――1993年3月 ハグリッドの小屋
「俺は違う!俺はやってねぇ!」
小屋の前に着くと、ハグリッドが凄まじい怒声で無実を主張しているのが小屋の外まで響いている。隣のルシウスが思わず怯えたように足を止める。
「どうした?」
「……貴様の仕事は私の護衛、そうだな?」
「ああ。ダンブルドア直々に仰せつかった」
頼むぞ全く、とルシウスは足を踏み出した。カサンドラは小屋の扉を開けて、先に小屋に入る。
小屋の中は狭かった。ハグリッドとダンブルドアという成人男性2人がいるだけで狭苦しく感じるのに、小太りの中年男性もいて、しかもこれからカサンドラとルシウスが追加で入るとなると流石に手狭である。
「お、おお! カサンドラ、お前さんからも言っとくれ! 俺は秘密の部屋なんぞ知らん!」
「ああ。わかってる。……私が言えるのはそれだけだ」
カサンドラがルシウスに言うと、彼は恐る恐る部屋に入ってきた。
「これはこれは……。校長先生」
「ルシウス・マルフォイ!? お前さんがなぜここに!」
「なに、魔法省大臣にご挨拶を、と。それに、校長先生にご用件がありましてな」
「おお、ルシウス。そちらの女性は……」
小太りの中年は朗らかな笑顔でカサンドラに顔を向けた。
「カサンドラだ。ホグワーツの警備員で、来賓の護衛も兼ねてる」
カサンドラが手を差し出すと、魔法省大臣は頷いた。
「こちらこそ。コーネリウス・ファッジと言います」
「ああ。言いたいことはいろいろあるが、黙っておく」
カサンドラは握手を交わすと、手近な壁を探して背を預ける。
「……ルシウス、俺の小屋から早く出て行け!」
「言われずとも。私とて、こんな……まさかここに住んでいるとは、言わんだろうな? まぁ、挨拶が終われば、すぐにでも」
「いや、ルシウス、私も用が終わったところだ」
「それは重畳。ではダンブルドア校長……用件を済ませることにしましょう。こちらは署名の羊皮紙です。
つまり、あなたの停職処分に同意する21名全理事の、署名です」
ルシウスは懐から取り出した羊皮紙をダンブルドアに渡した。彼は受け取ると、封を切って中身を読む。
「ふむ、うむ。そうか……。よろしい、ルシウス。理事たちが退けと言うのなら、ワシは喜んで校長の席を退こう」
「バカな!」
ハグリッドが悲鳴のような声を上げた。ビリビリと小屋全体がわずかに揺れた。
「マルフォイ、貴様一体何人理事を脅してそのサインを書かせた! ダンブルドア先生がホグワーツからいなくなれば、今度こそ本当にマグル生まれの暗黒時代が来る! 次は殺しになるぞ」
ハグリッドの糾弾にも、ルシウスは涼しい顔だ。
「それは『予告』かね。我々はそうならないためにここにいると思うのだが……違ったかな」
「俺はやっとらん! 前回も、今回もだ! カサンドラ、お前さんも何か言ってくれ!」
ハグリッドの言葉に、カサンドラは苦い顔をした。
「悪いがハグリッド。事が50年前も絡んでるとなると……私には何も言えない」
「――! ダンブルドア先生! 俺は何もやってねぇ! 信じてくれ!」
「わかっておる、わかっておるよ。すぐに出てこれる……ワシがそうする」
「でも!」
もうよい! とファッジが叫んだ。
「口論はもうたくさんだ! よいか、ことはマグルの親に全て共有されておるのだぞ! わかるか、もしその親が我々をイギリスの省庁と勘違いしたままイギリス政府に駆け込んでみろ! 全て、明るみになるのだ! 魔法省が一年手をこまねいてなんの成果もあげられないなど、そんなことはあってはならんのだ!」
「だが俺はやってねぇ!」
ファッジは首を振った。
「お前しか容疑者はおらん。参考人招致のようなものと考えてくれ。誤認逮捕とわかれば、きちんと謝罪の上釈放する。――頼む、ハグリッド。魔法界のためなんだ」
「ぐ、しかし……。ダンブルドア先生……」
ダンブルドアはゆっくりと頷いた。
「必ずワシが、酷いことにはさせんと約束しよう。おお! ちょうど『ただの』ダンブルドアになったところじゃったな。ハグリッド、ワシがついておるよ」
「い、いいんですかい」
うむ、うむ、とダンブルドアは言った。そして、彼はファッジとルシウスを見て言った。
「ルシウス、ファッジ。ワシは確かに、校長の席を退く……しかし忘れんで欲しいことがあっての。ワシが真にこの職を辞すときは、ワシに忠実な者が1人もいなくなったときのみじゃ。そしての、ホグワーツでは……助けを求める者には、必ずそれが与えられるのじゃ。生徒、教員問わずにの」
ダンブルドアの言葉に、2人とも瞠目する。
「何か、企んでおいでかな」
「なにも。なにもじゃよ。ではカサンドラ、生徒たちをよろしくの」
「ああ。クビにされない限りはな」
うむ、とダンブルドアはそう言うと、コーネリウスとルシウス共に小屋を出た。
「カサンドラ、すまねぇが俺は……しばらく、アズカバンに泊まってくる。その間ファングを頼んでもいいか?」
「ああ」
「それと、お前さん、蜘蛛には気を付けろ。蜘蛛は賢い。蜘蛛を追えば、真実は知れる。だが……危険だ」
「蜘蛛? ……そういえばよく見かけたな」
「ああ、忘れんでくれよ」
ああ、とカサンドラは頷いて、ハグリッドを見送った。パタリと扉が閉まり、小屋にはカサンドラだけが残される。
「さて……。ファッジだったか? 後任がいそうなら消すか……? それにしても、埃っぽいな。掃除でもしてやるか?」
いや、とカサンドラは思い直す。
「今のホグワーツは危険だ。すぐに戻るか」
カサンドラはそう言うと、小屋から出て行った。
それからしばらくして、無人となった小屋で。はらりと、透明マントで隠れていたハリーとロンが現れた。
「何考えてるんだよ魔法省は! パパのボスがあんな奴とは思わなかった! ホグワーツは終わりだ!」
「どうしよう、今度は死人がでるかも……」
「ああ、もう! でもカサンドラには頼れない……! あの人なら容疑者片っ端から消して回ってもおかしくないぞ!」
「カサンドラはそんなことしない!」
「さっきの聞いてただろ!? あんな簡単に消すと言うなんて!」
「カサンドラ流の冗談だよ、多分」
「あんなおっかないこと真顔で言うのが冗談だって? どんなセンスだ!」
ハリーの擁護もロンは取り合わない。確かにあのカサンドラは怖かった。
「とにかく、蜘蛛を追いかけよう。そうすれば真実がわかるはずだ」
ハリーの視線は、一列になって逃げ出そうとしている蜘蛛に固定されていた。
その先で出会った大蜘蛛の化け物に食い殺されそうになって得たのは、秘密の部屋の化け物は蜘蛛の天敵であるということだけだった。どうしてだろう、どうしてこうも断片的な情報しか手に入らないんだ。ハリーは不思議に思った。
――1993年5月 ホグワーツ職員室
カサンドラは、いや、その場にいる教職員は全員イライラしていた。
「とても残念です。秘密の部屋の入り口を見つけたところだったと言うのに、化物を操る人物が捕まったなんて!」
原因は、当然……いや、残念なことにロックハートだった。出会った当初はロマンスのひとつでも、と期待していたカサンドラだったが、言葉を交わすうち、交流するほどに、ロックハートには『有名人』以外の才能がないことをありありと感じさせられた。それでいて本人は自分を才能溢れる人間だと思っているのだから、始末に負えない。
エンターティナーとしての腕は間違いなく高いのに、どうしてこうなってしまったのか。そして、二ヶ月前にハグリッドが捕まりそれ以降事件がピタッと止まってからは、ロックハートは絶好調だ。最初は微笑ましく思えていたその空回りっぷりも、鬱陶しいという実害が出てくるにつれ許される雰囲気ではなくなっていく。もはや教職員でロックハートを信じている者は皆無だ。生徒たちも、最大のファンたるハーマイオニーが石になってからはどんどん目減りしていって、今では数えるほどしかいない。
カサンドラはため息をついて、猫の姿で暖炉の前に丸まっているマクゴナガルのそばのソファに座る。人の姿でいて万が一にでもロックハートに話題を振られるのが嫌らしい。だからと言って人の姿を捨てなくてもとは思うが。
「次の校長は誰になるんだ?」
ひゅおん、と人間に戻ったマクゴナガルは、カサンドラの隣のソファに座った。
「今年度もあと残すところ一月です。おそらく、今年度には決まらないでしょう。来年度からは……」
それから先は口にしたくないようだった。
「順当に考えれば、寮監の誰かでしょう。理事会で選出するのか、それとも職員会議で決めるのか……先行きは不安です」
マクゴナガルは暗い表情で弱音を吐く。これで生徒の前では毅然とした態度を崩さないのだから凄まじい。実際、マクゴナガルが普段通り厳しい先生でいるから、安心している生徒も多い。
「せめて、真実が明らかになれば、安心して残りの期間を過ごせるのですが……。望み薄でしょうか」
「残念だがこれで迷宮入りだろうな。もう数日もすれば石化の蘇生薬は完成し、学年が終わり、継承者も、化物も、何もかも元からいなかったように隠れる。目覚めたヤツが化け物の正体を言ってくれれば、やりようもあるんだが」
本物の継承者は凄まじく狡猾なヤツだ。カサンドラは思う。この調子でホグワーツを数年に一度引っ掻き回せば、マグル生まれは自然とホグワーツに通いたくなくなるだろう。スケープゴートは魔法省が用意してくれると今回の件で証明してしまったのだから、継承者がわざわざ苦労してスケープゴートを作る必要すらない。殺すことなくマグル生まれを追い出す。手間と時間はかかるが、成功すれば誰にもバレない。数年もすれば、『マグル生まれは襲われるから入学を控えさせるべき』という論調が強くなるだろう。
「少なくとも今は、生徒の不安を取り除く事が急務です。そのためなら……」
マクゴナガルは、ヴォルデモートと取り引きする時のような不本意な、心底嫌そうな顔をしてロックハートを見た。彼は今絶好調でダンブルドアがいかにこの一年無為無策だったかを演説している。ダンブルドアをこき下ろして主張したい事はひとつ、この一件を自分に任せれば全て上手くいった、と。
カサンドラはマクゴナガルと顔を見合わせ、お互いに呆れたように首を振った。立ち上がると、ロックハートのそばに寄る。思いっきり腕を伸ばして杖を振っても体に当たらないような距離を開けているが、もはやそんな距離にすら、カサンドラしか近寄らない。
「それで……秘密の部屋の化け物は倒せそうなのか?」
「もちろんです! 次の本のタイトルは決まったようなものです! ――まぁ、犯人が捕まった以上、次の事件など起こりようもないのですが!」
カサンドラは暖炉のそばの机で試験問題を作っているスネイプに視線を向ける。仏頂面で杖を磨いているフリットウィックにも。もはや誰もロックハートの話を聞いていなかった。
――1993年5月ホグワーツ大広間
ハリーは隣のロンとお互いに顔を見合わせ、そろってため息をついた。今年一年こんなことばかりだったように思う。
ハグリッドが秘密の部屋を50年前と、そして今年に開いた容疑者として魔法省に連行されてからというもの、ホグワーツは一月前の厳戒態勢がなんだったのかというほど弛緩した空気が流れていた。実際には何も解決しちゃいない。ハグリッドはただハメられただけなんだ。そう主張しようにも証拠はなく、そして50年前の前科というのは、ハリーが思う以上に人々を納得させるだけの力があった。
生徒たちが考えるシナリオはこうだ。
ハグリッドは今年も秘密の部屋を開いた。ただし、ただ開いたのでは疑われるので、血文字を書いたり標的を選んだりする協力者がいた。その協力者こそ、生徒やカサンドラ、ホグワーツ中が言っていた『低学年の継承者』その人であると。標的の選定とハグリッドのアリバイ作りは継承者が行い、化け物の操作はハグリッドがする。つまり、化け物担当のハグリッドが捕まった今、ホグワーツは安全。継承者は低学年なので、正体がわからなかったところで何もできない。
そんなシナリオを大真面目に信じる生徒が大多数なのだ。ハグリッドに協力していた継承者はまだ見つかっていないが、化け物を操れるのはハグリッドだけだとされているので、大した脅威ではないらしい。
クィディッチの実況、リー・ジョーダンは継承者は変わらずスリザリンにいると主張し、ロックハートは石から蘇生した人たちが犯人として上げるのはハグリッドの名前だと宣言して憚らない。マクゴナガルやカサンドラが警戒を続けているところを見るに、先生たちは真実を知っている。それだけがハリーにとって救いだった。それでも、何かやるしかない。
「……ハーマイオニーのお見舞いに行こう」
「――そうだな」
彼女ならきっと、何か残してくれてるんじゃないだろうか。縋るような気持だった。
――1993年 5月 ホグワーツ医務室
昼ごろ、カサンドラは医務室でハーマイオニーたち石になった生徒たちの見舞いに来ていた。もうすぐ石化から回復して日常に戻れる彼らをなぜわざわざ見舞いに来たかというと、生徒が二人、同じように見舞いに来たと知ったからだった。しかも、その二名というのがハリーとロンなのだ。
「ハーマイオニー、お前は何を彼らに残したんだ?」
ついさっきロンとハリーの2人が、なにかを見つけた、核心に触れたと言わんばかりの表情で廊下の奥へと駆け抜けていった。すれ違うことはなかったが、彼らはなにかを探すように医務室から飛び出してきた。そこまでわかればあとは芋づる式である。カサンドラは去年のような無茶をハリーがする前に止めるべく、同じようにハーマイオニーを観察する。すると、彼女が紙を二枚、握り込んでいることに気がついた。一枚は、パイプとだけ書かれた紙。そして、もう一枚は、カサンドラが欲しくてたまらなかった情報だ。
つまり、秘密の部屋の化け物……蛇の王、バジリスクについて。その性質、その能力。そして、その危険性。
目を合わせるだけで、『即死』する、その凶悪なまでの性質を、カサンドラは知った。
その情報を確認したカサンドラは、顔を真っ青にして駆け出した。
「カサンドラ、医務室は走らないで」
「急いでるんだ!」
ホグワーツで出したことのないような速度で駆け回り、目的の人物を探す。そして緑色のローブを見つけると、大声で呼ぶ。
「マクゴナガル!」
「カサンドラ! ああ、よかった……。カサンドラ、今から各寮を閉鎖し、明日の朝一番に臨時のホグワーツ特急を出します。そして秘密の部屋を見つけるまで、ホグワーツを閉鎖します」
「なんだと!? なにがあった!」
凄まじい剣幕に、マクゴナガルはたじろいだ。
「ど、どうしたのですか?」
「いいから、早く言ってくれ! 時間がない!」
「――生徒が1人、秘密の部屋に連れ去られました」
マクゴナガルは数歩ほど歩いて、カサンドラにその壁を見せる。
彼女の白骨は永久に秘密の部屋に横たわるだろう
「誰だ?」
「ジニー・ウィーズリーです。なんてこと……ホグワーツはもう終わりです……」
カサンドラは悔しそうな顔をして俯く。かぶりを振ると、彼女はマクゴナガルに詰めよった。
「残念だがまだ悪い知らせがある」
「そんな、これ以上悪いことなんて……」
「化け物はバジリスクだ。
……つまり、今まで生徒たちが石化で済んでいたのは全部偶然だったんだ」
マクゴナガルは今度こそふらついて倒れそうになった。慌ててカサンドラが支える。
「すみません……そんな、そんな恐ろしい事が……」
マクゴナガルは思い返せば、たしかにそうだと確信できる。
猫は水溜り越しに。コリンはカメラを通して。ジャスティンはニック越し。ハーマイオニーは手に持った鏡に反射したバジリスクを見た。
蜘蛛が逃げるのも、バジリスクは蜘蛛にとって天敵だし、雄鶏が殺されていたのも、バジリスクが動きやすくするための布石だったのだ。
つまり、そうでなければ、今石化している生徒は全て死んでいた可能性があった。いや、石化で済んでいるだけ奇跡なのだ。
「今すぐ秘密の部屋に乗り込んでバジリスクを始末する。パイプが集まっているところはどこだ」
「――パイプ、ああ、バジリスクはパイプを通って……。なんてこと。それではホグワーツに安全なところなど……」
「マクゴナガル!」
茫然と呟くマクゴナガルを揺さぶると、彼女はハッとした。
「……そうですね。茫然としている暇はありません。すぐに生徒たちに水場に近づかないように通達を。トイレがしたいという生徒には……残念ですが、洗浄魔法を先生がかけることにします」
「ああ。ということはトイレか?」
「私もホグワーツの地図を暗記しているわけではないので確かなことは言えませんが……。やけにトイレに配管が集中しているのは、疑問に思った覚えがあります」
トイレ、トイレか。どのトイレだ。
カサンドラは思い出す。今年一年やけに水浸しになっていた上に、ゴーストが出るという噂の女子トイレを。そしてそのトイレの近くが、今年最初の事件の現場だった。
「三階女子トイレ……!」
「マートルの? ……確かに、可能性はあります。マートルは前回の秘密の部屋の、犠牲者です」
「ならば、決まりだな。マクゴナガルは生徒を頼む」
「カサンドラは、まさか」
カサンドラは力強く頷いた。
「化け物は任せろ。始末してくる」
返事を聞かず、カサンドラは駆け出した。目指すは自室。
巨大生物を殺すための装備に変えなくては。