——1997年 8月
魔法省、陥落——
その知らせがハリーたちに齎されたのは、ビルとフラーの結婚式が終わったすぐ後のことだった。隠れ穴で催された身内と、逃亡者達だけの小さな披露宴の最中だった。だが……慌てふためく子供達とは別に、大人たちは厳しい表情をしつつも、冷静に周囲の人間と意見を交わしている。
「魔法省……それはお前たちの省庁だろう? なぜそれが犯罪者共に掌握される?」
「私も疑問だが、答えはおそらくシンプルだろうな、バーノン。いつの時代も、結局は暴力が全てを解決するのさ」
「カサンドラや。ワシらは何のために口があると思う? 話すためじゃよ」
「わかった、わかったよ。ならサル相手でも通じる言語を使ってやろうじゃないか。肉体言語は国どころか種族すら選ばん」
「カサンドラ……」
「お、おいじいさん、この女は何でこんなに過激なんだ!?」
バーノンが怯えたようにダンブルドアの隣に移動する。彼の格好はしっかりとしたスーツである。ペチュニア、ダドリーも同じく。魔法使い相手でも祝いの場では空気を読むらしい。
「数年前はこうではなかったんじゃがのう」
「あのクソッタレ『死喰い人』共が政府を握ったらロクでもないことやらかすぞ。いいか、ダンブルドア。奴らが現代版『魔女狩り』……つまり『マグル生まれ狩り』を始めたら友人のハーマイオニーの為にも魔法省に襲撃をかける」
「しかしのう。ワシに一つ策があるのじゃ。少しだけ、魔法省で大暴れするのは待ってくれんかの?」
「策だと?」
「うむ。——ワシの精神バランスと実利を取る、実に巧妙な策が一つあるのじゃ」
「……それなら、納得するが」
「うむ。辛気臭い話はやめじゃ。今日は素晴らしい日なのじゃぞ?」
「まぁ……そうだが」
カサンドラはうなずくと、幸せいっぱいな表情のフラーの方に近づいた。
「デラクール、結婚おめでとう」
「あ、キャシー。ふふーん、いいでしょ、素敵な男をゲットしたよ!」
フランス語でフラーとカサンドラが話し始める。周囲は二人が何を話しているのか理解できない。もしかしたら、ダンブルドアならわかるかもしれないが。
「ああ。ウィーズリーなら安心だ。何せロンの兄貴だからな」
「あ……そういや、義弟クンにはコクられてたっけ。……なんか言ってた?」
「いいや。こっちの赤毛は秀才少女に首っ丈だ」
「ならよかった。でも、ホグワーツで見てた時からそれっぽいなって思ってたよ」
「外から見るとそうなるのか。私としては、合わないと思うんだがな」
「そりゃ、どこかしら合わないところはあると思うわ。私とビルだってそうだもん。こーんなにラブラブなのに、違うところがある。でも大好き。愛してる。——そんなもんじゃない?」
フラーがビルの腕に手を回しながら言う。カサンドラは照れ臭そうにフッと笑った。
「まぁ……その通りだ。フラー、困ったことがあったら何でも言え。ビルをシめて欲しかったら特にな。格安で引き受けるぞ」
「わーお。傭兵って今の時代でも雇えるのね!」
「君だけの特別プランだ」
「だめよ、キャシー、私人妻よ?」
「実は案外、男は女同士を浮気とは思わない。——まぁ、流石に冗談だ」
「もう、困った冗談ね!」
「悪かったよ。……じゃあ、私はそろそろ行く」
カサンドラはニコニコと顔に笑みを浮かべたまま、フラーのそばから離れた。——結婚式はいい。いつ何時でも、幸せが詰まっている。
——
さらに数日後の朝、ブラック邸でカサンドラが新聞を読みながらなんとも言えない顔をしていた。
「カサンドラ、おはよう。朝刊読んだ?」
「ああ。おはよう、ハリー。まぁな。……魔法界の人権意識は低すぎる……」
魔法省の機関紙と化した『日刊予言者新聞』には、人狼とマグル生まれを等しく差別することをもっともらしいお膳立てと共にデカデカと喧伝していた。そろそろ魔法省を綺麗にする時期か。内心カサンドラがそう思っていると、ハリーがさらに言う。
「違うよ。それもヤバいけど、こっちも! 『アルバス・ダンブルドアの人生と嘘』って本が発売されてもう本屋に人が殺到してるって!」
「……はぁ?」
カサンドラは思わず、そんな間抜けな声を出した。ハリーが指さしたところを見ると、たしかにそんなタイトルの本が今日発売と書いてある。
「……いってくる」
「え? 本買いにだよね?」
「まぁな」
カサンドラはハリーの方を見ずにそう言うと、真っ黒な、ローブのような外套を羽織って出かけていった。
カサンドラは『死喰い人』に占領、支配された魔法省にご丁寧にも不特定多数の殺人容疑(冤罪ではない)で指名手配されてしまった為、変装してその本を購入した。
尾行等々警戒しながらブラック邸に戻ると、広々とした居間では騎士団員がダンブルドアに向かって凄まじい剣幕で問い詰めている最中だった。大人たちに混じって、子供たちも心配そうにダンブルドアを見ていた。
「先生、これはどう言うことですか!? 今どう言う時期か本当にご存知なのですよね!」
「無論じゃよ、シリウス」
「わかっておったならこんなくだらない本のインタビューに出ようなどとは思わん! 何を考えとる!」
「それは本を読めばわかってもらえると信じておるよ、アラスター」
「くだらんゴシップなど、ほんの僅かにでも目にしたくないわ!」
「まぁそう言わずに、読んでみたらどうだ? 一冊買ってきたぞ」
「カサンドラ、買ってきたの?」
「ああ。ハーマイオニー、読んでくれ。多分この中じゃ一番読むのが早い。喧嘩するのは読み終わってからでいいな?」
カサンドラが言うと、大人たちは渋々、なんとか矛を収めた。
「……じゃあ、夕食の時にもう一度話し合いましょう、先生」
シリウスのその言葉をきっかけに、大人たちは解散していった。残されたのはハーマイオニー、ロン、ハリーとダンブルドア、それにカサンドラだけだった。
「ありがとう、カサンドラ。私頑張って読むわね」
「ああ、頼むよ」
カサンドラはハーマイオニーに本を渡す。
「僕も読む」
「僕も」
ロンとハリーが、本を開いたハーマイオニーの両隣に座って読み始める。その光景がまるで子供の頃そのままで……カサンドラはつい、微笑ましく思ってしまう。
『第一章 アルバス・ダンブルドアの愚かな若年期』
ハリーはその文字を見た時、これを書いたヤツは絶対にダンブルドアのことが嫌いに違いないと思った。
「……これ……嘘? バチルダ・バグショット……?」
「誰?」
「『魔法史』の教科書を書いた人よ? これゴシップ記者が書いたトンデモ本とかじゃないのかも……」
「第一章のサブタイトル読んだか、ハーマイオニー? ダンブルドアの愚かな若年期だぞ?」
「……サブタイトルしか読んでない状態で何かを言うことはできないわ」
ハーマイオニーは読み進める。
『私はダンブルドアの幼少期をそれなりに知っている。優秀な兄と、そこまでではない弟と、影も形も見えない妹。スクイブなのではないかと疑ったこともある。
「まぁ……そう思われておるのは、知っておった。——そんな評判、正直に言うとどうでもよかったのじゃ。若い日のワシにとって有象無象の評価などワシの栄光を妨げるに値しないと、そう本気で信じておったのでな」
全てを明かすと誓ったダンブルドアは、亡き妹の名誉のために、と妹君に対する詳細を語らなかった。
「『ワシについて』は全て話すが……はて、アリアナはワシなのかのう?」
そう言われれば納得する他なかった。とにかく、ダンブルドアの若年期、ホグワーツの学生だった頃、ダンブルドアの家族構成はその3人だった。母は随分と昔に病死したようだ。
「当時のワシは愚かじゃった。何でもできると思っておったし、事実大抵のことは何とかできた。憧れていた英雄のように、輝かしい栄光の道が広がっていると信じておった」
そう語るダンブルドアの言葉の正しさは、ホグワーツ時代の成績が語っている。
「ワシは子供の頃から一冊の英雄譚が好きでのう。『鷲の傭兵』と言う本じゃ。彼女の英雄譚は、今でもワシの中に息づいておる……。ここ6年は特にの」
キラキラと、憧れを口にするダンブルドアはまるで少年のようにも見える。しかし、その優秀さが、純粋さが、若き日のダンブルドアの道を誤らせた。
「ゲラート・グリンデルバルト。多くの者は彼をワシの宿敵だとか終生の好敵手などと勝手なことを言うが……。ワシとゲラートは、間違いなく友人じゃった。それも、とても親しい」』
「嘘でしょ? ダンブルドア先生、嘘ですよね?」
ハーマイオニーが思わず、近くにいるダンブルドアに聞く。
「あまりにも恥ずかしいのでのう。その本についての質問は、今のところ答えは一貫しておる。『その本の通りじゃ』」
「嘘……」
ハーマイオニーが絶望したような声を上げた。
「なに? そのゲラートって人?」
「大陸版『例のあの人』みたいな人よ」
「ハーマイオニー。老人たってのお願いじゃ。ゲラートとトムを同一視するのはやめておくれ。——ゲラートの信念はトムほど軽くも浅くもないのじゃよ」
あんぐり。まさしくそんな表情だった。
「ご、ごめんなさい……」
「すまぬのう……」
ダンブルドアは恥ずかしそうに頰をかいた。カサンドラはダンブルドアの近くの椅子に腰掛けると、黙々と本を読み始めたハーマイオニーを横目に、話しかける。
「で、自伝を出すのが策なのか? ロックハートにコツを教わってきたらどうだ」
「それも考えた。しかしのう。仕掛けは本の中盤にあるのじゃ」
「へぇ?」
ハーマイオニーは大人二人のそんな会話も、次第に気にならなくなってくる。
『ダンブルドアは驚くべきことに、当時を振り返ったその時、間違いなく楽しそうな思い出を語るときの表情をしていた。
「ワシは……ゲラートと毎日語り合った。マグルの首相を『服従の呪文』にかけて、イギリスを支配。しかしそれでは魔法省の護衛がいるから先に魔法省を掌握して……そんな革命の夢想を夜が更けて朝になり、太陽が登り切ってもなおしていた。それくらい楽しい話題じゃった。
もちろん、その素晴らしい革命を成す為には、どんなに少なく見積もっても、イギリス魔法使いの全人口3ダース分くらいの死者が出る予定じゃが……。何、『より大きな善のために』ならば仕方ないと、そう思っておったよ。心からじゃ」
私の前にいるのが本当にダンブルドアなのか、ほんの少しだけ疑わしく思えた。それほどの衝撃だった。私は目の前の老人がポリジュース薬で別人が化けた偽物である可能性に思い至り、いくつか秘密の質問をすることになるのだが、それは割愛する。
「ワシらはホグワーツ卒業と同時に革命家としての道を歩むと誓い合っておった。……じゃが、そんなトンデモ進路を止めてくれたのは、愛しき我が弟じゃった。
『何考えてる。アリアナを連れて革命行脚なんかできるわきゃねぇだろ!』……まっこと、至極真っ当な意見じゃった。誰が聞いても正論じゃ。しかし、その『誰が』に、ワシもゲラートも含まれておらんかった。ゲラートは即座に弟を『より大きな善のため』の犠牲者の一人に分類すると、杖で攻撃を加えた。ワシは……ワシはまだそこまで振り切ってはおらんかった。とりあえず防いで、応戦した。その戦闘に弟も参加してきて、ワシの家は小さな戦場になった。
——そこにアリアナがやってきた」
そこまで語ると、ダンブルドアは一旦言葉を切る。目頭を押さえ、目に涙を浮かべて、心から後悔している表情を浮かべた。
「……誰がやったのかは、今でもわからぬ。わかりたくもない。じゃが、結果として、アリアナはその日、死んだのじゃ」
私は声が出なかった。これを書けと彼は言う。これを世界に公表しろと、そう言うのだ』
ハーマイオニーは声も出なかった。つい先日、去年。ハリーが見事ダンブルドアから杖を奪い、課題を達成したあの瞬間。ボガートはたしかに、小さな女の子の姿をしていた。あれがアリアナ……。
それからも、ダンブルドアは長きにわたって己の人生を語っていく。そして、ついに、そのページが来た。
『4章 ホグワーツ教師時代 或る少年との出会い』
ハーマイオニーは一瞬、ハリーのことだろうか? と思った。しかし、その章にこそ爆弾が仕込まれていたのだ。
『孤児院? 私は確かか、と聞き返した。
「そうじゃ。トム・マールヴォロ・リドル……今は『例のあの人』だの『闇の帝王』だの名乗っておる彼じゃ。彼が魔法界に足を踏み入れたのは間違いなく11歳の時じゃ」
それは妙な話だった。過激な純血思想の行き着く果て。血の業も知らずに濃さばかりをありがたがる貴族主義者の親玉が、まさかそのような場所にいるとは。純血の両親に捨てられたのか? と私が聞くと、ダンブルドアは首を振った。
「トムが純血……そう思っておるものは多いじゃろう。しかしのう、トムより純血的な人間は皆が想像しているより多い」
つくづく奇妙な日だ。私は思った。ダンブルドアの恐ろしい思想を聞かされたその日に、同じ口で純血思想のなんたるかを、誰がどれほど純血的かを聞かされるとは。
「トムの母親は素晴らしい血の持ち主じゃ。スリザリンの子孫と言えばその凄さ、血の濃さはわかるじゃろう? まぁ……血と家柄以外に取り柄があったかどうかは、明言を避けておくかのう」
スリザリンの子孫? それならば、トム・リドル……『例のあの人』より純血な魔法使いなどそうそういないことになる。しかし、当然ダンブルドアの話には続きがあった。
「本来ならばトムの母親は……おそらく、父親か兄弟と子を成したじゃろう。これを読んでいる読者には不愉快な思いをさせるが申し訳ない。しかし、純血主義の魔法使いにとって、近親婚など極々普通のありふれた行為なのじゃよ」
兄弟同士や親子同士などは極端な例だと言えるが、従兄弟同士などは、ダンブルドアが言う通りである。純血魔法使いの家系図を見れば、彼の言葉の正しさが理解できるだろう。
「しかし……トムの母親はその定めを拒絶し、他の男を見初めた。『愛の妙薬』を使って虜にしたのじゃ」
さらにおかしな話がでてきた。これがダンブルドアの口から語られたものでなければとんでもないホラだと思っただろう。
『愛の妙薬』は強力な魔法薬であるが故に魔法使いにとっては『使われた』ことがある程度察しやすい。まず家族が気付く。優れた魔法使いなら自力で解呪できるだろう。
「不思議かの? しかし、トムの母親の相手……つまり、父親はそう言った魔法的なことに全く耐性がなかった。皆無じゃ。なにせその相手というのが、マグルなのじゃからな」
……私は意識の空白ができたことをここに告白する。つまり、トム・リドルは……純血魔法使いとマグルの間に生まれた……分類上はギリギリ『半純血』と呼べる程度の生まれであるということだ。
「ワシは純血魔法使いがマグルと結婚したりするとその者をどうするかよう知っておる。『血を裏切る者』だとかなんとか呼んで、その上で家系図から抹消するのじゃ。
——ふむ、実に不思議じゃのう……」
確かに不思議だ。
それならば、彼らは。由緒ある純血主義の貴族諸君は。
そのような血の人間を、自分たちの筆頭にして崇め奉っているのだから。
「——血がどうこう、慣れぬ話をすると気分が悪いのう。しかし重要なことなのじゃよ。その生まれが、彼の幼少期を作る原因となったのじゃから——」』
ハーマイオニーはそこまで読んで、ダンブルドアを見た。
「ダンブルドア先生、こんなこと本当に言ったんですか? こんな、ここまで人を貶めるようなことを……」
「何度でも言う。『その本の通りじゃ』」
ハーマイオニーは、ダンブルドアがゲラートと親友だったことよりも衝撃を受けた。相手がヴォルデモートとはいえ、生まれを嘲笑い、それを晒し者にするような真似をあの校長先生がするなんて。信じたくない。
だが、冷静な彼女は、ダンブルドアはそれが必要だからやっているのだと理解できた。できたのだが……。
「……ごめんなさい、私……ちょっと、もう読むのやめるわ。ダンブルドア先生、この
「そうじゃよ。不愉快な思いをさせて本当に申し訳ない。この通りじゃ」
「……私、モリーのところに行ってくる。夕食の準備手伝うわ」
ハーマイオニーはテーブルに本を置くと、さっさと居間を出て行ってしまった。
「……おったまげー。マジ? 『例のあの人』が……半純血? それなら僕の方がまだ純血主義の旗頭になるのに相応しいぜ」
「僕もそうかも。ダンブルドア先生、あいつの生まれがそんなに大事なのですか?」
「無論じゃ。この情報それ自体は、ワシらにはなんの利益もないじゃろう。しかし、あやつにとって……これからは、支持を維持するのに気を遣わねばならんじゃろうな」
ダンブルドアは静かに、そう言った。
「……なるほどな。しっかし……。お前の過去を暴露する必要はあったのか?」
「あった。ワシの精神の安寧というやつじゃ。人を貶めるだけの本を書くなどワシが正気のうちはどうしてもできんかった。まぁ、他にも理由はあるが、大多数の理由は、ワシも傷つくことによって精神バランスを取ろうとした……そういうことじゃのう」
「精神バランス? ジジイが気にすることか?」
「当然じゃ! それに……。それに、じゃ。
ワシは、『綺麗で英雄的なダンブルドア』と人々に認知されたまま終わるのが、この上なく『嫌』なのじゃよ」
ダンブルドアはそう言ったきり、夕食の時間になるまで一言も話そうとはしなかった。
『アルバス・ダンブルドアの人生と嘘』——バチルダ・バグショット/アルバス・ダンブルドア共著