ゴクリ、とハリーは息を飲んだ。
「僕は、ハリー、ポッター、です」
ああ……よろしく、ハリー。僕はリドル。トム・リドル
インクが滲み、消えて、そしてリドルの言葉が浮かび上がる。
「君は、何か、知っていますか? 秘密の、部屋に、ついて」
もはや最後の手がかりだった。だから、ハリーは自然な気持ちでそれを書いた。
知ってるよ。
―ぜひ、君に見せたいんだ……
え?
ハリーはそれから数分間、ほんのぴくりとも動かなかった。心だけが本から投射された記憶を見て、ハリーは50年前の真実を知る。
「……! ハグ、リッド」
ハリーは呆然と、そう呟いた。秘密の部屋を開けた犯人ハグリッドと、それを暴いたトム・リドル。やっと、たどり着いた。
翌日。ハリーは妙に機嫌の悪いロンと、興味深そうに話を聞くハーマイオニーに、昨日本から教えてもらった真実を語っていた。
「だから、50年前に秘密の部屋を開けたのはハグリッドなんだ! バカでかい蜘蛛を放って、それがバレて退学になった!」
「じゃあ本人に確認してみろよ!
やあハグリッド、いい天気だね。それはそうと50年前ヤバイのを飼って退学にならなかった? ってね」
「なんで信じてくれないのさ!」
「それは、きみが、忠告したのに、本に触ったからだ」
ロンは一言一言、区切るように言った。ハリーは思わず口を閉ざす。
「あんなに言ったのに本に触るどころか書き込んだ? 信じられない。魔法界に入りたての、英雄ポッター君は友達の忠告を聞かなくてもいいってこと? そりゃいい!」
「ロン……何もそんな言い方しなくても」
「ハーマイオニー、本がどれだけ危険かわかるだろ? 魔法がかかってなくても危ない本なんていくらでもあるのに。魔法付きなんて、作った本人でもなきゃ危なっかしくて触ってられないよ」
ロンは頑なだった。つい最近魔法関係でポカをやらかしたハーマイオニーは黙っていることしかできない。
「その、ロン、僕……」
「ハリー、僕は意地悪で言ってるんじゃない、本気で危険だから言ってるんだ!」
「ごめん、ロン。二度としないよ」
ハリーがいうと、ロンは不承不承、うなずいた。
「次やろうとしたら殴ってでも止めるからね」
ロンはそう言うと、少しは機嫌を直した。
「ねえハリー、秘密の部屋の怪物って蜘蛛だったの?」
「うん。アクロマンチュラっていう、でっかい蜘蛛。でも、ハグリッドは怯えてるって言ってたかな」
「――怯えてる? 蜘蛛が?」
ハーマイオニーは立ち止まった。
そして、バッと振り返ると図書室のほうに向かって凄い速さで駆け出した。
「ハーマイオニー!?」
「ごめん、調べたいことができたの!」
「……あいつ、ホントマイペースだな」
「あれがハーマイオニー流ってやつだよ」
ロンの言葉に、ハリーは同意せざるを得なかった。
――数日後、ハリーが自分の部屋に戻ると、自分の荷物が全部ひっくり返されていることを目にした。ハリーの持ち物は大体無事だったが、唯一リドルの日記だけは、奪われていた。ハリーの荷物全部ひっくり返してでも日記を奪った人物がいるということに、ハリーは戦慄した。ただの喋る日記を、そこまでして確保したがるなんて。やっぱりロンの言う通り、あの日記は危険だったんだ。ハリーはロンに言われたことが頭にちらついて、わざわざ犯人捜しをする気にもならなかった。むしろ、手元からあれがなくなったことに、半ば安堵すらしていた。
――1993年2月 ホグワーツ大広間。
バレンタイン。大広間はピンク色一色で統一されていた。カサンドラは皿からいくらでも出てくる板チョコをかじりながら、演説を続けるロックハートを見ていた。
「というわけで、皆さん、今日1日は何もかもを忘れて学生らしく、恋に愛にと熱狂しましょう! バレンタインカードを私に渡すつもりなら、いつでも受け付けていますよ! すでに46人の女生徒から、カードをいただいています。そして、本日は愛の言葉を伝えるキューピットとして、彼らに役に立ってもらいましょう!」
そうして大広間の扉を開けて現れたのは、何十人もの屋敷しもべ妖精だった。『衣服』にならないギリギリを狙って、小さな天使の羽が背中についている。
「ははは。凝り性だなギルデロイは」
「くだらん催しだ」
「そう言うなスネイプ。明るい話題が一つもない学校なんて辛いだろう?」
スネイプは押し黙った。
「さてさて、皆さん、今日は先生方も愛について協力してもらえるでしょう! フリットウイック先生に魅了の呪文を聞く生徒はいませんか? スネイプ先生から愛の妙薬の作り方を聞くなら今ですよ!」
ロックハートがフリットウイック、スネイプの順に指を差す。どっちも嫌そうな顔をしていた。
「……教えるのか?」
「聞いてきた生徒の口に毒薬を流し込んでやる」
「おーこわ。生徒の恋愛くらい応援してやれよ」
カサンドラが言うと、スネイプが凄まじい目で睨んできた。カサンドラはスネイプの『地雷』を踏んだのだと、罰の悪い顔をする。
「……あー、悪い。口が過ぎたか?」
「……ふん。誰も彼もが、想いを遂げられるとは思わんことだ」
「それもそうだな。悪かった」
「二度と、我輩の前でその手の冗談を口にするな」
了解だ、とカサンドラは神妙に頷いた。
その時、ハウスエルフの1人がとてとてとハリーのもとへ歩き始め、調子っ外れの声で朗々とハリーへの想いを記したバレンタインカードを読み上げ始めた。
「あれは酷い」
「今の時期、命乞いでなかっただけ、マシだと言うものだ」
「確かに今ならそれもありそうだな」
カサンドラは所々で起こる阿鼻叫喚の光景を肴にチョコをかじる。どんなに優れた求愛のメッセージも、キーキー声で滑舌の悪いキューピッドが読み上げたのでは魅力も半減だろう。へっぽこメッセージのほうがまだ救いがある。
「魔法界もチョコは固形なんだな。古い生き方をしてるからチョコも飲み物として出てくると思ってたぞ」
「チョコレートが……飲み物? それはいつの話かね」
「覚えてないな。確か……そう、夜会だったか。そこで新しいお菓子として振る舞われたのを覚えてるよ。その時はコーヒーに近かったか。チョコが今の形になったのは……えっと、確かエヴィとジェイコブの親が作ったから……そう、ダンブルドアが生まれる少し前くらいか。ああ、そういえば、媚薬として売り出されてた時期もあったな。愛の妙薬は作るまでもなく、目の前にあるってわけだ」
クスクスと笑いながら、カサンドラはスネイプにチョコを手渡す。
「どうだ? うまいぞ」
「ふん」
スネイプはカサンドラの手には見向きもせず、自分でチョコを皿に生み出してボソボソと食べ始めた。カサンドラは肩を竦めて、スネイプに渡すはずだったチョコを口に放り込む。
「で、スネイプは継承者に関して知らないか」
「全く。スリザリンの誰かだろうとは思っているが」
「そもそも私が襲われないのが変じゃないか?」
「その化け物っぷりのせいで恐れられているのではないですかな」
「まぁ、石化は経験がある。のたうつ恐怖……えっと、ゴルゴンか。あいつの石化光線はヒヤッとしたがなんとかなった」
スネイプは鼻で笑った。
「ロックハートの大ホラが移ったのか? ペルセウスの鏡の盾がなければ奴は倒せん」
「例外があるのさ」
スネイプは全く信じていないようだった。カサンドラとしても信じてもらおうとは思っていない。あまりにも荒唐無稽にすぎるのは事実だからだ。
「それにしても、楽しいイベントだってのにマグル生まれの生徒はほとんどいないな」
「楽しいかどうかは別にして、マグル生まれにとって今のホグワーツは歩き回りたい場所ではないだろう」
「早くなんとかしたいが……秘密の部屋の場所はわからんし、継承者についても手掛かりなし。スリザリンは疑われるのを避けるためにいつも以上にお行儀良くしてる。マルフォイくらいか? いつも通りなのは」
今もマルフォイはせせら笑いながらハリーに向かってちょっかいをかけに行っている。
「どんだけあいつのことが好きなんだ? マルフォイはハリーにバレンタインカードは渡さなかったのか?」
「それを本人に言うのは推奨できんな」
スネイプはため息混じりだった。
「マルフォイ継承者説とハリー継承者説で二分されてるな。ハリー説が圧倒的多数だが……」
「ポッターだけはありえん。奴の母親は、素晴らしい、実に優れた魔女だったが……。マグル生まれだ」
「なるほどな。ああ、ハリーの養母の家系か。話を聞くに、よほど姉のことが嫌いらしい」
スネイプは機嫌が悪そうに言った。
「ふん。家族のくせに彼女を理解する気がないとはな。マグルはこれだから困る」
偏見に満ち溢れた発言に、カサンドラは苦笑する。
「そう言ってやるな。……ギルデロイのおかげで多少無理やりだが、ホグワーツが明るくなったな。流石はエンターティナー」
「我輩が聞いた中で最も奴を的確に表した侮辱ですな」
「……侮辱に聞こえたか?」
「今のは皮肉だ」
イギリス人はわからん、とカサンドラは首を傾げた。
そしてこの日が、今年のホグワーツの最後の明るい話題だった。
――1993年2月 ホグワーツ廊下
カサンドラは人気のない廊下を歩いていた。窓から見えるアリーナに視線を向けると、選手たちがヒュンヒュン飛び回っているのが見える。今日はクィディッチの決勝戦。対戦カードはレイヴンクロー対グリフィンドール。どっちが勝つんだろうな、と思いながらカサンドラは寮の前を中心に見回る。人が少ないからこそ、出歩く生徒が危険なのだ。今寮の中ではマグル生まれが隠れるように過ごしているはずだ。痺れを切らした生徒を見つけたら申し訳ないが寮に戻ってもらうしかない。
もはや、ホグワーツは安全な場所ではないのだ。
カサンドラはハッフルパフとレイブンクローの寮で、出てきた生徒を寮に戻した。生徒の行動を制限するのは心苦しかったが、石になるよりかはマシだと思ってもらうしかない。
グリフィンドールの寮の前に着くと、監督生のパーシー・ウィーズリーがイライラした様子で立っていた。
「パーシー、どうした」
「カサンドラか。ジニーとハーマイオニーを見かけなかったか?」
「……ジニー? そんな生徒いたか……?」
「何言ってるんだ? 僕の末の妹だ」
「――ああ、いたな。10月くらいまでしか顔を合わせなかったからな、悪い」
カサンドラは謝るが、パーシーは違う風に受け止めたらしい。深刻な顔をして、カサンドラに切り出した。
「……カサンドラ、ジニーに避けられてるとしたら、どう思う?」
「まぁ、トロール殺しのマグルだ。怖がられても仕方ないだろう」
「カサンドラ、今だから言うが……いや、でも……」
「どうしたんだ、パーシー?」
パーシーは意を決したように、言った。
「ジニーの様子が変なんだ」
「何? どう変なんだ?」
思わぬ話に、カサンドラは真剣な表情になる。職員会議でもジニーの様子がおかしいなんて話はなかった。ただ、欠席が目立つという話くらいで。
「なんていったらいいのか……。多分、家族にしかわからないと思う。すごく思い詰めたような表情をするんだ。継承者の件を気にしてると思ったんだが……。ジニーは、継承者よりカサンドラの方を怖がってるように見えた。それは……普通じゃない」
「そこまで言うほどか? ウィーズリー家は純血なんだろう? それもその……なんだったか、28家だったか? それに数えられるくらい」
「聖28家だ。バカバカしいが、たしかに、その肩書は継承者から身を守る盾くらいにはなる。違うんだ、カサンドラ。ジニーはカサンドラに出会ったら殺されると、そう思ってたフシさえあるんだ」
んー、とカサンドラは怪訝な顔をする。
「正直、今年はそこまで血みどろじゃなかったぞ? マグルっぽくないことをしたのは……そう、クィディッチの時に飛び降りた時くらいか。兄貴たちに何か吹き込まれてるんじゃないか? そう言うことしそうな兄貴が勢揃いしてる」
カサンドラの言葉に、パーシーは思案顔になって、それから納得したような顔をした。
「そうかも、しれないな。とりあえず双子とロンに話を聞いてみる。カサンドラもジニーを見かけたら気にかけてやってくれ」
「ああ。職員会議でも話題に出してみる」
「ありがとう、カサンドラ。済まないけど、ハーマイオニーとジニーを探してきてくれないか?」
カサンドラは頷いた。
「もちろんだ。最後に見たのはいつだ?」
「寮の中だ。出るなと言ってはいたんだが……。先生達から通達がないから、強制はできないんだ」
「ふむ。行き先に心当たりはあるか?」
「おそらく、ハーマイオニーは図書室だろう。この頃熱心に調べ物をしていたから。ジニーは……。わからない。ハーマイオニーと一緒にいることを祈るしかない」
「わかった。とりあえず、ハーマイオニーから探してみる。ジニーに関しては虱潰ししかないだろうな」
「手間をかけさせる」
「気にするな。では、もう行く」
カサンドラはパーシーと離れ、図書室への道を歩き出す。
そこで、慌てた様子で走っていたフリットウイックに出くわした。
「どうした、フリットウイック先生」
「ああ、カサンドラ! 来てください、クィディッチを中止させなければなりません!」
「クィディッチを? 中止?」
「また犠牲者が出たのです! ……今度は、ハーマイオニーです」
「……そんな」
カサンドラは呆然と呟いた。
――1993年 3月 ホグワーツ廊下
カサンドラは剣を抜いて警戒を続けながら、隣にいる男にチラチラと視線を向ける。
ルシウス・マルフォイ。ノクターン横丁で出会った、ドラコ・マルフォイの父親で、ホグワーツの理事である。
「どうかな、カサンドラ。マグルにとって今のホグワーツは随分と過ごしにくいのではないかな? 大事をとって、退職してもらってもかまわんのだぞ」
「どうもそのマグルに継承者殿はひどく怯えてらっしゃるようでな。私の前に姿を現さないんだ。……出てきたら始末してやるものを」
「生徒を殺すのか? これはこれは、警備員として問題ありだな。この様子では自主退職せずとも、次の校長に罷免されるやも知れぬな」
ウキウキした様子でルシウスが言う。
ここホグワーツにOBであるルシウスが訪れる理由、それはダンブルドア校長の停職処分が理事会で決定したためだ。しかもさらに、事態の収束を図るため魔法省大臣が直々に容疑者『ハグリッド』を連行するためホグワーツに来ている。
コリン、ジャスティン、そして、ハーマイオニー。
――クィディッチ決勝のその日、ハーマイオニーは継承者に襲われ、石と化した。立て続けに起きた襲撃事件からこの一月、生徒たちは自由行動をかなり制限されることになった。授業には先生もしくはカサンドラの引率が必須で、放課後に寮から出て出歩くことは固く禁じられた。この件に関しては、カサンドラに生徒を減点する権限を付与されるほどである。
そして、知らせを受けたハーマイオニーの両親はほかのマグル生まれの両親と手紙をやり取りし、連名でホグワーツの理事宛に厳重な抗議を文書にて送り……理事会が開かれ、ダンブルドアが処分されることとなった。
「それで、魔法省大臣に何の用事なんだ」
「なに、ただの挨拶だよ。機会があれば顔を出して覚えを良くする。貴様にはわからんだろうが」
「ああ。権力者は結果を出したら重用してくれるもんだと思ってる。政敵を2、3人消せば、どんなヤツだって顔パスにしてくれるぞ」
斜め上のコネの作り方に、ルシウスの顔が引きつる。
「それは……脅しのつもりかね」
「事実を言ったまでだ。だが本当にいいのか? 今魔法省大臣は、ハグリッドの小屋だぞ。お前が好きそうな場所ではない」
ピク、ルシウスのこめかみが引きつったあたり、本当に嫌なのだろう。
「私は前回の大戦で非常にまずい立場に置かれていてね。こう言うところでの顔出しを避けるわけにはいかないのだよ」
「貴族は大変だな。――それで、前回の秘密の部屋はハグリッドが開けたのか?」
核心に迫る質問を、カサンドラは切り出した。
「
「よくわからんな。冤罪だとわかっているのに連行するのか?」
「完全に冤罪というわけではない。あの男は在学中危険な……アクロマンチュラという蜘蛛を隠れて飼っていてな。それがなければ杖を折られることもなかったろうに、バカな男だ」
カサンドラは内心で、学生時代から全然変わってないんだな、と思った。去年のドラゴン騒ぎのような事件を在学中ずっと起こしていたのだと思えば、杖を折られるのも止む無しであろう。
「それで、前科があるから今回も、か? いささか乱暴なんじゃないかと思うが」
「乱暴なのは分かっている。だがこの期に及んで何の手がかりもありませんだと、示しがつかんのだ」
「無実と分かっている男をアズカバンに入れるのが示しなのか?」
ルシウスは鼻で笑った。
「完全に無実というわけではあるまい。彼には前科がある。……それに、これだけは言っておくが、私がヤツの連行に唯々諾々と従っていると思ったら大間違いだ」
「……なんだと?」
「魔法省大臣がその席に相応しい能力を持っているとは思わないことだ。そして私は頭がどんなに残念だろうとその椅子に座っている人間を軽んじるわけにはいかん」
「……そんなバカな?」
ルシウスといえども、冗談と言ってやりたかった。いくら日和見主義で場当たり対応が過ぎるとはいえ、こんなことをしてさらに被害が出ればどうなるのか、まともな頭をしていたら思いつくはずなのだが。
「……貴様の口を信じて話したのだ。余計なことを喋るなよ」
「わかっている。……全く。いつでも、どこでも、腐敗だな」
カサンドラは諦めたように、そうポソリと呟いた。
固形チョコは1847年にジョセフ・フライによって作られた。
ちょうどいいのでフライ兄妹の親ということにしています。ちなみにフライ兄妹が産まれた年でもあります。