【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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ハリー・ポッターと死の秘宝

 ——1997年9月

 

 ハリーはヴォルデモートが数人の巨人を引き連れてホグワーツの跳ね橋に向かってくるのを遠目で見ながら、真実を知らされた時のことを思い出していた。

 

 ——

 

「——最後の、分霊箱?」

 

 ハリーはダンブルドアの話の切り出し方に不思議そうな顔をした。たった今、分霊箱は全て破壊したところではなかったのか、と。

 しかし、ダンブルドアは静かに首を振って、ハリーを見つめた。ハリーの傷跡を、見つめた。

 

「意図せず作った分霊箱があるのじゃ。……本来、できるはずのないプロセスをたどり、作られたものが」

「……どういうことですか?」

「トム・リドルが一度『死んだ』日……お主が生き残った男の子になった日のことじゃ。お主の母親の『護りの魔法』の力によって『死の呪文』は跳ね返り、トムは死んだ。その時、本来なら失われるはずの魂が現世に留まり……その際、砕けたのじゃ。砕けた魂はその時唯一生きていて、しかも身体があった人間に引っかかった。——お主のことじゃ」

 

 ハリーは衝撃だった。それが示すことはつまり……。

 

「僕が……分霊箱?」

「——ただの分霊箱ではない。お主の魂に、一部引っかかっておる。故にお主は蛇語を使え、そして夢の中とはいえ、深く入り込むことができた」

「ということは……ぼ、僕は、僕は死なないといけないってことですか? ——そんなの嫌だ!」

 

 うむ、とダンブルドアは頷いた。

 

「そうじゃ……その意気じゃよ、ハリー。若者が死に急ぎ死を受け入れるなど……それは美しかろうが、不自然じゃ。しかし、ここから先のことは……推測を多分に含む。いや、確たる証明は何一つない。ジジイの戯言とほぼ変わらん。しかしワシは、ワシが持つ知識全てを使い、推測を立てた。どうか聞いてくれるかのう?」

「はい、先生」

 

 ハリーは色々衝動的に叫びたいことをぐっと堪えて、そう言った。

 

「まず……お主の中にあるトムの魂は他の分霊箱と違って生きておる。今もなおトムと密接に繋がっておるのじゃ。具体的にどう違うかと言うとじゃな。他の分霊箱はトムが確認しなければ壊れたかどうか、トムには判別が付かぬ。しかしお主が死んだ場合、トムにははっきりとそれが感じ取れるはずじゃ」

「それが……どうしたって言うんですか?」

「つまり、ハリーの中のトムだけを殺す手段があれば、ハリーの中のトムと繋がっているトム自身、魂に影響があるはずじゃ。そして、今のトムにとってほんの僅かにでも魂に傷が入ることは……すなわち、永遠の消滅を意味しておる。なにせ……意図せずとはいえ、七回じゃからなぁ……」

 

 ハリーは正直算数が全く得意ではない。半分を七回繰り返せば元の魂から比べてどれだけ減るのか、さっぱりわからない。ただ、物凄く小さい数であると言うことだけはわかった。

 

「とにかく……お主を護りつつほんの少しだけこびりついたトムの魂だけを破壊する方法があればよいわけじゃ」

「……そんな都合のいいもの本当にあるんですか? その、できれば痛くない方法で」

「痛いかどうかはわからぬ。危険な手段であることは間違いない。重要なヒントは、この世界にはお主とほぼ同じような存在がもう一つだけあると言うことじゃ」

「……どういうことですか?」

「魂の領域は実に難しい。しかし、ワシが誰にも見せぬよう校長室に隠した書物の中に、知識はあった。

 この世界に生きるものにとって……『死』とは、魂が入った肉体が失われ、魂があの世に行き、次の段階へと進むことを指す」

 

 ダンブルドアはその結論に至るまでに得た悍ましい知識のいくつかを、ハリーに噛み砕いて説明する。

 

「分霊箱を用いれば死を回避できるのはそれが基本原則だからじゃな。肉体は死すとも、分霊箱に保存された魂は死を免れておる。故に、その者は世界から見て『死んで』おらん。故に現世に留まるのじゃ。世界の法則の穴を突いたような所業が、『分霊箱』じゃ」

「……なんていうか……随分とその、規律だっているんですね。というかまるで世界に意思があるような……」

「うむ。何事にも法則はある。法則なしにはどんな事象も存在することはないと言えるじゃろう。そして、この世界に意思があるかどうかは……流石のワシにもわからぬ。推測すら立てることができぬ。

 ——少し脱線したのう。さて、ここで、じゃ。お主の場合はどうなるか。お主の今の肉体が死したとき。お主は果たして『死ぬ』のか否か。

 ワシの推測が正しければ……お主は死なぬ」

「……は?」

 

 ハリーは疑問符を浮かべる。そんなことがあり得るのか? 

 

「お主はその血を、そして血に宿る護りの魔法を、それぞれトムに取り込まれておる。もはや効力は失われた護りの魔法じゃが、未だに残滓は残っておる。その残滓が、母の愛が、お主を最後に生かすものなのじゃ」

 

 ハリーは今までの話から、頭の中で繋がったことを口に出した。

 

「……僕の肉体が……死んだ時……。まだ、この世界には……生きている『僕の肉体』がある?」

「おお! そうじゃ、その通り……。かいつまんで言うとじゃな、その通りじゃ。お主が死した時、トム・リドルの肉体が分霊箱のように機能し、お主の魂は肉体に残る筈じゃ。お主が死んでも、トムが生きている限り世界から見てお主は死んでおらぬと言えるじゃろう」

「でも……アイツは……呪文が跳ね返った時、肉体が失われたんですよね? 僕もそうなるんじゃ……?」

「そこは安心するがよい。あやつの体があの時失われたのは間違いなく、お主の母親の力じゃからよ。護りの魔法は苛烈にして、しかし子への慈愛に満ちておる。醜い死体を子に見せずに済むよう、灰へと変えさせるのじゃ」

 

 ハリーはクィレルのことを思い出していた。ボロボロと土くれのように人の体が崩れていく様は十分恐ろしかった。——だが、血が噴き出したり臓物が溢れたりするよりかは、ずっとずっとマシだった。

 

「つまりあの日ヴォルデモートは……灰になった?」

「しかり。そして、『死の呪文』の特性が、お主を生かすのじゃ」

「どう言うことですか?」

「『死の呪文』はその恐ろしい効果とは裏腹に……肉体的な損傷は皆無じゃ。だからこそ、『死の呪文』によって死した肉体は……魂さえあれば、全く問題なく機能するじゃろう」

「……つまり、僕の中のヴォルデモートだけを殺す方法っていうのは……」

「うむ。トム・リドルに『死の呪文』で、殺されることじゃ」

「……」

 

 理屈は……半ば、納得できた。しかし……それでも……。

 

「もし……もし、僕がそのまま殺されたらその時はどうするんですか?」

「酷な話じゃが、その時は完全に全ての分霊箱が破壊された時じゃ。ワシでもカサンドラでも、あやつを消滅させることができる」

「……つまり、ダンブルドア先生的には、どっちでもいい、と」

「そんなことはない。お主が生きる道があるのなら、そうすることに命を賭けることができる」

 

 ダンブルドアの言葉を、ハリーは素直に信用した。分霊箱を壊すだけなら今すぐここでハリーを始末すればそれでよい。そうしないのはひとえに……ハリーに生きる可能性があるから。

 

「……今すぐ僕が死ぬんじゃ、ダメなんですか?」

「——ダメじゃ。今、お主とあやつとの繋がりはあまりにもか細い。ワシの目論見は所詮、可能性に過ぎぬ。……その確率を高めるには、出来るだけあやつに近づき、あやつとの繋がりが深くならなければならぬ」

「——つまり僕は、最後の戦いでヴォルデモートと一騎討ちして、死ぬほど怒らせればいいんですね?」

 

 繋がりが深くなる……つまり、傷口が痛む時。それはヴォルデモートが近くにいたり、酷く怒ったり、強く感情を発露させた時だ。その状態で殺されれば……ハリーは生き、ハリーの中のヴォルデモートが死ぬ。ともすれば繋がりを辿ってヴォルデモートすら死ぬ。

 なんて素晴らしいんだ。

 

 ——ハリーが背負うリスクがとんでもなく高いことを除けば、誰だってその選択をするだろう。

 

「平たく言うと、そうなるじゃろう」

「——わかりました」

 

 ハリーは頷いた。

 ——あとちょっとで全てが終わるはずだったのに。……こんな落とし穴があるなんて。

 だが、ハリーは折れなかった。

 

「……僕は……死にたくない。死ぬわけにはいかないんです。先生、僕がアイツに殺された時、僕が死なないって言う保証は……ないんですよね」

「……うむ。お主とヴォルデモートの関係は、長い魔法界の歴史の中でも唯一の例じゃ。誰も、何も確かなことは言えぬ。じゃが……ハリー。ワシは知っている全てを話した。どうか、どうかワシを信じてくれぬか」

 

 ハリー、しばらく、悩んだ。悩んで、答えを出した。

 

「じゃあ先生、約束してください」

「なんじゃ?」

「僕が生き残って奴を倒したら、必ず、僕をホグワーツの先生にしてくれるって」

 

 それくらいの役得はあっていいだろう。それくらいの特権、許されていいだろう。ハリーはしたたかに、あるいは狡猾に……その望みを口にした。

 

「……お主は、無欲じゃのう」

「そうですか? 僕は、望みを全て叶えます。ジニーと結婚して、『闇の魔術に対する防衛術』の先生になる。きっと、今『みぞの鏡』を見たら……」

 

 ハリーはにっと、虚勢を張って、笑った。

 

「きっと、薬指に指輪をしたジニーと、まだ見ぬ教え子たちが映ると思います」

 

 ——ハリーが去ったあと、ダンブルドアは感動に目を潤ませながら、つぶやいた。

 

「ハリーや……。それを、無欲と言うんじゃよ」

 

 ——

 

 ハリーのポケットの中にある携帯電話が鳴って、ハリーは現実に引き戻された。携帯電話を取ると、電話の向こうからカサンドラの声が聞こえて来る。

 

『ハリー、そっちは大丈夫か!?』

「うん。今橋のところにターゲットが来てるよ」

『よし、こっちはなんとか……なんとかなった。クソッタレめ。巨人どもにプレゼントする予定だった爆発物全部使ってしまったぞ。アメリカでも手榴弾を入手するのは骨なんだぞ』

「あはは……。こっちに合流できるの?」

『ああ、あと数分でそっちに向かう。私は巨人にかかりきりになるかもしれんが……一人で行けるか?』

「カサンドラ。僕は一人でアイツと戦って、一人で勝つよ。だって……暗殺の報酬は結婚と就職だ。どんな無茶でも、やってみる価値はあるよ」

『……その二つはお前が生きてなければ意味がないんだぞ』

「もちろん、死ぬ気はないよ」

 

 死ぬような目には遭うけど。

 

「じゃあ、待ってるから」

『ああ』

 

 ハリーは携帯を切った。

 

「ダンブルドア先生、カサンドラはこっちに来るそうです」

「なんと? アクロマンチュラの群れを1時間以内に殲滅するとは……流石は伝説の傭兵じゃ」

「前から思ってたんですけど……ダンブルドア先生って、カサンドラのこと大好きですよね?」

 

 ハリーが聞くと、ダンブルドアは鷹揚に頷いた。

 

「無論じゃ」

 

 そろそろ約束の1時間が経とうとした頃、カサンドラが玄関ホールに間に合った。

 

「ダンブルドア、化け物退治はもう懲り懲りだぞ」

「すまぬのう。これが最後じゃよ」

 

 ああ、とカサンドラは橋の向こうを睨む。ヴォルデモートが悠然と歩いてくる。その後ろに、巨人を従えて。

 

「ハリー、こいつを」

 

 カサンドラはポケットから小さな石を取り出して、ハリーに渡した。

 

「これは?」

「『蘇りの石』だ。手のひらでくるくる回せば死者を呼び出せるらしい。これでお前は『死』の支配者だ」

「……なんか、全然実感わかない」

「それで良いのじゃよ。過ぎたる名は身を滅ぼす」

 

 ハリーはうなずくと、手の中で石をくるくると回す。すると、ぼんやりと……半透明の男女が1組、ハリーの目の前に現れた。

 

「……父さん、母さん」

 

 ハリーは両親の顔を見て、涙を流した。——ああ、会いたかった二人が、こんなに近くに。

 

「私たちはあなたが誇らしいわ」

「もうすぐで終わる。何も難しいことはないぞ」

 

 リリー・ポッターがハリーの顔をじっと見つめる。自分と同じ色の目が、ハリーの目の前に広がる。

 

「父さん、母さん。僕……仇討ってくるよ。それで、仕事も、奥さんも、全部手に入れる。二人に会うのは……あと、もう100年は待ってほしい」

 

 ハリーがそう言うと、二人は目に見えて嬉しそうに笑った。

 

「ええ、ええ! もちろん待つわ。ずっと、ずっとよ」

「はは。欲張りだなぁ、俺の息子は。だが……俺たちに今すぐ会いたいなんて言うより、ずっといい」

 

 二人の激励は何よりもハリーの胸を打った。涙を拭い、そして、深く目を閉じる。そして再び目を開けた時、ハリーの目は決意と覚悟が満ち溢れていた。

 

「行きます、ダンブルドア先生、カサンドラ。父さん、母さん、見てて。僕は勝つ!」

「ほっほっほ……ワシらも、最後に頑張るとするかのう」

「ああ。巨人どもの死体をエリュシオンの神々に捧げてやる。そうすれば私は……ヘラクレスに並ぶ英雄だ」

 

 ダンブルドアは杖を構えた。カサンドラは獰猛な笑みを浮かべて斧を構える。

 

「——時間だ。答えを聞こうか」

 

 ヴォルデモートの声が聞こえる。ハリーは拡声呪文を自分に使うと、大声で叫んだ。

 

「答えは一緒だ! 僕が欲しけりゃ取りに来い!」

 

 ハリーは駆け出した。

 

 ——

 

 ヴォルデモートが橋を渡り始める。広々とした石の橋だ。しかし、今この橋は有刺鉄線が何重にもしかれ、『死喰い人』やら吸血鬼やら人狼やらのパーツと死体で埋め尽くされている。

 

「……懐かしいな」

 

 太古の戦場のような有様に、ヴォルデモートは思わず笑みを深くする。

 ——ハリー・ポッター。アルバス・ダンブルドア。カサンドラ。この三人を殺してしまえば、ヴォルデモートに対抗できる存在はもはやいないと断言できる。ハリーだけが『予言』に記された選ばれた者だからという弱い理由だが……ヴォルデモートは、自身を消滅をさせ得る存在を許す気はなかった。

 

「『ヴェントス——吹き荒れろ!!』」

 

 ハリーの呪文が、全ての鉄条網をヴォルデモートの方に吹き飛ばした。

 

「——妙だな」

 

 それを全て、しゃがみながら盾の呪文で受け流す。——妙だった。

 

「その呪文……そんな規模ではない筈だ」

「『グレイシアス——氷河となれ!』」

 

 再びハリーが呪文を使うと、橋に満ちていた全ての血液、全ての死体が霜が降りるほど強固に凍りついた。

 

「『グリセオ——摩擦よ消えろ!』」

「バカバカしい!」

 

 足止めなどヴォルデモートにはなんの意味もない。ヴォルデモートはふわりと飛び上がると、ハリーに杖を向ける。

 

「『クルーシオ——苦しめ!』」

 

 苦痛を与え行動を封じるつもりが、ハリーが杖を一振りすると、まるで何もなかったかのようにハリーは動いている。まるで、呪文を無効化したかのような。まるでフィニートで呪文を消されたかのような。しかし、フィニートの魔法にそこまでの強さはない。

 

 おかしい。何が起こっている。

 

 ひゅん、と何かが煌めいて、ハッとヴォルデモートは後方を見る。すると、一人の巨人の頭が爆発し、吹き飛んだ。橋の方を見ると、弓を構えたカサンドラがいた。

 

「あの女……! カサンドラ!」

「わざわざ近づいてやる理由もないだろう?」

 

 そんなことを言いながら、カサンドラは巨人たちの方へと駆け出している。さらに、巨人たちのそばで猛烈な火柱が上がったかと思うと、炎は不死鳥の姿を取り、巨人の一人を灰になるまで燃やし尽くした。

 ダンブルドアの『悪霊の炎』である。

 

「なっ……!?」

 

 ヴォルデモートは驚愕に目を見開く。カサンドラも、ダンブルドアも、ハリーの援護すらする気がない。——本気で、本気でダンブルドアはハリーを一人で戦わせる気か? 

 

「老いたな、ダンブルドア! あの『予言』を本気で信じたのか! あのちっぽけな、生き残っただけの小僧が俺様を倒せると本気で思ったのか! そうだとしたら——」

「——『フリペンド——撃て!』」

 

 ヴォルデモートは言葉を止めて、慌てて回避した。砲弾のような大きさの射撃呪文が正確に飛んできたのだ。ヴォルデモートはハリーを睨む。

 

「……ポッター……何をした?」

「ダンブルドア先生もカサンドラも、くだらない予言を信じたからお前と一騎討ちにさせたわけじゃない。

 僕を信じたから、お前の相手を任せてくれたんだ」

「俺様の……相手? ハハハハ! 傲慢が過ぎるぞ、ポッター……! 俺様に勝てる? 俺様がダンブルドアとカサンドラを同時に相手をしても勝てるほどの人間だと知っていてとなおそう大口を叩けるのか!」

「勝ってない」

 

 ハリーが断言すると、ヴォルデモートは顔を笑顔のまま凍らせた。

 

「なんだと?」

「勝ったなら、ダンブルドア先生もカサンドラももう死んでる。死んでないってことは、お前は二人に勝てなかったんだ。当然僕にも勝ったことがないぞ、ヴォルデモート……トム・リドル」

「俺様を……その名で呼ぶなァァアアアアアアア!! 『セクタムセンプラ——切り裂け!』」

 

 ハリーはその初見の魔法を盾の魔法で難なく防ぐと、無言魔法で失神呪文を放つ。同じく無言呪文でそれを防いだヴォルデモートは、剣をローブから引き抜いて、ハリーに肉薄する。上空からまるで鷹がそうするように急降下し、ハリーの首を狙う。

 

「『ルーマス・ソレル——太陽の光よ!』」

 

 カッ、とまるで閃光手榴弾が破裂したような凄まじい光がハリーの杖から発せられた。

 

「ぐっ!」

 

 目眩しで狙いが付けられなくなったヴォルデモートは再び上空に上がる。

 

「……ふはは……。随分とまぁ、奮闘するじゃないか……だが……大丈夫なのか? 俺様を倒す秘密の特訓はしてもらったか? 俺様を倒す秘密の魔法は教えてもらったのか? ハハハハ……そんなもの、ありえない」

 

 ……6年前と同じ質問だった。だが、ハリーの答えはあの時と違う。

 

「そうだよ。僕はお前を倒すとっておきの魔法を教わったんだ」

「……知っているぞ。愛の魔法だな? あの老いぼれが言いそうなことだ」

「違うよ? トム。もしかしてダンブルドア先生が、トムの先生だった時と同じだって本気で思ってる?」

「……何が言いたい」

「ほら、巨人を皆殺しにする勢いで灰にしてるダンブルドア先生が……まさか『愛じゃよ』で済ますと本気で思ってる?」

 

 ヴォルデモートはチラリと巨人たちの方を見る。ダンブルドアと、いつの間にやら橋の向こうに移動していたカサンドラが大暴れしていた。二人とも一切容赦なく巨人たちを確実に殺していっている。——あのダンブルドアも。

 

 ハリーは作戦通り、痛む額を我慢して、挑発を続ける。ヴォルデモートが怒るように。

 

「ダンブルドア先生、本当にいい先生だよね、トム。あ、そうだ。僕お前にお礼を言わないといけないんだった」

「お礼? お前が、俺様に?」

「そうだよ。トム。君を殺せば僕はね、『闇の魔術に対する防衛術』の先生になれるんだ! ダンブルドア先生が言ってたよ。『お主ならば素晴らしい先生になるじゃろう』って」

 

 ハリーは、ヴォルデモートの詳しい過去を知らない。ただ、トム・リドルが一度教職を望み、そして闇の帝王としての道を歩み出す前に、もう一度教職を望んだことは知っていた。

 

 ——不可解だった。ダンブルドアは自分の手駒を増やすためだとか、闇の思想を子供に植え付けるためだとかなんとか推測していたけれど、ハリーにはそう思えなかった。なぜかは……わからない。ただ、もしかしたら、ヴォルデモートは本当に、心から教師になりたかったんじゃないかと、そう推測した。

 

「……教師だと? 

 

『闇の魔術に対する防衛術』の?」

 

 ヴォルデモートの反応は劇的だった。ポカンとした表情をしたあと。

 カッ、と激昂した。今までにないくらい、ハリーの額が痛む。

 

「教師? お前が!? ポッター、お前が教師だと?」

「そうだよ、卒業したらすぐ、僕は先生になる。……あ、そういう意味じゃ僕とお前はライバルだね。同じ科目の先生になりたい、教職志望同士だ!」

「俺様とお前を一緒にするなァァアアアアアアア!!」

 

 失神呪文が飛んでくる。剣を構えて突っ込んでくる。手を変え品を変え、あの闇の帝王が本気で襲いかかってくる。しかし、ハリーはその全てを完璧に防いだ。ダンブルドアをして教えることがないと言われたその防衛術の腕に加えて、世界最強の杖を手にしたハリーの守りを突破するのは、ヴォルデモートをして困難だった。攻撃しても攻撃しても防がれる。長い人生でそんな経験が全くなかったヴォルデモートはさらに余裕をなくし、激昂する。

 

「あの老いぼれは——! 俺様に……! 『歳が若い』と! そう言ったぞ! ポッター! どうせ口約束だ!」

「知らなかったの、トム・リドル? それ、遠回しな断り文句だよ? まさか本気にしたの? ははっ! 馬鹿みたい」

「貴様!」

「後頭部に闇の帝王貼り付けてたり功績泥棒の闇の魔法使いだったり『死喰い人』の変装だったり、なんなら魔法省の手先だったり……」

 

 ハリーはその名を穢すことを、少しだけ躊躇った。しかし、必要なことだと自分に言い聞かせる。

 

「……闇の魔術にどっぷり浸かったスパイが教師になれるような科目で、年齢が理由になると本気で思ってた? おめでたいね」

「殺す!」

「やってみなよ、最強は……僕だ!」

 

 ヴォルデモートは瞳を赤く染め上げて、杖を振り上げる。ハリーは思わず額を押さえた。ズキズキを通り越して、今なお切り開かれているような、焼鏝を押し付けられているような、そんな激痛がハリーを襲う。この感覚だ……この感覚こそ、欲しかったものなんだ!

 

「ポッター、お前は俺様が『死の呪文』使ってこないとたかを括っているな!? 俺様がお前に『死の呪文』を弾き返されたから警戒しているのだろう、と!」

「弱虫……トム・リドル!」

 

 ハリーはドラコを思い出していた。人の侮辱なんてほとんどしたことがない。……けどまぁ、ドラコの顔を思い出して、それからドラコの言葉を思い出せば、割とすぐに出てくる。

 

「半純血のクセに……純血のフリをした卑怯者め!」

「その口を閉じさせてやる! 永遠に!」

 

 そして、ヴォルデモートは魔法を使った。彼が最も信頼している魔法を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『アバダ・ケダブラ——死に絶えよ』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 全ての決着がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで終わりだよ、トム・リドル。君は死ぬんだ」

「死ぬ? 死ぬだと!? いいや、違う! 俺様は……! 俺様は永遠の存在になるのだ!」

「無理だよ。そんなちっぽけな魂でどんな永遠を生きるって言うのさ」

「俺様とお前は違うのだ! 俺様は何もかも手に入れる! 永遠の命も! 永遠の忠誠も! ——ホグワーツも!」

「——ねぇトム・リドル。そんなに死ぬのって怖い? 僕そうでもなかったけど」

「愚問だな! 死ぬより恐ろしいことなど何もないぞ、ポッター!」

「……そうかな。死は……死は、何もかもを受け入れる。狂った妄執も、細切れになった魂も。

 

 おやすみ、トム・リドル。せめて終わりは、安らかに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——目を開けると、もう痛みは綺麗さっぱり、なくなっていた。

 頭をふりながら立ち上がると、カサンドラとダンブルドアが地面に座り、荒い息をついていた。ヴォルデモートに随伴していた巨人は当然のように全滅していた。

 流石は古代の英雄と、魔法界の英雄。……さすがにしんどそうだけど。

 

「カサンドラ……? ダンブルドア……先生?」

「ハリー……生き返ったか……」

「死んでおらんと、そう言うたじゃろ?」

 

 全く。カサンドラは立ち上がると、ハリーの方へと歩いてくる。

 

「よく……ジジイの戯言を信じたな。私なら無理だった」

「僕は自分の命を賭けたんだよ。ダンブルドア先生なら……絶対、僕をないがしろにしないって、信じてたから。賭けるのはそう、怖くなかったよ」

「……大したやつだよ、お前は。流石は最強の魔法使い」

 

 カサンドラは思わず、ハリーの頭を撫でた。

 

「もう、僕もう子供じゃないんだよ? 内定も決まったし、お嫁さんも貰う予定なんだから」

「ははっ。悪かったな。……これで最後だ」

 

 カサンドラはそう言って、微笑んだ。

 

「……あ……そうだ。カサンドラ」

 

 ハリーは自分が持っている杖と、蘇りの石をカサンドラに渡す。

 

「なんだ?」

「正直この二つ……病みつきになっちゃいそうだからさ、何処かに捨ててきてくれないかな?」

「……わかった。任せろ」

 

 カサンドラはにっこりと微笑むと、杖と石をポケットにしまった。

 

「……よくやったのう、ハリー」

「ダンブルドア先生」

 

 ハリーのそばまで歩いてきたダンブルドアが、心から嬉しそうな顔をして、ハリーを褒めた。

 

「結局、僕何もしなかったです。てっきり『死の呪文』でも撃ち込むことになるのかなって思ってただけに……」

「あやつは……結局のところ、お主が手を汚すほどの相手ではないと、そういうことじゃ」

 

 ダンブルドアはにっこりと微笑んだ。

 

「それに、わしが褒めたのはトムを倒したことではないぞ? 杖と石を、すぐに手放したことじゃ。それができる人間はほんのひと握りじゃ。もちろん、ワシは大多数の方に含まれる。——そんなお主は……間違いなく、良い教師になれるじゃろう。来年から……よろしく頼む」

「はい、先生!」

 

 ダンブルドアはほっほっほ、と朗らかに笑った。

 

「なら、ハリー、お前は今年一年死ぬ気で勉強しないとな。何せもうお前を煩わせるものは何もない。今年一年は教職に向けて、死ぬ気で頑張れよ。サボると後が怖いぞ? 何せ……」

「何せ、周囲の教師全員が、先輩となるのじゃからのう」

「……はい!」

 

 ハリーは満面の笑みになって頷いた。

 そうだ。もう奴はいない。

 教師になって、ジニーと結婚して、それから、それから……。

 

 ハリーは、自分の未来と運命が明るく、太陽のように輝いていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——20年後 イギリス キングスクロス駅




次回、最終回
4月14日投稿予定
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