【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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毎年の恒例行事

「フリント! これはどういうことだ!」

 

 オリバーが叫ぶのと同時、スリザリンチームとグリフィンドールチームが箒一本分の距離を空けて相対した。スリザリンチームはグリフィンドールの女子選手、ケイティやアリシア、アンジェリーナににやにやと嫌な笑みを浮かべている。『女選手なんて』という、実力を侮る笑みである。

 

「どうもこうも。許可を得て、ここにいるわけだ」

「許可? 許可だと? それはこっちが得たものだ」

「こっちにはお墨付きがある」

 

 フリントは丸まった羊皮紙をオリバーに渡した。

 

「……『私スネイプは新人シーカー育成の為、早急な練習の必要を感じ、マクゴナガルとの協議の結果、競技場の使用をここに許可するものである』だと?」

 

 その時、ロンはあ、という表情をした。

 

「そういえば今朝マクゴナガルがチームを探してたよ」

 

 ハリーはなるほど、と思った。

 

「それで、新人シーカー? 誰だ」

 

 オリバーが言うと、スリザリンチームが割れて、奥の方から小さな人影、ドラコ・マルフォイがうれしそうな顔をして出てきた。

 

「新しいのはそれだけじゃないぞ」

 

 マルフォイが言うと、見せびらかせるように箒をこれ見よがしに動かした。

 

「……すごい」

 

 ロンは思わずといった風に言った。

 

「ニンバス2001だ……ニンバスシリーズ最新作! 最高速、加速も最高峰、その分値段もすごいことになってるけど……」

「父上がね、まあ、僕だけが最新式の箒だと浮くだろうと、チーム全員分の箒をプレゼントしてくださったんだ。一人だけ最新式の――おっと、もう型落ちか。まぁ、新人のくせに一人だけ凄い箒を使うような真似はさせたくないというのが普通の親心だろう」

 

 にやにやと嬉しそうに、マルフォイはオリバーを見る。

 

「ウィーズリーが二人もいるようなチームが、同じことをできるとは思わないな。なにせ、そう、グリフィンドールのチームは貧乏人ぞろいだ」

「でも」

 

 ハーマイオニーがマルフォイに詰め寄る。

 

「グリフィンドールや他のチームは実力で選ばれてる。お金で買えるポジションなんてひとつもないわ」

「……貴様の意見は聞いていない。何も知らないくせに。黙っていろ、この()()()()が」

 

 ざわりと、グリフィンドールだけではなくスリザリンもざわついて、マルフォイのことを非難する様な目で見る。

 

「マルフォイ……よくも言ったな!」

 

 ロンが杖を構える。

 

「なめくじ食らえ!」

 

 誰かが止める前に、ロンは呪いを完成させた。この速度はさすが聖28族に列せられる貴族の末裔である。振り上げることも、呪文の速度も素晴らしかった。

 ただ、杖がよくなかった。呪いの閃光は逆噴射し、ロンの体におもいっきりぶち当たった。

 

「……おい、大丈夫か!?」

 

 争いの場にたどり着いたカサンドラは、自分の魔法で吹き飛ばされたロンに駆け寄る。カサンドラからは吹き飛ばされたことしかわからなかった。ロンは上体を起こすと苦しそうにする。吐きそうな顔をするので、嘔吐の呪いか? とあたりをつける。とりあえずロンの前方には入らないようにしなければ。

 

「カサンドラ、気にすることはない。自爆しただけだ。よかったなウィーズリー。もし成功していたらママがお家に連れ戻しにくるところだったぞ」

 

 マルフォイのせせら笑うような声に、カサンドラは訝しむ。そして、ロンに何が起こったのか、何をしたのかを理解した。

 

「なんだと? かけた呪いが跳ね返ったのか? 呪い返しの魔法でもかかってたのか? まったく。軽々しく人に呪いをかけるな。医務室に連れて行ってやるからそれまで我慢しろよ」

「うぉええええ」

 

 うわ、とカサンドラはロンから飛び退く。ロンは我慢できずに吐いたのだ。腹の中身ではなく、物凄く大きなナメクジを。粘液が光を淡く反射してぬらぬらとてかっている。大きさは、全長が魔法使いの杖ほどもあり、はっきり言って気持ち悪いことこの上ない。

 

「……恐ろしい呪いだな」

 

 カサンドラは慄く。わずかな言葉を言う間に、ロンは二匹目を吐き出した。ハリーとハーマイオニーは苦しそうにうめくロンの背中をさする。三匹目を吐き出した。どうなってるんだ、とカサンドラは疑問に思う。相変わらず、魔法の仕組みはよくわからない。遅れてきたコリンが信じられないくらい大きな蛞蝓と、それを『出産』しているロンに向かってカメラを向ける。

 

「コリン」

 

 カサンドラは呆れながら、それでも厳しい面持ちでコリンを呼ぶ。最初はハリーにしか向けられていなかったカメラも、最近は様々な人、物、出来事に向かうようになった。本格的に問題視される可能性すらあった。

 

「私は()()()()()()()になら口だけで済ますが、腐れマスコミ相手に遠慮はしないぞ」

 

 鋭い殺気を向けられて、慌ててカメラを下ろした。カサンドラの厳しい視線はコリンのカメラに向かっている。撮影を強行したら間違いなくコリンのカメラは処刑されるだろう。

 

「ロン、大丈夫?」

「う、うぉえ……」

「ダメみたいだ。一旦離れよう」

 

 ハリーはオリバーに謝りながら、ハーマイオニーと一緒にロンを連れてどこかに行ってしまった。カサンドラは彼らを追いかけようかとも思ったが、すぐに思いなおす。

 

「……穢れた血だと? よくもそんなことが言えたな!」

 

 なにせ、事態は全く収まっていないのだから。グリフィンドールチームが全員杖を抜き、それに合わせてスリザリンも杖を抜いた。

 

「まて、待て。お前ら落ち着け。こんなところで魔法合戦を始める気か」

「マグルは黙っていろ!」

 

 フリントに怒鳴られる。ああ、もう。生徒相手に武器を向けるわけにもいかず、どうするかとカサンドラは悩む。

 

「カサンドラによくもそんなことが言えたな。スリザリンはまだ純血だ、穢れた血だ、だのにこだわっているとはな」

「血を裏切る者みたいなことをよくも堂々と喧伝できるな。魔法使いの恥さらしどもめ」

 

 一触即発。どっちに理があって、どちらにどれくらい非があって、とそこまで考えて結局最後はスリザリンに『マグルは黙っていろ』で言論を封殺されることに気がついた。カサンドラは考えることがめんどくさくなり、結局、いつものように仲裁することに決めた。

 

「よし、わかった。お前ら。聞け」

「だから、これは魔法使いの問題だ。マグルの出る幕はない。そもそも、なぜマグルが当然のようにホグワーツを歩いているのだ」

「聞けと言った。もし、これ以上言い争いを続けるなら、全員叩きのめす。男も女も、スリザリンもグリフィンドールも等しく、一人残らず医務室に送り込んでやる。それが嫌なら言い争いをやめろ」

「マグルに何ができる。ん? 空を飛ぶことすら出来ないくせに」

「いいかフリント。空を飛べるくらいで私から逃れられると思っているなら、考えを改めた方がいいぞ」

 

 フリントは杖をカサンドラに向けた。

 

「おいフリント。やめろ。死にたいのか。お前は自分がトロールより強いとでも思っているのか」

「ふん。黙れオリバー。今のホグワーツは異常なんだ。たかがマグルをまるでダンブルドアみたいに英雄視し、恐れてる。それが間違いだと証明してやる」

 

 カサンドラは指の骨をポキポキと鳴らし、獰猛に笑う。

 

「覚悟が出来たようで何よりだ。いいか、全員よく聞け! 今ならまだ許してやる。新学期早々ポンフリーのお世話になりたくないなら10数える間に消えろ。さもなくば医務室だ」

 

 1! とカサンドラは数を数え始める。

 

「おい、フリント。やめとけ。絶対に後悔する。カサンドラはやると言ったらやるぞ」

「ふん。聞け、スリザリン! こんなマグルに何を恐れる! 杖を構えろ!」

 

 2。ジョージは隣にいるフレッドに半笑いで話しかける。

 

「フレッド、俺はとんずらするぜ」

「ジョージ、付き合うぜ」

 

 3。グリフィンドールチームの女子メンバーが青い顔をする。恐ろしい事実に気づいたからだ。

 

「ね、ねえこれもしかして私たちも標的なのかしら。逃げた方が……」

「逃げましょう。ごめんオリバー」

 

 4。 もはやグリフィンドールはオリバーを残していなくなった。できるだけ遠くに向かって箒で飛んで逃げるチームメイトが見える。

 

「くそっ! おい逃げるな! グリフィンドール、戻ってこい!! ここで逃げたら練習できなくなるんだぞ! みすみすスリザリンに競技場を明け渡す気か!」

 

 5。オリバーの言葉を誰も聞いていない。ピッチから校舎に向かってチームメイトが飛んでいく。

 

 6。スリザリンチームはお互いに顔を見合わせるが、誰も逃げようとしない。内心逃げたい人間は何人もいたが。

 

 7。オリバーはもはや練習どころではないことを本格的に悟り、今日の練習をあきらめることにした。本当に、実に不本意だが。

 

「――ああ、もう! わかった、わかったよ。スリザリン、絶対に後悔するからな。忠告はしたぞ!」

「ほざけオリバー」

 

 8。ビーターの一人が怯えた様子でフリントに向かって進言した。

 

「な、なぁキャプテン、もう練習しようぜ。グリフィンドールはいなくなった。もう競技場は俺たちのものだ。ここでカサンドラと争ってなんになる?」

「俺は、杖を下せとも練習を始めろとも言ってない。わかるか? たかがマグルに、そう、マグルだぞ!? マグルに我ら純血魔法使いが侮られているんだぞ? おめおめと引き下がれと?」

 

 9。フリントは顔だけを後ろにいるチームメイトに向けて、演説を始めた。さながら戦闘前の指揮官のように。

 

「箒で飛べない、魔法も使えない。そんな弱くて愚かなマグルにコケにされたままでスリザリンが名乗れるか。純血魔法使いが名乗れるか! さぁ、全員やつに魔法を――」

 

 10。

 

「残念だフリント」

 

 カサンドラは一歩踏み込むと、戦闘前の大演説を行なっているフリントの腹部に凄まじき前蹴りを叩き込んだ。古代スパルタから伝わる伝統的なスパルタキックである。

 

「ごはぁあっ!?」

 

 フリントは冗談みたいに遠くまで吹っ飛んで、それきり動かなくなった。ぴくぴくとしているから死んではいないだろう。

 

「さあ、次は誰だ」

「応戦しろ! 『ステューピファイ――麻痺せよ』!」

 

 赤色の閃光が発射された。カサンドラは失神魔法を回避すると、魔法を撃ってきた生徒の顎を拳で打ち据える。悲鳴一つ上げずにその生徒は崩れ落ちた。

 

「さあ、次は!」

 

 カサンドラの顔には楽しそうな笑みが浮かんでいる。ずざり、と一歩後ずさる。

 

「空を飛べ! ごはっ」

 

 箒に飛び乗ろうとした選手をフリントと同じように前蹴りで()()()()()()()()をさせてやると、カサンドラは空を睨む。もはや4人しか残っていない。カサンドラは弓を取り出そうとして……墜落したときのことを考え、攻撃をあきらめる。気絶した生徒たちを医務室に連れていくため、ずりずりと引きずって一つのところにまとめる。

 

「何をする気だ! カサンドラ!」

 

 ただ、スリザリンにとっては悪意ある前準備にしか見えなかった。一人が箒で急降下し、カサンドラを蹴ろうとしてくる。急降下攻撃は本来なら有効だった。だが、カサンドラは蹴りを回避すると急に動きが人知を超えた速度に加速し、ラリアットで箒から生徒を叩き落した。

 

「ぐえっ」

「ああ! くそっ。ここから魔法を使うぞ、行けるな、マルフォイ!」

「あ、ああ!」

 

 三人しか残っていない中、スリザリンチームは箒に乗ったまま杖を構える。

 

「――何をしておるか!」

 

 その時、スリザリンに救いの手が現れた。真っ黒なローブを着た陰気な鉤鼻の男、スネイプが騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。

 

「ああ、スネイプ。少しな」

「少し? 少しとおっしゃるが。よもや警備員の仕事とは生徒を軒並み気絶させることだとは思いもしませんでしたな」

「喧嘩を吹っ掛けられたんだ。7人がかりだぞ? こっちは武器を使ってない。それに、私はマグルだ」

 

 スネイプは頬をひきつらせた。

 

「7人? ……普段はただのマグルじゃないと言い張る割に、都合のよろしいことで」

「ただのマグルじゃないが、マグルであることには変わりない。だろう? それとも、私が彼らの魔法で気絶させられたり、いいようにされる程度の実力なら満足だったか?」

「そうは言っておらん! なぜここまで大暴れする必要があったのだ!」

「数の多い相手と喧嘩するときは、いかに効率的に黙らせるかが重要なんだ」

 

 スネイプは空に浮いたままの生徒を睨み、叫ぶ。

 

「とっとと降りてきたまえ! ――吾輩、貴様に喧嘩の作法をご教授願ったつもりはないのだが」

「別に、ご教授した覚えもない。そもそもこいつらがマグルだなんだとうるさくて話を聞いてくれなかったから、実力行使するしかなかったんだ」

「まったく……」

 

 恐る恐る空から降りて箒から降りたスリザリンチームの生き残りをスネイプはじっと見る。

 

「……諸君、7人がかりで一人の女性に襲い掛かることを()()()()思わなかったのかね。結果は無様に終わったようだが」

「その、僕らは……」

()()()、なんですかな」

 

 マルフォイは黙った。機嫌の悪いスネイプを説得し、味方につけられるほどの言い訳が思いつかなかったのだ。

 

「……確かに、過激な対応をしたカサンドラにも非はある。それは間違いない」

「過激だと?」

「しばし、黙っていただけるかな」

「……」

 

 カサンドラは不満げに口を閉じた。

 

「しかし、諸君らはもう少し慎重になるべきだったと……吾輩は愚考するのだが。それとも、『強い人間にむやみに喧嘩を吹っ掛けるな』ということは、さほど重要ではない事実なのですかな?」

「……」

「まったく。もう行くがいい。カサンドラ。彼らを医務室へ」

「了解だ」

 

 スリザリン二人は悔しそうにしながらも、捨て台詞一つ吐くことなくピッチから出て行った。

 

 ――

 

 4人の人間を一度に運ぶため、カサンドラは工夫をする必要があった。大きな木の板を用意し、その上に4人を並べる。木の板にロープを通し、それを引っ張る。コロもなにもないので物凄く重いが、カサンドラにしてみれば大したものではない。ずりずりと音を立てながら4人の人間を搭載した木の板を引きずるカサンドラを見た生徒は驚愕に目を見開くが、まずいものを見たとでもいうように視線を逸らし、そそくさと立ち去り、あるいは道を変える。カサンドラがあまりにも普通に引きずっていることもそうだろうが、その隣に渋面のスネイプがいることが理由の大部分だろう。

 

「……貴様は生徒に暴力を振るうとは思っていなかったのだが」

「ん? いや、そんなことはないぞ。去年だって双子相手や悪戯小僧どもには弓で応戦したりしてたしな。普通の生徒に暴力を振る気はないが、喧嘩を吹っ掛けられたりしたらボコボコにする。当然だろう?」

「貴様は間違いなく、奇妙奇天烈摩訶不思議なホグワーツに相応しい警備員だな」

「褒められている気がしないな」

「褒めてはいない」

 

 全く、とスネイプは嘆息する。気絶させられた生徒が親に報告したら面倒なことになることに彼女は気づいているのだろうか。その場合ダンブルドアはどうするのか……。スネイプが内心で胃を痛めていると、前から嫌な男が歩いてきたのを見つける。ただでさえ悪かったスネイプの機嫌がさらに下がり、氷点下の域に達する。

 

「おや、カサンドラではないですか。ご機嫌よう。朝食の席にいなかったので心配していましたよ」

「おはようギルデロイ。グリフィンドールの朝練に付き合ってたんだ。無駄骨だったがな」

 

 にこやかにカサンドラに挨拶するのは、校長から直々に要注意人物だと言われた男、ギルデロイ・ロックハートだった。貴族然とした服装に、金の刺繍がなされた豪奢なマントをはためかせ、女性人気を集める優男。だがスネイプは彼が個人的に気に入らなかった。

 公言すれば『スネイプがロックハートに嫉妬している』という、騒ぎ立てた人間を『磔の呪文』にかけたくなるような噂が立つに違いなかったが、スネイプは彼への嫌悪を隠す気もなかった。

 

「それで、なぜ生徒を運んでいるのです? 事故ですか? それならば、呼んでいただければ、私がお手伝い差し上げたのに! 私は力仕事もできるのですよ、何せ、トロールとレスリングをして友好を深めましたからね!」

 

 そのトロールを無傷で始末した人間を前によく言ったものだ。スネイプは知らないとは言えロックハートの道化ぶりには同情の一つでもしたくなった。()()()()()()だけであり、実際にすることはなかったが。なにせロックハートは虚言でこのホグワーツを乗り切るつもりらしく、生徒にも教員にも、およそ信じられないようなエピソードをさも自分がやってきたかのように語るのだ。生徒たちの中で信じる者が後を絶たないのは、皮肉にも、そのエピソードと同じかそれ以上のことを成したカサンドラがいるからだ。『マグルでもトロールを倒せる奴がいるんだから、魔法界の有名な英雄ならそれくらいやってのけても不思議じゃない』と、そんな具合だ。だがもしロックハートの大ボラを全部まるっと信じるとしたら、ロックハートはダンブルドアよりも偉業を成したことになる。

 

「トロールと? あいつにレスリングをするという知能があるとは思わなかった。まあ、こいつらはちょっとな。喧嘩の結果だ」

「ああ……、なるほど。まあ、婉曲表現というやつです。素手で打ち倒したことを、そう表現したのです」

「なるほどな。なら私はトロールと決闘をしたことがあるぞ」

「そ、そうですか。素晴らしい偉業ですね」

「偉業? たかが化け物一匹始末しただけだ」

 

 何度聞いても信じられないが、スネイプは去年地下女子トイレで無残に殺されたトロールを見ている。そして、血塗れになりながらも無傷でけろっとしているカサンドラの姿も。

 ――()()がカサンドラほど強ければ、彼女は死なずに済んだんだろうか。

 スネイプは益体もないことを考える。いや……。彼女はおそらくどれほど強かろうと、あの忌々しいポッターの息子を優先しただろう。自身の生存はほんの少しも頭になかったに違いない。それだけ優しい女性だったのだ。

 

「素晴らしい。私も数々の偉業を成し遂げてきましたが……自身の栄光を卑下するような真似はできそうにありません」

「卑下したつもりはない。それで、ギルデロイ、授業はいいのか?」

「ええ。今日の一限はフリーです」

「ならば」

 

 スネイプは横から口出しをする。教師の先輩として助言しなければならなかった。

 

「次の授業の準備をするとよろしいかと。新人のうちは、準備などしてもし足りないものだ。少なくとも授業のない時間を『休憩』だと考えるのは、十年早いかと」

 

 長年勤めたスネイプですら、授業の準備に手を抜くことはない。とにかく教師という仕事は準備が大事なのだ。教科書を読ませるだけの教師など存在している価値がないとすら考えるスネイプにとって、耳に聞こえてくるロックハートの授業を『授業』と呼ぶことは教職に対する冒涜とすら考えている。

 

「なるほど。先輩からの助言というわけですね。しかし! 私は今年度の授業のプランは全て頭に入っているので全く! 問題はありません。今年一年を通してどう生徒が成長するかも、全て私には見えています」

「全て頭に入る程度の内容では()()()()と申し上げている。まあ、貴殿が今年()外れの年だったと思われたいのでしたら、無用な忠告ですが」

 

 正直に言うと今すぐにホグワーツからたたき出すべきだとスネイプは考えているが、忌々しいことに人事権は校長が握っているのだ。

 

「はずれ? ちっ、ちっ、ち。スネイプ先生。私の授業は人気ですよ。今も、なお。一部の、口さがない者は私の授業を卑下しますが……まあ、どんな教材、どんな教師でも、不真面目な生徒というのはいるものです。今年一年を振り返って、生徒たちは必ず、『最高の授業』だと思うでしょう」

「それはともかく。吾輩が新人ならその『不真面目な生徒』にいかに詰め込むかを、朝起きた瞬間から、夜眠りにつく最後まで悩み続けるのですが……貴殿はどうやら、早々に生徒の切り捨てを行っているようで。ずいぶんな御身分ですな」

 

 スネイプは()()()以上の受講には()()()()での好成績を前提条件とし、資格を満たさない者には受講を許可しない。だが、スネイプの行っている『選別』とロックハートのやっていることは全く性質が違うのだ。

 

「切り捨てるなどとんでもない! 私は知っているだけです。どれほどの英雄だとしても、山ほどの偉業を重ねようと、無限の栄光を手にしようと、その偉業を、栄光を、穿った目で見るものはいなくならないと。私の授業も同じことです」

「……左様で」

 

 スネイプはもう何も言う気はなかった。

 

「――あー。それで、私は今から医務室にこいつらを叩き込みにいくんだが、もういいか?」

「ああ、それは失礼しました! カサンドラ、ハリーを見かけませんでしたか?」

「ハリー? あー、ロンがちょっとまずいことになってな。森のほうへと駆け出して行った。ハリーに何か用か?」

「いえ、いえ! 私が彼に伝えるべきことはまだまだ、あるのです。ハリーは有名病にかかっています。それは周囲との軋轢になりかねません。ハリーの有名病を緩和し、周囲と上手くやっていくように導けるのは、有名で、英雄の私だけなのです」

「そのようですな。では、ポッターを探しに行かれてはいかがか?」

 

 スネイプは内心可笑しくて仕方なかった。この教師としてぶっちぎりで落第点のロックハートが、あの忌々しいポッターにしつこく個人授業をするのだ。ここが自室で誰の目もなければ愉快な笑いすら上げていただろう。今年度からこんなことが続いているのだとしたら、実に、いい気味である。

 

「ええ。では失礼。ああ、カサンドラ。今週末はいかがです?」

「事のついでに誘われてうなずく女がいるとは思わないことだ」

「……なるほど、手厳しい。では、また」

「ああ。またなギルデロイ」

 

 カサンドラは厳しいセリフとは裏腹に、にこやかにロックハートと別れた。




ニンバス2001を7本とか家買えそうな値段しそう
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