【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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ホグワーツの戦い

 1997年9月 ホグワーツ大広間

 

「敵がやってくる」

 

 組分けを終わらせて早々に、ダンブルドアが言った。ハリーは不思議なくらい穏やかに時を過ごしていた。

 

 ——死ぬかもしれないって言うのに、なんでこんなに心が穏やかなんだろう。

 

「ホグワーツ魔法魔術学校校長として、諸君らに要請する。この大広間から、戦闘が終わるまで決して出てはならん。ホグワーツ城城主として、諸君らに命令する。如何な理由があろうとも、戦争にでしゃばって出てくることなかれ。

 

 ——足手まといじゃ」

 

 生徒全員がポカンと口を開けて、ダンブルドアを見ていた。

 

「……アレ、校長先生……だよな……?」

 

 ロンが聞くと、ハーマイオニーは曖昧に頷いた。

 

「ええ……そのはず……よ?」

「ワシ達教員がこの大広間を出た瞬間から、この城は侵入者に対し殺意を持って相対する。床から槍が飛び出してどこからともなく矢が飛んできて、突然天井が落ちてくる。

 しかし案ずることなかれ。この部屋は、安全じゃ。食料は十分にあるし、ほれこの通り」

 

 パン、とダンブルドアが手を打つと、大広間が空間ごと一気に拡大され、パーティションで区切られたいくつもの区画ができた。

 

「あそこは娯楽スペースじゃ。様々なボードゲームを用意してある。

 あそこは居住区……名前を言えば、自分の荷物を届けてくれる他、睡眠スペースも確保してある。もちろん、全員分じゃ。

 そこは……あまり推奨はせんがの。どうしても、どうしてもと言う者は、我々の戦いを観戦してもよいことにする。ワシらが全滅すればお主らはなすすべなく制圧されるじゃろう。……自らの命運を握る戦いは見る権利があると、ワシは考える。

 

 しかし、重ね重ね言うがワシも、カサンドラも、そして戦争に参加する全ての教員が、敵を殺すつもりで戦う。——優しい先生だと思っておる先生を、優しい先生のままでさせておきたいのならば、見ないことをオススメする。では、皆の者」

 

 ダンブルドアは教員達を見回して。最後に、ハリーをじっと見つめた。

 

「行動開始じゃ」

 

 ハリーは透明マントを引っ掴み、消えようとする。その腕を、隣のジニーが掴んだ。

 

「……ハリー」

「ジニー」

「どうして、抱いてくれなかったの? 私……あなたの子なら、産んでもよかった。戦いに行く男は、女に子供を残して行くものじゃないの?」

 

 ハリーはゆるゆると、首を振った。

 

「僕は死ぬ気はないよ。……それに。カサンドラのおじいさんは……妻に、『良き男と結婚し、強き子供を産め』って言って、戦争に向かったらしいよ」

「そんなの! ただの歴史上の人物の話じゃない!」

「……でも、友達のおじいちゃんの話だ。ネビルのおばあちゃんみたいなものだよ」

「納得できない……ハリー! 今からでも遅くないわ、私を……」

 

 ハリーはジニーの手を振り払った。

 

「……ジニー。僕は生きて戻る。戻ったら……。戻ったら、結婚しよう」

「……ハリー?」

「ジニー、僕はずるい男だよ。あいつを倒して首級を上げて……魔法界を救う。そうすれば、君のご両親は絶対『ダメ』って言わないだろうって、そんな……カサンドラの生きていた時代の男みたいなことを考えてる。だからジニー。英雄の奥さんになりたいなら、英雄の奥さんみたいに、待っていてほしい」

「……——ハリー……!」

 

 ジニーは胸が詰まり、涙ぐむ。ハリーが死なないなら、英雄の妻になどならなくていい。臆病者の、腰抜けの、弱虫のハリーでもいい。

 

 ——だが、ジニーはわかっていた。そんなことを言っても困らせるだけだと。きっと、ハリーがこんなにも覚悟を決めてしまったのは、無邪気に、バカそのものみたいにハリーを誇っていた自分なのだから。

 

「……ハリー、待ってるわ。誰の女にもならず、誰の子も産まず、あなただけを」

「……ごめんね、ジニー。そう言ってくれることが、何より嬉しいよ」

 

 ハリーはジニーの体を抱き寄せて、強く、強くキスをした。周囲で歓声が上がる。

 

「……ちぇっ。妹をそんなにメロメロにして勝手に死ぬなよ、ハリー。生きて勝って、帰ってこいよ。ダメだと思ったら全部カサンドラに任せろよ?」

 

 出来るだけ二人の様子を見ないようにしながら、ロンが言った。

 

「うん。ありがとう、ロン」

「……本当に……死なないでね、ハリー」

「うん。死なない。死ぬのは、ヤツだ」

 

 ハリーはキッパリと言った。

 

「ハリー、この夏休み、色々試したでしょう? あなたは、最強よ。ダンブルドア先生だって目じゃないわ。だから、勝ってきてね」

「もちろんだよハーマイオニー。僕はね、今年一年、君がロンと幸せになってるところを眺めるっていう大事な仕事があるから」

「……もう! ロンとは……まだそこまで深い仲じゃないわよ。

 いい、攻撃呪文をためらっちゃダメよ」

「わかってる。——僕の幸せを邪魔する『死喰い人』は……皆殺しだ」

 

 ハリーの過激な言葉に、ハーマイオニーは一瞬、言葉に詰まる。しかし、ハーマイオニーは全ての常識を捨てて、微笑んだ。

 

「その意気よ。私たちは……他の誰よりも、ハリーに生きて帰ってきて欲しいのよ」

「……わかった。行ってくる」

 

 ハリーは最後にジニーと口づけを交わして、そして透明マントを被った。

 

「ハリー? ……行っちゃったか」

「ロン、ジニー、早く観戦スペースにいきましょう。目に焼き付けるのよ」

「……うん」

 

 ハリーが死ぬ瞬間を見るかもしれない。でも、それでも、見ないわけにはいかなかった。

 

 ——ホグワーツ城 玄関ホール

 

 カサンドラは教員達、そして騎士団員達に最後の指示をしていた。ダンブルドアを押しのけて戦争の指揮を取っているのは、ひとえに最も経験があるからに他ならない。

 

「ホラス。あんたは大広間で生徒達の護衛だ。……尤もあんたの仕事は監督がメインで、戦闘になった場合、誰よりも先に死ぬだけの役目になるだろうが……」

「構わんよ。私はここの人間を信じているのでな。優雅に観戦させてもらうよ」

 

 ホラス・スラグホーンはそう言って大仰に頷いた。しかし、その声は少し震えていた。

 

「——よし。采配はこんなもんか。玄関ホールのメイン客達は私とダンブルドアで相手する。おそらくここが最も敵が来る。正面玄関だからな。ハリーは……待機だ」

「わかった」

 

 ハリーは素直に頷いた。——カサンドラはあのことを知っているのだろうか。

 

 ——ほとんど自爆みたいな、『最後の分霊箱』の壊し方を。

 

 ……いや、この様子じゃ知らされていないだろう。それでいいと、ハリーは思った。

 

 最後に、とカサンドラは杖を虚空から取り出して、石突で地面を強く叩いた。

 

「……カサンドラ、もう生徒達は我々の様子が見える。それを心しておくれ」

「ああ」

 

 カサンドラは頷いて、上空に視線を向ける。とてもではないがライブ配信されているようには見えない。だが……おそらく、これが城の機能なのだろう。何百年も……あるいは、創立以来起動することがなかった、『城』としての機能。

 

「世界は今日、記憶するだろう。我々の戦いを」

 

 カサンドラが静かに言う。騎士団員側の戦力は少ない。10数人ほど。……だが、この中に学生を引っ張り出してきて戦力にする気のある人間は一人もいなかった。

 

 ——それに、負ける気もしていない。全員勝つ気でここに立っている。悲壮な覚悟? 

 違う。

 猛烈な戦意だ。敵を打ち倒さんとする殺意に溢れている。

 

「奴らは……我々を蹂躙するだろう」

 

 厳かな声だった。

 

「成すべきことは一つ。神々を、奴らの血で染め上げてやるんだ」

 

 カサンドラは戦意漲る仲間の顔を見る。

 

「何のために戦う? 子供達のために!」

「おお!」

 

 全員が叫んだ。

 

「次の世代のために!」

「おお!」

「イギリス魔法界のために!」

「おおお!」

 

 カサンドラは振り返り、玄関の先を見る。ホグワーツに続く跳ね橋の奥から、雲霞のように『死喰い人』達が、吸血鬼どもが、人狼達がやってきている。

 

「来るぞ、雑魚どもが。卑怯者で、哀れで、ちっぽけな『死喰い人』達だ! 奴らが名乗っている通り、たっぷり死を食わせてやれ!」

「おお!」

 

 カサンドラが叫ぶ。全員で横並びになって、玄関ホールから外に出る。ダンブルドアとカサンドラが並び、戦意を目に漲らせて『死喰い人』たちを見る。

 他のメンバーは玄関から外に出ると、各々持ち場の方へと向かって、分散した。

 

「ははっ、わ、別れたぜあいつら。ば、バカなやつだ」

 

『死喰い人』の誰かがそう言った。嘲笑が『死喰い人』の中で溢れる。楽勝だ。バカな老ぼれがやってきたぞ。そんな楽勝ムードが『死喰い人』の中で起こる。ダンブルドアはその様子を遠目に見て、いっそのこと憐れみすら抱いていた。

 

「……大丈夫かの?」

「私の祖父は300人で20万人と戦った。それに比べれば楽なもんだ」

「ふむ……。ワシも、ここが踏ん張りどころじゃのう」

「お互いにな。だが……ハリー」

 

 隣のハリーに、カサンドラが話しかける。

 

「どうしたの?」

「私はお前が心配だ。だが……。だが、お前は私とダンブルドアが課した全ての試練を突破して……そして、成人となった。肩を並べて戦う男に対して、心配するのは侮辱だと、私は思う」

 

 だから、とカサンドラは隣のハリーをじっと見る。

 

「杖と共に戻れ。たとえ死すとも」

 

 カサンドラはそう言って、バッと離れる。

 

「透明マントで潜伏しろ。……ヤツの居場所が分かり次第携帯で知らせる。初の暗殺任務、成功を祈ってるぞ、魔法界初のアサシン」

「……うん、カサンドラ」

 

 ハリーはうなずくと、透明マントをかぶって見えなくなった。カサンドラはきっと、ハリーが死ぬことも覚悟したに違いない。でも、だからといってハリーを止めようとはしなかった。それが、なによりも認められた証拠のように感じる。カサンドラから……あのカサンドラから戦士だと、一人前の男だと認められた。これほど頼もしく、誇らしいことはなかった。

 

「……さて、ダンブルドア。私はマグル学の特別授業をここに開催したいと思う」

「嫌な予感がするのう。もちろん、あやつらにとってと言う意味じゃよ」

 

 カサンドラは小さなショルダーバックの口を開けた。おなじみ、『検知不可能拡大呪文』で武器庫のようになったカバンである。

 

「第一次大戦で厄介だったのはな、重機関銃だよ。塹壕掘らなきゃどうにもならなかった。まぁ、掘ってもどうにもならなかったんだが。

 ダンブルドア、新しい銃が出てきただけでそんなに戦争が変わると思うか? それを実演しようと思う」

「ふむ……」

 

 ダンブルドアは中空に視線を合わせた。

 

「お主の戦いを見て、若き日のワシと同じ結論に至る者が出なければ良いがのう」

「なんだ、最近昔のことを懐かしむようになったじゃないか。秘密主義はどうした?」

 

 カサンドラが重機関銃ベストセラー、ブローニングM2をセットしながら話をする。重機関銃はその名の通りめちゃくちゃ重く、反動が強いので、重い銃架の上にセットして固定砲台として使うものだ。銃架を片手で持つカサンドラからしたら、おそらくきっと携行武器として使うこともできなくはないだろうが……。まぁ、いくら彼女でもそこまで化け物ではなかった。

 

「秘密? ワシにもはやどんな秘密があると言うのじゃ? 全部バラしてもうた」

「気楽そうだな」

「思っていたよりずっと、楽じゃよ。なぜずっとこうせんかったのかわからんくらいじゃ」

「私も早くそうなりたいもんだよ」

 

 カサンドラは橋の先を睨む。橋の上には何重にも鉄条網が敷かれていた。『死喰い人』達は鉄のトゲトゲで一体何の仕業かと笑っていたが……ほんのちょっとでも現代戦の軍事知識があれば、カサンドラの持っている得物と、橋の上に敷かれた悪夢の足止め装置がいかに残酷で凶悪かを思い知るだろう。

 

「お前達が戦う準備をしているのはわかっている」

 

 声が響いた。ヴォルデモートの声だ。

 

「全ては無駄なことだ。『死喰い人』、吸血鬼、人狼、巨人。この戦力で教師陣だけで勝てるわけがない……。俺様はホグワーツの教師に敬意を持っている……血を流すのは避けたい……」

 

 意外と、ホグワーツの教師に対する思いは本当なのかもな、とカサンドラはぼんやりと思った。ホグワーツの教師は出自は様々だ。マグル生まれもいるだろう。ヴォルデモートだって教師全員の出自を確認したわけではあるまい。それでもなお教師に敬意を敬うとお世辞でもいうことはつまり……もしかしたら、教師志望というのは案外本気なのかもしれなかった。

 

「ハリー・ポッターを差し出せ」

 

 ヴォルデモートは尊大に言った。

 

「ハリー・ポッターを差し出せば、侵攻をやめてやろう。期限は本日夜中の0時までだ。それまで待ってやろうじゃないか……」

 

 重機関銃をセットしたカサンドラはニヤリと笑った。

 

「音声拡大だ、ダンブルドア」

「僕がやる」

 

 カサンドラの隣で声だけが聞こえた。

 

「僕なら……ダンブルドア先生よりも、ずっと広い範囲に、ずっと確実に届けられる」

 

 その尊大な言葉に、カサンドラはニヤリと笑う。そうだ。そうでなくてはならない。ハリーは何も増長したわけではない。単純に出来ることを言っただけだ。

 

「杖に対する理解が進んでいるようで何より。頼む」

「うん。『ソノーラス——響き渡れ!』」

 

 ポウ、とカサンドラの喉が僅かに光る。

 

「ヴォルデモート! 聞こえているか! お前はハリーが欲しいんだな!?」

 

 大音声で響くカサンドラの勇ましい声。それは城の反対側に配置された騎士団員にも聞こえるほどだった。

 

「私達の答えはひとつだ! そんなに欲しいならな!」

 

 カサンドラは重機関銃の引き金部分を握る。何が『待ってやる』だ。戦争のアドバンテージを攻撃側が無条件で握っていると考えるなど素人同然である。

 

「——取りに来い!」

 

 引き金を引いた。断続的に轟音のような発砲音が響く。

 重機関銃が一発弾を吐き出すごとに人が一人死ぬ。前へ進もうにも鉄条網がそれを阻む。最悪なことに、有刺鉄線は魔法使いのローブによく引っかかった。——まぁ、ローブに有刺鉄線が絡まって取れないことを気にする必要はあまりなかった。何せ、前に出たやつから死んでいくのだ。有刺鉄線に触れるところまで近づいたやつなんて次の瞬間には血の花になっている。

 ビチャビチャと血と臓物を撒き散らし、人体のパーツを弾けさせながら橋を汚し、ドサリドサリと、胸から上がない死体が量産される。長い間、カサンドラの制圧射撃は続いた。

 

 もはや趨勢は決した。そう思えたかに見えた戦場も、重機関銃の弾が切れるまでだった。

 カラカラと薬莢が当たりを転がる中、カサンドラは機関銃から離れて、武器を取り出す。大斧である。

 

「やっぱり戦争ともなると五百発じゃ全然足らんな。だがまぁ、これでだいぶ削れただろ」

「ワシ……明日から肉が食べられるかのう」

「ん? 食えばいいだろ?」

「……うむ、カサンドラの言う通りじゃな」

 

 ダンブルドアは何とも言えない表情をして、血まみれの橋を見た。それから、意を決してゆっくりと歩き始める。

 

「さて……まだ戦うつもりがあるとはのう」

「も、もうあの、あの悪夢は終わったんだ! あとはダンブルドア! それにあの化け物を仕留めれば、ホグワーツの守りは手薄だ!」

「ふむ……ホグワーツとて、バカでも子供達に対する愛情がないわけでもない。戦争ともなれば、敵に容赦するような甘さはあるまいて。——じゃがまぁ、お主ら。一つ聞きたいのじゃが……ワシらに勝つつもりかの?」

 

 ダンブルドアは杖を取り出した。長い、長い間使っていなかった杖だ。ホグワーツに入学が決まった日、親に買ってもらった相棒。ニワトコの杖のような凄まじい力はないが……この上なくダンブルドアの手に馴染み、これ以上なく応えてくれる。

 

「勝てるか、だと? 我々が何人いると思ってる? まだまだたくさん、手勢はいる! お前らを殺して……そうしたら、中の生徒たちとのオタノシミが待ってる」

 

 ほう、ほう、とダンブルドアは微笑みながら笑った。心の底から同情する。よもやカサンドラの前でそのような言葉を吐くとは。ダンブルドアにはその言葉を発した男が自殺志願者か何かにしか見えなかった。

 

「——そうか。やはりヴォルデモートは……下衆な快楽を餌に手勢を集めたか」

 

 まぁ、そうだろうなとは思っていた。崇高な純血主義は、盟主の生まれが半純血であるが故に崩壊し、残ったのは犯罪組織であるということだけ。もはや大義名分で集まる手勢など存在しないのだろう。だから、子供に下衆な欲望を向けるような極上のクズどもを集めざるを得なかった。

 

「つまりだ、ダンブルドア。奴らを生かして返せば……いつか、生徒たちに害が及ぶ可能性がある。わかるな?」

「うむ。

 

 ——誰一人、生かして返さん」

 

 ダンブルドアが杖を振るうと、ホグワーツから外へと続く道、『死喰い人』達侵攻軍がやってきた遥か後方にある木がまるで意思を持ったかのように動き、倒れ、横になり、彼らの退路を完全に断った。

 

「よし。突っ込むぞ。援護は任せる」

「うむ。やはり魔法使いは前衛がいてこそじゃのう」

 

 カサンドラは雄叫びを上げながら侵攻軍に突っ込む。

 

「お、応戦しろ! あ、あの女をころ——」

 

 大斧で首を斬られ、まるで冗談か何かのように首が宙を舞い、血が噴水のように噴き出る。その哀れな犠牲者に『死喰い人』達が視線を釘付けにされている間に、カサンドラはもう次の標的を見定め、行動している。

 

「かかってこい! 私はここにいるぞ!」

 

 カサンドラは暴れに暴れる。——本丸が出てくるまで、戦い続ける。

 

 ——

 

 ホグワーツの侵入ルートは大別して三つ。

 ホグワーツの正面、跳ね橋を通って玄関ホールから入るルート。

 ホグワーツの森からハグリッドの小屋近くを経由して中に入るルート。

 そして、ホグワーツの抜け道を使って中に入るルート。

 また、かなり無茶をすれば湖から入ることも出来なくはない。

 

 だが、そのルートを選択した哀れな者達は今、フリットウィックに見取られながら水底へと沈んでいた。

 

「大イカに……マーピープル。恐ろしいですね」

 

 フリットウィックは近づいてくる船の底に衝撃魔法で穴を上げながら呑気なことを言っていた。

 

「……彼らはホグワーツに通っていたはずなのに……なぜ湖を選んだのでしょう?」

 

 フリットウィックはそれが不思議だった。数も数十名程度しかおらず、随伴の吸血鬼も人狼も巨人もいない。確実に溢れ者と言える数だった。

 それもそのはずで、今回のホグワーツ侵攻軍の主力『死喰い人』は、その理念を知ろうともしない犯罪者集団である。その中でも、彼らは『湖からなら手薄だろう』なんてホグワーツの一年生でも選択しないようなバカなことを、『俺たちはなんて冴えてるんだ』と思いながら実行するようなホンモノのバカ達である。

 

「……楽させてもらってるみたいで悪いですね」

 

 とは言いつつも、実際にここにも攻め込んできているのだ。油断は出来なかった。

 

 ——

 

 森の方面はちょっとしたパニックになっていた。

 

「あ、ああああ、ああ、あく、あく、あくろ、アクロマンチュラの群れがああああああああああああああっ!?」

 

『死喰い人』達が森の奥からホグワーツに侵攻しようとした時、ついに秘匿は破られた。——つまり、ハグリッドが繁殖させたアクロマンチュラのコロニーに迂闊にも『死喰い人』の一人が近づいてしまったのである。その瞬間から森に入っていたメンバーはホグワーツ侵攻どころではなく、とにかく超危険生物であるアクロマンチュラを——子蜘蛛ではあるが——どう対応するかという問題に対処しなければならなかった。そして、その対処方法はほとんどなかった。

 

「何と言うことだ……!」

 

 ケンタウロスまでやってきて森の異常事態に対処する。ケンタウロス製の弓矢で射抜いても、どうしても二発は必要になる。しかも蜘蛛は信じられない数がいる。……現時点ではバレていないが、もしこれがハグリッドの所業だと知れたら、アズカバンで終身刑もやむなしである。——そして、大抵の人間はその決定に異議を唱えないだろう。あるいは、ハリーやロンでさえ。

 

「な、ななな、何と言うことです!? アクロマンチュラがこんなにも!?」

 

 森の入り口を担当していたマクゴナガルが押し寄せる蜘蛛を見て絶句した。

 

「ま、マクゴナガル先生!? 僕たちは蜘蛛退治に来たつもりはないですが!?」

 

 隣のシリウスが蜘蛛を一匹、魔法で始末しながら言った。

 

「い、一旦撤退しますか、マクゴナガル先生?」

 

 リーマスが冷や汗を垂らしながら言う。魔法使いはマグルの創作に語られているのとは違い、範囲攻撃の手段をほとんど持たない。少なくとも、マグルの魔法使い代表とも言える魔法、ファイアボールに相当する魔法も存在しない。悪霊の炎がギリギリ近いラインである。

 

「ホグワーツの防衛機構で彼らが倒せるとは思えませんが……『アラーニア・エグゼメイ——蜘蛛よ去れ!』

 これならまとめて数匹は倒せますが……! ダメです! 増援を……カサンドラを呼びます!」

「カサンドラは正面でしょう!?」

「状況を整理しなければ! リーマス・ルーピン、連絡をお願いします!」

「はい、先生!」

 

 リーマスは懐に手をやって、連絡をした。

 

 ——

 

 敵陣の中大暴れしていたカサンドラは、不意に胸元で携帯電話が鳴ったことに気づいた。一旦橋の中央ほどまで撤退する。

 

「ハリー、いるか? いるなら私の服の裾を引っ張れ!」

 

 くい、と裾が引かれる感覚がした。カサンドラは鳴り続ける携帯を、見えないその手に渡す。

 

「応答を頼む」

「うん」

 

 ハリーが返事をすると、カサンドラは再び吸血鬼や人狼の群れに雄叫びを上げながら突っ込む。もはや人間は数えるほどしかいなかった。

 

「こちらハリー」

『ハリーか! ダンブルドア先生とカサンドラはどうしてる?』

「戦闘中だよ。何があったの?」

『蜘蛛だ!』

 

 ハリーは嫌な予感がしていた。

 

「蜘蛛? もしかしてアクロマンチュラだったりしないよね?」

『なぜ知ってる!? とにかく増援を……! アクロマンチュラの子蜘蛛の群れが迫ってきてる!』

「そっちの『死喰い人』達は!? ルーピン先生、大丈夫!?」

『『死喰い人』? 私達に向かってきていたのは『蜘蛛の餌』だったな!』

「え、『死喰い人』は全滅したの?」

『次はこっちが全滅する番だ! 早く!』

「わかった、また連絡する」

 

 ハリーは電話を切ると、カサンドラの援護をしているダンブルドアの側によって話しかける。

 

「ダンブルドア先生、ルーピン先生から増援の要請です」

「む? カサンドラ! 一旦撤退じゃ!」

「いや! このまま全滅させる!」

「事情が変わった! 増援要請じゃ!」

「——なんだと?」

 

 手近な吸血鬼の首を刎ねると、カサンドラはあっという間に戦闘エリアから離脱してきて、ダンブルドアの近くに来た。『死喰い人』達が襲ってこないかと心配になったハリーだが、当の敵軍はカサンドラが去ったことに安堵し、とにかく態勢を立て直すことに必死で攻勢に出るどころではなかった。

 

「ハリー、手短に報告を頼む」

「はい、先生。ルーピン先生が蜘蛛の群れに襲われてます」

「蜘蛛の群れ? 何でたかが蜘蛛に」

「アクロマンチュラの群れです」

 

 カサンドラとダンブルドアは顔を見合わせた。

 

「……私は一人、アクロマンチュラをホグワーツに連れ込んだやつを知ってるぞ」

「奇遇じゃな」

「アイツはクビにしろ。職権濫用が目に余る。——まぁいい。とにかく、危険な蜘蛛がホグワーツに迫ってるんだな? ——手持ちの武器でいけるか……?」

「——カサンドラ、ここはワシに任せて、どうか増援に向かってくれんかの?」

「大丈夫なのか?」

「無論じゃ。もはや『死喰い人』は激減し、残るは吸血鬼と人狼のみ。ワシが遅れをとるように見えるか?」

 

 カサンドラは黙った。

 

「違う。殺せるのか」

「——」

 

 ダンブルドアは黙った。戦闘が始まる前は、殺す覚悟をしていた。しかし、戦闘が始まって、なまじカサンドラの援護に徹して、それが上手くいっていたせいで、彼は思ってしまったのだ。

 

『これは、誰も殺さずに済むのでは』と。

 

 しかし、それは甘えにも近い感情である。カサンドラはそれを許すほど甘い女ではない。

 

「いいか。ダンブルドア。アイツらは犯罪者だ。そして、大事な生徒達を傷つけ、犯し、殺すことを目的にここまでやってきた。わかるか!? ハーマイオニーを、ジニーを、パーキンソンを、マリエッタを、グリーングラスを、チョウを、みんな、みんなを快楽のために殺しにきたような真性のクズどもだ」

「……わかっておる。わかっておるが」

 

 カサンドラはイライラした様子でダンブルドアに詰め寄った。

 

「いいか、議論してる時間はない。私が戻ってきた時に誰一人始末できていなかったらその時は、ダンブルドア。その時は利敵行為とみなしてお前を殺す。それが嫌なら殺せ。——わかったな」

 

 カサンドラは脅しつけるようにダンブルドアに宣言する。——どうしようもなく決断できないダンブルドアに発破をかけているのは理解できた。半分以上本気かもしれなかったが。

 

「……うむ、うむ……。すまぬのう、カサンドラ。意気地がない老人で……」

「誰だって最初はそうだ。いいか、死にたくなかったら殺せ。新兵の心意気はそれだけでいい。いいな。お前が殺さなかったらお前の大事な生徒が死ぬぞ!」

「……わかった。カサンドラや。増援、頼んだぞ」

「任せろ。まるごと始末してきてやる」

 

 カサンドラは駆け出した。

 ダンブルドアはじっと、橋の向こうを見る。かなり態勢を立て直したようだ。何人も、こっちに向かってくる。

 

「……ハリーや。ワシはきっと、お主と同じ……戦場では、初心者なのじゃろうな」

 

 そう言いながら、ダンブルドアはじっと敵を見る。生涯使うことはないと思っていた魔法だ。——戦争に参加しておいて、使うつもりがなかったなんて。

 ダンブルドアは杖を振り上げる。

 

 

「もはや、ここを守るのはワシしかおらん……故に、ワシは非情を持ってお主らを、撃滅する。

 

『アバダ・ケダブラ——死に絶えよ』」

 

 ——

 

 ……それから、しばらくの時が経った。

 

 再び、戦場に声が響いた。

 

「お前らはよくやっている……。素晴らしい! 少ない兵でよく守り切るものだ……。しかし終わりだ」

 

 ヴォルデモートの声だ。

 

「これより1時間後、俺様が出陣する。巨人達と共に。もはやお前らに勝ち目はない。もう一度言う。ハリー・ポッターを差し出せ。そうすればお前達は真の絶望を知らずに済む……」

 

 ヴォルデモートは半ば勝ち誇ったような声色だった。

 

「では、1時間後にホグワーツの正面玄関に来るがいい。ハリー・ポッターを連れて」

 

 ——ハリーの待機場所が、ハリーの戦場が決まった瞬間だった。

 

 宣言に合わせて、一旦攻勢が止まる。ダンブルドアはほう、と息をついた。不安そうになっているハリーを見る。

 

「……ダンブルドア先生……」

「ハリー……。ワシを……不甲斐ないワシをゆるしてくれ」

「許すも許さないもないです。……ヴォルデモート相手に『策がある』……それだけで、初めて戦う僕は、心強いです」

「……すまぬのう」

「謝らないでください。あ、そうだ」

 

 ハリーはダンブルドアの隣に立った。まるで戦友のように。そうしてもいいと、きっと誰もがそう言うだろうと思ったから。

 

「何かのう?」

「僕、絶対に生きて帰ります。ヤツを、始末して。だから先生。もう一度……もう一度、僕に命令してください」

 

 ダンブルドアはハリーにしっかりと向き直った。

 

「うむ。無論じゃよ。お主の苦労と困難は全てワシのせいじゃ。だから今一度命じる。

 

 ……最後の分霊箱を破壊するため、トム・リドルの『死の呪文』を無抵抗で受け、その上で……その上で、トム・リドルを……。トム・リドルを……始末、するのじゃ」

 

 ダンブルドアは辿々しくも、そう言い切った。ハリーの答えは、一つだった。

 

「はい、先生」

 

 運命の戦いが、始まろうとしている。

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