たかが一年だ。お前が卒業するまでには決着がつく」
しかり、とダンブルドアも頷いた。
「母上は……父上は?」
「もちろん、家も用意しよう。ドラコや。お主はもう、素直に守られても構わないのじゃよ」
「……」
ダンブルドアが言うと、ドラコは黙った。
「……本当に……僕は……人を殺さなくていいのか?」
「無論じゃ」
「僕は――」
ドラコは、答えを出した。
――1996年 12月 スピナーズエンド
カサンドラは寂れた……薄汚れた路地に来ていた。掃きだめのような道だった。スピナーズエンドと呼ばれる、袋小路だった。
「ここがお前の実家か。なんともまぁ、レディを呼ぶにはふさわしくない場所だな」
「――闇の帝王でさえ忌避なさる場所だ」
「トム・リドル『だからこそ』ここが嫌なんじゃないか?」
カサンドラが言うと、彼女の隣を歩くスネイプはなんとも言えない顔をする。このような寂れた場所は、ヴォルデモートが幼少の頃過ごした孤児院を思い出させるからなのだろうか。
「で、ナルシッサはもう来てるのか?」
「無論、すでにおよびしている」
スピナーズエンドの最奥にある家に入ると、狭い家の内装が見て取れる。廊下を少し歩くとリビングがあり、そこには一人の女性、ナルシッサ・マルフォイが座っていた。彼女はスネイプに気付くと立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「セブルス! ああ……私、不安だったのです。……そのマグルは一体?」
「事態の説明をするために来た。校長代理だ」
「そうですか。マグルを代理にするなど。栄えあるホグワーツの校長がやることだとは思えませんね」
「だが事実、カサンドラは代理人に指定されている。とにかく、本題に入る。お主には今日、この瞬間からフランスで暮らしてもらう」
「――今、なんとおっしゃいました? フランス? あの敗北主義者たちがたむろする国に行けと?」
「そうだ。そのフランスに行け」
カサンドラが再三繰り返すと、ナルシッサは眉尻を上げた。
「私は誇りあるイギリス魔法使いの貴族、純血の『マルフォイ家』の当主夫人ですよ?」
「そして私はその誇りある『純血主義者』の数を減らす傭兵だ。お前を私のキルスコアの一つに加えてもいいんだぞ?」
「やめんかカサンドラ! ――失礼。何分、この女は血の気が多いもので」
スネイプが言うと、カサンドラは不機嫌そうに腕を組んだ。
「ダンブルドアやドラコにはああ言ったがな、私としては別に、『事故』が起こってもかまわんのだがな」
「吾輩は構うし、ドラコも構うだろう。――教え子の気持ちを踏みにじるとは、なんとも素晴らしい教師一年目ですな」
「わかった、わかったよ。――お前の息子は預かっている。その貴族のプライドと息子との生活。どっちが大事か選ぶがいい」
「……え? ど、ドラコを? セブルス、どういうことです! まさか、最初からそのつもりだったのですね!? だから、だから『破れえぬ誓い』を結ばなかった!」
ナルシッサが糾弾するも、スネイプは涼しい顔だ。
「ミセス・マルフォイ。吾輩はご子息の成績や度胸、実力諸々を考慮し、万が一にもあり得ないと考えただけです。それに……悪いようにはならないでしょう」
「どういうことです?」
「マルフォイはボーバトンに留学する。できる限り校長の近くにいさせるらしいから、とりあえず安心だ。ドラコが安全かどうかは、海の向こうにお前らがどれだけ蔓延っているかにかかっているが……そのところどうなんだ?」
カサンドラは半ば確信を持って聞いた。すると、スネイプもナルシッサもゆっくりと首を横に振った。
「闇の帝王は未だ、イギリスの掌握にも苦労なさっている。海外など、『残党』レベルでしかいないであろうな」
「各国に散らばった『死喰い人』達は2年前のクィディッチ・ワールドカップでほとんど集まりました。……再び国外に出た者はおりません」
「だろうな」
海外の『死喰い人』はあらかた、ワールドカップで大暴れして、そしてカサンドラに消されるか、逮捕された。
「それなら、あとは息子とフランスで過ごすだけだ。まさか貴族令嬢たるあんたがフランス語を話せないとは思わないが」
「……もちろんです。しかし、息子は……まだ」
「なら、一緒に過ごして教えてやれ。海の向こうで、あいつは一人だ。お前がいるだけで全く違った一年になるだろうな」
海の向こうで、たった一人。カサンドラのその言葉が、決め手だった。
「――わかりました。あなた、子供がいらっしゃるのかしら? なんだか、的確に説得された気分だわ」
「今はいない」
「――失礼しましたわ」
「気にしていない。旦那の方もなんとか頑張ってみるが……期待するなと、ドラコに伝えてくれ」
カサンドラが言うと、ナルシッサはショックを受けたような表情をした。だが、覚悟はしているらしい。何せルシウスはドラコやナルシッサと違い、自分の意思で『死喰い人』に入り、そして『死喰い人』として行動している人間だ。簡単に国外に逃がすことはできないだろう。
「……当主として恥ずかしくない子に育てます」
「ヤツは来年には完全に消える。そのことを頭に入れて、教育するがいい」
カサンドラは言う事を言ったとばかりに踵を返して、家の外に出た。
「――彼女は?」
「ふん。生意気な後輩ですよ。腕っぷしは強いので護衛にと連れてきました。さあ、行きましょう」
「……ええ」
ナルシッサはそっとスネイプの腕に手を振れる。しばらくすると、バシンと音を立てて、二人は部屋からいなくなった。
――1997年 1月 魔法省神秘部 アブスターゴ支社
蛇顔の男が目を開けると、ゆっくりと体を起こす。今まで彼を見守っていた、白衣を着た研究員が椅子を回転させて、ヴォルデモートに話しかける。
「どうですか、ミスター『死の飛翔』殿。それとも、アレクシオス殿?」
「貴様らは、俺様が『混ざる』ことを期待しているのか?」
ヴォルデモートがしっかりとした口調で言った。
「……まさか。私たちの目的は『秘宝』のたんきゅ、があああっ!?」
言葉の途中で、研究員の体は宙に吊り上げられ、それから壁に叩きつけられた。
「俺様の前でたかがマグルが嘘を言うなんて、素晴らしい度胸だ……。俺様は、ヴォルデモート卿は全てを知っているぞ……。お前らは確かに『秘宝』の探究が最重要目的だが、俺様に関しては別……。そもそも『2400年前』を見ること自体が危険で……お前たちは『魔法使い』である俺様がどれだけ過去に耐性があるかを知りたいのだろう?」
「そ、そんなことはありませんよ、闇の帝王様。わたくしたちはあくまであなた様のお手伝いを、ぐうっ!」
よろよろと体を起こした研究員の腹を、ヴォルデモートは思いきり蹴りつけた。
「お前たちは研究者だというのに愚鈍だ……。同じマグルだというのに、カサンドラやアレクシオスと一体どうしてここまで違うというのか……。
俺様はお前の思考を読んでいるのだぞ? 嘘などお見通しだ……」
「……しかし、あなた様の目的をお手伝いしているのも、事実です」
「ほう」
「わたくしどもは確かに興味があります……。かつては一度敗れたアレクシオスは、『魔法』を得てもなおカサンドラに勝てないのか、あるいは……というものです」
「ようやく本心を話したな……。俺様の前で嘘は許さん……。真実を話せ」
ヴォルデモートが言うと、研究員はあきらめたようにため息をついた。
「わかりましたよ。あなた様が先ほど見た記憶のすぐあと、決着がつかないままついにカサンドラは最後の『コスモスの門徒』を……元祖扇動政治家を浜辺で処刑します。大事なのはそのあとのことで……あなたと」
「アレクシオスだ! 俺様はあいつではない……!」
「失礼。アレクシオスとカサンドラは和解し、家族となります。ゆえに……」
「もういい! もうこのくだらん装置はもう使わない。……このあとカサンドラと和解するならなおさらいらぬ」
ヴォルデモートは壁に立てかけてある長剣を手にした。
「もはや、剣も、魔法も、俺様に比肩する者はいなくなった……つまり、お前たちは用済みというわけだ」
「……いやいやいやいや。闇の帝王様。ここ魔法省の中ですよ?」
研究員は不穏な空気を感じて、目に見えて動揺する。
「そうだな」
「ここにはお偉いさんが山ほどいて、しかも警察組織もこの中。おわかりですか?」
「もちろんだ。愛しい……使い捨ての道具よ」
「いやいや、待ってくださいよ。わたくしを殺したら、魔法省とアブスターゴの関係もおじゃんですよ。おわかり?」
「では……そう、お前らが大好きな言葉を使ってやろう」
「え?」
ヴォルデモートはしっかりと剣を握る。標的を見定める。
「『実験』だ。俺様がお前を殺して、本当に魔法省と貴様らの関係がご破算になるのか、実験しようじゃないか。おお! 実に残念だ……」
「まって、ちょっと、まさか本気で!?」
「実験結果をお前が見ることができないとは!」
ひゅん、と何かかが閃いて。
ころり、と何かが転がった。
真っ赤に染まった部屋を背に、ヴォルデモートは魔法省の中を悠々と歩く。
「魔法省の掌握はもうすぐ済む……俺様の時代がやってくる……!!」
闇の支配は、もうすぐそこまで迫っていた。