【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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セブルス・スネイプという男

「オオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 絶叫が暗い部屋に響く。ローブを着た痩せぎすの男、ヴォルデモート。彼は顔を両手で覆って、大声で嘆き、怒り狂っていた。

 

「バカな……バカなぁ……!」

 

 その部屋の隅にはスネイプが跪いて、顔を床に向けてじっとしていた。

 

「ベラトリックス……! ベラトリックス……! 我が愛しいベラトリックス・レストレンジ……なぜ裏切ったァァアアアアアアアッ!」

 

 滑稽だった。

 彼がベラトリックスの死を知ったのは今朝の新聞で、グリンゴッツのすぐそばで、金庫から何かを引き出した後に消されたと書かれているのを読んでからのことだった。

 

 ——もはや、ヴォルデモートに忠実なる臣下と呼べる人間はいなかった。

 ベラトリックス、マルフォイをはじめとする古い純血主義者は大半がカサンドラに消されたか、あの忌まわしき暴露本のせいで離れていった。下っ端共に回収と発売中止の圧力をかけさせているが向こうの反応はよくない。

 

 ……それだけ、半純血のくせに純血のふりをしていたということは滑稽なのだ。

 

 あれほど集めていた尊敬も、敬意も、まるで砂上の楼閣であったかのようにあやふやになり、ガタガタだ。今ヴォルデモートの手勢にいるのは数だけは多いならずものや出来損ないの吸血鬼や頭がトロール並みの巨人、それからグレイバックについていたせいで行き場所がここ以外に存在しない人狼共。

 作戦立案できる部下も、魔法省で先陣を切ってマグル生まれを排斥する者も。みな、皆消されるか失脚させられた。状況は不利……を通り越してほとんど敗北だった。

 本来なら、ヴォルデモートはそれでも問題なかった。慌てふためく『死喰い人』たちを眺めて、愉しそうに笑うことすらできたはずだった。

 

「なぜだ……どこでバレた……! なぜ奴らが知っている……!!」

 

 ベラトリックスに預けた大切な物。分霊箱のうちの一つ。

 ——それは、ベラトリックスに裏切りを唆した人間はヴォルデモートの不死の秘密を知っていることを何よりも示していた。

 

「有り得ぬ……もしそうなら俺様が気付いてもいいはずだ……俺様と繋がっているのだから……」

 

 しかし、日記が破壊された時も何も感じなかった。もしそうなら、今分霊箱はどれほど無事なのだ? 

 

「……確認せねばなるまい……」

 

 ヴォルデモートは落ち着くと、跪くスネイプの方を見た。

 

「セブルス……愛しき最後の忠実なる臣下……」

「はっ」

「お前は俺様に永遠の忠誠を誓ったな?」

「はい」

「お前の忠誠は嬉しい……しかし、どうかそれを証明してほしい……」

「如何様にでも」

 

 スネイプは淡々と答える。

 

「俺様はお前が二重スパイなのではないかと疑っている……。証拠はない! ないが……。だからこそセブルスよ、今こそ命令しよう……。

 もはやスパイの必要なし。唯一残った『死喰い人』筆頭として、『死喰い人』の取りまとめを命じる……。よいか? ダンブルドアとどのような手段であっても連絡を取ってはならない……その瞬間、俺様はお前が裏切ったと判断する……」

「——はっ」

 

 スネイプは頷いた。

 

「もはや、あの老ぼれが率いる騎士団に戻る必要もない……。いいな?」

「……はい」

 

 スネイプは答えた。

 ——きっと、これが最後だろう。そんな予感があった。

 

 ——1997年8月

 

 パキン、とグリフィンドールの剣の一撃を受けて、その髪飾りはいとも容易く真っ二つに割れた。

 

「……これで、ワシらが手を出すことのできる分霊箱は最後じゃ」

 

 ダンブルドアが全員の前で宣言した。彼の手の中にはゴブリン製の剣、グリフィンドールの剣がある。流麗にして耽美なその見た目に反し、その剣にはありとあらゆる生命を終わらせる猛毒の力を宿している。

 

「で、蛇はどうする?」

「——今は待つしかないじゃろう」

 

 カサンドラの質問にも、ダンブルドアは上手く答えを返せない。常にヴォルデモートに付き従う蛇だけを殺す手段なんて、カサンドラを持ってしても思いつかなかった。

 

「ここに来て偶然頼りか? 信じられん……」

 

 ムーディが信じられないと言った顔をする。今まで完璧な策を持って有利に立ち続けていただけに、その策が全く通用しない状況になって、動揺しているのだ。

 

「スニベルスとも連絡が取れないらしいじゃないですか、先生。ヤツはくたばったのか?」

「シリウス! ワシ達の忠実なる仲間をそのように言うのは感心せんよ」

「そりゃ失敬」

 

 シリウスは肩を竦める。だが、スネイプの行方がどうなっているのか気になっているのはシリウスだけではなかった。

 

「先生」

 

 ハリーがダンブルドアにこっそり近づいて、裾を引いた。

 

「うん、なにかのう、ハリー?」

「その……これ……」

 

 ハリーは自分の携帯をダンブルドアに手渡した。

 

「……これが……」

「スネイプ——先生と、繋がってます」

「!!」

 

 ダンブルドアは素早く、携帯を耳に当てた。

 

『そこにいるのは……ボスですかな』

 

 スネイプの声が耳に聞こえる。しかし様子が変だ。息は掠れ掠れで、声は今にも消えそうなほど小さい。

 

「何があった!」

『蛇に……やられました……。頑丈なヤツでしてな……捕縛するので精一杯……。おそらく、これが分霊箱でしょう……。破壊を、頼みます』

「お主は今どこで何がどうなっておる!」

『……マルフォイ邸の地下……』

「セブルス!」

 

 ダンブルドアが叫ぶが、返事はなかった。携帯を切ると、カサンドラの方を見る。

 

「カサンドラ、マルフォイ邸の地下の場所はわかるかの?」

「ああ。ベラトリックスがいたところだ」

「ならば襲撃をかける。セブルスを救うのじゃ。ワシとカサンドラだけでゆく」

「僕も行きます!」

 

 ハリーがすかさず言った。

 ダンブルドアは一瞬だけ拒絶しようとしたが——。

 

「ワシとカサンドラの命令にはどのような物であっても絶対服従。それが条件じゃ」

「はい」

「小僧が行くならワシらも行くぞ」

「ならぬ。ここの守りは欠かすことができぬ。ダーズリー家とグレンジャー家の守りを安心して任せられるのはアラスター、シリウス、お主らだけじゃよ」

「……死ぬなよ」

「無論じゃよ」

 

 さぁ、とダンブルドアは二人の手を掴むと、バシンと音を立てて『姿現し』した。

 

 ——

 

 マルフォイ邸の前に着いた3人は、すぐさま戦闘態勢に入った。

 

「ハリー、透明マントをかぶるんじゃ」

「はい先生」

「お前は不意打ち担当だ。スネイプを助けて手が塞がっているところを意気揚々と襲ってきた間抜けを『アバダ——」

「『失神呪文』じゃ。よいなハリー?」

「で、でも」

「お主の杖ならどんな人間でも二日は目を覚まさん。ゆこう」

「ああ」

 

 カサンドラが先鋒となり、マルフォイ邸の中に入った。

 ——激しい抵抗を予想していたのに、全く抵抗らしい抵抗はない。人の姿すらあまり見かけない。どういうことだ? 不思議に思っていると、地下室の扉の前までなんの妨害もなくたどり着くことができた。

 扉を開けると、床に仰向けに倒れて血を流し続けるスネイプと、ぐるぐると体を結ばれて身動きが取れなくなっている蛇がいた。

 

「スネイプ!」

「スネイプ先生!」

 

 カサンドラとハリーがスネイプに縋り付くようにして駆け寄る。

 

「——」

 

 僥倖だ、とダンブルドアは声にこそ出さなかったがそう思い、忍ばせていたグリフィンドールの剣で蛇の首を落とす。——たとえ小動物とはいえ、生き物を手にかける感触がこの上なく気持ち悪かった。

 

「スネイプ、しっかりしろ。クソっ……首から血が……!」

「先生……! 先生!」

 

 叫ぶ二人に対して、スネイプの顔は穏やかだった。ふと、スネイプはハリーの顔を見た。

 

「忌々しい……ポッター……。

 ああ……これを……先生……」

 

 スネイプから何か、銀色のモヤが溢れていた。ダンブルドアはスネイプに近づくと、薬瓶を取り出してそのモヤを余すことなく採取する。

 

「セブルス……」

 

 ダンブルドアの声に、スネイプは答えない。もはやどうしようもなかった。怪我や病気には殊更強い魔法界の医療だが、唯一、現時点では、ヴォルデモートの蛇の牙に含まれる毒をすぐ解毒して怪我を治すような技術はなかった。

 首を噛まれて出血しているスネイプを救う方法など、ありはしない。

 

「ああ……り、りー……」

 

 スネイプはハリーのローブを掴み、そして、忌々しいと言っていたハリーの顔を最後に見る。ハリーの目を、最期に目に焼き付ける。

 

「ぼくを……見て……くれ……」

 

 彼の目から力がなくなった。

 

 ——セブルス・スネイプ。騎士団初の、犠牲者だった。

 

 ——

 

 死体を回収し、騎士団に預けたハリー、ダンブルドア、カサンドラは記憶の世界にいた。校長室にある憂いの篩で、スネイプから採取した記憶を見ていた。記憶は走馬灯も多分に含んでおり、幼少期からの記憶が連綿と続いており……たった今死んだ人間を幼少期から見ていくと言うのは、老齢に達したダンブルドアをして、辛く、涙なしには見られないものだった。カサンドラも目を潤ませている。若いハリーなど、ショックが強すぎて表情になんの感情も浮かんでいない。ただただ呆然と、目の前で繰り広げられる憎い……憎かった教師の人生を見ていた。そして、全ての始まりのシーンが映し出される。

 

「死喰い人が、わしに何の頼みがあると言うのじゃ?」

 

 ダンブルドアが冷たくスネイプに言い放つ。

 

「あの——あの予言は……あの予測は……トレローニーの……」

「おう、そうじゃ」

 

 ダンブルドアが言った。嘲笑うかのような声だった。

 

「ヴォルデモート卿に、どれだけ伝えたのかな?」

「すべてを――聞いたことのすべてを! だから『あの方』は、予言の人物がリリー・エバンズだとお考えだ!」

「予言は、リリー・『ポッター』には触れておらぬ。七月の末に生まれる男の子の話じゃ」

「あなたは、私の言うことがおわかりになっている! 『あの方』は、それがリリーの息子のことだとお考えだ。『あの方』はリリーを追いつめ——全員を殺すおつもりだ」

「あの人がおまえにとってそれほど大切なら、ヴォルデモート卿はリリーを見逃してくれるに違いなかろう? 息子と引き換えに、母親への慈悲を願うことはできぬのか?」

「そうしました——私はお願いしました」

「見下げ果てたやつじゃ」

 

 ダンブルドアが言った。ハリーは、これほど侮蔑のこもったダンブルドアの声を、聞いたことがなかった。スネイプはわずかに身を縮めた。ダンブルドアは追及を止めない。

 

「それでは、リリーの夫や子どもが死んでも気にせぬのか? 自分の願いさえ叶えば、あとの二人は死んでもいいと言うのか?」

 

 スネイプは何も言わず、ただ黙ってダンブルドアを見上げた。

 

「それでは、全員を隠してください」

 

 スネイプはかすれ声で言った。

 

「あの人を……全員を安全に。お願いです」

「その代わりに、わしには何をくれるのじゃ、セブルス?」

「か——代わりに?」

 

 スネイプはぽかんと口を開けて、ダンブルドアを見た。

 

「当然じゃよ。お主はもう大人じゃ。『死喰い人』のお願いをただで聞くほど、ワシは人間ができておらんでのう」

 

 ハリーはスネイプが抗議するだろうと予想したが、しばらく黙ったあとに、スネイプが言った。

 

「なんでも——何なりと」

 

 その記憶の次はハリーが入学してきた後の記憶だった。次々と記憶は過ぎていき……記憶はあっという間に最期に差し掛かった。

 彼は羊皮紙に文章を書いていた。

 

『私は今常に蛇に見張られている。発話での報告はできそうにありません。——そして、私が死ぬその瞬間、蛇を捕まえてご覧にいれます。

 そして、今闇の帝王は戦争を準備中です。時期はホグワーツの入学式の日。最も生徒が集まる日に、そして新しき日が始まる日に、ホグワーツ城に襲撃をかけてダンブルドア先生とポッター、そしてカサンドラをまとめて始末する気です。

 今闇の帝王は各地の分霊箱の無事を確認していて不在で、『死喰い人』達は各地に化け物共の戦力を可能な限りかき集めています。最後に確認する分霊箱はおそらく……ホグワーツの物にするつもりでしょう。——最期の報告は以上です。ダンブルドア先生なら、この情報があれば十分でしょう。

 

 ダンブルドア先生。私は……忠実でした。

 リリーへの想いは、私の中で、永遠に。

 どうか、どうか……。赦しが得られることを、祈ってください』

 

 記憶から戻った後、ダンブルドアは目頭を押さえて何も言わなかった。

 

「……そうか。わかったぞ、スネイプ。——敵が来るんだな」

 

 カサンドラの声はかつてないほど威圧感があった。

 

「ダンブルドア。泣いてる時間はない。あのクソッタレ闇の魔法使いがここを襲いに来る。戦争が始まるぞ」

「……そうじゃな」

「ダンブルドア、英雄として最後の仕事だ。——お互いにな。英雄は戦争で敵を殺してこそだ」

 

 カサンドラが言うと、ダンブルドアは遠い目をした。

 

「——そうじゃなぁ。きっとワシはそれがわかっていたからこそ……英雄の名が煩わしくて仕方がなかったんじゃろうなぁ」

「——これで最後だ」

「……そうじゃの」

 

 ダンブルドアとカサンドラは揃って頷く。

 

「ハリー。お前は夏休みが終わるまでに出来る限り攻撃手段を増やしておけ。……夏休みが明けて最初の日に、決着だ。何もない一年が……名実ともに英雄として持て囃される一年が待ってるぞ」

「……カサンドラ……スネイプ先生は……僕のお母さんのことが、ずっと好きだったの?」

「そのようだな」

「——それが、後悔……好きな人を……殺してしまった」

 

 ハリーは胸が締め付けられるような気になった。殺す気はなかっただろう。ついた陣営が悪かった。だがそうとは知らずに好きな女性を死なせてしまったら……。ハリーは頬に伝う涙を拭う。

 

「……私は準備を始める。OB、OGの歓迎パーティーの準備をな。ド派手にやるぞ」

「重火器は無しの方向でお願いしたいんじゃがなぁ」

「わかった。一丁だけだ」

「……むぅ」

 

 カサンドラは校長室から出て行く。しばらく、ダンブルドアは何も言わなかった。たっぷり10分は待って、それから、ハリーに向き直った。

 

「ハリー。少しだけ話をしようかの」

「え? あ、はい」

 

 ハリーは師匠の言葉に、素直に頷いてダンブルドアに向き直った。

 

「話をする前に前置きしておく。ワシは今この場でお主に殺されても構わん。もし衝動的に『やってしまった』ときはワシの懐に遺書が残してあるのでの。カサンドラに見せれば悪いようにはせんじゃろう」

「僕が先生を殺すなんてそんな!」

「そうかの? ワシの若い頃ならばきっと許せん。

 

 ——本当の、最後の分霊箱についてじゃよ」

 

 ダンブルドアはハリーの額の傷跡を見て、そう言った。




あと数話で完結予定です。評価、感想でどうか応援お願いします。
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