【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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続くハリーの災難

「貴様、ロックハートとずいぶんにこやかに話すのだな。奴の評判を知らんわけではあるまい?」

「まぁな。ただ、教師への説教は先輩の仕事であって、私がやるべきじゃない。そうだろう?」

 

 スネイプはうなずく。

 

「分をわきまえているようで何よりだ」

「生徒から依頼されて初めて、ダンブルドアに意見を言うくらいか」

「ダンブルドアから言われたとしても、奴が変わるようには見えんがな」

 

 スネイプはロックハートが変わるようには見えなかった。それこそ、死ぬような目に遭わない限り。

 

「それで、貴様はどう考えているのだ?」

「何がだ?」

「ロックハートは校長の言う通り、誰かの手柄を横取りし、その誰かをなんらかの方法で黙らせてきたのだろう。何か掴めたか?おそらく、最も奴と話しているのは貴様だ」

 

 ほかの教員は早々にロックハートと話すことを嫌がり、彼を避けるようになった。無理もない。校長から直々に他人が果たした冒険の手柄を横取りするような人間だと教えられたのもあるが、その性格が何よりも問題だった。スネイプも次からは適当にあしらってまともに相手もしないだろう。

 

「別に私はあいつのスパイをやってるつもりはないぞ。正直、悪人には見えないが。まあいくつか考えたが……。そうだな、誰かの記憶を夢かなんかで盗み見たってのはどうだ? あり得そうか?」

「誰かの記憶を、見るだと?」

 

 スネイプはその可能性があるのかないのかでいえば、『ある』と言える。

 ホグワーツにも存在する貴重な魔道具、『憂いの篩(ペンシーブ)』なら、他人の記憶を見れる。だが。

 

「可能ではある。だが、それには複雑な条件がなければならない。そしてその最も重要な条件は、記憶を見せる本人の『同意』が必要なことだ」

「ふむ。じゃあ金で記憶を買ったとしたらどうだ。金に困った無名の英雄が、わずかな金と引き換えに自分の冒険を作家に売った」

「いかにもありそうな話だ。しかし、そういう輩は、自分が売ったことも忘れて騒ぎ立てるものだと思うのだが」

 

 だが、ロックハートの冒険に『創作じゃないか』という人は居ても、『この冒険は本当は俺がしたんだ』という人は居ない。一人も。

 

「確かに、変だな。ああ、もう、面倒だな。ただ、少なくともギルデロイは次の標的を、つまり、横取りしようとしてる相手を探しているようには見えない。教師としての才能はともかく、あいつはまだ、教師だ」

「それはそうだな。……――いや」

 

 スネイプはふと、隣を歩くカサンドラを見た。

 

「……貴様を狙っているのではないかな」

「あいつが? 私を? いや、ハリーはどうだ?」

「忌々しいが、ポッターはすでに有名だ。『かすめ取る』ことができる英雄は、このホグワーツにはカサンドラ、貴様しかいない。どのようにして奴が『乗っ取り元』を黙らせているのかは知らんが、重々気をつけることだ」

「……そうだな。気を付けるよ」

 

 カサンドラは眉をひそめた。医務室が見えてきた。

 

「吾輩はもう行く。くれぐれも、ロックハートと不用意に接近するな」

「わかった」

 

 カサンドラとスネイプは別れた。

 

――1992年の9月 ハグリッドの小屋

 

「ねえハグリッド。『穢れた血』ってどういう意味なの?」

 

 洗濯桶を膝に抱えて、巨大ナメクジの生産を続けているロンを尻目に、ハリーは意を決して聞いた。

 ロンの様子が一向に治らないことに危機感を募らせたハリーとハーマイオニーは慌ててハグリッドの小屋に駆け込んだのだ。医務室に行かなかったのはひとえにロンが校則を違反して呪いを発したからであり、先生への発覚を恐れたからである。少なくとも罵倒されたからと言って20分以上も苦しみ続ける呪いを放つことは『どんな優等生よりも礼儀正しく』しているとは思えない。

 

「――どこでそんなことを聞いたんだハリー」

「その、マルフォイが言ってて。酷い悪口だって言うのは、なんとなくわかったけど」

「全く。あの家はまだそんなことに拘っとるのか」

「私、本で読んだわ。マグル生まれの魔法使いのことを純血主義者はそう呼ぶって。でもどれくらい()()罵倒なのかは本に書いてなかったの」

 

 ハグリッドは無邪気に聞いてくるハーマイオニーになんと答えたものかと悩む。いつの世だって、配慮が必要な事柄を子供に教えるのは大人を悩ませる。

 

「書いてあるわけなかろう。考えられる中で『最悪』の罵倒だ。どんな言葉よりな。ハリー、ロン、たとえハーマイオニーとどんなに酷い喧嘩したってけして、絶対に、使っちゃならん。それだけは約束しとくれ」

「うん、わかった」

「当然。僕がもしそんな言葉を使ったんならきっと、退学どころか家の敷居も跨がせてくれないよ――オェエッ」

 

 ロンはまた新しく一匹、ナメクジを桶に吐き出した。ハーマイオニーが思わず目を逸らす。

 

「まぁ、ウィーズリーさんとこならそうだろうな。ロン、呪いをかけたくなる気持ちはわかる。俺でも思う。だがロン、実際に呪いをかけたらマルフォイを喜ばすだけだぞ」

「猛烈に今、後悔してるところ……おえっ」

 

 ハリーはそろそろ桶の底が見えなくなるくらいに吐き出されたナメクジを見て、どこから吐き出してるのだろうとぼんやりと思う。朝早かったせいでまだ夢うつつなのだ。

 

「そうよ、ロン。私は言われてる意味なんかわからなかったんだから、放っておいてもよかったのに」

「友達があんなこと言われて黙ってるくらいなら、僕は退学を選ぶね。ママもきっと最後には許してくれるさ」

「もう。男子ってそんなのばかりね。でも……その、ありがとう。でもハグリッド、どうして穢れた血、なんていうの? その、歴史的な意味で聞くんだけど」

「歴史ぃ? お前さんそんなことに興味あるのか? ホグワーツの生徒はみんなビンズの授業は寝てるもんだと思っとった」

 

 ハーマイオニーは苦笑する。広い魔法界の中でも唯一のゴースト教師、ビンズはあのハーマイオニーですらうとうとしてしまうほど単調な授業をするのだ。ホグワーツの生徒で歴史が好きな生徒がほとんどいないのは、無理からぬことかもしれない。

 だが、ハーマイオニーは夏休みの間に歴史をたくさん勉強した。カサンドラに経験談を語ってもらいながら学ぶ歴史は、本当に楽しかった。市民視点から語られる歴史は、どんな本よりもワクワクとハーマイオニーの心を掻き立てた。

 

「だが……俺はそんな詳しいわけじゃない。わからん」

「そうなの」

 

 

 ハグリッドの返答に気落ちするハーマイオニーだったが、意外にも、ロンが桶から顔を上げて話し始めた。

 

「本当にくだらないぜ? 昔は魔法使い同士の子供を『純血』だなんだって呼び始めたのが最初だよ。そうしたら今度は『半純血』とか言い出して。最後にはマグル生まれを魔法使いとしての血が汚れてる『穢れた血』って言いだした。魔法使い同士の子供が一番偉いって考えがあるからそんなこと思うんだよ。マルフォイのとことかがそうだよ」

「でも……魔法使いの歴史をたどればきっと、魔法使いの発生があるはずよ。マグルから生まれた、世界最初の魔法使いが」

 

 ロンはおかしそうに笑った。

 

「そりゃあいい。どんな純血魔法使いも祖先をたどっていけば最後にはあいつらが言うところの『()()()()』に行きつくってわけだ。ホント、それを考えたらばかばかしいったらありゃしないよ。純血のネビルを見てみろよ。杖がバカになった僕よりまだ成績が低いんだぜ?」

「それに、ハーマイオニーはただの一度も、呪文を失敗したことがない。そんな2年生、ホグワーツ見渡してもいやしない」

 

 ハグリッドの称賛に、ハーマイオニーは照れくさそうに顔を赤くする。

 

「そういえば、ハリー。サイン入り写真を配ってるそうじゃないか」

「配ってない!」

 

 ハリーが叫ぶと、ハグリッドはしまった、という風な顔をした。

 

「冗談のつもりだった。すまん。そんなに気にしてるとは思わなんだ」

「ううん。ごめん、僕もちょっと気が立ってたんだ」

「――でもハグリッド、どうして知ってるの? あれは……ロックハート先生のツーショットってことになってるはずよ」

 

 ハーマイオニーが不思議そうに聞いた。

 

「はん。ロックハートが()()()()()って言ってるだけなんじゃないのか」

「ロックハート()()よ、ロン」

「冗談はやめてくれよ……」

「冗談言ってるように聞こえたかしら?」

 

 ロンはげんなりして、ごまかすように桶に顔を向けた。

 

「ロンの妹さんから聞いたんだ」

「……ジニーがここに来たの?」

 

 ロンの問いに、おう、とハグリッドは言った。

 

「ぶらぶらしてるだけ、なんと言っとったが、おおかたここにおればハリーに会えるとでも思ったんだろ。なにせ、お前さんがここに入り浸るのはホグワーツじゃ有名だからな」

「僕、『有名』って単語が嫌いになりそう」

 

 ハリーはロンが自分にかけた呪いが解けるまでハグリッドの小屋にいたが、ジニーはおろかコリンすら来ることはなかった。それだけハグリッドの小屋はホグワーツの端っこにあるのだ。ならばなぜジニーは、わざわざここに来たのだろうか。

 

――1992年10月 ホグワーツ廊下

 

 最悪だ。ハリーは今年度何度目かになる言葉を胸中で繰り返した。歩くたびに水を吸って重くなったローブがバシャ、ビシャ、と廊下に小さな水溜まりを作る。肌に張り付く下着が不快すぎて、気を紛らわすように窓から見える空を睨む。バケツをひっくり返したような土砂降りの中さっきまでクィディッチの練習をしていたのだ。クィディッチ狂のオリバーは『練習負荷が上がる!』なんて喜んでいたが、チームメイトは一人残らずげんなりとした顔をしていた。練習が終わったのでさっさと引き上げ、寮でシャワーを浴びたかった。

 今年は不運だ。ハリーは断言する。夏休みからこっち、要所要所で信じられないくらい運がない。この前なんて空飛ぶ車で登校した罰則としてロックハートのファンレターの返事を書く手伝いをさせられたのだ。その時の様子は思い出したくもない。マクゴナガルがロックハートの仕事を手伝うことが罰になると思っているとわかったのだけが唯一面白いことだった。ロンはフィルチと二人っきりでトロフィー磨きであることを考えると、どっちのほうがよかったのか。究極の選択だ。

 ハリーはため息をつくと、寮までの道を歩く。すれ違う生徒はずぶ濡れのハリーを見て眉を顰めるか、心配そうな表情になる。風邪をひかないか心配してくれているのだろう。今現在のホグワーツは風邪が流行り、マダム・ポンフリーの『元気爆発薬』が大人気なのだ。ハリーの身近な人間でいえば、ジニーが風邪にかかって寝込んでいる。

 もう少しで寮、というところでカンテラを片手にしたフィルチとばったり出くわした。あ、しまった。という表情をハリーはする。

 

「汚い!」

 

 フィルチは怒鳴った。ハリーのずぶ濡れ、泥まみれのローブを指さした。

 

「貴様! いやがらせか! あるいは嫌味か! 貴様は魔法使いだろうが! ローブの一つもきれいにできんのか!」

「ぼ、僕まだ洗浄魔法は習ってなくて」

「黙れ! 来い!」

 

 フィルチは有無を言わさず、ハリーにそう鋭く命令した。しぶしぶ、ハリーは肩をいからせて歩くフィルチについていく。

 

「どいつも、こいつも、馬鹿にして」

 

 ぶつぶつとつぶやいているフィルチだったが、巡回をしていたカサンドラを目にすると、さらに機嫌が悪くなった。

 

「カサンドラ!」

「おお、フィルチか。今日もご機嫌斜めだな」

「やかましい! 信じられるか!? 教室がまるごと一つカエルの脳みそや羊の腸やらが散乱する、精肉場よりひどい有様になったのだぞ! 教授は事故だと言うが、どうせ生徒の悪戯のせいだ!」

「ああ、地下室のあれか。スネイプもキレていたな。まさかあれ、フィルチが掃除するのか?」

「ああそうさ、掃除()()! やっとこさホグワーツがきれいになったと思ったら、この小僧だ! この格好で、こいつは私のホグワーツを思うまま汚したんだ!」

「ちょ、ちょっとの泥だよ」

 

 ハリーは言い訳するように言ったが、それがいけなかった。フィルチは噴火した山みたいに顔を赤くした。

 

「ちょっと、()()()()だと!? そりゃ、貴様ら魔法使いにとってはちょっとだろうがな! 私は一時間以上も床を磨かねばならんのだ! まったく!! 失礼する! カサンドラも、貴様ももう少し生徒を見張れ!」

 

 カサンドラは肩をすくめた。

 

「それは契約になかったからな。酷いのは報告してるだろ? それにしても、顔が赤いぞ。動きに精彩がない。今流行っている風邪にかかってるんじゃないか」

「大したことはない!」

 

 カサンドラは眉を顰めた。

 

「病を甘く見てると死ぬぞ。フィルチ、お前と同じことを言って風邪が治らずそのままぽっくり逝ったやつを山ほど見てきた。ポンフリーに薬をもらうだけじゃないか」

「この私が! 『病気で弱ってる』などと生徒に思われてみろ! どうなるか想像つくだろう! このホグワーツは無法地帯になるぞ! それともなにか、私の代わりをカサンドラがやってくれるとでも?」

「お前の命には代えられない。あとで部屋に行く。やり方を教えてくれ」

 

 ハリーはホグワーツの暗黒時代が到来することを予期した。カサンドラが警備員としてだけじゃなく、フィルチの代わりをする? フィルチの風邪が治るころには、ホグワーツの生徒は一人残らず罰則を受けているに違いない。

 

「……! そ、それには及ばん。私の仕事はお前のような新人に務まるようなものではない。とにかく! 私はこのポッターにわからせてやらねばならん! 失礼する!」

「いいか、必ず医務室へ行くんだ。約束するまで付きまとうぞ」

「わかった、わかった! 見せしめが終わったら行く! これでいいだろう!」

「よし。約束したからな。じゃあな」

 

 カサンドラは満足そうにうなずくと、すたすたと歩いて行ってしまった。

 

「ふん。全く……。どうした、ポッター。裏切られた気持ちになったか? そう思ったのなら愚かな考えだな。奴は人の仕事を邪魔しない、それだけだ。――変な女だ。いくぞポッター!」

 

 フィルチは若干機嫌がよくなったが、それはそれとしてハリーを許す気はないらしい。ハリーはため息をついた。

 

――1992年10月 フィルチの事務室

 

 ハリーは……そして多くの生徒は、フィルチの事務室に入ったことはないし、近寄ろうとも思わなかった。フィルチが生徒を憎んでいるというのは生徒にとって常識だったし、フィルチの執念はどんないたずら小僧も震え上がらせるほどに強いからだ。事務室は大きな机があり、名前、学年、所属する寮、罪状と処罰を記す項目がある『罰則報告書』用紙が山となって積まれており、書きかけの用紙が何枚か机に広がっている。壁には大きなキャビネットが備え付けられており、どうやら今までフィルチが処罰した生徒を欠けることなくファイリングしているらしい。一番古い日付は1973年とあった。もしかしたら、父親の名前もここにあったりするのだろうか、なんてことをぼんやりと思う。大体は年代別だが、フレッドとジョージだけは個別にファイリングされており、それはキャビネットの一角を占領していた。

 

 フィルチの机の後ろの壁にはピカピカに磨かれた手かせと足かせ、それからそれを吊るためのフックがあった。ハリーは逆さ吊りは勘弁してほしいなぁ、と思いながらフィルチを見る。彼はイライラした様子で羽ペンをひっつかみ、がりがりと書類に記入を始める。

 

「ハリー……ポッター……罪状……、ホグワーツ城を故意に汚した……」

「故意じゃありません!」

「選手控室にシャワー室があるのにか」

「え」

 

 反論はすでに済んだという風に、フィルチは書類に書き込むのを続ける。

 

「ふさわしい罰は……何がいい……汚した廊下をピカピカになるまで磨かせる……いや……小僧はバカみたいな箒競技がお好きらしい……なら、備品の箒を整備させるか……いや、ここはシンプルに逆さ吊り……」

 

 どんどん罰が重くなっていくことに戦慄しながら判決を待っていると、事務室のすぐ外ですさまじい爆発音と聞きなれた笑い声が聞こえた。

 

「ピーブズ!」

 

 フィルチは書類から離れ、すぐさま事務室から出ようとする。

 

「いいか! この部屋から出るなよ! ――忌々しいポルターガイストめ! 今日という今日は捕まえてあの女に突き出してやる! ピーブズ! カサンドラに処刑される覚悟はできているか!」

 

 ばたん、とフィルチは叫びながら事務室から出て行った。ハリーは一旦危機が去ったことに安堵し、そうすると今度は好奇心が湧いてくる。

 何せ、滅多に……それこそおそらく双子ですら入ったことがないだろう部屋だ。観察してみるのも面白いだろう。ハリーはキャビネットに収まっている悪戯双子の名前のファイルを流し見する。

 

 『1990年 10月 ホグワーツ中の男子トイレを爆破し、一時的にトイレを男女兼用にした……罰則、修復呪文で元通りにしたうえで、魔法なしでトイレ掃除一週間』『1991年 12月 『カサンドラに報告するぞ』と叫んでピーブズを誘導し、事務室を襲撃させた……罰則、見るも無残になった事務室の扉を修復させて、新品同様になるまで磨かせる』

 

 ハリーはクスリと笑う。トイレを爆破するなんて、やっぱり双子は天才だ。あらかた楽しんだハリーはキャビネットにファイルを戻す。他にも何か面白いものはないかと見回す。天井のランプやミセス・ノリスのエサ入れなど、あまり面白いものはなかった。だが、机の上にある一枚の案内書は、ハリーの興味をよく引いた。どうやら何かの講座のパンフレットらしい。

 

『クイックスペル 初心者の為の初級魔法通信講座』

 

 パンフレットには、そんな文言が銀箔で書かれていた。

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