――1997年 6月 ホグワーツ
もうそろそろ、一年が終わろうとしている。
「……もう、防御に関してはワシが教えることはないじゃろうな」
しみじみと、ずいぶんと久しぶりに新調した杖を片手にダンブルドアが言った。今のハリーはたゆまぬ訓練と伝説の杖『ニワトコの杖』の力もあって、ダンブルドアに勝てないまでもいい勝負ができるまでになっていたのだ。特に防御は一級品で、『他者を守る』ことに関しては、ダンブルドアに比肩するまでに至っている。
「僕は、『闇の魔術に対する防衛術』の先生になるんですから。守ることに関してはプロでいたいんです」
「ほっほっほ……。心強く、そして頼もしいのう、ハリー」
校長室で、ダンブルドアは遠い目をしていった。最近のダンブルドアはこんな表情をすることが多くなった。何かを懐かしむ顔をすることが増えて、ハリーのことを希望そのものを見るような目で見るのだ。
「カサンドラや。――ワシは驕っておったのかもしれんのう。ワシを超える者など存在しない、出てこないと……半ば本気で信じておった」
「それが許されるだけの実力はあった」
カサンドラが言うと、ダンブルドアはゆるゆると首を振った。
「……ゆえに、ワシは心のどこかでハリーを、子供に思っておったのかもしれぬ」
ダンブルドアはハリーを見た。
「僕は……もう子供じゃありません」
「……そうじゃな」
「ああ……。早いもんだ」
カサンドラとダンブルドアの二人が言った。
「そういえば、ダンブルドア先生。少しだけ、質問いいですか」
ハリーが静かに聞いた。当然、ダンブルドアは頷いた。
「どうして、スネイプを信用し続けるのですか」
「スネイプ『先生』じゃよ、ハリー」
「
ハリーは断言した。その核心に満ちた目に、ダンブルドアは何かを気づく。
「……何を知ったのかのう?」
「僕の両親が死んだ日の真実を。トレローニー先生が言ってた。『真実の予言』をした日、スネイプが面接会場……『ホッグズ・ヘッド』にいたって」
「ふむ……シビルが、のう」
「ヴォルデモートに僕とネビルのことを伝えたのはスネイプ。そうでしょ? ――なんで、親の仇の一人を『先生』なんて呼ばないといけない!」
ハリーの激昂を、ダンブルドアもカサンドラも咎めたりはしなかった。そうするだけの理由があるし、当然ダンブルドアはスネイプを信用する理由を話さなければならないと、二人ともが考えていたからだ。
「ワシは人を信じておる。セブルスは予言を報告したことをひどく、ひどく後悔しておった。負い目というやつじゃ。その負い目がある限り、セブルスはワシを――」
あるいは、ハリーを。
「――裏切れぬ。そうワシは信じておる」
「僕はずっと、スネイプがスパイとして『死喰い人』にいたんだと思ってた……でも違う! スネイプは『死喰い人』を裏切ってダンブルドア先生のスパイになったんだ。――裏切者がもう一度裏切らないなんてどうして言えるんです!?」
「そこまで知っておるとはのう。ハーマイオニーかのう?」
「ええ。僕の……その、『教科書』の出所を調べているうちにたどり着きました」
ハリーが言うと、ダンブルドアはにこりと笑った。
「『半純血のプリンス』の教科書じゃな」
「――ご存じだったんですか?」
「これは異なことを。お主の成績は良く知っておる。ハーマイオニーが気付いた違和を、師匠のワシが気づいていないと思っておったのかのう?」
「いや……その……」
「咎めるつもりはないのじゃよ。ただ……それならもう知っておるのじゃろう? その『プリンス』が、セブルスのことじゃと」
ダンブルドアが言うと、ハリーは驚きに目を見開いた。
「……本当に、そうだったんですね」
「うむ」
――信じたくはなかった。この一年、『魔法薬学』の成績向上に最も貢献した教科書の持ち主……『半純血のプリンス』がスネイプだと。ハーマイオニーは『プリンス』が名字である可能性を考え、ホグワーツの卒業生を当たった。その結果、スネイプの親に行き当たったのだ。
「言い訳に聞こえるじゃろう。しかし、セブルスは予言の内容を詳しくは聞いておらんかった……対象となるのがネビルや君の両親だとは露とも知らなかったのじゃ」
「知ってたら報告をやめたみたいに聞こえます。そんなわけがない!」
ハリーが言うと、ダンブルドアは首を振った。
「いいや……知っておったらセブルスは確実に黙っておったじゃろう。その理由を明かすことはできんが……」
「そんなことはどうでもいいです。現実は……現実はそうなってない! 後悔してる? 負い目がある? ダンブルドア先生、ネビルの前で同じことが言えますか。僕の前で、もう一度、『セブルスは悪くないのじゃ』と言えますか?」
「――むう……」
ダンブルドアは黙った。確かに、今のスネイプは自信を持って信じられると言える。言えるが……。当時のスネイプが悪人ではなかったかと言うと、ダンブルドアには断言できない。
「――ハリー」
「何、カサンドラ」
「今のお前には力がある」
「え?」
カサンドラが何を言い出すのかと、ダンブルドアが目を見開いて彼女を見る。
「お前、今の自分が魔法界でどのレベルにいるかわかってるか? ヴォルデモートと張り合えるぐらい……つまり、『最強』の一角ってわけだ。スネイプをどうにかするのも不可能じゃない」
「……僕が……スネイプを?」
「私やダンブルドアは、ヴォルデモートの殺害を頼む立場だ。『なぜトムはよくてスネイプはダメなのか。同じ『死喰い人』じゃないか』そう言われたら、強硬に止めることもできない。それで、どうする? 仇でも討つか?」
ハリーはしばらく悩んだ。
「カサンドラ……カサンドラなら、どうする?」
「私か? 私がお前なら、とっくにスネイプは死んでる」
「カサンドラ」
「事実だろう? 母や父の情報を敵の親玉に渡す奴は死んで当然だ」
「じゃが」
「それとも何か、ダンブルドア。魔法界全体の為の人殺しは良くて、親の敵討ちはダメか?」
「――むう」
ダンブルドアは黙った。
「カサンドラ。僕は……僕は、スネイプを殺したりしないよ」
「なぜだ? 仇だと確信しているんだろう?」
ハリーは頷く。
「うん。でも……でも僕は、教えられたことは、ヴォルデモートを倒すことだけに使いたいんだ。ダンブルドア先生やカサンドラに言われたからじゃなくて、僕が、そうしたいって思ったんだ」
でも、それはそれとして、とハリーはダンブルドアに向き直る。
「それでも僕はスネイプが堂々と大手を振ってのうのうとしてるのは我慢ならない」
「ふむ……難しい問題じゃ……」
「何が難しい? 元『死喰い人』の裏切者と、ハリー。どっちを優先するべきか? そういう問題だ」
「……――だから難しいんじゃがなぁ」
うー……む、とダンブルドアは悩む。彼がそんなにも長い時間悩む姿を見るのは初めてだった。
「すまぬ……ハリー、許しておくれ。ワシにはすぐに答えを出すことができん。すまぬが……もう少し待ってほしい」
「――わかりました」
ハリーは一度は素直に引き下がった。
「……でも、全部終わった後に、『やっぱり普段通りで』なんて言ったら、さすがに僕我慢できないかもしれません」
「もちろんじゃよ」
ハリーはそう言うと、校長室から出て行った。
「――これもツケなのかのう」
「ハリーの言ったことは本当なのか? スネイプが奴に予言を伝えたってのは」
「うむ。そしてそれを後悔しているのも事実じゃ」
「後悔、ねぇ。そんな言葉で済まされるなら、アズカバンは要らないぞ」
「――一度、セブルスとは話をする必要があるのう」
全く持って、ハリーとカサンドラの言葉は耳に痛い。ダンブルドアは深い深いため息をついた。
――1997年 6月
ハリーの修業はほぼ終わり、あとは戦いに向けた準備をするだけとなったある日のこと。学年末が数日と迫ってきた日、ハーマイオニーとロン、ハリー、ジニーのいつものメンバーはいつものように、雑談をしていた。
「……もしかしてダンブルドア先生は自分の都合よく使える手駒としてスネイプ先生を使っていたのかしら? 『全部終わっても、お前は潔白のままだ』なんて言ったりして」
「なんだよそれ? それじゃまるきり悪役じゃないか」
「でもそうとしか考えられないわ」
「うーん、確かに、校長先生への印象はちょっと変わっちゃうわね」
ジニーが言うと、みんながうなずいた。
「そもそも、ハリーを暗殺者に仕立て上げようってのがまず無茶だろ。――なんでか知らないけど上手くいってるのが不思議だよ」
「なんだか、僕には才能があったみたい」
「暗殺の才能なんて! ない方がいいに決まってるわ」
ハーマイオニーがどうにもならない現実に嘆くが、ジニーは照れたように顔を赤くして、ハリーの腕に絡みついた。
「でも私は……影のあるハリーも魅力的だなって思うわ。それに、ダンブルドア先生にも勝ったし!」
「ハーマイオニー、ウチの妹はみんなで引き寄せた勝利だってことを頭から追い出したらしいぜ」
「私を当て馬にしないでもらえるかしら? っていうかロン、あなたラベンダーはどうしたのよ? 今のジニーみたいに絡みつかれていたみたいですけど?」
ハーマイオニーがチクリと言うと、ジニーはロンとラベンダーの絡みを思い出して、慌ててハリーから体を離した。
「ラベンダーか。フった」
「ええ? あんなにラブラブだったじゃない」
「そう見えてただけだよ。迷惑してた」
ロンはハーマイオニーをじっと見つめながら言う。
「へー……そう、そうなの」
ハーマイオニーは若干気分がよさそうだった。その二人の様子を見て、二人の友情ももしかしたら、来年ごろには変わるかもしれないな、なんてことを漠然と思う。
「それで、いつその……倒しに行くの?」
「それが……ちょっと妙なんだよね。とにかく今は待てって言われてる」
「え? なんで?」
「僕の準備は整ったけど……僕以外の準備は全然なんだって」
ハリーは詳しいことを教えてもらったが、それを友人に言う事はなかった。
分霊箱というおぞましい魔法のことは、知らない方がいいと思ったのだ。
「ふうん……。まぁ、いいや。来年からは平和なホグワーツになるな。なにせマルフォイがいない」
「……まぁ、ね」
喜び勇むロンに、ハリーは曖昧に返した。
もう、この学校にドラコ・マルフォイの姿はない。
――だが、ハリーは何の因果か、ドラコと手紙のやり取りをする仲になっていた。ロンにもハーマイオニーにも言っていない、もちろんジニーにも秘密な、隠れた関係だった。
「でも、私は……マルフォイを憎み切れないわ。私も……パパとママを人質に取られたら、きっと……きっとなんだってしちゃうわ」
ハーマイオニーが表情を暗くして言う。例えば、母親が拷問されている姿を見せられたら。父親に杖の先が向けられている姿が見えたら。きっと、『ハリーを殺せ』という命令でも、従ってしまうだろう。
「……そうならないように、カサンドラが頑張ってくれてる」
「ええ。そうよ。信じてる。信じてるけど……。ああ、もう……不安だわ」
ハーマイオニーはうつむいてしまった。その姿を見て、ハリーが立ち上がり、ハーマイオニーの肩に手を置いた。
「大丈夫。そうなる前に。僕があいつを始末する」
「――ハリー。ごめんなさい、そうなるのは本当はダメなことなのに……。私、ほっとしてる」
「きっと、みんなそうさ」
ハリーはジニーの隣に戻ると、彼女の手を握る。このぬくもりを奪われないためならなんだってする。
ヴォルデモートを……人一人殺すことくらい、なんてことはない。
――ハリーの決意。スネイプの境遇。
ダンブルドアの思惑。カサンドラの暗躍。
ヴォルデモートの活動。『死喰い人』の蠢動。
何もかもが、結末に向かって進んでいた。
最後の夏休みが、始まろうとしていた。
謎のプリンス編、完結しました。いつも応援、ご愛読ありがとうございます。
6年目はホラス関係が大幅に変わった関係でかなり短くなりました。
もう最後の年になりますね。長いようで短いようで……。
ダンブルドアが生存していることで、かなり時計が早回しに進むでしょう。
それでもいいという方は、引き続きよろしくお願いします。
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