【完結】ハリー・ポッターとワシ使いの傭兵   作:丹寺 錯視屋

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拙作にもう評価と感想をつけていただいている方がいらっしゃって、実に励みになっております。これからも応援よろしくお願いします(訳:評価と感想ください)


トロールinハロウィーン

――ホグワーツ、深夜

 

 カサンドラはいつものように夜間の巡回をしていた。カンテラすらなしに闇を見通し、ほんの僅かな揺らぎすらも彼女には感じとることができる。昼は昼で天下無頼の戦士ぶりを見せることができるカサンドラだが、夜はまるで忍び寄る死神のように静かに、気配なく行動出来る。昼はガッチャガッチャと威嚇するように音を立てて歩くカサンドラも、今はローブ一枚だけの簡素な装備である。だが、彼女が歩いても、ほんの僅かな音すら立たない。並大抵の暗殺者が裸足で逃げ出すような練度で、夜のホグワーツを警備する。

 

――

 

 その夜、ハリーは散々だった。そもそも、『ピーブズ処刑未遂事件』の犯人であるカサンドラが見回るホグワーツで夜間の出歩きをする生徒はほとんどいない。夜間のカサンドラは別人みたいに怖くなると、もっぱらの噂なのだ。それでも危険を冒す必要があったのは、ひとえにスリザリンのホープ、ドラコ・マルフォイと決闘し、雌雄を決するためなのである。

 だが、その決闘は寮から出ようとした瞬間からケチがつき始める。ミス勉強たる口やかましいハーマイオニーと、それから合言葉を忘れてしまったネビルが一緒になってしまった上に、決闘場所についても肝心要のドラコ一味が全く現れないのだ。

 

「……ねぇハリー、もしかしてこれ、騙されたんじゃ」

「そんなわけあるかハーマイオニー。魔法使いの決闘だぞ?」

 

 ハーマイオニーが事実に気付いた瞬間、集合場所、トロフィー室にピーブズが現れたのだ。

 

「――! ピーブズ、お願い、黙ってて」

 

 純真なハリーはそんな無駄なことをするが、ピーブズにとってみれば煽っているようにしか見えない。だから、いつものように、叫ぶ。

 

「校則違反だ!夜間徘徊だ!いーけないんだーいけないんだー!夜遊び一年、減点だー!」

 

 大声で叫び、どこからともなく現れた鈴をかき鳴らす。がらんがらんとうるさいことこの上ない。

 

「カサンドラに言うぞ!」

 

 ロンが叫ぶも、ピーブズにはまるで堪えていない。

 

「カサンドラ!ああカサンドラ!秩序の番人カサンドラ!悪戯しなきゃ殺されない!これは報告だ!悪戯じゃないから殺されない!」

 

 ガンガン叫ぶピーブズに、説得は無駄だと悟ったハリーが駆け出した。

 

「逃げろ!」

 

 階段を駆け上がり、廊下を走り抜け、抜けた先には一枚の古扉。ロンが扉を開けようとするが、ガチャガチャと無情な音がするだけで、一向に扉が開かない。

 

「鍵がかかってる!」

「どいて!アロホモラ!」

 

 ハーマイオニーが魔法を唱えると、あっさりと鍵が開き、扉が開いた。3人で仲良く部屋の中に隠れる。

 

「――ピーブズ、本当に生徒がここに逃げ込んだのか」

「ひひ、ひひひ!そのとおりでごぜぇます、カサンドラ様」

 

 鍵穴から外を窺っているハーマイオニーは、愕然とした。

 

 そこにいるはずなのに曖昧で、歩いているはずなのに音がしない。衣擦れ音も、足跡も。その視線は鋭く、まるで冷たい氷のよう。普段の、悪戯双子をあしらっているときの朗らかな顔とは全く違う。

 

「――ここにはいないだろう」

「ひひ!どうしてそうおもうんでさぁ?」

 

 カサンドラはこの悪戯幽霊に全てを言うつもりはない。

 

「私はな、生涯ケルベロスの邪魔をしないと誓ったんだ。もう番人探しをさせられるのはごめんだ」

「ひひひーっ!もし生徒がいたらどうするんです?」

「どうもしない。暴れる音も、咀嚼する音も聞こえない。ケルベロスの部屋に生徒がいるならもっと騒がしいだろう」

「そ、そりゃそうですが」

「行くぞ」

 

 音もなく、カサンドラは去って行った。だがハーマイオニーはそれどころじゃなかった。ケルベロスって言った?

 

 恐る恐る、後ろを振り返る。

 ああ、どうりで騒がしいロンとハリーが静かなはずだ。

 茫然と、恐怖に全身をこわばらせ、ただ『彼ら』を見上げていたのだ。

 

 黒い体躯。

 三つ首。

 

 地獄の番人、ケルベロス。

 

「あああああああああああ!?」

 

 絶叫と同時に、ケルベロスが襲いかかってきた。ハーマイオニーは扉を開け放ち、外に出る。

 

「ハリー、早く!」

 

 ハリーが外に出ると、ロンと一緒に扉を閉める。凄まじい衝撃。ケルベロスの頭がひとつ、扉に突撃してきたのだ。

 

「ロン、押さえて!」

 

 外に出た3人は渾身の力で押さえにかかるが、魔法界に存在する魔法生物の中でも一等力強いケルベロスを押し返せるわけがない。

 

「扉を突破されたら食べられちゃうわよ!?」

「ならもっと力を入れてくれよ!」

 

 ギシ、ギシ、と扉が軋む。もうダメだ――!

 

「全く、何をしているんだ」

 

 ゴトン、と大きな手が扉を押すと、さっきまでの苦労は何だったのかと言うふうにあっさりと扉が閉まった。カサンドラはポーチから鍵束を取り出すと、しっかりと鍵をかけた。

 

「悪ガキ共め。今は寮で寝てる時間だろう?」

「決闘だったんだ!カサンドラ、マルフォイが決闘をすっぽかしたんだよ!」

 

 ハリーの弁明とも呼べないような主張に、カサンドラはぽかんとする。

 

「決闘?魔法使いはお前らみたいな子供が決闘をするのか?」

「あー……その、殺し合うわけじゃないよ?」

 

 ロンがいうと、カサンドラはなるほどな、と言う。つまりごっこ遊びというわけだ。

 

「全く。それでキレイに騙されたわけか。わかった、ついてこい。寮まで案内してやる」

 

 カサンドラは別にフィルチのように生徒への罰を生きがいにしているわけではないし、わざわざ先生を叩き起こすほどのことでもないと考えている。だが。

 

「次は問答無用でマクゴナガルに報告だからな」

 

 そう釘を刺しながら、カサンドラは歩き出した。彼女にとって、敵のいない城内で子供を寮まで案内するなど容易いことだった。

 

――1991年、ホグワーツ第一尖塔

 

 カサンドラは尖塔の見回りを終えると、にわかに騒がしくなってきた廊下を歩く。どうやら授業が終わったらしい。

 

「カサンドラ!尖塔なんか見回ってどうしたの?」

「ハリーか。まぁ、危険がないか見回ってるんだ。ああいういかにも人気がないところから敵は入ってくる」

「――ホグワーツに侵入する敵なんていないよ、カサンドラ。疑心暗鬼もここまで来れば褒賞ものだよ。なにせこのホグワーツにはダンブルドアがいるんだぜ?」

 

 赤毛のクソ生意気なことを宣う子供はロン・ウィーズリー。悪戯双子の末弟である。まあ生意気具合でアレクシオスに勝てる奴はそういないので、カサンドラは微笑ましい思いでロンを見ていたが。なにせあの弟ときたら、自分と殺し合って勝てる気でいたのだから!

 

「ロン、そのダンブルドアが私を直々に雇ったということの意味を考えてみろ。少なくとも一人は防衛に特化した人間がいると考えたからだろう」

 

 カサンドラは守りが得意な方ではないが。カサンドラが全力で守るとしたら、敵勢力を殲滅して脅威を排除する、という超攻撃的な方向になるはずだ。

 そして不幸なことに、その防衛方法は今のボスのお気に召さないらしい。

 

「まぁ……そりゃそうかもしれないけど」

「そういうことだ。勉強頑張れよ」

「ああ。頑張るよ。見回り頑張ってね、カサンドラ」

 

 二人と別れると、今度は遠目にスリザリン生達が固まって行動しているのが見えた。カサンドラのことをマグルだなんだと言っていたのもいまは昔。マグルらしからぬ強さを持つカサンドラを、スリザリンの者達は遠巻きに眺めるにとどめていた。最も結束が強く、警戒心があり狡猾なスリザリンらしい対応だった。

 

 ――1991年 10月 ホグワーツ大広間。

 

 カサンドラは大広間でハグリッドと共に飾り付けを行なっていた。何せ槍という高いところにも届く便利なものを得物にしている上に、ヘルメスの杖の形状は物を持ち上げるのにぴったりである。槍の穂先がついた正四角錐の底面部は、安定して飾り付けを行える。

 

「――アレシアに怒られるかな」

「ん?誰のこった?」

「いや、古い知り合いだよ。ハグリッド、こっちの飾り付けはもう終わりそうだ。そっちはどうだ」

「それならもう終わりだな。お前さんがいてくれて助かった。フィルチはもう歳だし、生徒のために飾り付けなんてするタイプじゃないからな」

「あー、あの人か」

 

 カサンドラは鉤鼻の管理人および生徒の監視役、アーガス・フィルチを思い出す。赴任当初は仲間ができたと喜んでいた彼だったが、カサンドラが生徒たちよりも、ホグワーツの外ばかりに目を光らせ、生徒たちへの監視はほとんどしていないという極々当たり前のことに気付いてからは素っ気なくなった。入学式の時にスネイプが言っていた、魔法が使えない魔法使いの典型例である。変に魔法界に留まらず、外の世界に目を向ければ違う目もあったかもしれないとカサンドラは思うが……もはや変えることはできないし、中年過ぎたさして親しいわけでもない男のことなどどうでもいい。

カサンドラは割とドライだった。

 

「あの人も悪気があるわけじゃないんだがな」

「いや、生徒に対しては思いっきり悪気があると思うぞ」

 

 同僚と口さがないことを言っていると、ふと気配が現れた。カサンドラは振り向くと、恭しく礼をした。イタリアの色男、エツィオから学んだ仕草である。

 

「これはこれは我らがボス。しがない警備員に何か御用で?」

「ふむ、敬語というのは難しいの。微塵も敬われているという気がしない」

「こうも雑用を命じられればな。お得意の魔法でなんとかすればいいんじゃないのか、飾り付けくらい」

 

 肩を竦めながら言うと、したり顔でダンブルドアが言う。

 

「残念じゃがそうはいかんのじゃよ。なにせ、他の魔法を使えば干渉してしまうのでな」

「――これ魔法がかかってるのか」

 

 全く気付かなかった。

 

「まぁ用向きは他にある。カサンドラ、お主トロールを知っておるか?」

「まぁ、ざっとだが。ハーマイオニーが教えてくれたんだが……要領を得なくてな」

 

 

 こればかりは仕方がないだろう。栗毛のグリフィンドール一年生、ハーマイオニー・グレンジャーは説明の際あっちに行ったりこっちに行ったりするせいで、結局のところカサンドラにでかい化け物以外の特徴を上手く伝えられなかったのだ。

 

「だがまぁ、話を聞くに3メートルくらいだろう?キュクロープスよりはチビだ。なら問題ない」

「――流石のワシもびっくりじゃ」

 

 トロールよりも遥かに危険で強大な化け物を引き合いに出されて、ダンブルドアは驚く。

 

「で、なんだってその化け物をわざわざ話題に出したんだ?専門家ってわけじゃないんだろ?」

「専門家は他におるよ。あと数時間――もっといえば生徒たちがここで食事を楽しんでいる頃に、トロールがここに侵入してくる」

「よし、場所を教えろ。始末してくる」

 

 カサンドラは即座に決めた。だがダンブルドアは首を振った。

 

「いや、できれば殺さずに返したいのじゃよ。それに、お主には大事な役目を果たしてもらいたい。大広間の生徒たちを守ってほしいのじゃ」

「無茶苦茶だ!生徒を襲うであろう化け物を殺さずに返す?山ほどいる生徒を一人で守れ?ヘラクレスの試練だってここまで過酷じゃないぞ!」

 

 真に生徒を思うその言葉に、ダンブルドアは心底嬉しくなった。だが、ことはそう簡単ではない。何もダンブルドアはトロール襲撃に沸く生徒達を眺めて愉悦したいというわけではないのだ。

 

「――ホグワーツの中に敵がいる」

「!」

「それが誰かはわからん。じゃが、トロールに何をさせるかで、目的を探ろうと言うわけじゃ」

「……それは生徒を囮にすると言ってるのとどう違う。ダンブルドア、お前は生徒第一の気のいい校長先生じゃなかったのか?少なくとも生徒たちから見たら、お前はそう思われてる」

「――耳が痛いの。じゃが、ここで糸を切らすわけにはいかんのじゃよ。わかるかの?巨悪に繋がる糸が切れれば、巨悪は自由に振る舞うじゃろうて」

 

ダンブルドアの真摯な表情に、カサンドラはため息をついた。

 

「生徒に危険が及んだら殺処分。これだけは譲れない」

「すまんの、与えた職責を冒涜するような真似をして」

「全くだ。今後もこう言うことが続くようなら、私とあんたの関係も見直すことも考えなきゃいけなくなる」

 

 カサンドラは警備員だ。たった一人で広いホグワーツを守り切れるかどうかという現実的な問題はともかく、カサンドラは自分を生徒を守る槍にして盾だと考えている。トロールと戦ったことはないが、ミノタウロスより強いということはないはずだ。今すぐ場所を教えてくれれば始末できる脅威を前に我慢しろなどと。だが、彼の心情も理解できる。

 

「ワシは――お主を選んで良かったと心から思っておるよ」

「――。それはありがたいが。かつて私を使いっ走りにした指導者は大体が裏切り者だった。あんたがそうでないことを祈るよ」

 

 カサンドラは大広間を出る。できれば、ダンブルドアとはいい関係でいたいものだ。

 

――ホグワーツ 大広間。

 

 カサンドラは食事をしながら空いた席がないか細かくチェックしていた。抜けが出やすいレイブンクローやグループ分けがきっちりしているスリザリンでさえ、今日は仲良く食卓を囲っている。杞憂だったか、と安堵しようとした瞬間、グリフィンドールの席に一つ、空きがあるのを見つけた。

 

「スネイプ、少し席を外す」

「どうかしたのかね」

「グリフィンドールの生徒が一人いない。――ハーマイオニーか」

「ミスグレンジャーは寮の人間と反りが合わんのだ。一人でいることも多いらしい。気にするほどではないだろう」

 

 スリザリン以外に全く興味がないように見えるスネイプでも、見るべきところは見ているらしい。普段なら彼の言い分に従ってもよかった。

 

「今は事情が違うんだ。――ロン!ハリー!」

 

 カサンドラは立ち上がるとテーブルを飛び越えてグリフィンドールの席まで移動した。

 

「え、カサンドラ?どうしたの?その、お菓子はないよ」

「ハリー、ロン。ハーマイオニーはどこだ?いつも一緒だろう」

「僕とあの悪魔が?冗談じゃないよ!」

「なんだと?」

 

 あのグリフィンドールが同じ寮の人間を悪魔呼ばわりとは。不思議に思っていると、普段おどおどしている少年、ネビル・ロングボトムがカサンドラに向かって言った。

 

「ハーマイオニー、地下室のトイレでずっと泣いてるらしいよ」

「なに?ロン、泣かせたな?」

「勝手に泣いたんだよ!僕は悪くない」

「全く。ホグワーツの騎士はレディの扱い方も知らないらしい」

 

 少なくともカサンドラよりは。とにかく、場所はわかった。大広間を出るべく踵を返して……。

 

 どがぁん、と大扉が轟音と共に開いた。外から紫色のターバンを巻いたヒョロイ男が駆け込んでくる。

 

「トロールが! トロールが、地下室に!

トロールが、入り込みました!」

 

 そんな絶叫と共に。

 

「お知らせしようと思って……」

 

 パタリ、とクィレル教授が倒れてしまった。

 

「おい、クィレル、お前専門家じゃ」

 

 カサンドラの言葉は続かなかった。大広間がまるでこの世の全ての恐怖と絶望を味わったかのような絶叫と悲鳴に包まれたからだ。子供の甲高い悲鳴に成人したての野太い叫びまで、バリエーションには事欠かない。すぐ近くで聞いているカサンドラには音の洪水としか認識できなかったが。思わず耳を塞いで周囲を窺うが、正気を保っている生徒はいない。絵に書いたようなパニックである。

 

「くそ! パーンに惑わされでもしたのか、全く!」

 

 くそ、なんとか鎮めないと、と思っていると、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「静まれ!」

 

 どの悲鳴よりも大きく、通る声で一喝すると、広場が打って変わって静まり返る。

 

「………監督生には生徒たちを引率させ、寮に戻そうと思うのじゃが。カサンドラ、警備員として意見を聞かせておくれ」

「いや、ここには殆どの生徒がいる。トロールが徘徊してるなら分散は危険だ。先生方にはここの守りを頼む。私はハーマイオニーを回収してトロールを始末する。このプランでいく」

「穏便に返すわけにはいかないかのう」

「私がヤツを始末する前に手はずを整えたらその意向に従おう」

 

 そして、その時間を与えるつもりはない。カサンドラは大広間を駆け抜けて、窓の近くに立つと、窓を開けた。

 

「イカロス!」

 

 カサンドラはダイアゴン横丁で購入したイカロス5世を呼ぶと、周囲を探らせる。かつては硬い岩盤すら透過して偵察できていたのだ、ホグワーツの壁や床くらいわけない。

 しばらく偵察を続け、そして見つける。

 

「いた。地下女子トイレ」

 

 カサンドラは駆け出した。――若干二名が大広間から先に抜け出していたことには、気付かなかった。

 

 ――ホグワーツ城 地下

 

 ホグワーツはヨーロッパの城でも有数の広さを持つが、この一ヶ月城中を歩き回って警備していたカサンドラにとって、知らない道というのはごく少ない。魔法的な仕掛けがないルートを通り、目的地に到達する。破砕音と、悲鳴。カサンドラは弓を構えると、女子トイレに突撃した。

 

「こっちだウスノロ!」

 

 そして、愕然とする。なぜかハリーとロンが先回りしてトロールを挑発しているのだ。

 

「お前らここで何してる!?」

「カサンドラ!抜け道を通って来たんだ!

ハーマイオニーが大変なんだ!」

「お前らも大変なんだよ!いいから下がれ!それに、牽制はこうやるんだ!」

 

 ハリーとロンの二人の後ろから、弓矢を構えて撃つ。普段使っている矢尻ではなく、戦闘用の鋭いものだ。トロールは回避すらせず、胸に刺さった矢を見下ろす。しばらくすると攻撃されたことに気づいたのか、棍棒を振り上げて真っ直ぐにカサンドラの方へと突進してきた。カサンドラはレオニダスの槍を構えると、振り下ろしに合わせて右に回避する。

 ――瞬間、時間感覚が引き延ばされ、世界がゆっくりに見える。だが、カサンドラだけは普段通りに動くことができる。

 カサンドラは駆け出す。棍棒に乗り、飛び上がるとトロールの肩に着地。トロールの背中側に飛び降りながら槍をトロールのうなじに突き刺した。

 

「ゴアアアアアアア!」

 

 ぐん、と振り回されるのに合わせて槍を引き抜いて離れると、今度は姿勢を低くしてトロールの右足、膝裏から膝頭までを槍で貫き、関節を破壊する。バランスを急に崩したトロールは思わず床に左手をついてしまう。下がった肩口を同じように容赦なく槍で貫いて壊すと、トロールは苦し紛れに棍棒を振ってきた。もちろん当たるわけがない。棍棒を横に振り切った体勢になり、胴体から頭までガラ空きである。防御に使えるはずだった左腕は動かない。

 完全に詰みの状況である。

 

 カサンドラはトロールの喉に槍を突き込むと、貫通した槍をうなじから取り出した。鮮血があたりに噴き出す。

 

「……よし。大丈夫か、3人とも」

 

 戦闘が終わって声をかけると、3人とももれなくゲーゲーと嘔吐していた。

 

「……そんなに刺激的だったか?」

 

 ここに3人がいるから残酷なことはできないと、守る気もない股間やぶち撒けやすそうなハラワタも攻撃しなかったのだが。

 カサンドラが改めて周囲を見回すと、トロールの血であたり一面真っ赤っかである。ハーマイオニーなんて恐怖のあまり気を失っている。

 

「か、カサンドラ、ホントに強かったんだね」

「まぁ、ミノタウロスより遥かに弱い」

「おったまげー。ジョージとフレッドにはもう悪戯しないよう忠告しとくよ」

 

 トロールはなにより頭が悪く、痛みに鈍いのがカサンドラに味方した。関節を壊されて痛みを全く感じなかったとしても、壊された関節は動かないのだ。トロールはなぜ体が動かないのか最期まで理解することはなかっただろう。

 

「ま、まぁ、なんてこと!?」

 

 そのとき、後詰めであろう教師陣が到着した。マクゴナガル、スネイプ、クィレルの3人だ。

 

「ああ、マクゴナガル。脅威はこの通り始末した。もうホグワーツは安全だ」

「カサンドラ!あ、あなた血塗れではないですか!早く医務室に!」

「私がウスノロ相手に怪我をするとでも?全部返り血だ」

「それはそれで問題です!……なぜグリフィンドールの3人がここにいるのですか!?それに、ハーマイオニー・グレンジャー!?彼女は無事なのですか?」

「傷はないよ。ちょっと刺激的なシーンを見て気絶しただけだ」

「ちょっと?」

 

 ハリーのツッコミに、カサンドラは肩を竦めた。

 

「えっと、あの、ハーマイオニーが地下室にいるって聞いて、いてもたってもいられなくなって……」

「指示を聞いていなかったのですか?一年生がトロールに挑んで、本当に勝てると?グリフィンドール、5点減点です。あまりに短慮が過ぎます!」

 

 しゅん、となる二人。カサンドラは庇おうとも思わない。子供が危険なところに突っ込めば、待つのは死のみだ。たとえ一度生き残っても、幸運は長続きしない。

 

「――ですが、友を助けようとするその勇気に、一人10点を与えます。……生き残った幸運に、です。もう行きなさい。ハーマイオニーは医務室に連れて行きます」

 

 カサンドラはハーマイオニーを米俵のように担ぎながら、嬉しそうに去っていくグリフィンドール二人の背を見る。

 

「いいのか、マクゴナガル。あの様子だとまたやるぞ」

「グリフィンドールは勇気を称賛する寮なのです」

「そうか。教育に口を出す気はないが、あいつらの勇気は寿命を縮めるタイプだぞ」

 

 カサンドラとしては、加点はなしでもいいくらいだった。あのまま成長すれば……。ふと、彼女を思い出す。力もないのに、疫病のせいで戦場よりも危険な場所と化したアテナイで、無謀な伝令を引き受けた挙句に無残に殺された、あの少女を。このままだと、彼らは彼女のような末路を迎えるかもしれないのだ。

 

「そ、それはともかく。か、かか、カサンドラ。あなた、ほ、本当にお強く、ああ、あらせられるのですね」

「そんなことはどうでもいい。お前は教師で、トロールの専門家だ。大事な時にグースカ寝ていたこと、私は忘れないからな」

「ほほほ、本当に、そ、その節は申し訳、ありません」

「次がもしあれば、彼ら以上の勇気を見せてもらう」

「わ、私は、レイブンクロー出身です」

「なら、その英知で導いてもらおうか。――じゃあな」

 

 カサンドラが歩き出してしばらくすると、肩に担いだハーマイオニーが気絶から覚めたらしい。

 

「え、あ、カサンドラ?」

「目が覚めたか。歩けそうか?」

「えっと、大丈夫よ」

 

 カサンドラは慎重にハーマイオニーを下ろす。一瞬ふらついた様子だったが、しっかりと立っている。

 

「少し歩くか。行き先は医務室、寮、どっちがいい?」

「え、寮でお願い。あれからどうなったの?その、トロールを……あー、殺してから」

 

 歩きながら、カサンドラはハーマイオニーを観察する。ふらついている様子も、足を引きずる様子もない。特に問題はなさそうである。ローブに木の切れっ端が付いているが破れた様子もない。

 

「どうもこうも。ハリーとロンはマクゴナガルに叱られて、お前を助けにきた勇気を認められて各々5点追加だよ」

「――私、一人で寂しく死ぬんだって、ずっと思ってた。誰も助けに来やしないって」

 ハーマイオニーは随分と孤独に耐えていたらしい。まあ、わからないでもない。カサンドラが知るハーマイオニーは勉強好きで、知識の収集が大好きな、レイブンクローみたいな女の子なのだ。悪ガキが群れを成しているようなグリフィンドールではさぞや浮いた存在なのだろう。

 

「でも、ハリーも、ロンも来てくれた」

「ハーマイオニー、いい友達を持ったじゃないか」

「――友達?」

「ああ。命の危機に駆けつけられるのは、友達相手だけだ。少なくとも憎んでる相手が死にかけたとしたら、助けるどころか喜んでトドメを刺しに行くだろうな」

 

 ハーマイオニーはクスリと笑った。

 

「カサンドラならやりそうね。ありがとう、カサンドラ。助けに来てくれて。ただまぁ、もうちょっと目に優しい感じだと嬉しかったかも」

「あれでも気遣ったんだぞ?なにせ、ハラワタも脳味噌も飛び出てない」

「あー……。それは、その、ええ、本当に、ありがとう。明日もお肉が食べられるようにしてくれて」

「だろう?さぁ、ハーマイオニー、寮に帰るんだ、仲間が待ってる」

 

 グリフィンドールの寮までたどり着くと、カサンドラはハーマイオニーを促す。コクンと頷くと、彼女は合言葉を言って、寮へと戻っていった。

扉が閉まるその寸前に聞こえたのは、ロンとハリーがハーマイオニーを気遣う声だった。

大広間に戻りダンブルドアに報告すると、全生徒から喝采を受けた。

 ――こういうのも、悪くない。




子供のころ、映画のクィレルの叫び声が面白すぎて無限リピートしてました。

原作では気絶止まりのトロール君、あえなく殺処分。危険だからね、仕方ないね。

教師側視点を書いてると原作で『どこまで』ダンブルドアが把握していたか、がとても気になりますね。私は賢者の石時点では何もかも知ってたという風に受け止められるんですが、実のところどうなんでしょうか。気になりますね。
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