「皆の者。不安にさせたようで申し訳なかった。しかし、なぜワシがこのタイミングで暴露本を出版したのか……話そうと思う」
夕食後、騎士団のメンバーを集めたダンブルドアは、立ち上がって申し訳なさそうに言った。
「全てはトムの神格化を防ぐためじゃ」
「神格化? どういうことですか、先生?」
シリウスが聞いた。彼の隣ではハリーが楽しそうな表情で座っている。シリウスの隣にいれることが嬉しくて仕方ないらしい。
「古今、神にできる奇跡とはいくつかある。石をパンに変え、水をワインに変える。病気や怪我ををたちまち治す。その奇跡の中に列せられていることの中の一つに、死後復活する、というものがある。トムを完全に滅ぼした後も、精神的な影響が残り続ける限り残党はトムの復活を諦めず……そして時が経てばやがて、トムを主神とした宗教がうまれるやもしれぬ。それは避けなければならない。故に……」
「悪評をばら撒いたわけか」
ムーディが半ば納得したように腕を組んで頷いた。
「しかし、それならばお前の暴露は不要だっただろう?」
「いいや。アラスター。ワシの暴露なしにワシの作戦はうまくはいかんかったじゃろう。
もしワシの暴露の一部という形にしなければタイトルはもっと直接的にトムを批判するものになっておったじゃろう。それでは発売前に察知されて出版を止められるかも知れぬ。そして、トムの『真実』と銘打たれた本よりも……自惚れになるじゃろうが、ワシの真実の方が確実に人を呼べると思った。『死喰い人』が事態に気付いて本の回収や発売中止に躍起になる頃にはもうベストセラー……そうなるよう祈ってはいる。じゃが決して確率は低くないと思っておるよ」
「なるほど」
カサンドラは頷いた。この暴露本一冊でそこまで上手いこといくとは思えない。だが、ヴォルデモートの求心力を削るのには非常に有用だろう。
「――おいぼれの自伝のことなどもういいじゃろう? 次の話に入るとするかの。つまり……『分霊箱』についてのことじゃ」
「先生の推測だと……ホグワーツの創始者に因んだものが多いだろう、ということですね?」
「その通りじゃよ、シリウス」
ダンブルドアはテーブルの上に、破壊された物品を置いていく。
「学生時代使っていた日記。
ゴーント家に伝わる『蘇りの石』が嵌った指輪。
そして、レギュラスがクリーチャーに預けていた、スリザリンのロケットじゃ」
「レギュラス……あのバカが……。先生、なぜあいつはヴォルデモートを裏切るような真似を?」
「それは今となってはわからん。ひょっとすると、彼につくことが純血主義に寄与しないと……いつかどこかで気付いたのやも知れぬ」
「……」
シリウスは弟がヴォルデモートから盗み出し、クリーチャーに預けていたロケットを見つめる。バカな弟だった。……でも、最後に正義に目覚めたというのだろうか?
「グリフィンドールの剣、ハッフルパフのカップ、レイブンクローの髪飾り。剣以外の所在は現在散逸しとるぞ」
ムーディが苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「それに……なんていうか、今のところはホグワーツ関連より、例のあの人自身に関することの方が多い気がするね」
ニンファドーラの言う通り、たしかに現在のラインナップではそう判断せざるを得ないだろう。
「いくつかの分霊箱の目星はついておる」
「……スネイプの情報か?」
「そして、ルシウスの情報でもある。酷く断片的じゃった。しかし、推測できないほどではなかった。まず、あやつがいつも連れておる蛇。必要以上に大切にし、そして蛇とは思えぬほど『頑丈』らしい。あれが分霊箱の一つじゃ」
ダンブルドアの言葉に、騎士団は黙る。
「次にハッフルパフのカップ。ルシウスはベラトリックスに『大事なものを預けられた』と酷く自慢されたそうじゃ。――ただのカップを、のう。それはグリンゴッツにある」
さらに空気が重くなる。
「最後はホグワーツ。ワシに就職活動に来た時にあやつは大胆にも『必要の部屋』の一つにそれを隠した。レイブンクローの髪飾りじゃ。学生時代、トムがヘレナと血みどろ男爵との関係を根掘り葉掘り聞いたことを確認した。――質問はあるかのう?」
「もちろんある」
ムーディが苦虫を噛み潰したような顔で言った。全員が似たような顔をしていた。
「情報の裏どりをやっとる時間はない。だが……髪飾り以外の分霊箱はどう確保する?」
「それを、話し合いたいのじゃ」
「それならダンブルドア。ベラトリックスについては任せてくれないか」
「……よいのか? 策はあるのかのう?」
ダンブルドアが聞くと、カサンドラは頷いた。
「ああ。ベラトリックスを離反させる」
「……いや、それは流石に無理じゃろ……最古参の最も忠実な部下じゃよ?」
「ダメで元々。それに……忠誠の高い奴ってのは、まぁ、使えるもんなのさ。――奴らの所在はわかってる。ドラコの実家だろ?」
「うむ。不特定多数の出入りが多いためか、忠誠の術がかかっておる気配もない」
カサンドラは肩をすくめた。
「奴らは攻撃で、こっちが防御。どうやら向こうはそう思ってるらしいな。その思い上がり、叩かせてもらう。私は早速動くぞ。何かあれば携帯に」
カサンドラはサッと立ち上がると、返事も待たずに出て行こうとする。
「カサンドラ!」
その背を、ハリーが呼び止めた。
「どうした?」
「死なないでね……その、頑張って」
「ああ、任せろ」
カサンドラは特に気負った様子もなく出て行った。
「……敵の本拠地に侵入するというのにあの気軽さはなんじゃ?」
「彼女は歴史上、何度も見事に成功させておる。では、蛇をどうするか……考えようではないか」
会議は夜遅くまで懇々と続いた。
……それでも結局は結論が出ることはなかった。ヴォルデモートにつきっきりで可愛がられている蛇を暗殺する方法など、少なくともカサンドラ抜きの騎士団員には思い付かなかった。
――
ベラトリックス・レストレンジは古ぼけたベビーベッドのそばの椅子に座り、足を組んでイライラとした表情でベッドの上の赤子を睨んでいた。
「……出鱈目だ……」
ベラトリックスは譫言のように繰り返す。何が、出鱈目なのか。……わざわざ表現するまでもない。
コンコン、と扉がノックされる。
「なんだ!」
「偉大なるベラトリックス・レストレンジ様。魔法省……『マグル生まれ登録委員会』の者から知らせが来ました」
「……何だ?」
「ハリー・ポッターの親友、ハーマイオニー・グレンジャーが窓口に来た、と。現在尋問で時間を稼いでいるそうです」
扉の前の女が言うと、ベラトリックスの顔がみるみる楽しそうなものに変わった。
「そうかい、そうかい! クソ真面目なバカな小娘! 悪法も法だなんて馬鹿正直に信じたのかい!」
「偉大なるベラトリックス・レストレンジ様。詳細は羊皮紙にまとめておりますので。お渡しいたしましょうか?」
「ああ、もちろんだ! あのおバカなポッターに、お友達がどんなに間抜けか教えてやろうじゃないか!」
ベラトリックスは意気揚々と扉を開けて。
次の瞬間、お腹に凄まじい蹴りを見舞われた。背中が壁に激突し、肺の中の空気が口から漏れた。
「がはっ……」
ローブを着た女が入ってくる。その女は扉を閉めると内鍵を閉めて、ベラトリックスに向き直った。
「なんだ、ごほっ、お前……」
「話し合いに来た」
フードを取っ払ったその顔は、忘れもしない憎き女。
古代の傭兵、カサンドラだった。
「は、話し、あいだと!?」
「そうだ。……お前の子か?」
カサンドラはベビーベッドの上に眠る赤子を一目見て言った。
「ああ! そうだ。次世代を担う純血主義の筆頭……! 偉大なる闇の帝王様のご息女! デルフィーニ様!」
「いや……この子は純血主義の筆頭にはなれない」
カサンドラが断言すると、ベラトリックスの顔が引き攣った。
「……!」
「何せ……トム・リドルの血が混じってる。ははっ。ベラトリックス、知ってるぞ。お前、子供の頃から純血思想だったんだってな。シリウスに聞いたよ」
「……あの血を裏切る者の話をするな!」
「裏切り具合だとお前も負けてないが? いや……お前の方がやばいかも知れないな。何せあいつは半純血との間に子供を作ってなんかいないぞ」
「…………!!?? き、きき、きさ、貴様!! い、言うに事欠いてわ、私を! 私が、あのクソみたいな男よりも、血を裏切っているだと!?」
ベラトリックスは激昂する。しかし杖は使わない。もしかしたら『使えない』のかもしれなかった。
「にしても、同情するよ」
「なんだと……!」
「子供の頃から信じてた純血の思想。その思想を裏切り、尊き血を穢したのはウィーズリーでもシリウスでもない。純血筆頭みたいな顔をしてるベラトリックス。お前だとはな。ご両親が聞いたらなんて言うだろうな」
カサンドラはアサシンブレード並みに鋭い言葉のナイフでベラトリックスの心を抉っていく。……ガチガチに一つの思想に染まった相手を突き崩すのは楽だ。こんな状況になれば赤子の手を捻るより簡単だと言える。きっとロンでも同じことができるだろう。それくらい今のベラトリックスは精神的に不安定になっている。産後間もないことも関係しているのかもしれない。
「貴様……!」
「しっかし、あんな鶏ガラに抱かれて出来た子供が純血じゃないなんて、可哀想にな」
「!!」
「期待してたのにな。もしトム・リドルが純血ならこの子はまさしく純血主義の希望となるはずだったのに」
カサンドラのわかったような口ぶりに、ベラトリックスは目に見えて動揺する。
「なぜ……なぜマグルがそのことを知っている!」
「科学知識はそれなりにある。それと、ダンブルドアにゴーント家の家系図を見せてもらった。あの家は随分近親婚を繰り返してて、他の家の血を入れてない。逆に言えば、他の純血と交わってない……『純血の他人』という稀有な存在だった。殆どの純血の家が親戚の中、『新しい血』というのは……喉から手が出るほど欲しいだろうな。そして、純血でありながら、今存在している純血魔法使いから遠い血を持つこの子は……また新しい純血の家を生み出すことすら可能だっただろう。数が減る一方の純血魔法使いにとってはまさしく希望。
まぁ、全部『トム・リドルが純血魔法使いだったら』の話なんだが」
ベラトリックスはもはやカサンドラの言葉に怒ることすらしない。……もうベラトリックスは戻れないところまで来てしまった。子をなし、まさしくカサンドラが言ったことを考えて悦に浸っていたら……あの悍ましく恐ろしい『真実』が、耄碌ジジイのどうでもいい暴露と共に発売されてしまった。
「なぁ、ベラトリックス。お前……本気であいつを純血だと思っていたのか?」
「……なぜお前に……答える義理がある」
「まぁ、どうでもいいか。さて、ベラトリックス。本題はここだ。お前ら純血魔法使いにとって今は暗黒時代。わかるか? 半純血の魔法使いによって純血魔法使いが唆され、魔法省を乗っ取って大々的に『純血主義』を表明してる。……これってまずいと思わないか」
「何が……だ。素晴らしいだろう? 魔法界からマグル生まれがいなくなる」
「肌の色が違ったり文化が違ったりと明確な違いがあっても種族の絶滅なんて困難なのに、生まれが違うだけの他人を識別して絶滅させるなんて、本気でできると思ってるのか?
今お前たちが『やらされてる』ことは、魔法界において純血魔法使いの地位を底辺においやる行為なんだぞ」
ベラトリックスは死人のような真っ青な顔でカサンドラを見上げた。もはや彼女に戦意はない。アイデンティティを根底から覆されて、それでもなお戦える人間などほんのひと握りだ。そして、ベラトリックスは一握りの人間ではなかった。
「何を……言ってる……?」
「このまま私たちが勝利し、トム・リドルが消えた後のことを想像しろ。どうだ? ここまで横暴を極め尽くした純血魔法使いと純血主義は、トム・リドル復活以前のような地位にいるか? いいや。横暴なふるまいを続けてきた純血主義はカルトと同じような扱いを受けるだろう。半純血のトム・リドルに従い、半純血のトム・リドルの言う通りにしたせいで、純血主義はイギリスから丸ごと消えてなくなる。お前たちが長い時間をかけて培ってきた尊敬も、お前たちが必死に守ってきた尊き血も、マグルが知識もないのに行う悪魔召喚と同レベルに扱われるようになる」
ベラトリックスはしばらく何も言わなかった。
「……あのお方は……必ず、我々に勝利をもたらしてくださる……」
「ヤツの究極目標が『自身の不死』でもか? そもそもお前ら、どんな状態になったら『勝ち』なのか分かってて戦ってるのか?」
「もちろんだ。マグル生まれを根絶して……」
「根絶して?」
「根絶して……」
して、どうするというのだろう。
それで純血魔法使いが増えるのだろうか。
「……ひとつだけ、純血主義をギリギリ存続させる方法がある」
「……何?」
「お前……トム・リドルから大切なものを預かっているな? グリンゴッツに預けている」
「どこからそれを……ああ、ルシウスから聞いたのか……」
ベラトリックスは力なく言った。もはや遠く大陸のフランスに逃れた裏切り者。しかし、彼らは血を残した。……もしかしたらフランスの純血魔法使いと子を成せるかもしれない。それは素晴らしい功績となるだろう。……惨めったらしくそうとは知らずに半純血の子を産んだ、ベラトリックスとは違って。
みじめだった。
「時間が経てば経つほどお前らは戦後不利になる。ここで終わらせて、傷が浅いうちに事態を収めるべきじゃないのか?」
「……断ったら?」
「お前を殺す」
「――お前は悪魔だ」
ベラトリックスは力なくそう言って、それからゆっくりとデルフィーニを見た。
「……この子はどうなる?」
「……希望なんだろう? それなら、大切にされるさ」
――ベラトリックスは自身の生存を聞かなかった。
「……だといいが。わかった。あのお方から預かったものを、渡す」
「よし。これで、お前は正義の純血魔法使いとして名が残る」
「……バカバカしい……」
だが、もはやその名を拾わなければ、排斥されるのは純血主義者たちだ。
ベラトリックスはもはや、自分の主がカサンドラとダンブルドアに勝てるとは、ほんの少しも思っていなかった。
――1997年 8月 グリンゴッツ
カサンドラは正当な手続きの下、悠々とベラトリックスの金庫の前にいた。扉が開いて、中の豪奢な、宝物庫のような金庫の中に足を踏み入れる。
「これだ」
ベラトリックスは穴熊のカップを指さした。カサンドラは手に取ろうとせず、背中に担いだどでかいハンマーを取り出した。小さな小瓶から一滴、ハンマーの頭に垂らすと、カップに向かって思いきり振り下ろす。地響きが起きそうなほどすさまじい音がして、ハッフルパフのカップは見るも無残、ぐちゃぐちゃになって元が何だったのかわからないほど潰れた。
「……これでよし」
カサンドラは改めてカップを手に取る。凄まじく面倒な呪いがかかっていたのだが、ここまで徹底的に破壊されてしまったら効力を発揮することもできやしない。手の中のカップは実に大人しかった。
「これで……私の役目は終わりか?」
「ああ」
カサンドラとベラトリックスはそろって銀行を出た。ダイアゴン横丁の人通りを、ローブを着た二人が歩く。
「……私を生かして返すつもりはないんだろう?」
「まぁな。お前は危険すぎる」
「――はっ」
ベラトリックスが笑って、そして隣を見ると、もう誰もいなかった。
ぷしゅ。
まるで空気が抜けるような音がして、胸がかっと熱を持ったように熱くなった。ベラトリックスが自分の胸を見ると、胸に穴が開いて、そこからどくどくと血が溢れてきている。
「これが銃って、やつかい」
音もしないしどこから撃たれたのかもわからなかった。
「――『死の呪文』のほうが……わたしは、好きだね」
がくり、と膝から力が抜ける。気が付いたら空を見上げていた。人だかりが自分を見るのが見える。
「……ああ、申し訳ありません、闇の帝王様……」
だが、結局、帝王なんて言っているくせに、彼の領地は家主不在の屋敷が一つ。影に隠れることを選んだせいで、なんともちっぽけな帝王様になってしまった。マグル生まれの根絶なんて、一体いつまでかかるかわかったもんじゃない。そして、ダンブルドアとカサンドラは確実に狡猾に、恐ろしいほど冷徹に『死喰い人』を追い詰める。今も、こうしてベラトリックスがまんまと始末されてしまう。
――どこで間違ってしまったのだろうか。
「――純血よ、永遠なれ」
ベラトリックスは、その言葉を最後に動かなくなった。
……ダイアゴン横丁に横たわる女性がベラトリックス・レストレンジだとわかると、群衆たちは歓声を上げて喜んだという。